【書評】昆虫研究者に囲われた、セクシーすぎる愛人たちの図鑑『きらめく甲虫』
「これまでの昆虫図鑑の概念を覆した」。本書のことを、こう紹介しても過言ではないだろう。従来の昆虫図鑑では体現できなかった、圧倒的な質感と光沢。本書では、各ページがひとつの標本箱、いや、宝石箱になっている。その中にそっと指を入れれば、掴めてしまいそうな、きらめく虫たち(実際に、本書に印刷された虫を本物だと勘違いし、一生懸命に指でつまもうとしていた幼児がいた)。
ページをめくるごとに、たしかな質量をそなえた昆虫たちが浮き出る。虫たちの容姿は、リアルを通り越して、セクシーな領域にまで達してしまっている。これだけのクオリティーにもかかわらず、本書は驚愕の1300円(税抜)。私は書店で本書を見て、購入を即決した。
これらの艶かしいモデルたちをコレクションし、撮影したのが、ベストセラー『昆虫はすごい』(光文社新書)や『アリの巣をめぐる冒険』(東海大学出版会)の著者でもある丸山宗利氏だ。九州大学総合研究博物館で昆虫分類学研究に従事する、新進気鋭の研究者である。
生物学の分野で大学教員になるのは難しい。昆虫分類学のように博物学的な要素を含む研究分野では、用意されているポジションはとりわけ少ない。競争を勝ち抜いてプロの研究者になる難易度は、さらに跳ね上がる。それを承知で、昆虫分類学研究者として一旗揚げようとする著者のような人間は、尋常ならざる昆虫愛を抱いていなければ、とてもではないが、この世界ではやっていけない。言い換えれば、著者は誰よりも昆虫を愛しすぎた人物なのだ。
昆虫研究者にとっての昆虫とは、すなわち愛人に等しい。誰も邪魔の入らない密室の中で、自らが囲う愛人たちをファインダー越しに愛しながら、慎重にシャッターを切ってゆく昆虫研究者。そんな著者に撮られたからこそ、被写体の虫たちからは性的魅力すら立ちのぼってくるのだろう。撮影機材に特殊なもの使ったのかと思いきや、そういうことはなく、撮影時に光の当て方を工夫して立体感が出るようにしたそうだ。なるほど、地道に培ってきたそんなテクニックも、被写体にさらなる性的魅力をもたせる秘訣だったのである。
もちろん、昆虫たちの迫力ある質感を体現したのは、印刷技術による貢献も大きい。昆虫に取り憑かれた著者と、高度な印刷テクノロジー、そして、出版社の熱意が合わさって、奇跡的な一冊が生まれたのかもしれない。本書はいずれ電子版でもリリースされるかもしれないが、おそらく、紙版のクオリティーには及ばないだろう。本書は、紙の本のさらなる可能性をも感じさせてくれる。
さて、タイトルにある通り、本書は昆虫の中でも甲虫のみを収録している。ご存知の方も多いと思うが、昆虫は地上で最も繁栄している生物群である。その昆虫の中でも甲虫はとくに栄えており、約37万種が知られている。甲虫にはカブトムシやクワガタムシを含むコガネムシ上科をはじめ、オサムシ上科、タマムシ上科、ゾウムシ上科、そして、カミキリムシ上科が含まれる。甲虫が栄えた大きな要因として前翅の硬化が挙げられる。昆虫の他のなかまは二対四枚の羽を使って飛ぶが、甲虫では硬化した前翅二枚は飛翔には使わず、後翅二枚のみで羽ばたく。前翅は後翅を収納・保護する。これにより、天敵から身を守ったり、土の中を潜ることが容易になり、地上の様々な環境に適応することができた。
プラチナコガネ
種数の多い甲虫だけあり、形態のバリエーションも豊富だ。とりわけ、熱帯地方にはメタル感あふれるきらびやかな色彩を放つ種類が多い。これらの金属光沢は構造色といい、光が当たると発色する。表面の微細構造によって異なる光の波長を反射するため、部位によってさまざまな色に見えるわけだ。人々を魅了してきたこれらのきらめく甲虫たち。種類によっては、高値で取引されることもある。中南米に棲息するプラチナコガネなどは個体数も少なく、重量あたりの取引金額は金よりも高いとか。
*
ここで、本書に収録されている200種類のうち、私の独断と偏見で選んだかっこいい甲虫ベスト5を発表したい。
第5位 サザナミマダガスカルハナムグリ
マダガスカル産だが、まるで北斎の作品のようなさざ波模様が粋。
第4位 ニジモンカタゾウムシ
いきいきとした水玉模様がグッド。
第3位 キラキラアラメムカシタマムシ
正真正銘のキラキラネーム甲虫。渋くて重厚な色合い。
第2位 イボカブリモドキ
背に施された突起物がグロ・クール(グロくてクール)で素敵。
第1位 ヤマトタマムシ
やっぱり日本人にとってヤマトタマムシは永遠のあこがれ。
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みなさんも、ぜひ本書の甲虫たちを堪能し、マイベスト甲虫を選定してみてほしい。
ところで著者によると、甲虫の新種は毎年何千も記載されるらしい。それだけ、まだ多数の虫たちが人知れず地上のどこかに潜んでいるわけだ。生物分類学は未知だった生物を全人類に紹介し、さらに科学の俎上に乗せるという、大事な役割をもつ。この学問を蔑ろにすると、そこから先の基礎研究と応用研究は立ち行かなくなる。我が国の現政府は実利的研究以外の分野に冷や水を浴びせようとしているが、著者のような研究者が今後育たなくなれば、我が国の科学研究は土台がもろく先細ったものになってしまうだろう。人類が集合知を作り上げていく上で、今後も著者のような存在は欠かせないのである。
さて、著者によるツノゼミの図鑑もおすすめだ。生存に必要なさそうな、極端な形。こんなありえない形態がなぜ進化したのかを想像するのも楽しい。
※本記事は書評サイトHONZに寄稿したものです
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クマムシ研究所がMaker Faire Tokyo 2016に出展します
直前の告知になってしまいましたが、8月6日(土)と8月7日(日)に東京ビッグサイトで開催されるMaker Faire Tokyo 2016にクマムシ研究所が出展します。
クマムシ研究所:Maker Faire Tokyo 2016
ブースでは私たちが普段研究しているヨコヅナクマムシの展示や、乾眠状態のヨコヅナクマムシを復活させる実験も行います。クマムシや研究の解説についても随時行います。
Maker Faire Tokyoでは工作をテーマとした出展者がほとんどですが、バイオ系の出展もけっこうあります。
クマムシ研究所のブース番号は「C-04-03」。ご来場をお待ちしています。
クマムシさんベレー帽
7月23日と24日に開催される博物ふぇすてぃばる!3に「クマムシさんのお店」が出展します。
一点ものの限定販売として、ひよこまめ雑貨店さんに作製していただいたクマムシさんベレー帽も今回特別に出品することになりました。
クマムシさんベレー帽を作成中のひよこまめ雑貨店さん
価格は36000円とけっして安いものではないですが、クマムシ博士とお揃いになれるというありがた迷惑な特典があります。興味のある方は、ぜひ。
NHK『サイエンスZERO』に出演します。
