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クマムシ博士のむしブロ

クマムシ博士が綴るドライな日記

NASAが発表した「火星表面に液体の水が存在」の意味

科学・研究 むしマガ

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Credit: NASA/JPL/University of Arizona


NASAが予告していた「火星に関する重大な科学的発見」の発表が、2015年9月28日(日本時間は29日)に行なわれました。会見内容は「現在の火星表面に液体の水が存在することが示唆された」というものでした。


NASA confirms evidence that liquid water flows on today’s Mars: NASA

Ojha et al. (2015) Spectral evidence for hydrated salts in recurring slope lineae on Mars. Nature Geoscience


ということで、私の予想がしっかりと当たりました。5年前のNASAの会見発表内容も的中させているので、二回連続的中。それでは、改めて今回の発見について見てみましょう。


「液体の水」と「生命」


生命体が棲める可能性のある環境の範囲を、ハビタブルゾーンといいます。ハビタブルゾーンの定義はいろいろとありますが、シンプルに言えば「水が液体で存在しうる環境範囲」となります。火星は水が液体で存在しうる環境を備えた惑星であり、生命体が潜んでいてもおかしくない・・・いや、いるはずだ。と、我々のような宇宙生物学者たちは期待に胸を膨らませてきました。


はたして火星に水は存在するのか。あるいは、過去に存在したのか。NASAは異なるタイプの探査機をつぎつぎと火星に送り、調査をしてきました。そして、2008年には火星探査機フェニックスが地表のすぐ下に凍った水を見つけました。火星内部には多量の水があり、地下に生命が潜んでいる可能性が強く指摘されるようになりました。


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Credit: NASA/JPL-Caltech/University of Arizona/Texas A&M University


2005年にローンチされた探査機、マーズ・リコネッサンス・オービターは、火星の周回軌道を回りながら、主に火星の表面における水の挙動の歴史を観測しています。この探査機には高解像度カメラのHiRISE (High Resolution Imaging Science Experiment)や分光計のCRISM (Compact Reconnaissance Imaging Spectrometer for Mars) が搭載されています。今回、これらの機器を用いた観測により、火星表面に液体の水が存在する可能性が示唆されたのです。


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Credit: NASA/JPL/University of Arizona


火星表面の奇妙な現象「RSL」


マーズ・リコネッサンス・オービターは以前、火星表面にRSL(Recurring Slope Lineae)とよばれる不思議な現象を見つけました。火星の地表の傾斜に狭い線状の地形が、現れたり消えたりするのです。このRSLは暖かくなると現れ、寒くなると消えるといった、季節に関係した挙動を示すことも分かりました。火星表面上には、このRSLが複数見つかっています。


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Credit: NASA/JPL/University of Arizona


Georgia Institute of Technologyの大学院生Lujendra Ojha氏らは、このRSLが現れたり消えたりするのは「地表に液体の水が流れたりしみ出しているから」と考えました。そして、この仮説を検証するため、RSLにどのような物質が存在するかを調べるため、主にCRISMを用いた成分分析を行ないました。


RSLは液体の水によって作られているかもしれない


化学物質は、それぞれに固有の吸収スペクトルを示します。この性質を利用して、CRISMで火星地表の複数のクレーター斜面にできたRSL付近の吸収スペクトルのデータを取りました。その結果、RSLが大きく(長く)発達したときには、過塩素酸塩のような水和塩(過塩素酸マグネシウムや過塩素酸ナトリウムなど)が存在することが示唆されました。このように、時間的にも位置的にも、RSLが出現し拡張する現象にあわせて、これらの水和塩と思われる物質の特徴が観測されたわけです。よって、液体の水も同じ場所にあると考えられたのです。


なぜ水和塩があると、水がそこに存在すると言えるのでしょうか。これは、火星地表付近の塩水が蒸発した結果として水和塩が生じる可能性を示した先行研究を根拠にしているようです。仮にこれらの水和塩が塩水中に含まれていたとすると、きわめて低い温度(場合によってはマイナス70ºC)まで塩水が凍らずに液体のまま保たれることが推測されます(水に塩や砂糖などの溶質を溶かすと、融点が下がっていきます)。


では、この液体の塩水が地表に存在するとして、これはどこからやってくるのでしょうか。氷が溶け出して水が染み出るということが考えられますが、研究者らは、赤道付近のRSLの環境では地表近くで水が氷として存在することは難しそうだと述べています。また、過塩素酸塩の潮解現象(大気中の水蒸気をとりこんで液化させ水溶液になること)により水が供給されるかどうかも、まだ検討の余地があるようです。研究者らは、RSLが存在する火星上の場所ごとに、水が供給されるメカニズムが異なるのではないか、と推測しています。


「火星表面に液体の水が存在する」ことを示す根拠は弱い


ここまで読んで分かるように、研究者らが今回発表した「火星表面に液体の水が存在する」という主張は、直接的に液体の水を採取したり見たわけではなく、水和塩らしき物質の存在から推測したストーリーに基づいています。液体の水の供給メカニズムについても証拠は示しておらず、こちらも憶測でしかありません。つまり、研究者らやNASAの「液体の水がある」という主張を裏付ける証拠は、ひじょうに弱いものです。おそらく、研究者らは今回の研究成果を当初はNatureやScienceといったトップジャーナルに投稿したものの、主張の裏付けが弱いことから論文掲載を拒否され、Natureの姉妹紙であるワンランク下のNature Geoscienceに投稿したのだと思われます。


また、これまでNASAが会見を開いてセンセーショナルに発表した「大発見」は、のちに疑問符のつくものとなるパターンが多いし、今回も油断できない、と思ってしまう面もあります。ただし、今回は研究データ自体が堅いものではないし、そういう意味では逃げ道が作ってあるので、火星に液体の水がずっと見つからなくても当事者はあまり責められないと思いますが。いずれにしても、RSL付近に探査機を送り、そこで直接的に液体の水を検出することが大事です。


色々と書きましたが、今回の研究成果により、火星表面に液体の水がある可能性が以前よりも高まったのは事実でしょう。本研究成果が今後の火星探査計画にポジティブな影響を与えそうです。RSL付近に液体の水が直接的に確認されれば、そこに生命体が潜む可能性も飛躍的に高まります。サンプルリターンで火星生命体を捕獲、なんてことも夢に見てしまう。でも、慎重な心構えをもちつつ、今後の研究に期待したいところですね。


宇宙生物学については、以下の書籍がお薦めです。宇宙生物学分野の幅広い取り組みと歴史が詳細に解説されており、今回の研究でも登場した分光計を用いた惑星の成分分析についても記述があります。


地球外生命を求めて マーク・カウフマン (著))


※本記事は有料メルマガ「むしマガ」313号「NASAが発表した「火星表面に液体の水が存在」の意味」からの抜粋です。

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