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クマムシ博士のむしブロ

クマムシ博士が綴るドライな日記

ハチミツ嫌いのマルクス

科学・研究 むしマガ

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マルクスは「ニガイー族」の末裔として生まれた女の子。一族の他の者と同様に、小さい頃より外の世界から隔絶されて過ごしていた。


ここでいう外の世界とは、「アマイー」族の社会のこと。ニガイー族はアマイー族から差別を受け、虐げてられていた。


アマイー族の世界は、怪獣のすみかの地下に広がっている。ここの怪獣たちは、朝食には決まってハニートーストを食べる。怪獣はハチミツをてんこもりに塗りたくったトーストを食い散らかす。このハチミツつきトーストのかけらは、アマイー族の聖食となる。


この日はアマイー族が感謝祭を開いていた。アマイー族は、怪獣からの恵みであるハチミツを皆で大いに楽しんでいた。


ニガイー族のマルクスは、生まれてから一度もハチミツを口にしたことがなかった。


ニガイー族の家庭では、魚の骨や腐ったキャベツなど、粗末な食べ物しか食卓に上らない。これまでずっと、マルクスは、アマイー族がハチミツを美味しそうにほおばるのを、遠くから見ていることしかできなかった。


しかしこの日、マルクスは己の欲望をどうしても抑えることができなかった。ついにニガイー族侵入防止用バリケードを突破し、アマイー族の居住区域に侵入。


すると、大通りでハチミツをふるまっていた優しそうなおじさんと目が合った。


「お、可愛いお嬢ちゃんだね。おや、まだハチミツ食べてないのかい?ほら、どうぞ」


マルクスは安堵した。自分がニガイー族とはバレていない。おじさんからもらったハチミツを口にした。夢にまで見た、黄金色に輝くごちそうだ。


だが、どうしたことだろう。ハチミツを口に含んだとたん、この世のものとは思えない苦味がマルクスの脳天を直撃した。


「げええええええええええ」


それはまるで、この世に溢れる怨念と憎悪のすべてを凝縮したかのような苦しさだった。吐いても吐いても、苦味がとれない。涙も止まらない。


「こ、こいつ!ニガイー族だ!!」


さっきまで笑顔だったおじさんが、平成13年夏場所千秋楽の貴乃花のように、鬼の形相になって叫んだ。


それを聞きつけた他のアマイー族たちが、いっせいに集まってきた。アマイー族の一味は、マルクスに容赦ない暴行を加えた。そして、マルクスは再びニガイー族の居住域に連行された。


マルクスは、ニガイー族が差別されている理由を理解した。


アマイー族の聖食であるハチミツを食べることができないニガイー族は、呪われた一族というレッテルを貼られていたのだ。だから多数派のアマイー族は、ニガイー族を隔離する政策をとっていたわけだ。


生まれながらにしてハチミツを受けつけない、自らのニガイー族の血を呪うマルクス。やがて部屋から一歩も出ないまま、大人になった。


そんなある日、天から、これまでに見たことのない紫色の物体が、アマイー族のエリアの方で無数に降っているのを目にした。どうやら、怪獣が落としたようだ。


久しぶりに家の外に出てその光景を眺めていると、ハチミツと同じ、苦々しい臭気を発していた。たまらず、家の中に引き返した。他のニガイー族も皆、おびえて家の中に引きこもった。


それからしばらくすると、遠くから声が幾重にもなって響いてきた。アマイー族の、断末魔の叫びだった。


ただならぬ事態に、ニガイー族はおそるおそるアマイー族のエリアまで様子を見に出かけた。そこで見たものは、アマイー族の屍の数々だった。アマイー族の脇には、あの紫色の物体が転がっていた。


この物体の正体は、食毒剤だった。グルコースに毒を混ぜたものだ。グルコースはアマイー族の好物なので、アマイー族は皆この物体を食べた。


ニガイー族はグルコースを食べない。苦いからだ。ハチミツが嫌いなのも、グルコースが多量に含まれているためだ。しかしこの習性のおかげで、ニガイー族は生き残ることができた。


その後、マルクスとニガイー族は子孫を繁栄させ、自分たちの新しい世界を作った。もう、アマイー族からも誰からも迫害されることはない。ようやく訪れた平和を、皆が謳歌した。


(おわり)


【参考文献】

Wada-Katsumata et al. (2013) Changes in taste neurons support the emergence of an adaptive behavior in cockroaches. Science, 340: 972-975.