昨年末のNHK『サイエンスZERO:プレゼンスタジアム2015』に出演して優勝したのですが、そのときの副賞として本番組への出演権をもらいました。そしてこのたび、晴れて本番組に出演することになりました。
放映日時は7月17日(日)23:30から。今回の特集は、生態学研究に革命を起こしつつある環境DNA。環境DNAにちょっとクマムシの話にも絡めて話をしました。ぜひご覧ください。
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【満員御礼】クマムシワークショップ開催のお知らせ
※追記:本ワークショップは満員になりました。
アメリカを中心に広がるDIYバイオのムーブメントですが、ついに日本でも本格的にこの動きが出てきました。2016年に株式会社ロフトワークが中心となり、「BioClub」というDIYバイオのコミュニティが発足。渋谷にある同社が運営する「FabCafeMTRL」の一角にオープンバイオラボスペースができるそうです。
Image credit: BioClub
そしてこのたび、幸運な巡り合わせでBioClubとクマムシ研究所がコラボをすることになりました。6月、7月、8月の各月1日ずつの合計3日間、クマムシのワークショップを開催します。1日目にクマムシの採集と観察、2日目にクマムシの飼育、3日目に個人の自由研究を予定しています。詳細は以下のとおり。
BioClub クマムシ研究会 〜世界最強生物と一緒に最強バイオを身につけよう〜
プログラム(※内容は変更になる場合があります。)
第一回(6月26日(日)):クマムシの採取
1. 実験器具の基本操作を学ぶ
2. クマムシの基本情報を学ぶ
第二回(7月24日(日)):クマムシの飼育
1. 培地の作り方を学ぶ
2. クマムシの生態について学ぶ
第三回(8月28日(日)):クマムシを用いた自由研究
1. 自分でテーマを決める
2. 自分で実験を行う
3. 実験結果を分析・発表する
日時:6月26日(日)、7月24日(日)、8月28日(日)毎回10:00〜18:00
定員:12名
参加費:3日間で5500円(クマムシ研究所メンバーとむしマガ購読者は特別価格)
会場:FabCafe MTRL 〒150-0043 東京都渋谷区道玄坂1丁目22−7 道玄坂ピア2F
参加希望の方はBioClubのFBイベントページから参加登録してください。
クマムシの飼育が学べるワークショップは世界でも珍しい希少な機会。今後、BioClubで継続的に研究を進めることが可能になれば、専門家を出し抜くような研究成果が得られる可能性もあります。ぜひお越しください。
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『クマムシ研究日誌』、重版出来御礼。
ちょうど1年前に出版した『クマムシ研究日誌』(東海大学出版会)が重版されることになりました。『クマムシ博士の「最強生物」学講座」』(新潮社)に続き、これで単著は2作連続での重版。出版社や書店のみなさま、そして何よりも拙著をお買い上げいただいた方々に厚く御礼申し上げます。
本書の感想を書いていただいた方々にも感謝申し上げます。ここでその一部を紹介させていただきます。
研究対象に注ぐ〈無償の大きな愛〉に圧倒される。
読売新聞
いったい何回クマムシという単語が出てきているのだろうか。彼のクマムシに対する愛はとめどなく溢れてはこぼれ落ち、この本に散りばめられている。
バッタ博士 前野ウルド浩太郎
砂漠のリアルムシキング
本書から伺える堀川氏の一連の考え方や行動力は、まさに起業家精神(アントレプレナーシップ)に基づいている。
academist代表 柴藤 亮介
HONZ
柴藤さんと内藤さんとの対談もHONZで掲載されました。
今は作家とかミュージシャンも昔に比べると食えなくなって、イベントをこまめにやったりネットでうまくセルフプロデュースしたりしないとやっていけないとか言ったりするけれど、研究者もそういうものになっていくんじゃないだろうか。
pha
phaの日記
phaさんとも対談させていただきました。
同じ研究者という生き物として、さまざまな試練にさらされながらも研究を続けようと苦闘する氏の姿に親近感を覚えた
3710920269
甘ちゃんの研究者がだんだん鍛えられてプロになっていく過程はなかなか読ませる。
shorebird 進化心理学中心の書評など
調査対象の飼育システムを確立し、それを研究するだけのサンプル数を稼ぐことができるようにするまでのプロセスがすさまじい。
めもちょう タイの森から石川県へやってきた研究者の生活
研究者だから,つまらない文章だろうと思ったらとんでもない。
プチ文壇バー「月に吠える」のWebでも本書についてのインタビューをしてもらいました。
Twitterでも多くの感想を寄せていただいています。
堀川大樹さん @horikawad の「クマムシ研究日誌」を読みました。若い人生は自分の理想と現実の撹乱を同時に受け、往々にして折衷だと納得して現実の波に身を任せることになります。堀川さんもまたそうなっていない大人の一人だと思います。http://t.co/HKrDIPhCI7
— Nozomu Yachie (@nzmyachie) 2015年8月30日
堀川大樹「クマムシ研究日誌」を読了。
— AKI INOMATA (@a_inomata) 2015年8月30日
劣等生(高校で学年最下位)からの、博士号取得、世の中に知られる存在になった堀川さんの研究者としての道筋は興味深い。
成功の秘訣は、著者曰く「天の邪鬼」、そして「人との縁」ではないか。人と違う事をしたい気質がユニークな活動体系を生み出す。(続)
(続)色々な人の支えに対する感謝が、文中で幾度も述べられているが、周囲から協力を得られるのは、文中に垣間見える著者の実直な性格ゆえか。
— AKI INOMATA (@a_inomata) 2015年8月30日
血を吐きながら(実験のために)クマムシの飼育をする著者(注:健康は大事です)を私も応援せずにはいられないなと思ったのは、言うまでもない。
クマムシ研究日誌。
— 福山 K (@xinkaitei) 2015年10月14日
クマムシも不思議だし、クマムシ研究者も不思議。
若者が自分の居場所を作れるまでに成長する物語でもありました。
顕微鏡を買いたくなる一冊。
そこらの苔に居るのかぁ、不思議だなあ~ pic.twitter.com/cpQIUEpBT6
クマムシ研究日誌 by @horikawad https://t.co/g69VO5ZjXK 献本御礼。研究者は研究対象に似るのだろうか?今日日プロの研究者になるというのは、クマムシなみのタフさが要求されるのかもしれない。しかしそのクマムシも常に最強というわけじゃなくて…
— Dan Kogai (@dankogai) 2015年12月25日
『クマムシ研究日誌』読了。研究内容の部分も面白かったが、余剰博士の問題についてのコラムなど、研究者としての生き方について改めて考えさせられた。文系と理系では、博士号取得後の苦労も多少異なるのだろうが、研究者としてのあるべき姿勢は変わらないと思う。
