クマムシ博士のむしブロ

クマムシ博士が綴るドライな日記

共同研究者に「ギブ・ミー・マネー」と言う時代

先週はフランス人の知人一家がこちらに遊びにきました。この知人は、フランスで博士号を取得し、今はアメリカのワシントン大学でテニュアトラック助教をしている知人のアンソニー。そしてアンソニーの妻(台湾人)、子ども、妻のお母さん、そしてアンソニーの弟を加えたご一行が我が家と実家に遊びにきました。


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私の実家の桜に興奮し激写するアンソニー一家


アンソニーの専門はナノテクノロジーとバイオテクノロジーを融合した分野。植物体の中にナノファイバーを張り巡らせて、光合成効率を向上させることを目指しています。フランスからアメリカに移り、現地のトップ大学でテニュアトラック助教に就いているので、アカデミア的にはなかなかのエリートコースを歩んでいる彼。でも、研究環境は恵まれているものの、フランスとアメリカの研究文化の違いへの戸惑いもこぼしていました。


たとえば、同じ大学の中で別の研究室と行なう共同研究。あるデータを取るときに、共同研究先の別の研究室の機器を使わなければならない場合があります。しかしこのとき、共同研究であっても、その別の研究室での機器の使用料を払わなければならないそうです。


共同研究ということは、論文になれば著者陣のなかに共同研究先の研究者も入ることになります。つまり、共同研究者たちに自分のところの機器をどんどん使ってもらいデータを出してくれれば、論文になるし、自分の業績にもプラスになるわけです。ですから、日本でもフランスでも、通常は共同研究者に対して自分の研究室の機器使用料を請求することはありません。


憶測ですが、この機器課金の背景にはアメリカの独特な研究システムの影響があるものと思います。アメリカでは、各研究室は研究資金のほとんどを競争的研究費に依存しています。研究費を獲得できなければ研究員や大学院生を雇うことができず、機器や試薬も購入しづらくなります。それだけでなく、研究室の賃貸料も大学に払うことができなくなります。場合によっては、自らの給料すら払えなくなってしまう。


このようなわけで、機器の使用料など、課金できる機会があれば、共同研究者であろうと躊躇なく「ギブ・ミー・マネー」と言う研究者が出てくるのでしょう。もっとも、私がアメリカにいたときには周りにこのようなタイプの研究者はいなかったので、アンソニーの共同研究者はだいぶマイノリティーだと思いますが。それでも、アメリカ型の研究システムでは、今後このようなタイプの研究者がどんどん増えてきてもおかしくありません。


日本でも、大学の運営交付金を減らして競争的研究資金の獲得を研究者に競わせる方向へと向かっています。日本の研究者もえげつなく「ギブ・ミー・マネー」を連呼する時代がもうすぐ来るのかもしれません。


【追記】



ということで、アメリカでは昔から人によってはそういうタイプがいたようですね。


※本記事は有料メルマガ「むしマガ」289号「日本原理主義フランス人を通して見えたもの」の一部です。

クマムシ博士のむしマガVol. 289【日本原理主義フランス人を通して見えたもの】

2015年4月19日発行
目次

【0. はじめに】春の綱島温泉大宴会〜バッタ博士を迎えて

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久しぶりにバッタ博士を囲んでの宴会が執り行われました。綱島温泉、昭和情緒にあふれすぎて、そこが都会にあることを忘れそうになるほどでした。バッタ博士やメレ子さんらからのメッセージも掲載。

【1. むしコラム「日本原理主義フランス人を通して見えたもの」】
日本大好きフランス人の知人がやってきた。多様性から目をそらし、メディアなどにより単純化されたイメージを盲目的に信じることのこわさについて考察。

【2. Q&A『もう少し英語が上達したら・・・』】
中学生クマムシ博士からの質問。「○○がもう少し上達したらxxしよう」という考え方はやめておいた方がいいということ。

【3. おわりに「アリマニアの学生」】
アリマニアの慶應生。彼がとった意外な行動とは。

【料金(税込)】 1ヵ月840円(初回購読時、1ヶ月間無料) 【 発行周期 】 毎週

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【書評】『捏造の科学者 STAP細胞事件』科学界に横たわる問題を提起し続ける装置

捏造の科学者 STAP細胞事件:須田桃子


本書は毎日新聞記者の須田桃子氏によるSTAP細胞騒動の記録である。2015年の大宅壮一ノンフィクション賞にも選ばれている。


物語は、須田氏が笹井芳樹氏からのメールを受け取るところから始まる。須田桃子氏によるSTAP細胞騒動の記録である。物語は、須田氏と笹井芳樹氏とのメールのやりとりからはじまる。理研CDBから記者会見の招待を受けた須田氏が笹井氏に問い合わせたところ、笹井氏から会見への参加を強く勧められる。