※本記事は有料メルマガ「むしマガ」155号「ハチミツ嫌いのローラ」に掲載された記事を一部修正したものです。

【料金(税込)】 1ヵ月840円(初回購読時、1ヶ月間無料)

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『衛生害虫ゴキブリの研究』年季入りの本格書

書評 科学・研究

衛生害虫ゴキブリの研究 (SCIENCE WATCH)

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「黒塗りの家庭内ランナー」としてお馴染みの生きもの、ゴキブリ。


たったの一匹が加工食品に混入しただけで、ひとつの企業を存続の危機に追いやるほど、この生物は忌み嫌われている。だがはたして、この同居人の実際の姿を知る日本人は、いったいどれくらいいるだろうか。


何のてらいもないタイトルの通り、本書は、屋内で遭遇する衛生害虫ゴキブリの研究書である。著者は、民間の研究所などで50年以上にわたってゴキブリ研究に従事してきており、ちなみに昭和7年生まれ。そして本書には、著者らによる圧巻の研究成果の数々が、これでもかと言わんばかりに詰め込まれている。表紙に描かれたイラストこそゆるふわの脱力系だが、けっして生半可な気分では読了できない本格的なハードコア・ゴキブリ書に仕上がっているのだ。


本書のページを開くとまず目に飛び込んでくるのが、巻頭カラーグラビアを飾っているゴキブリたちだ。これらはいずれも日本の屋内に出没するゴキブリ種ばかりだが、この巻頭グラビアで真っ先に紹介されているのがヤマトゴキブリであるところに注目したい。外来種も多くいるゴキブリたちの中から、あえて日本産のヤマトゴキブリをトップに推してきた著者の心意気がうかがえよう。


この巻頭カラーグラビアはただ鑑賞するだけのものではなく、それ以上の意味をもつ。このグラビアこそが本書内のゴキブリ簡易区別表と密接に連動しており、ゴキブリの種類を調べるのにたいへん便利な仕様となっているのである。本書を利用し、ゴキブリホイホイなどにトラップされたゴキブリの種を同定するのも楽しいだろう。もちろん、子どもの自由研究にも最適だ。


よく知られているように、ゴキブリは三億年前から地球上に存在している。私たちの大先輩である。この生物は世界に3500〜4000種ほどおり、日本では50種強が確認されてきた。しかもこれだけの種数を誇りながら、屋内に出没するのはこのうち1%にも満たない。ほとんどの種類は、森などに生息する屋外性である。


日本でみられる主な屋内性のゴキブリはヤマトゴキブリ、ワモンゴキブリ、コワモンゴキブリ、クロゴキブリ、トビイロゴキブリ、チャバネゴキブリなど。ワモンゴキブリやチャバネゴキブリはアフリカ地域などに由来する外来種である。近年は人類の生活環境が都市化し、冬でも温暖な家屋や施設が増えた。これに伴い、亜熱帯・熱帯性ゴキブリが本州にも進出している。


ゴキブリは増殖力が高いイメージがあるが、著者らによる実際の研究成果から、それが具体的な数字となって証明されている。たとえば、亜熱帯性のチャバネゴキブリ10匹の集団に3グラムの餌を1週間に一度のペースで与え続けると、40〜50日後にはなんと1500匹ほどにまで増える。ゴキブリの餌となる食べかすを、家の中で1週間にたったの3グラム(1日あたり0.4グラム)落としていたら、それだけでゴキブリが大増殖する可能性があるわけだ。


