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クマムシ博士のむしブロ

クマムシ博士が綴るドライな日記

「クマムシに外来遺伝子17%」は真実か

クマムシ 科学・研究 むしマガ


クマムシは緩歩動物門を成す動物群である。系統上は節足動物や有爪動物(カギムシ)に近いとされているが、まだこのあたりの議論は続いている。クマムシは高い乾燥耐性やその他の環境耐性をもつ。クマムシの系統上の位置や環境耐性メカニズムを知るためにも、本生物のDNAに書き込まれた遺伝情報を調べることは必須である。私たち日本のクマムシ研究グループは、クマムシのなかでも*1とくに高い耐性をもつ種類のヨコヅナクマムシのゲノム解析を進めてきた。


・ノースカロライナ大学の研究グループによる報告


そんな中、2015年11月23日にアメリカのノースカロライナ大学の研究グループがクマムシのゲノム解析に関する論文を発表した。


Boothby et al. 2015. Evidence for extensive horizontal gene transfer from the draft genome of a tardigrade. PNAS (Early Edition)


ノースカロライナ大の研究グループが用いたのは、ドゥジャルダンヤマクマムシという種類。このドゥジャルダンヤマクマムシ、もともとはイギリス・ボルトンの池の底から採集されたものだ*2。イギリスのScientoという会社は、このドゥジャルダンヤマクマムシの系統を通信販売している。本種は入手しやすく、緑藻類を与えることで容易く増やせる。
 

ドゥジャルダンヤマクマムシのゲノム解析結果は驚くものだった。このクマムシのDNA上にある全遺伝子38,145個のうち17.5%にあたる6,663個が他の生物に由来するものだったと結論づけていたのである。DNAは基本的に親から子へと受け継がれるが、他生物のDNAが入り込み定着することもある。他生物からの外来DNAが取り込まれることは水平伝播とよばれ、とくに珍しいことではない。今回の報告で驚いたのは、取り込まれたとされる外来遺伝子の割合である。動物ではゲノム中の外来遺伝子の割合はおおむね2%以下であり、これまでで最も高い割合で外来遺伝子をもつことが報告されていた、乾燥耐性をもつヒルガタワムシでも、9.6%だった*3


ドゥジャルダンヤマクマムシが取り込んだとされる外来遺伝子のうち、9割は細菌に由来するもので、他には古細菌、植物、カビ、ウィルスに由来するものもあった。これを模式的に表すと、以下のようになる(図1)。クマムシのDNAの中に、細菌に由来するDNAが入り込んでいることがわかるだろう。


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図1. ドゥジャルダンヤマクマムシのDNAに入り込んだ細菌DNA


これらの外来遺伝子の中にはDNA修復酵素や抗酸化にかかわる酵素をコードする遺伝子も含まれており、ドゥジャルダンヤマクマムシが他生物種から取り込んだこれらの遺伝子を使って環境耐性能力を高めているのではないか、と著者らは主張している。乾燥はDNA鎖切断や酸化を引き起こすため、これに対抗する手段として、外来遺伝子の産物であるこれらの酵素が役立っているかもしれない、というわけだ。さらに著者らは、ドゥジャルダンヤマクマムシが乾燥する際にDNA切断と修復が繰り返される過程で、外来DNAが取り込まれたのではないかと推測している。


・やや無理のある論理構成


私がこの論文を読んで、最初にこう思った。著者らの説明の仕方がやや誠実さに欠けているのではないか、と。


まず、上述したように、このドゥジャルダンヤマクマムシの系統は水辺に住んでいたものである。つまり、ほとんど乾燥しない環境に住んでいたわけで、乾燥による選択圧をうけにくい。実際に、ドゥジャルダンヤマクマムシの乾燥耐性はあまり高くなく、非常にゆっくりと乾燥させないと仮死状態(乾眠)に入れずに死んでしまう*4。本種の乾燥耐性やその他の耐性を調査し報告した論文も、まだない。


それにもかかわらず、著者らはあたかもドゥジャルダンヤマクマムシが一部のクマムシ種と同様に高い乾燥耐性や環境耐性をもっているかのように、論文上で議論している。クマムシの強さを説く上で引用している論文は、私たちのものも含めて耐性が高い他種のクマムシを研究したものである。世間一般、そして、クマムシが専門ではない生物学者が抱く「クマムシ=強い」というイメージを使い、あえて読者がミスリードするような論理展開をしたと思われかねない書き方なのである。


ちなみに著者らは、ヨコヅナクマムシの紫外線耐性を解析した私たちの論文を引用して「クマムシでは放射線でDNA二重鎖切断が起こる」とも書いてあるのだが、我々の論文ではそのようなことを示していない*5。私たちは紫外線照射でクマムシのDNA上にできたチミン二量体しか解析しておらず、DNA鎖が切断されたかどうかは解析していないので、ちょっと不適切な引用をしているのだ。