— roshi (@pref_tori) 2015年6月18日
堀川先生の「クマムシ研究日誌」読了。
— とよさきかんじ(野虫の会) (@panchichi3) 2015年6月18日
「クマムシのパラダイス銀河」「若かった、あの頃は」「血混じりの液体」「ついに起こしたのだ。クマムシ革命を」数々の名言の向こうから、自分の足で歩くことを決意した研究者の魂が立ち昇る。圧巻。 pic.twitter.com/vPhom0gRSA
堀川大樹さんのクマムシ研究日誌が届く。
— カワバタヒロト 秘密基地からハッシン!中 (@Rsider) 2015年5月29日
NASAのエイムズ研究所までのあたりでまとめられている。
そこまで聞いてなかったよ堀川さん! というエピソードも満載だ。まだ、摘み食いしかしていないけれど、このシリーズやはり「最強」。... http://t.co/75gLAGxHYc
クマムシ研究日誌読んでたら、いきなり部屋の壁におびただしい銃と剣と、自分が仕留めたハト手に笑ってたり、大砲ぶっぱなして無人船破壊してる写真飾ってる中年男性でてきてくっそわろた( ˘ω˘ )
— smsu@ヽ(0w0)ノ (@SamsicanK) 2015年7月2日
先日、堀川さんの『クマムシ研究日誌』を読んだ。アメリカで死の危険を感じた直後に、その場の写真を撮ってるのがすごい。俺なら助かった安堵感で写真撮ることなんて考えないだろうなぁとか思ってしまった。(クマムシにあまり関係が無い感想)
— Kawai_Yusuke (@fiddler_K) 2015年7月6日
【新着図書】『クマムシ研究日誌』超低温でもカラカラの脱水状態でも死なない、地上最強。お笑いのヒトの話ではなく、全長1ミリ以下・四本足をもつ無脊椎動物の話です。拡大するとカワイイというかゆるキャラ向きだけど意外と知らないクマムシの世界 http://t.co/ffMpigkKOv
— 京大吉田南総合図書館(逍遥館) (@yoshidasouthlib) 2015年7月23日
@horikawad 「クマムシ研究日誌」を読み終えました.育てるのがこんなにタイヘンだなんて!というところに驚き,それに続いてNASAで培養がうまく行かなくなったときのピンチ感にドキドキハラハラしました.p162の,博士が持つべきマインドセット,には同感です.
— 野島 高彦【化学】 (@TakahikoNojima) 2015年8月11日
堀川さん (@horikawad )のクマムシ研究日誌をやっと読み終わった,聞いていた話いくつかあったけど,アメリカの鬼軍曹風の警官の下りは最高に面白かった
— 気まぐれアブスタドリ (@feketerigoremet) 2015年8月16日
古いreviewとかクマムシ研究日誌読んでると,ほんとこの10年でクマムシ研究は飛躍的に進んでるんだなぁって思うよね,いますごい時代だよね.
— 気まぐれアブスタドリ (@feketerigoremet) 2015年8月18日
大学の図書館で「クマムシ研究日誌」と出会ったけれど、もっと前にあの本を読んでいたらクマムシの研究が出来る大学に行きたいと思ったんだろうな…
— 新紀 (@AraArazx) 2015年8月22日
クマムシ博士の「クマムシ研究日誌」を読み終わった。研究そのものを遂行する能力も大事だけど、運とそれをものにする行動力というか勢いも大事だなぁ、という感想。あと巻末の参考文献の最初にジョジョの奇妙な冒険が載っていて笑った。
— Yoshi (@yoshi9801) 2015年10月14日
クマムシ研究日誌を読んだ。可愛い生物とは思えなかったけど、クマムシに対する著者の愛情とか、クマムシの耐性能力とか、その研究がNASAへの道を開いたとか、ぎっしりつまった面白い本だった。 pic.twitter.com/ZBBFhvXGgD
— Hiromi Kashino (@khiromi) 2016年2月14日
『クマムシ研究日誌』をはじめとした東海大学出版会の『フィールドの生物学シリーズ』は大型書店に置いてあるので、実際に手に取ってから購入を検討されたい方は、そのあたりを回っていただければと。以下の書店に置いてあることは確認済みです。
八重洲ブックセンター本店
丸善丸の内本店
丸善&ジュンク堂書店渋谷店
ジュンク堂藤沢店
丸善多摩センター店
啓文堂書店 狛江店(実家のある狛江の書店さんに置いてもらいました)
最後に、ソーシャル校正のよびかけに快くご参加いただいたみなさまに特別の御礼を申し上げます。どうも有り難うございました。
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多数の系外惑星はどのように認定されたか
Image Credit: NASA Ames
昨日こちらに書いたように、2016年5月10日(日本時間は11日)、NASAが「ケプラーによる最新の発見」についての記者発表があった。結果から言うと、ケプラーの観測によりアーカイブされていた太陽系外惑星候補(Kepler object of interest (KOI))のうち一気に1284個について「候補」が外れ、太陽系外惑星と認定された。
Briefing materials: 1,284 Newly Validated Kepler Planets: NASA
ここまで多くの系外惑星が認定されるとは、昨日の時点では私は考えていなかった。予想を超えた発表であった。
2009年の打ち上げ以降、これでケプラーが見つけた系外惑星は一気に2000を超えた。今回、なぜここまで多くの系外惑星が認定されたのか。これは、系外惑星候補から「候補」を外すプロセスの進展に起因している。
系外惑星が恒星の前を横切ると、恒星が減光する。もし恒星の減光期間が一定で、周期的に同程度の減光が観測されれば、その恒星の周りを惑星が回っていると推測できる(トランジット法)。
Image Credit: NASA Ames
ケプラーはこのような対象を系外惑星候補としてストックする。そのあとで、この系外惑星候補に対してフォローアップをする。地上から系外惑星候補を詳細分析し、これらが確かに系外惑星なのか、あるいは二つの恒星による連星などによる偽陽性なのかを検証する。この方法だとひとつひとつの系外惑星候補に対して長期的な分析が必要だった。
今回、プリンストン大学のTimothy氏は、プログラミング技術により自動解析法を構築し、多数の系外惑星候補を解析することを可能にした。新しいモデルはフォローアップなしでケプラーからのデータのみで候補が惑星かどうか判断する。これまでに確認されている系外惑星と偽陽性のトランジットパターンと、系外惑星候補のうちに惑星もどきが含まれる確率のデータをもとに構築されている。すべての惑星候補に対して偽陽性確率が0から1のあいだで当てられ、このうち偽陽性確率が1%未満のものを系外惑星として認定する。
この方法により、一気に多数の系外惑星候補の解析が可能となり、今回の発表となったわけだ。ちなみに、今回新たに用いられた手法の制度は、他の研究グループの先行研究によって用いられたフォローアップの手法のそれと大きくは変わらなかったと主張している。
