MUSHI BLOG

クマムシ博士のドライ日記

クマムシトリビア総集編



ヨコヅナクマムシの電子顕微鏡写真(撮影:堀川大樹 行弘文子)


こんにちは、クマムシ研究者の堀川です。私はたまにTwitter(@horikawad)でクマムシトリビアをつぶやいているのですが、今回は新たに書き下ろしたトリビアも加え、総集編という形でお贈りしたいと思います。

クマムシという生きもの自体がトリビア的存在なわけですが(実際にトリビアの泉でも紹介されました)、これから紹介するトリビアは、クマムシのトリビア、つまりトリビアのトリビアというマニアックな知識ばかりです。これを読んだ後には、立派なクマムシマニアになること受け合いです。

それでは、クマムシトリビア総集編、スタート!


★クマムシのかたち・進化トリビア★


■ クマムシの種類を判別するには、爪の形・咽頭器官の長さと幅の比率・卵の表面の突起の形などを調べなければならない。クマムシの体長は1ミリメートルにもならないため、ミクロン単位(1ミクロン=0.001ミリメートル)の形質を計測しなくてはならない。この作業は、大変に骨が折れる。


■ クマムシの中には眼(眼点)のある種類とない種類がある。同じ種類の中にも眼のある個体とない個体がいる。つまり、眼があるかないかはクマムシの種類を判別するときにさほど重要なポイントではない。むしろ、爪の形の違いなどの方が種類判別に重要なポイントである。


■ クマムシは緩歩動物門に属する。その形態や遺伝子配列から、クマムシはカギムシ(有爪動物門)、線虫(線形動物門)、そして節足動物が類縁関係にあるとされる。しかし、クマムシが最も近縁なのはこれらのどの分類群なのか、未だに議論中である。



カギムシ Image from Wikimedia


■ クマムシは「海が起源→一部の種類が乾燥耐性獲得→乾燥した陸地に進出が可能に→陸産種の一部の種類が池や川など淡水環境に適応して乾燥耐性を失う」というのが現在考えられているクマムシ進化のシナリオである。


■ クマムシは大きく分けて2つのカテゴリーに分類される。鎧のような外皮をもつ異クマムシ類とぶよぶよして細長い体の真クマムシ類である。そしてその2つの中間形態をもつオンセンクマムシが1937年に雲仙の温泉から発見記載された。

しかし、発見場所の温泉が涸れてしまったこともあり、それ以降発見されていない。また、標本も保管されておらず、オンセンクマムシの存在そのものが疑問視されている。オンセンクマムシはクマムシ学史上の最大のミステリーである。


★クマムシのいきざまトリビア★


■ クマムシは種類によって、1.オスとメスがいる、2.メスのみ、3.雌雄同体、という3グループに基本的に分けられる。2のメスだけの場合は、受精すること無しに卵のみから個体が発生する。単為生殖とよばれ、幅広い生物グループで見られる。


■ オニクマムシは基本的にメスのみしかいないが、ごく稀にオスが生まれることがある。しかし、このオスは交尾をする能力を欠き、子孫を残すこと無く死んでいく。何のために生まれてくるのか、未だに謎である。


■ これまでに1000種類以上のクマムシが記載されているが、その99%は生息環境で何を食べているか不明である。これまでに確認されたクマムシの餌は、藻類、ワムシ、線虫、そしてクマムシなどである。種類によって肉食性、草食性、そして雑食性に別れる。


■ クマムシは市街地に生えるコケに住んでいることが多い。とりわけ、乾燥していて薄く生えているコケをクマムシは好む。採集経験を繰り返すうちにコケリテラシーが高まり、どんなコケにクマムシが住んでいるか瞬時に鑑定できるようになる。
【参考記事】もし助手ガールがクマムシを採集観察したら 



コケを採取する助手ガール


★クマムシのなまえトリビア★


■ ヨコヅナクマムシは札幌市・豊平川にかかる橋の上に生育するコケから発見された。クマムシの中でもきわめて高い極限環境耐性能力をもつために「ヨコヅナ」の名が冠された。命名者はクマムシ研究者の堀川大樹。名付けた当初は、この名前を研究者同士の会話で出すのが互いに恥ずかしかったが、今ではすっかり定着している。



ヨコヅナクマムシ(撮影:堀川大樹)


■ ヨコヅナクマムシはメスのみで繁殖する。そこで、1匹のメスに由来する標準系統が作製され、YOKOZUNA-1と名付けられた。ヨコヅナクマムシは日本でしか通用しない和名だが、YOKOZUNA-1は国際的に通用する名称。命名者はやはり堀川。