これが1週間に10グラム、いや、20グラムだったら・・・・・・。考えるだけで恐ろしい。仮にゴキブリの99%を駆逐したとしても、ちょっと掃除をしないだけですぐにゴキブリが爆発的に増えることがわかるだろう。ゴキブリを増やさないために肝心なのは、こまめな掃除ということに尽きるのだ。


不死身なイメージのあるゴキブリだが、意外な一面もある。暴れるゴキブリの脚をつかむと簡単にちぎれてしまったり、そのやわらかなボディも強く挟めば死んでしまう。実験作業のときは、ゴキブリをうっかり殺めてしまわぬように炭酸ガスで麻酔するなどして、つまんで移してやる。実は、か弱い生物なのである。ちなみに実験用のゴキブリは調製された餌と水で飼育されているため、とくに不潔ということはなく、素手でつかんでも特に問題ない。


本書には他にもゴキブリの生態や駆除のコツが目白押しだ。とりわけ圧巻なのは、ゴキブリの冬眠についての研究成果の数々である。ゴキブリの休眠をさまざまな温度や日照条件で検証した著者らのデータが紹介されているのだが、クロゴキブリなどは寿命が長いため、ひとつの実験に丸一年以上かかることもある。


このような実験を行うためには、日々のゴキブリ個体のチェックが欠かせない。温度管理も、実験の肝となる。もしも、ゴキブリを飼育している恒温器や飼育室の温度管理システムが実験期間中に故障し、実際の飼育温度が乱れようものなら、実験データはそこで水の泡になってしまう。これは憶測だが、不慮の事故などで、パーになってしまったデータも少なくなかったのではないだろうか。


そんなリスクを経て、長期にわたって得た実験データが、本書にはいくつも掲載されている。まさに、著者の研究の結晶たちだ。このようなデータの一つ一つを見ると、なんだか図表に向かって拝みたくなってくるほどである。


決して、これは万人向けの生やさしい本ではない。むしろ、読み手を選ぶ本だ。ひとつ言えるのは、本書が、半世紀以上にわたってひとつの研究対象に向き合ってきた研究者本人の手によって、記されているということだ。世の中に科学書は数あれど、こんな本は、そうそうお目にかかれない。


年代物のブランデーをじっくりと味わうような読書体験をしたい本読みにこそ、本書はおすすめしたい。


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ゴキブリだもん?美しきゴキブリの世界? (一般書籍)

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※本記事は書評サイトHONZに寄稿したものです


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人工肉と人工肉が変える道徳

お知らせ 科学・研究

みんな大好きなお肉。人工肉開発の現場と、人工肉が未来の道徳や倫理観を変えうると考察したコラムをウェブ・ジャーナル『ハーバー・ビジネス・オンライン』に寄稿しました。

今、この記事を読んでいる時点でも、10億頭のブタ、15億頭のウシ、そして190億羽ものニワトリが、人類の胃袋を満たすために、この地上で待機させられている。


人工培養肉は、環境にフレンドリーなだけではない。家畜を殺さずに済むので、動物フレンドリーでもある。人工肉は、その製造コストが十分に下がれば、マーケットには人工肉が一気に広がるだろう。


人工肉は、人類の宇宙進出にも一役買うはず。地球外惑星への移住には、現地での食料の確保が必要だ。タンパク源として家畜を連れて行くよりも、タンクと培養液で作れる人工肉を摂取するほうが現実的だろう。


人工肉が普及した未来では、「本物の肉を食べるのは野蛮な行為」という倫理観が人類に定着するかもしれない。その一方で、特定の性癖をもつ層から、ヒトの細胞から作られる「人工ヒト肉」への需要が芽生えてくるかもしれない。


技術の革新はいつだって、人の倫理観を劇的に変える。人工肉は人類を救うのと同時に、新たな道徳をも生み出すことだろう。

hbol.jp

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