Credits: NASA Ames/W. Stenzel; Princeton University/T. Morton
ケプラー以降の太陽系外惑星調査では、さらに多くの系外惑星候補がデータに入ってくると予想される。このとき、今回のような大量データを自動解析するシステムが威力を発揮するだろう。
さて、これまでに、液体の水が存在しうるハビタブルゾーンにある地球のサイズの2倍以下の系外惑星は12個が確認されていた。今回、この条件に当てはまる惑星が新たに9個も加えられ、合計で21個となった。
Credits: NASA Ames/N. Batalha and W. Stenzel
ところで、昨日、私が行った会見予想に、以下の一文がある。
おそらくですが、ハビタブルゾーンにある地球型惑星が複数見つかった、という内容かもしれません。
ということで、今回の予想はこれまでで一番苦戦したが、この部分については的中した。この調子で観測・解析が進めば、10年以内に地球とほぼ同条件の惑星が意外と近場で見つかる可能性もあるだろう。21世紀は宇宙生物学が隆盛を極めそうだ。
【参考書籍】
※本記事は有料メルマガ「むしマガ」339号「ケプラーによる多数の系外惑星はどのように認定されたか」からの抜粋です。
【料金(税込)】 1ヵ月840円(初回購読時、1ヶ月間無料) 【 発行周期 】 毎週
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昨晩のNASA重大発表の解説:1284個の系外惑星が一度に「発見」される!:小野雅裕のブログ
NASA's Kepler Mission Announces Largest Collection of Planets Ever Discovered: NASA
NASAの「ケプラーによる最新の発見」を予想する
Image Credit: NASA
2016年5月10日(日本時間は11日)、NASAが「ケプラーによる最新の発見」について記者発表します。
NASA to Announce Latest Kepler Discoveries During Media Teleconference: NASA
このようなアナウンスが出ると予想してみたくなるのがクマムシ博士です。近年は二回連続でNASAの会見内容を的中させています。
今回、記者会見で発表される内容は、ケプラーによる新発見とのこと。ケプラーが、どのような発見をしたのか。ついに地球外生命体、それも宇宙人でも見つけたというのか。はたまたクマムシでも見つけたのか。
残念ながら、それはありえません。ケプラーのスペックでは、生命体やその痕跡をつかむことは不可能だからです。今回の発表はまちがいなく、系外惑星についてのアナウンスとなるでしょう。
ケプラーはNASAが打ち上げた宇宙望遠鏡。そのミッションをざっくり言うと、太陽系外の地球型惑星を探索することです。私たち地球生命体は宇宙でぼっちな存在なのか。それとも、宇宙には自分たちと同じような仲間がいるのか。ケプラーのミッションは、この宇宙生物学の大きな命題に挑むために欠かせません。
ケプラーは、光度測定器により、太陽系外の恒星を観測します。もし系外惑星が恒星の前を横切れば、そのときに恒星が薄暗くなります。恒星が暗くなる期間が一定で、さらに、周期的に同程度の輝度の低下が見られれば、その恒星の周りを惑星が回っていると推測できます。このような方法をトランジット法とよびます。
Image Credit: NASA Ames
ケプラーのおかげで、これまでに太陽系外惑星が次々と発見されてきました。液体の水が存在しうるハビタブルゾーンにある地球型惑星も次々と見つかっています。天文学や宇宙生物学におけるケプラーの貢献は計り知れません。
それでは毎度恒例ですが、今回の記者発表内容を予測するにあたり、記者会見に登場するメンバーの専門分野を最大公約数的に絞り込みました。記者会見に登場するメンバーは以下の通り。
1. Paul Hertz(NASA本部の宇宙物理学部門ディレクター)
2. Charlie Sobeck(NASA Ames Research Centerのケプラーミッション・マネージャー)
3. Natalie Batalha(NASA Ames Research Centerのケプラーミッション・サイエンティスト)
4. Timothy Morton(Princeton Universityのアソシエイト・リサーチ・スカラー)
ここで、1.のHertzさんはNASA本部の偉い人なので、今回の研究内容には直接関係ありません。2.のSobeckさんはケプラーミッションを統括するやはり偉い人なので、この方の身辺を掘り起こしても研究内容と直接関係のあるファクツは見つかりそうにありません。
今回の会見発表内容に実質的にかかわっていそうなのは、3.のBatalhaさんと4.のMortonさんだと思われます。Batalhaさんは、ケプラーミッションで2011年にはじめて太陽系外の地球型惑星(Kepler-10b)を見つけた、この道のエキスパートです。Mortonさんは、ケプラーが取得したデータを解析するスペシャリストのようです。
さて、この二人の情報をさらに集めて今回の発表内容を予測しました。が、今回は特異的な情報をあまり得られなかったため、あまり予想を絞りこめませんでした。おそらくですが、ハビタブルゾーンにある地球型惑星が複数見つかった、という内容かもしれません。これが一つ目の可能性。個人的な希望的観測を含めれば、「これまでにもっとも生命が存在しうる条件の星が見つかった」という発表だと嬉しいのですが。
「今回、NASAが事前にアナウンスをして記者発表するのだから、きっと重大な発表に違いない」。そう思いたいのもやまやまですが、実際には、とりたてて騒ぐような発見ではないかもしれません。記者会見のアナウンスにも「重大な発見」とは書かれていませんしね。
さて、会見発表内容の二つ目の可能性として、昨年の「イメージダウン」を払拭するためのものが考えられます。
2015年、フランスやポルトガルの研究グループが、「ケプラーが発見した大惑星(Giant Planet)のうちの半数は実在しないだろう」とする研究発表を行いました。
Kepler’s Giant Exoplanet Candidates — Real or Not Real? : Sky and Telescope
彼らはケプラーにより選定された系外惑星候補を地上から観測・解析したところ、多数の偽陽性が見つかったと報告しています。とくに、恒星から近距離に位置する木星型惑星(ホット・ジュピター)を含む大惑星の半数は偽陽性であると主張。これに対し、今回の記者発表に出席するBatalhaさんとMortonさんは「ケプラーは系外惑星の見落としがないように”甘めに”候補を選定している」と反論しています。また、「大惑星ではないサイズの惑星についての偽陽性の頻度はそれほど高くない」とも主張しています。