■ 皇居で生物層の調査を行った際、皇居敷地内の土壌から珍しい形の爪をもつ新種のクマムシが発見された。このクマムシは発見された場所にちなみ、「ミカドチョウメイムシ」と名付けられた。命名者はクマムシ研究者の阿部渉。


■ 東京の下水処理場から1種類のクマムシが発見された。このクマムシは発見された場所にちなんで「ゲスイクマムシ」と名付けられた。名付け親はクマムシ研究者の宇津木和夫。命名者に悪気は無いので、教育委員会などに通報するのは避けていただきたい。


■ クマムシは中国語では「熊蟲(ションチョン)」という。「熊蟲」は風の谷のナウシカの「王蟲」を想起させる。「熊虫」よりも「熊蟲」の方が強そうだ。



★クマムシのしいくトリビア★


■ クマムシを水の張ったガラスシャーレに入れるとガラスの上をうまく歩けず仰向けになってしまう。自力で起きあがることは難しいので、肉食性クマムシだと餌があっても捕獲できずに力尽きて死んでしまう。


■ クマムシで人工飼育系が確立された種類はすべて真クマムシ類である。異クマムシ類に属する種類の飼育に成功した例はまだない。トゲクマムシは市街地でも頻繁に見られる異クマムシ類の一種であり、これまでにクマムシ研究者によって飼育が試みられてきたが、飼育に成功した者はいない。

日本には、クマムシの飼育開発におけるパイオニアである鈴木忠がいる。鈴木は肉食であるオニクマムシの継代飼育系を確立した。その後、堀川大樹がヨコヅナクマムシの飼育開発に成功、國枝武和がチョウメイムシとゲスイクマムシの飼育系を確立している。


■ クマムシは飼育培地の寒天の上にぺったりしがみついており、古い培地から新しい培地に移すのに一苦労する。ただし培地交換の際に炭酸水でクマムシを麻痺させると、容易に寒天からはがせる。

東京大学(本郷)の生協で売っているロケッタという銘柄の炭酸水が効果抜群である。東大在籍時代、私はこれを愛用していた。この炭酸水を冷やして使うと、さらに麻酔効果が上がる。低温にすることでクマムシの代謝が低下することと、炭酸ガスの水への溶解度が高くなることによる相乗効果のためだと推測される。


■ クマムシは、暗いところが好きである。光を当てると光源から遠ざかる行動が見られる(負の走光性)。日の当たるまっとうな道を歩けない運命にある。そして、クマムシは広いところが嫌いで、狭いところが好きである。寒天培地で飼育をすると、培地上にできた小さな裂け目に好んで入りたがる。だから三畳一間の物件はいつもクマムシどうしで奪い合う。


■ オニクマムシの飼育は大変である。餌となるワムシを大量にしいくする必要がある上に、オニクマムシは環境が悪化するとすぐに死んでしまう。1000匹ほど飼っていた頃、堀川は過労で吐血したことが何度かあった。ヨコヅナクマムシはオニクマムシに比べて飼育が容易いが、荒川和晴は世話のし過ぎで吐血したことがある。


★クマムシのアカデミアトリビア★


■ クマムシが世界で最初に報告されたのは1773年、ドイツのゲーツェによる。彼によってクマムシという呼称も付けられた。


■ 世界のクマムシ研究者が集う「国際クマムシシンポジウム」が3年に一度開催される。次回第12回目のシンポは2012年にポルトガルで開かれる。参加者は74名。筆者はこれまでに2003年アメリカ大会、2006年イタリア大会、2009年ドイツ大会に参加している。


■ 日本にはクマムシ学会は存在しないが、2006年に一度だけクマムシ研究会が東京大学理学部2号館にて開催された。発表者7人、参加者はおよそ120人。会場ではクマムシ金太郎飴がふるまわれた。


■ ヨコヅナクマムシの全ゲノム解読プロジェクトがオールジャパン・クマムシチームによって進められている。ヨコヅナクマムシのゲノムから、動物における極限環境耐性のメカニズムが明らかになることが期待される。
【日本語サイト】クマムシゲノムプロジェクト
【英語サイト】Kumamushi Genome Project


★クマムシのうたトリビア★


■ 「水の中の小さなクマ」というクマムシソングが一時期、NHK教育テレビの番組「むしまるQゴールド」で流れていた。同曲を作ったのはロックバンドの「はっぴぃえんど」*1


★クマムシのたえるトリビア★


■ クリプトバイオシスは「いかなる生命反応も見られないような仮死状態」と定義される。クマムシをクリプトバイオシスに導く環境要因として乾燥、凍結、高浸透圧、無酸素の4つがあり、それぞれ乾眠、凍眠、塩眠、窒息仮死を誘導する。


