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【書評】『孤独なバッタが群れるとき』バッタ博士の青春

孤独なバッタが群れるとき: 前野ウルド浩太郎 著 (東海大学出版会)




本書は、バッタ博士こと前野ウルド浩太郎氏の初の著書である。前野氏については本ブログでもたびたび取り上げてきたので、ご存知の方も多いだろう。


バッタに憑かれた男

バッタに憑かれた男との出会い


サバクトビバッタは、個体密度が低い環境にいるときは孤独相とよばれるモードになるる。だが、バッタどうしが混み合った環境に置かれると、飛翔力のアップした群生相とよばれるモードになる。この2つのモードは、世代を超えて行ったり来たりする。これが、相変異とよばれる現象だ。


群生相と化したバッタは、群れを作って大群となり、アフリカ地方を中心に農作物を食い荒らしてしまう。前野氏はサバクトビバッタの相変異を、大学院生時代から一貫して研究している。本書は、前野氏自身が行ってきたバッタ研究の歴史を綴った昆虫記である。


以前にも紹介したが、まず、本書の目次が色々な意味で衝撃的である。

目次


はじめに

第1章 運命との出逢い
一縷の望み
師匠との出逢い
サバクトビバッタとは?
黒い悪魔との闘い−絶望と希望の狭間に
相変異
 コラム バッタとイチゴ
 コラム バッタ注意報

第2章 黒き悪魔を生みだす血
白いバッタ
ホルモンで変身
授かりしテーマ
ホルモン注射
触角上の密林
論文の執筆
 コラム バッタのエサ換え
 コラム 伝統のイナゴの佃煮

第3章 代々伝わる悪魔の姿
相変異を支配するホルモン
補欠人生に終止符を
目を見開いて
代々伝わるミステリアス
 コラム バッタ飼育事情
消えた迷い
相蓄積のカラクリ
仮説の補強
 コラム:バッタ研究者の証

第4章 悪魔を生みだす謎の泡
常識の中の非常識
戦慄の泡説
疑惑の定説
揺らぎ始めた定説
定説の崩壊
逆襲のサイエンティスト
理論武装
打っておくべきは先手、秘めておくべきは奥の手
十三年にわたる見落とし
追撃
戦力外通告後の奇跡
飼育密度の切り替え実験
論争の果てに
束縛の卵
禁断の手法
真実は殻の中に
研究はアイデア勝負
 コラム 真実を追い求める研究者

第5章 バッタde遺伝学
紅のミュータント
バッタでメンデル
優劣の法則
分離の法則
隠された紅の証
消えたミュータント
独立の法則
バイオアッセイ
成長という名の試練

第6章 悪魔の卵
悪魔を生む刺激
Going my way 己の道へ
博士誕生
混み合いの感受期
感受期特定実験1 長期間の混み合いの影響
感受期特定実験2 短期間の混み合いの影響
混み合いの感受性のモデル
バイオアッセイの確立
壁の向こう側
混み合いが三つの刺激
バッタのGスポット
塗り潰し実験
切除実験
昔話「バッタの耳はどこにある?」
カバー実験
Physical Chemical factor 物理的もしくは化学的要因
最短の混み合い期間特定実験
こする回数
目隠しを君に
あの娘にタッチ
接触刺激の特定実験
育ちが違うバッタにも反応するのか?
異種にも反応するのか?
暗闇事件
孤独に陥る闇の中
闇に光を
光り輝く夜光塗料
不可能を可能にする魔法「ルミノーバ」
光るバッタ
光を感受する部位の特定実験
夢を信じて
体液の中に
ドロ沼
アゲハの誘惑
異常事態
カラクリだらけのホルモン仕掛け
セロトニン
 コラム 虫のマネをするファーブル
 コラム 一寸の虫にも五分の魂

第7章 相変異の生態学
なぜ子の大きさが違うのか?
力の差が出るとき
瞳を見つめれば
ルール違反の発育能力
掟破りの産卵能力
海を越えて
 コラム インディアンの住む森
国際学会
運河の孤島・バロ・コロラド島
 コラム 栄冠は手をすり抜けて
エサ質実験1 発育
エサ質実験2 成虫形態
エサ質実験3 産卵能力
切り倒すか、たたき倒すか
 コラム ミイラが寝ているその隙に
男たるもの
一皮むけるために
Dyar’s low ダイヤーの法則