この反論はもっともに聞こえます。ただ、パブリックイメージを気にするNASAは、このちょっとした騒動でついたマイナスイメージを挽回する目的もあり、今回の会見を開くのかもしれません。つまり、会見内容の二つ目の可能性として、「ケプラーにより選定された系外惑星候補には真の惑星の割合が高い。偽陽性はあいつらが言うほど多くなんかない」というものが挙げられます。今回のキーパーソンであるMortonさんのウェブにも、「系外惑星候補から「候補」を外す解析をしている」と書いてありますし、こちらの可能性はそれなりにありそうです。
ということで、今回のNASA会見予想でした。ちょっと穿った見方も入ってしまいましたが、実際の会見を楽しみに待ちたいと思います。
【参考書籍】
※本記事は有料メルマガ「むしマガ」338号「NASAの「ケプラーによる最新の発見」を予想する」からの抜粋です。
【料金(税込)】 1ヵ月840円(初回購読時、1ヶ月間無料) 【 発行周期 】 毎週
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英語教師に英語力は必要か
日本人は英語の話題が好きだ。どの媒体でもかならず、英語に関する話題を頻繁に目にする。個人的には英語についての議論はあまり興味がないのでスルーするのだが、さきほど目にしたこの記事に書かれていた教師の英語力について、少しだけ気になった。
この記事は、英語教師のTOEIC平均スコアがわかる情報を適切に引用していない。実際の中学校と高校の英語教師の英語力は、どの程度なのだろうか。ちょっと調べてみたところ、簡単に国の調査報告を見つけることができた。平成26年度の調査によると、TOEIC730点以上を取得している割合は中学校英語教師で28.8%、高校英語教師で55.4%となっている。
文部科学省「平成26年度 英語教育実施状況調査(中学校)の結果概要」より
文部科学省「平成26年度 英語教育実施状況調査(高等学校)の結果概要」より
このデータを見るかぎり、中学校と高校の英語教師の能力はじゅうぶんとは言い難い。
・英語教師に高い英語力は必要か
だが実際のところ、英語教師にそこまでの(たとえばTOEIC900点以上)の英語力は本当に必要なのだろうか。
学校教育の目的は、ものごとを論理的に考える能力を養うことである。いろいろな教科を通して、この目的を達成することが学校教育の基本だ。英語という教科においては「英語」というひとつの言語を通して、この論理的思考力を鍛えてゆく。逆にいえば、題材は何でもよく、たとえば中国語やスワヒリ語でもよい。日本語を母国語とする生徒が、あるひとつの外国語について、その構造を理解してゆく過程が大事だ。
学校の英語教育についての議論を眺めていると、「論理的思考力を養うこと」と「英語をペラペラに喋れるようにすること」を混同している場合が多くみられる。中学校と高校の6年にわたり英語を学んでも英語が話せるようにならない、というのは、きわめて当たり前のことなのである。学校の英語教育は英会話教室のそれとは別物だと認識しなければならない。
・実用英語の能力を高めるには
この現実を把握した上で、実用的な英語を使えるようになるにはどうしたらよいだろうか。これにはまず、大きな前提条件があることを認識しなければならない。それは当たり前のことだが、学習者自身に切実なモチベーションがなければ、英語を使えるようにはならないということだ。英語そのものが好き、英語圏の文化に尋常ならざる憧れがある、英語をどうしても使わざるをえない状況にある、どうしても外国人と仲良くなりたい。こういった動機がなければ英語を使えるようにならない。子供はとくにそうだろう。
私の場合は大学生まで上述のような動機がまったくなく、高校三年生の最後に実施された英語のテストでは100点中8点程度だった。私が教わっていた英語教師は、ネイティブスピーカーと何の問題もなくコミュニケーションできるレベルの英語力をもっていたにもかかわらず、である。その後、私はクマムシ研究の道に入り、英語の文献を読んだりアメリカで留学生活をすることになり、結果としてサバイバルレベルの実用英語が身に付いた。
ヨコヅナクマムシ
結局のところ、大事なのは本人のモチベーションなのである。中学校や高校で英語能力の高い教師を増やしたとしても、英語を使えるようになる子供はそこまで増えないだろう。
最後に、英語を使えるようにするために私が使用した基礎的な教材を紹介して、この記事を終えることにする。
まず、語彙について。これは例文がひじょうによくできているので、例文を暗記するとよい。
次に発音。発音記号を覚えると、スピーキングのみならず、リスニング力も確実に向上する。
これらが終わったら、まとまった文章をシャドーイングするとよい。
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クマムシの味を知る−−人類の偉大な飛躍
図0. 無数のドゥジャルダンヤマクマムシ。
1. はじめに
人類が構築してきた文明のなかでも、食文化は、もっとも重要なカテゴリーのひとつを占める。ヒトの摂食行為は、生命活動に必要なエネルギーを確保するためだけのものではない。摂食行為にかかわる味覚、嗅覚、視覚。摂食の過程でこれらの感覚が統合・抽出される。調理や盛り付けの方法が開発されてきた理由の一端として、人類が摂食行為を通した感覚刺激によって得られる快楽を求めてきたことが挙げられるだろう。
我々の豊かな食文化を支えるもっとも基本的なパーツは、食材である。摂食行為に快楽を求めてきた人類は、多数の食材を開拓してきた。人類にとって未知の材料を新たな食材レパートリーに追加することは、食文化の土台を水平方向に伸長させ、食文化の総ボリュームを拡張する(図1)。
図1. 食材のレパートリーは食文化を形成する基盤である。
すなわち、未知の食材の開拓は、食文化構築という人類の共同作業において、もっとも重要な役割を担う作業である。
クマムシは緩歩動物門に属する無脊椎動物であり、乾燥などの極限環境に対して高い耐性をもつことで知られる(図2)(資料1)。
図2. クマムシの一種、ドゥジャルダンヤマクマムシ。(Photo: Kazuharu Arakawa)
1773年に初めてクマムシの存在が記録されて以来(資料2)、人類が本生物を実食した報告はまだない。
クマムシは現在までに1200種以上が知られているが、どの種も体長は1mm以下でありる。本生物の味を知覚するためには、きわめて多数のクマムシを一度に食する必要がある。クマムシの大規模飼育は難しく、本生物のテイストを知覚するための高い障壁となっていた。だが、イギリスのSciento社がクマムシの一種であるドゥジャルダンヤマクマムシの飼育系を確立した(資料3)。さらに、慶応義塾大学クマムシ研究グループが本種の大規模飼育に成功し、今回の実食実験が可能となった(資料4)。
慶応義塾大学クマムシ研究グループとクマムシ研究所の共同プロジェクトである本研究は、クマムシの実食実験を遂行して本生物を新たな食材レパートリーに追加することで、人類の食文化を拡張させることを目的とする。