いずれにしても、ドゥジャルダンヤマクマムシは乾燥をあまり経験しないので、乾燥に起因したDNA切断とその修復によって外来DNAが頻繁に取り込まれることは考えにくい。本種は乾燥耐性が低いので、外来遺伝子が耐性を担保している、というのも無理のある論理である。


・ライバル研究グループからの反論
 

私自身は上述のような懐疑をもったが、国内外のゲノム研究の専門家からは、本論文で示されたデータそのものがお粗末であることが指摘され始めていた。そのような状況の中、ライバルのUKのエジンバラ大学の研究グループから反論が出された。審査つき論文ではなく、bioRxivという論文の仮置き場的サイトでの発表である。ノースカロライナ大の研究グループの論文が発表されてから1週間後のことだ。


エジンバラ大の研究グループは10年ほど前から、今回ゲノムが解析されたドゥジャルダンヤマクマムシの同じ系統を用いてゲノム解析を行なってきた。論文発表こそしていないものの、ドゥジャルダンヤマクマムシのゲノムデータベースをすでに公開していた。なお、ノースカロライナ大の研究グループが発表した論文には、エジンバラ大の研究グループが公開したデータベースについては触れていない。


エジンバラ大の研究グループによる解析では、全部で23,021個の遺伝子が予測された。これは、ノースカロライナ大の研究グループによる報告に比べて15,000個ほど少ない数である。さらに、このうち細菌に由来すると思われる遺伝子は496個だった。こちらも、先行論文で示された6,000個を超える遺伝子に比べて著しく低い数字だ。


また、エジンバラ大の研究グループはドゥジャルダンヤマクマムシのゲノムサイズ(DNA量)をDNA染色による方法*6とバイオインフォマティクス解析の二通りで調べたところ、DNAの塩基数はそれぞれ1.1億と1.35億と推定した。ノースカロライナ大の研究グループも同じ二通りのやり方でゲノムサイズを推定している。以前のDNA染色による方法で推定した塩基数は0.75億1.5億((((Gabriel et al. 2007. The tardigrade Hypsibius dujardini, a new model for studying the evolution of development. Dev. Bil. 312, 545–559. 75Mbはhaploidでのゲノムサイズだったので、diploidの数値に修正した。))))であり、今回のバイオインフォマティクス解析による推定塩基数は2.1億となっており、こちらの研究グループによるゲノムサイズの推定値は手法間で大きな開きがある。


これらの比較をもとに、エジンバラ大の研究グループは、ノースカロライナ大の研究グループが今回報告した「ドゥジャルダンクマムシに存在する多数の外来遺伝子」が、実験ミスで混入した細菌などに由来するものだと主張している。
 

・二つの研究グループの解析結果がなぜ異なるのか


このように、両研究グループのデータと主張は大きく異なる。これは、なぜだろうか。まず、クマムシの回収方法の違いが後のデータの不一致を生んでいることが考えられる。


ドゥジャルダンヤマクマムシは体長が0.3mmほどと小さく、1匹から得られるDNA量はきわめて少ない。よって、ゲノムDNAを解析するには、多数のクマムシをまとめて集めてすりつぶしてDNAを抽出する必要がある。このときにやっかいなのが、培地中で餌として与えている緑藻や、培地に湧いてきた細菌などが混入することだ*7。これらの混入を排除するためには、DNAを抽出する前にはクマムシを絶食させて消化管内の内容物を排泄するまで待ち、念入りに純水で洗浄するのが望ましい(抗生物質を使うのも一つの手)。エジンバラ大の研究グループはフィルターを使い、クマムシ以外の微生物を洗い流している。だが一方のノースカロライナ大の研究グループはフィルターを使っておらず、洗浄のやり方がきわめて甘い*8。これだと、細菌がわんさか混入してもおかしくない。


ノースカロライナ大の研究グループが推定した多数の他生物種由来の遺伝子数は、この混入によって説明がつきやすい。だが、なぜ、そもそも他生物の混入が起きたかどうかがわからなくなってしまうのだろうか。これは、ゲノム解析を行なう際のテクニカルな部分に原因がある。ゲノム解析を行なうとき、まず、ある生物から抽出したDNA鎖を短く切り刻んで断片化する。次に、これらの短いDNA断片を人工的に複製し、それぞれのDNA断片の塩基配列を読む。そのあとで、ジグゾーパズルを作るようにDNA断片どうしをコンピューター上でつなぎ合わせて再構成する。


この技術を使うと、たとえば今回のように、クマムシのDNAに細菌のDNAが入り込んでいるのか、あるいは、クマムシと一緒に細菌が混入した結果として別々のDNAが混ざっているのかが判別しづらくなる(図2と図3)。