第8章 性モザイクバッタ
奇妙なバッタ
オスにモテるがメスが好き
 コラム 図の美学

第9章 そしてフィールドへ・・・
バッタの故郷
夜にまぎれて
砂漠の道化師
バッタ狂の決意
旅立ちのとき
いざアフリカへ
ミッションという名の闘い
トゲの要塞
己の力を試すとき
決戦
喰うか、喰われるか
ウルド誕生
新たなる一歩
忘れられた自然
アフリカで研究するメリット
サバクトビバッタ研究を通して
伏兵どもが夢の中


あとがき


そして、肝心の内容も目次負けしない、バッタ博士の魂が詰まった一冊となっている。濃厚な卵黄がぎっしりと詰まった、群生相のサバクトビバッタの卵のように。


本書では挫折を繰り返してきた少年が、昆虫研究者へと成長していく過程が、ユーモアも交えつつ、鮮やかに記述されている。


バッタたちとの友情、師匠のもとでの修行と努力、ライバルの出現、勝利によるレベルアップ、新たなステージへの旅立ち。はじめは弱かった少年が、不断の努力により、たくましく成長し変態していく姿が描かれており、バッタ研究の内容はもちろんのこと、少年漫画の要素も満載で楽しめる。



写真: 昆虫研究者に変態した前野ウルド浩太郎博士


私は前野氏とは、大学院博士課程の時期を、同じ研究所で1年半過ごした仲である。研究室が隣どうしだったことと、学年がひとつしか違わなかったこともあり、よく一緒に話をした。そしてまた、暗黙のうちに、お互いをライバルとして認識していた。


1日の中で、どちらが夜遅くまで実験を続けられるか、という大学院生ならでは馬鹿馬鹿しい競争もしていた。私も体力の限界まで頑張ったのだが、結局、前野氏に勝つ日はほとんどなかった。インドア系の私に比べ、体育会系の前野氏は体の強さが違うのだな、とその時は思っていた。


だが、前野氏も長時間におよぶ実験による過労により、研究所内のトイレで意識を失ったりしていたのだ。体力の限界を超えるまで、自らの体に鞭を打って研究に取り組む姿勢に、私には越えられない壁があるように思えた。前野氏はネットメディアなどで露出しているイメージとは裏腹に、実は、異常なまでに努力家なのである。


彼の研究業績は、同世代の中では群を抜いているが、それは、桁違いに努力できる才能の賜物なのだ。本書でも、ひとつの実験に数十万のサンプルを調査したことなどがさらりと書かれているが、このような作業の裏側には、土日休日もすべて返上し、自分が信じることに青春を賭けた青年の、とてつもない努力が隠されているのだ。「誰にでもできることを、誰にもできないくらいにまでやる」。それが、彼のポリシーだ。


自分の好きなことに人生を賭け、それを継続することは、とても困難なことである。皆、それを知っているからこそ、本書を読んだ読者は、夢を叶えるためにアフリカ大陸にひとり渡る決心をした前野氏の姿が眩しく映り、応援したくなる。そして、読んだ方にも、前向きに生きてみようという気持ちにさてくれる。そんな一冊であった。


さて、そんな前野氏のインタビューを、私が発行している有料メルマガ「むしマガ」にて、本日から7回にわたって掲載することになった(当該インタビュー掲載のバックナンバー購入はこちらから)。本書に書かれていないエピソードや研究哲学などの内容を、盛りだくさんでお送りする。インタビューのラインナップは以下の通り。


第1回: 師匠との出逢い
第2回: バッタ博士流研究哲学
第3回: 大事なのは体力と気合い
第4回: ディズニーランドよりもバッタランド
第5回: モーリタニアで生きる
第6回: 退職するまでアフリカで
第7回: バッタのぬけがらは、たまらないッス。


前野氏のファンや研究者を志したい人はもちろん、そうでない人が読んでも、面白く、かつ前向きな気持ちになれるようなインタビュー内容となった。実のところ、私自身が一番楽しませてもらったかもしれない。


有料メルマガ「むしマガ」は申込初月は無料であり、購読手続きを開始した月に解約すれば購読料の支払いは発生しないので、ぜひ試しに読んでいただければと思う。


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