2. 方法
ドゥジャルダンヤマクマムシの飼育は慶応義塾大学クマムシ研究グループで行われた。生クロレラV-12(クロレラ工業株式会社)(資料6)を餌として添加した寒天培地上にクマムシを入れ、18ºCにて保温した。食材として使用する個体はいったんストックにするために乾燥した仮死状態である乾眠に移行させた。乾眠への移行には、相対湿度85%で48時間の乾燥処理を行った。合計でおよそ10万の乾眠個体を−20ºCにて保管した。
ドゥジャルダンヤマクマムシを活動状態に復帰させるため、実食実験の前日に乾眠個体に給水した。復活したドゥジャルダンヤマクマムシを顕微鏡で観察すると、体内にまだ餌と思われる緑色の内容物が確認された(図3)。
図3. ドゥジャルダンヤマクマムシの体内に確認できる緑色の内容物。(Photo: Daiki Horikawa)
体内に内容物がある状態では、実食を行っても正確なドゥジャルダンヤマクマムシのテイストを判別することはできない。そのため、内容物を排泄させるために、餌を含まない培地にて個体を20時間絶食させた(図4)。
図4. ドゥジャルダンヤマクマムシが入った、餌の無い培地。(Photo: Daiki Horikawa)
絶食後に観察したところ、個体内の内容物はほぼ見られなかった。
実食実験には、活動状態の個体のみを用いた。活動状態の個体は培地表面に張り付く習性を利用し、培地に蒸留水を入れて浮遊した死亡個体をすすぎ落とした。その後、培地表面を洗瓶を使用して蒸留水を噴射し、培地表面に残っていた活動状態の個体を、ガラスシャーレ内に移した(図5)。
図5. (上)ドゥジャルダンヤマクマムシが張り付いた培地。(中)培地表面を洗瓶を使用して蒸留水を噴射して個体を洗い流す。(下)培地を上半分だけ洗い流したため、この部分にドゥジャルダンヤマクマムシはいない。ドゥジャルダンヤマクマムシは培地の下半分にのみ残っている。(Photo: Daiki Horikawa and Nozomi Abe)
ガラスシャーレ内を顕微鏡で観察し、除去しきれなかった死亡個体と微小な不純物をガラスピペットで取り除き、活動状態の個体を新たなガラスシャーレに回収した(動画1, 図6)。
動画1. シャーレを回してクマムシを中心に集める。(Film: Daiki Horikawa)
図6. 活動状態の個体のみをガラスシャーレに集めた。(Photo: Daiki Horikawa)
その後、1.5mlエッペンドルフチューブに蒸留水とともに集めた。およそ8万個体の活動状態個体のボリュームは、0.1ml相当であった。ドゥジャルダンヤマクマムシの体色は半透明の白色だが、多数集まると黄土色を呈する(図7)。
図7. エッペンドルフチューブに回収したドゥジャルダンヤマクマムシ。
当初、ドゥジャルダンヤマクマムシを粉砕して"特別なスープ”とすることを考案していたが、破砕に使用する粉砕棒にクマムシの断片が付着することによるボリュームロスを回避するため、そのまま加熱した。加熱はヒートブロック内にて100ºCで30分間行った。加熱後は、ドゥジャルダンヤマクマムシの色やや濃くなったように見えた。
加熱したドゥジャルダンヤマクマムシをピペットマンにてチューブからスプーン(株式会社ファミリーマート製)に移行し、実食を行った(図8)。
図8. (上)ピペットマンでドゥジャルダンヤマクマムシを移行する。(下)スプーンに移行されたドゥジャルダンヤマクマムシ。(Photo: Nobuaki Kono and Daiki Horikawa)
実食は、生命科学研究者のジョゼフィーヌ・ガリポン博士が担当した。口腔内にてドゥジャルダンヤマクマムシをじゅうぶんに粉砕し、テイスティングを実施した。テイストの評価は甘味、苦味、塩味、酸味、そしてうま味の有無を判別することで行った。また、テイストの近い既知の食材の想起を試みた。
3. 結果と考察
本研究において用いたドゥジャルダンヤマクマムシの市場価格は1個体あたりおよそ14円である(資料6)。実食に用いた8万個体はおよそ112万円に相当し、1gあたりの価格はおよそ2,240万円となる。最高級食材といわれるトリュフは1gあたり1,000円強であり*1、ダイヤモンドでも600万円ほどである(資料7)。永遠の輝きを放つ宝石よりも高価な本生物は経口投与され、一瞬のうちにその姿が確認できなくなった(図9)。
図9. ガリポン博士の口腔内に消えゆく8万個体のドゥジャルダンヤマクマムシ。(Photo: Daiki Horikawa)
歯による本食材の咀嚼は効果的ではなかったため、口腔内にて舌と上顎をこすり合わせることで本食材を粉砕した。経口投与からおよそ30秒後、味覚の分析結果を言語化することが可能になった(最初はガリポン博士の母語であるフランス語で報告が行われ、次に日本語で行われた)。
甘味、苦味、塩味、酸味、そしてうま味は感じず、似たテイストの既知の食材はの食材は想起されなかった。あえて形容するのであれば、”池”や"魚類を飼育している水槽内の水”の匂いから想像する味に近い(ただし、ガリポン博士は幼少期に池の水を飲んだことがあるかもしれない、と証言している)。この風味の知覚は、十数時間にわたり保持された。
”池の味"という形容は、第三者が理解できる形からは遠いものかもしれない。ただし、ドゥジャルダンヤマクマムシの本来の生息地は池である(資料3)。また、本種は実験室内でも淡水環境で飼育されている。今後、池などの淡水環境に生息する生物の実食実験を行うことで、ドゥジャルダンヤマクマムシに近いテイストを有する食材が見出され、”隠れた食材圏(Shadow Foodsphere)"におけるテイスト系統樹が描かれることが期待される。
慶応義塾大学クマムシ研究グループとクマムシ研究所による本研究によって、人類史上初となるクマムシの実食実験が行われたことにより本生物が食材レパートリーに加えられ、人類の食文化構築に寄与できた。ヒトのQOLを向上させる新規な生理活性物質がクマムシに含まれているかどうかは、今後、全代謝産物の網羅的解析(メタボローム)などで明らかになるかもしれない。現時点では、クマムシそのものをサステナブルに供給できる食材とするのは難しいが、仮に有用な生理活性物質がみい出されれば、化学的・生物学的に人工合成により、そのような物質を供給できるかもしれない。また、細胞培養系が確立されれば、将来的にはクマムシ細胞を使用した”人工肉”の開発も可能かもしれない。
1969年、アポロ11号により月面に人類で初めて降り立ったニール・アームストロングは"これは小さな一歩だが、人類にとっては偉大な飛躍である"と言った。本研究による人類史上初となるクマムシ実食も、小さな一口であったが、人類にとっては偉大な飛躍であろう。食材としてのクマムシを活用するための研究活動はまだ始まったばかりであり、本分野の今後の隆盛を願うばかりである。
4. 謝辞
本研究のために犠牲となった多くのドゥジャルダンヤマクマムシたちに、哀悼と感謝の意を表する。
5. 参考資料
2. 鈴木忠. クマムシ?!―小さな怪物. 岩波 科学ライブラリー, 2006.