クマムシのクリプトバイオシス


■ クマムシが脱水して乾眠状態に移行するためにはゆっくり乾燥する必要がある。低湿度の環境で急速に乾燥すると乾眠状態に移行できず死んでしまう。例えば、クマムシをガラスなどの上で乾燥させると脱水が急速に起きるため、乾眠状態に入れずに死ぬ。水を含んだろ紙の上でゆっくりと乾燥させることで、クマムシをうまく乾眠状態に移行させることができる。



ヨコヅナクマムシの脱水と再吸水後の復活の様子(撮影:堀川大樹)


■ クマムシはブラインシュリンプやネムリユスリカ(10〜20%)に比べて乾眠時にトレハロースをあまり蓄積しない。最も多くトレハロースを蓄積する種類でも乾燥重量の2.3%ほどである。


■ クマムシは乾燥状態だけでなく、実は通常の水和状態でも放射線耐性がある。水和状態の方が乾眠状態よりも少しだけ放射線耐性が高い傾向がある。
【参考記事】クマムシの放射線耐性


■ クマムシが無駄に放射線に強い理由としては、かれらの乾燥耐性能力に由来すると考えられる。生物は乾燥したり放射線を浴びたりするとDNAが切断されたり生体分子が酸化されてしまう。クマムシは乾燥によるダメージから身を守る術を身につけた結果、その副次的形質として放射線耐性を獲得したのだろう。


■ 乾眠状態のクマムシはほぼ絶対零度の−273ºCでも耐えられる。また、通常の活動状態でも乾眠能力のあるクマムシは凍結に耐えることができ、−196ºCまで温度を下げても生存する。


■ 乾眠状態のクマムシが衛星に搭載され、宇宙空間に10日間曝された。宇宙空間の真空のみに曝された場合では、その多くが生き残った。真空に加えて宇宙環境の紫外線に曝された場合は、多くが死滅したものの一部は生存していた。なお、温度は人為的にコントロールされており、厳しい高温や低温には曝されなかった。


■ 海や池に生息するクマムシは乾燥耐性が無く、乾くと死んでしまう。乾眠状態に移行できないので、高温、低温、真空、高圧などの極限環境にも耐えられない。とても弱い。


■ クマムシが脱水して乾眠状態に移行するためにはゆっくり乾燥する必要があるが、クマムシ以外の乾眠動物(センチュウ、ワムシ、ネムリユスリカ)はクマムシよりももっとゆっくりと乾燥しないと乾眠状態に移行できず死んでしまう。つまり、クマムシは乾眠動物の中でも最も乾燥耐性が強いといえる。


■ クマムシ以外の乾眠動物(センチュウ、ワムシ、ネムリユスリカの幼虫)は肢をもたずウネウネ動く。その動きはよちよち歩きのクマムシに比べるととてもかわいいとは言えない。つまり、クマムシは乾眠動物の中でダントツでかわいいといえる。(主観)



クマムシブローチ(作:ななをさん)



クマムシのストラップ(作:@kuronyankotobokさん)



クマムシ弁当(作:堀川大樹)



クマムシチョコ(作:堀川大樹)


いかがでしたでしょうか。クマムシのこと、詳しかったつもりでも意外と知らないことだらけ...という方が多かったと思います。

でも、大丈夫。これであなたも立派なクマムシマニアです。

ぜひとも周囲の人たち(家族、親戚、友人、クラスメート、職場の同僚、お見合いパーティーの相手、ナイトクラブのおねえさん、満員電車での隣人など)に、これらの知識をハイテンションでひけらかしましょう。そして、思いっきりドン引きさせましょう。

さらにマニアックなクマムシトリビアは「むしマガ」(月額840円・初月無料)で連載しますので、クマムシマスターになりたい方はぜひこちらもどうぞ。

ご質問などは下のコメント欄、@horikawadFacebookのむしブロページなどでご遠慮無くどうぞ。


【参考資料】


クマムシ博士の「最強生物」学講座ー私が愛した生きものたちー


クマムシ?!―小さな怪物 (岩波 科学ライブラリー)


クマムシを飼うには—博物学から始めるクマムシ研究:鈴木忠、森山和道 著

クマムシを飼うには—博物学から始めるクマムシ研究


耐性の昆虫学(田中 誠二、小滝 豊美、田中 一裕 編著) 第12章:ヨコヅナクマムシの乾眠と極端な環境に対する耐性(堀川大樹 著)


【関連記事】

クマムシトリビア集 その1:Togetter

クマムシトリビア集 その2:Togetter

もし助手ガールがクマムシを採集観察したら:むしブロ+

クマムシの放射線耐性:むしブロ+

*1:コメント欄にてとおりすがりさんより、これははっぴぃENDOでありはっぴぃえんどではないのでは?という情報をいただきました。詳しくはとおりすがりさんのコメント参照。