クマムシ博士のむしブロ

クマムシ博士が綴るドライな日記

【書評】『フジツボ〜魅惑の足まねき』フジツボ愛ここにきわまれり

私たちに馴染みのある、身近な生き物は数多くいる。しかし、その内、生態までよく知られているような生き物は、果たしてどれくらいいるだろうか。

フジツボは、ほとんどの人は目にしたことのある生き物だ。だが、多くの人はその生態については詳しく知らないのではないだろうか。そんなフジツボの生態を、余すこと無く魅力たっぷりに紹介している本がある。


フジツボ―魅惑の足まねき (岩波科学ライブラリー)
倉谷 うらら
岩波書店
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ご存知の方も多いと思うが、フジツボは貝の仲間ではなくエビやカニと同じ甲殻類の仲間である。よって、フジツボには幼生期があり、変態しながら成長する。フジツボのノープリウス幼生とキプリス幼生は、成体のフジツボと違い、泳ぐことができる。キプリス幼生の時期は、もっぱら自分が付着すべき場所を探すのに時間を費やす。


さて、このキプリス幼生についてひとつ述べておくべきことがある。それは、めちゃくちゃかわいい、ということだ。楕円形のボディにくりくりした目、そしてニュッと生えた短い触角。そんなやつが、自分が永住すべき場所を探してよちよちと歩きまわる。


以前、ドイツのフジツボ研究者にフジツボのキプリス幼生が歩いている映像を見せてもらったことがあるが、もうやばかった。あのノロいスピード、全然スムーズではなく、ぎくしゃくした感じ。それでいて、足場を慎重に確かめているかのような動き。


もう一度キプリス幼生の動く動画が見たくなり、ネットで検索したが、結局見つけることができなかった。しかし、キプリス幼生のアップ動画が見つかったので、ここに載せる。



かわいいでしょう?!

キプリス幼生が定住地を見つけるまでのストーリーだけで、アニメ化できそうな気がする。ジブリあたりで。


・・さて、キプリス幼生のかわいさはとりあえず置いておこう。本書では他にも、ダーウィンが実はフジツボの研究に没頭していた時期があったことについても言及している。ダーウィンが毎日フジツボを観察しているので、彼の息子が友達に「君のお父さんはどの部屋でフジツボするの?」などと聞いてしまうくらいだったらしい。


また、フジツボが岩場などに付着する際に分泌する接着剤「フジツボセメント」は、水中でも対象物に強力に接着することができるため、新たなタイプの有用接着剤の開発を行うための研究対象として注目されていることなど、あまり知られていないフジツボ学の世界を本書から垣間見ることができる。


他にも、日露戦争の勝敗を分けた背景には実はフジツボが絡んでいたりとか、人類の歴史や文化にどうフジツボが絡んできたのかなど、楽しい話が満載である。


個人的には本書を読了後、ミネフジツボが食べたくなった。検索したところ、こんなショップを見つけて興奮したのだが、すでに売り切れていてがっかりしてしまった。


ところで、本書を読んでいてこんなに楽しくなれるのは、フジツボがかわいいことももちろんだが、著者である倉谷うららさんの強烈ともいえる「フジツボ愛」に依るところが大きい。


私が初めて倉谷さんにお会いしたのは、2006年のクマムシ系飲み会の席だった。まるで女優のような美貌の持ち主でありながら、フジツボアクセサリーをこれでもか!と身につけた彼女の出で立ちに、私は衝撃を受けた。


フジツボは倉谷さんの研究対象というより、すでに彼女の生活の一部になっているように見えた。それだけフジツボを愛しているのだ。こう表現してよいか分からないが、わかりやすく言えば、倉谷さんは「女性版さかなクン」のような方である。(フジツボさん?)


世の中には生物に関する書物は無数にあるが、読んでいる者に多幸感を与えてくれる本は、そうお目にかかれない。このような素晴らしい本を作っていただいた倉谷さんと出版社に、心から感謝の意を表したい。