3. Gabriel WN et al., Developmental Biology, 312: 545–559, 2007.
4. 私たちが飼育しているクマムシたちをご紹介! | クマムシ観察日記 - Kumamushi Diary
5. Horikawa DD et al., Astrobiology, 8:549-556, 2008.
6. Sciento: Item Information - Hypsibius dujardini. Water Bear culture
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6. 関連記事
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クマムシ学研究会プログラム決定
2016年 4月10日(日曜日)、慶応義塾大学日吉キャンパスにてクマムシ学研究会を一般公開で開催します。
一般聴講参加費は無料。一般聴講に参加される方は、こちらから事前登録をお願いします。
当日のプログラムはこちらです。
会場:慶応義塾大学日吉キャンパス第4校舎J19番教室
12:40 開場
13:00-13:05 開会の挨拶
13:05-14:15 セッション1○辻本 惠
南極のクマムシのスゴいところ○堀川大樹
凍っても死なないクマムシの謎○吉田祐貴、堀川大樹、坂下哲哉、國枝武和、桑原宏和、豊田敦、片山俊明、小林泰彦、冨田勝、荒川和晴
ヨコヅナクマムシの乾眠関連遺伝子の網羅的同定へむけて○稲留直紀
クマムシの窒息仮死についての研究14:15-14:30 休憩
14:30-15:45 セッション2○近藤小雪、久保健雄、國枝武和
クマムシの耐性準備に関わる分子メカニズム ~ヤマクマムシを用いた解析~福田 恭子、仲宗根爽乃、桑原健太、野末馨、柴田今日子、大久保真理、森川作志、岡本晋一、垣口貴沙、米村重信、上杉健太郎、竹内晃久、鈴木芳生、○八田公平
極限環境耐性生物クマムシの細胞小器官レベルでの放射光mCT・光顕・電顕による統合(相関顕微鏡)3D解析○佐藤健、大附裕也
研究経緯について及びヨコヅナクマムシのアルコール耐性について○荒川和晴
クマムシ一匹からのマルチオミクス解析15:45-16:00 休憩
16:00-16:55 セッション3○松井透、石田観佳子
高知県産陸生クマムシ類と蘚苔類との関係○藤本心太
異クマムシ綱フシクマムシ目の形態的多様性○鈴木忠
ラームが見つけたクマムシをめぐって…3本トゲのオニクマムシ16:55-17:05 休憩
17:05-18:00 セッション4○杉浦健太
日吉マムシ谷に生息するクマムシとその生殖様式○梅崎栄作
クマムシの歩行について○Josephine Galipon
顕微鏡データに基づいた3D作品の構築18:00 閉会の挨拶
18:30~ 懇親会(日吉HUB)
当日の会場ではクマムシさんぬいぐるみ、リアルクマムシぬいぐるみ
、クロレラ、クマムシ書籍の販売も予定しています。
また、研究会終了後は会場近くのお店にて懇親会を開催いたします。クマムシ研究者や他の参加者との歓談をお楽しみください。
日時:2016年4月10日(日)18:30〜20:30
会場:HUB 慶應日吉店
住所:横浜市港北区日吉4-1-1 慶應義塾日吉キャンパス 協生館1F
参加費:お一人様3900円
内容:立食形式での各種料理バイキング、飲み放題付き
定員:50人お申込みとお支払いはこちらからお願い致します。
※申込み締め切りは2016年3月31日(木)22:00です
クマムシ学研究会運営委員会一同、みなさまのご来場を心よりお待ちしております。
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「所さんの目がテン!」でクマムシ特集
3月27日の「所さんの目がテン!」はクマムシとくしゅう。むきゅーーーんhttps://t.co/1SPMTfHj2y pic.twitter.com/3Tye6OkqNV
— クマムシさん (@kumamushisan) 2016年3月20日
2016年3月27日(日)の午前7時から「所さんの目がテン!」で「クマムシの科学」と題したクマムシの特集が放映されます。民放ではおそらく初となる、ひとつの番組まるごとクマムシ特集。
番組では、クマムシの採集や耐久実験を行ったり、そして全体の監修で協力させてもらいました。今回のクマムシ企画、この番組に出演している日本テレビアナウンサーの桝太一さんが中心になって実現。以前、このブログにはこんなコメントももらっていましたが、現実のものとなりましたね。
クマムシを研究している高校生の「脚ポンプ仮説」について - むしブロ所さんの目がテンで、桝さんにこのクマムシ研究の特集をやって欲しい。
2015/11/01 17:54
一昨年、下北沢の書店でフジツボ貴婦人こと倉谷うららさんと桝さんのトークショーに遊びに行った時に桝さんとお会いし、これが縁となって今回の企画に関わらせていただくことになりました。
桝さんはもともとは生物学者を目指していた研究畑の方で、東大大学院でアサリの研究をしていました。今でも西表島のフィールドに出かけるほどの生物好き。ご自身の研究生活を綴った本もあります。ガチな方です。
番組制作スタッフの方々も熱心でしたし、よい番組に仕上がっているのではないかと思います。よろしければ、ご視聴ください。
クマムシの味を知るには
下の写真が何だか判るだろうかだろうか。ただのノイズではない。
少し拡大してみよう。これなら判るだろうか。けっして、コシヒカリではない。
さらに拡大する。
もうお判りだろう。
そう、クマムシである。一番最初の写真はただのノイズではなく、水中で無数のクマムシが戯れているようすだ。今回、10万匹のドゥジャルダンヤマクマムシを用意した。通常、クマムシをここまで集めるのは難しい。世界でもここまでの数のクマムシを増殖させる技術をもつのは、ここ慶応義塾大学クマムシ研究グループくらいだろう。
うちのラボの全クマムシストック。左上がヨコヅナ35万匹、右上がHypsibius230万匹、下がAcutuncus150万匹。これがおそらく人類が一度に保有した乾眠クマムシの最高記録。 pic.twitter.com/BbeXJbAERg
— Kazuharu Arakawa (@gaou_ak) 2016年1月14日
なぜ、今回、ここまでの数のクマムシを集めたのか。それは、クマムシの味を知るためである。クマムシは体長0.3ミリメートル程度の小さな生物だ。数匹を食べたところで、味はわからない。味を認知するためには、膨大な数のクマムシが必要なのだ。
では、なぜクマムシをあえて食する必要があるのか。それは、人類の食文化史における食材レパートリーに、新たにクマムシを加え、そのテイストがどのようなものか、何に近いのかをカテゴライズするためである。もちろん、私としては、この目的のために10万匹のクマムシが供されるのは心がいたむ。だが一方で、知的探求もきわめて重要な活動である。今回の実験が、クマムシ研究所が発足して初めてのプロジェクトである。
今回、10万匹のクマムシを粉砕し、200マイクロリットルの水とともに煮沸して「特別なスープ」とする。このスープの味を判定していただくのは、フランス出身のバイオ研究者、ジョゼフィーヌ・ガリポン博士である。本クマムシ実食実験は、2016年3月23日20:00からクマムシチャンネルにて生放送する(※こちらの放送は有料です。クマムシチャンネル会員は無料、非会員は324円が必要です)。
はたしてクマムシはどんな味がするのか。注意深く検証したい。
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クマムシ学研究会を開催します