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図2. クマムシのDNAに細菌のDNAが入り込んでいる場合


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図3. クマムシと細菌が混ざった場合


図2と図3で調整されたDNA断片を見ると、結果として似たようなDNA断片の構成になっているのがわかるだろう。


ノースカロライナ大の研究グループは、この図3のような細菌の混入がないかを一応チェックしている。同一のゲノム上にクマムシと他生物種のDNAが入っている(図1と図2のような場合)かを調べたのである*9。その結果、ランダムにピックアップした107個の外来遺伝子のうち、104個の遺伝子が同一ゲノム上に存在すると推定された。


だが、エジンバラ大の研究グループは、各遺伝子の塩基の組成の違いや、遺伝子が実際に使われている(発現している)かを調べた結果*10、ノースカロライナ大の研究グループによって示された6,000個以上の外来遺伝子のほとんどが細菌の混入によるものと結論づけた。


興味深いことに、エジンバラ大の研究グループは、上述のノースカロライナ大の研究グループが「ランダムに選んだ」107個のうちおよそ半分にあたる57個の遺伝子は、混入によるものではないと推定している。6,000個以上のたいはんの遺伝子が混入によるものと推定されたにもかかわらず、である。偶然にしては出来すぎた値ではないだろうか。


この他の両者のデータを比べても、エジンバラ大の研究グループのデータと主張のほうが理に適っているように思える*11。もちろん、それとて真実であるとは断言できないし、今後、別の研究グループによる解析も待たれるところだ。


最後に。この両研究グループは、どちらも基本的には進化発生学的な興味でクマムシの研究を行っており、クマムシがもつ高い耐性についての興味は二の次のようだ。だから、耐性はあまり高くないが、飼育が簡便でよく増えるドゥジャルダンヤマクマムシを使っているのだろう。その一方で、私を含めた日本のヨコヅナクマムシゲノムプロジェクトチームのメンバーは、クマムシの耐性への関心のほうが強い。地上最強ともいえるヨコヅナクマムシのゲノムからは、またひと味違った、面白い物語が語られるのではないかと期待している。


【参考書籍】

次世代シークエンサー―目的別アドバンストメソッド (細胞工学 別冊)


※本記事は有料メルマガ「むしマガ」321号「「クマムシに外来遺伝子17%」は真実か」の一部です。

クマムシ博士のむしマガVol. 321【「クマムシに外来遺伝子17%」は真実か】

2015年12月11日発行
目次

【1. はじめに】サイエンスZEROの収録が終わりました
リハーサルではうまくいかず。放送事故だけは避けたい・・・。

【2. むしコラム「「クマムシに外来遺伝子17%」は真実か」】
「クマムシに外来遺伝子17%」という報告の妥当性を探る。

【3. おわりに「いきもにあに参加します」】
これから京都に行ってきます。いきもにあのクマムシさんのお店で待っています。

【料金(税込)】 1ヵ月840円(初回購読時、1ヶ月間無料) 【 発行周期 】 毎週

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*1:現在、クマムシの種類は1200種以上が知られている。

*2:Gabriel et al. 2007. The tardigrade Hypsibius dujardini, a new model for studying the evolution of development. Dev. Bil. 312, 545–559.

*3:Boschetti et al. 2012. Biochemical diversification through foreign gene expression in bdelloid rotifers. PLoS Genet 8(11):e1003035.

*4:ドゥジャルダンヤマクマムシの乾燥耐性については私自身が確認しており、ノースカロライナ大学の研究グループも学会発表で報告しているが、論文発表はまだない。

*5: Horikawa et al. 2013. Analysis of DNA repair and protection in the tardigrade Ramazzottius varieornatus and Hypsibius dujardini after exposure to UVC radiation. PLoS One, 8: e64793.

*6:フローサイトメトリーで測る方法のことを指している。

*7:ドゥジャルダンヤマクマムシやその他のクマムシでも、無菌飼育はまだ開発されていない。

*8:緑藻といっしょにしたシャーレに光を当てて負の走光性を利用してクマムシをビーカーに回収し、何度か水を入れ替えて洗浄している。最終的にはビーカーの底に溜まったクマムシを回収しており、これだと細菌などの混入がかなり起こりそう。

*9:Bridged PCR法により、scaffoldにおいてクマムシと他生物種由来の配列をまたぐ増幅をかけている。

*10:GC content、RNA-Seq、coverageなどのデータをもとに判断している。

*11:ノースカロライナ大の研究グループのデータによると、contigのN50が15.2kb、scaffoldのN50が15.9kb。それにもかかわらず、1Mbもの長いscaffoldも複数存在しており、そのすべてが細菌のデータにマッチしているという指摘もある。