STAP細胞のルーツは芽胞様幹細胞(スポアライクステムセル)だった
小保方晴子氏が沈黙を破って執筆した『あの日』を読みました。公式の調査結果などと異なり、若山照彦教授が不正を行った張本人であるかのように書かれていました。このあたりの小保方氏の主張の正当性についてはあえて論じませんが、個人的に印象的だったのが、STAP細胞研究のルーツがやはり芽胞様幹細胞(本文中ではスポアライクステムセルと表記)の概念だったということです。
論文を読んだ私の結論は、本当にバカンティ先生の仮説通りにスポアライクステムセルが全身の組織に存在し、幹細胞として全組織の修復や維持のために機能しているなら、「現在、存在が確認されている成体幹細胞をスポアライクステムセルから生み出すことができるのではないか」ということと、「スポアライクステムセルは各組織に特異的な細胞になる前の幼弱な性質を保持しているのではないか」ということだった。
小保方晴子著『あの日』
ここでは、この芽胞様幹細胞について2年前に執筆した私のむしマガの記事を転載します。
★★★
ここでは、STAP細胞研究のルーツになったと思われる「芽胞様幹細胞」(spore-like cells)について興味をもったので、紹介します。芽胞様幹細胞とは小保方さんの恩師であるハーバード大教授のチャールズ・バカンティさんらが発見したしている、体内に存在する芽胞(胞子)のような幹細胞です。
芽胞というのはクマムシの乾眠と似たような状態と考えてもらって差し支えありません。厳密にはちょっと違いますけどね。ただ、冬に見られるような昆虫の休眠(hibernation)とは全く異なります。芽胞は代謝ゼロで高ストレス耐性をもつ「仮死状態モード」というイメージです。
さて、小保方さんがSTAP細胞論文発表時の記者会見で語っていた中で、とても印象に残ったコメントがありました。
「単細胞生物にストレスがかかると胞子になったりするように、(多細胞生物である)私たちの細胞も、ストレスがかかると何とかして生き延びようとするメカニズムが働くのではないか。そういうロマンを見ています」
ストレス耐性の高いクマムシを研究している僕やバクテリアの研究者なら、こういう発想はまだ理解できます。ただ、マウスなどのほ乳類を扱っている研究者の中で、このような考え方をする人はかなり稀でしょう。細胞にストレスをかけて細胞の初期化を起こそうとするアイディアも、きわめてユニークです。
そして、この小保方さんのアイディアのルーツを遡っていくと行き着くのが、「芽胞様幹細胞」という概念なのです。2001年、バカンティさんのグループはこの芽胞様幹細胞発見に関する論文を発表しています。
ちなみにこの論文の筆頭著者はバカンティさんの実弟のマーティン・P・バカンティさんです。
これまでに小保方さんやバカンティさんが各メディアに語っていたことを総合すると、小保方さんはバカンティさんの研究室でこの芽胞様幹細胞を単離する実験を繰り返し行っていたことが伺えます。そして、その研究の延長線上にSTAP細胞の研究があったようです。小保方さんの発言や考え方は、バカンティさんの生命科学観に大いに影響されていることが伺えます。
さて、この芽胞様幹細胞の論文を実際に読んでみて、僕はものすごい衝撃を受けました。STAP細胞以上の衝撃といっても過言ではありません。この細胞が実在すれば、ノーベル賞受賞に値するレベルの成果です。
本論文では、成体のほ乳類の体内から、きわめてストレス耐性が高い幹細胞が見つかったことを報告しています。ちなみに論文内では、驚くことにどの動物(および系統)を使ったかについての記述が無いので、ここでは何らかの「ほ乳類」として話を進めていきます。たぶん、マウスかラットだと思うんですが・・・。
さて、この芽胞様幹細胞には以下の特徴があります。
1. きわめて小さく、直径5ミクロン以下である(ヒト細胞は通常10ミクロン程度)。
2. 脳、皮膚、肝臓、筋肉、血液などあらゆる組織の中に存在する。
3. 各組織を構成する細胞に分化することができる。
4. 高温、低温、低酸素のストレスを受けても生き残る。
著者らは極細のガラス管を用いて各組織から細胞をとりわけて培養を試みたところ、極端に小さな細胞が存在することを確認しました。そして、培養開始から7~10日後には、この細胞がもともと存在した組織を構成する細胞に分化することを報告しています。肝臓から単離された細胞は幹細胞に、筋肉から単離されたものは肝細胞に、といった具合です。つまり、組織特異的に分化能が制限されているので、iPS細胞やSTAP細胞のように様々な種類の細胞に分化できる能力(多能性)をもつ細胞とは異なる可能性があります。
そして最も衝撃的なことは、85℃に30分間、あるいは-86℃に2ヶ月間さらされた後も、生き残り増殖したという部分です。この生き残った細胞も、培養していくと特定の種類の細胞に分化しました。著者らは、このストレス耐性の高さから、本細胞を「芽胞様(幹)細胞」と名付けたようです。
それにしても、よくこんなストレスをかける実験を思いついたものです。この発想自体がバカンティさんのユニークさを顕著に表していると思います。
確かに、クマムシなどは乾眠状態に入ると高温に耐えられます。とはいえ、それは乾燥することで初めて獲得できる能力です。体に含んだ通常状態のクマムシは、50℃ですらあっけなく死んでしまいます。また、一部の細菌や藻類は水を含んだ状態でも高温に耐えられます。しかし、これはその温度がかれらにとっての最適温度なので、我慢しているのではなく、心地よい状態にいるわけです。これらの生物を逆に常温など低い温度に移すと、増殖しなくなってしまいます。
芽胞様幹細胞はほ乳類の体内に存在することから、水を含んでいるはずです。生きた動物細胞が80℃以上の高温に耐えたとする報告例はありません。ほ乳類の体温が上述のような高温になったり低温になったりすることはないので、それらの環境に適応するような自然選択がなされることは考えられません。あくまでも理屈では、ですが。ということで、かなり不思議な研究論文だと感じました。
余談ですが、本論文の最後には「ギリシャ神話に登場する不死鳥フェニックスは、火の中に飛び込み焼かれて死ぬことによって生まれ変わる」という記述があります。バカンティさんは「分化した細胞がストレスによって生まれ変わる(初期化する)」というアイディアを、この論文が発表された2001年の時点でもっていたのかもしれません。実際に、バカンティさんはBBCのインタビューにも「(STAP細胞を作ったことにより)2001年から自分が提唱したことが証明された」と語っています。また、STAP細胞と芽胞様幹細胞は(芽胞様細胞に多能性は確認されていないものの)同一のものと認識していると語っています。
ただし、当然と言えば当然ですが、研究者の多くは芽胞様幹細胞の存在についてはきわめて懐疑的な見方をしているようです。事実、この論文発表の後にこの細胞を確認した研究グループはありません。論文内でバカンティさんらは芽胞様幹細胞の培養に成功したことを記述しているので、この細胞株を他の研究者にも提供すればよいような気もしますが、何らかの理由(細胞が死滅したなど)で、それも難しいのでしょう。
そして、バカンティさんの研究グループですら、その後は芽胞様幹細胞を単離することがなかなかできずにいたようです。そんな中、小保方さんが研究室のメンバーとして加わり、ガラス管で細胞を採取する作業を通して、STAP細胞の研究に結びついたわけです。
※本記事は2014年2月28日発行のむしマガVol.228【STAP細胞研究のルーツ: 『芽胞様幹細胞』とは何か】の一部です。
追記:記事タイトルを変更しました。