STAP細胞論文発表の記者会見は、発見内容のインパクトの大きさに加えて、プロモーション要素も大きなものだった。熱狂する世間と科学界。しかし、その直後からSTAP細胞論文に数々の疑義が浮上する。須田氏らはSTAP細胞論文の主要著者である笹井氏、若山照彦氏、丹羽仁史氏、そして理研CDBセンター長の竹市雅俊氏に率直な疑問をぶつける。とくに、笹井氏とのメールのやりとりは分量も多く、生々しさが際立つ。


騒動の争点となった疑義の科学的な解説も秀逸だが、本書を通してもっとも感じるのは研究者たちの人間くささだ。科学や研究の世界では、ある事象に対しては私情を排して客観的かつ批判的に分析することが求められる。本件で責任的立場にあった理研CDBの研究者たちは、この能力がとくに優れていた。だが、どんなに優秀な研究者であっても、立場によっては科学哲学は二の次になりうることが、本件から浮き彫りになった。


STAP細胞論文に重大な疑義が見つかり、追試に成功していないにもかかわらず、細胞作製の詳細なプロトコールを発表したこと。STAP細胞やSTAP細胞から派生したとされる残存試料の解析は後回しにして、細胞作製の検証ばかりを優先したこと。彼らの説明は、科学的な論理が破綻しておいた。もしも彼らが当事者でなければ、このような判断や行動はしなかったことだろう。


本書は騒動の詳細を時系列順に追っており、よくまとまっている。ただし、ひとつ残念なのは、本件に対するネットの関わりについてあまり述べられていないことだ。


著者が大手新聞社の記者であるというポジションを考えれば、マスメディアのアクティビティーばかりに言及するのは仕方ないことかもしれない。しかし、STAP細胞論文や小保方氏の博士論文の疑義を見つけ出したのはネット上の人々であり、マスメディアもそれらの情報を頼りに報道をしていた部分も大きい。マスメディアから出た情報については媒体名を引用しているが、ネット上の情報については媒体名を記載せずに「ネット上」とひとくくりにするのは違和感を覚える。


須田氏自身も間違いなくTwitter上の研究者たちのつぶやきやPubPeer11jigen氏のブログ2ちゃんねる生物板などから情報を得ていたはずだ。本書では本件におけるネット上の各媒体が果たした役割についてあまり触れられておらず、そこには物足りなさを感じる。


とはいえ、STAP細胞騒動を本書ほど包括的に記載した本は他にないのも間違いない。研究分野間での熾烈な競争、保身に走る研究者や組織、世間と専門家との間の見識の乖離。STAP細胞騒動は無数の要因がその背景に存在し、そして、数えきれないほどの課題を残した。STAP細胞騒動を時系列順にまとめた本書は、これらの問題をこの先も提起し続ける装置として機能することだろう。


STAP細胞騒動における疑義や、解析結果の科学的な解説については、日経サイエンス2015年3月号「STAPの全貌」に詳しい。


日経サイエンス2015年3月号「STAPの全貌」


こちらも合わせて読むと、本騒動の核心をより深く理解できる。


※本記事は有料メルマガ「むしマガ」288号「熱気を帯びる地球外生命探査計画」の一部です。

クマムシ博士のむしマガVol. 288【熱気を帯びる地球外生命探査計画】

2015年4月12日発行
目次

【0. はじめに】クマムシ受容体
世間でクマムシの認知度が上がっている。クマムシ受容体が人々に発現しているのだ。そのため、以前に比べるとクマムシに関する情報がより届きやすくなっている。

【1. むしコラム「熱気を帯びる地球外生命探査計画」】
NASAのチーフサイエンティストが「地球外生命の兆候を10年以内に見つける」と発言。宇宙探査には莫大な資金がかかるため、国民の理解が必要になる。日本でも地球外生命探査を実現するために、研究者たちはあの手この手で資金をつかもうとしている。

【2. 今週の一冊『捏造の科学者 STAP細胞事件』】
毎日新聞記者によるSTAP細胞騒動の記録。本書は、科学界に横たわる問題をこの先も提起し続ける装置として機能することだろう。

【3. おわりに「クマムシチャンネル」】
クマムシチャンネルでは今後、スペシャルゲストたちが続々と登場していく予定だ。

【料金(税込)】 1ヵ月840円(初回購読時、1ヶ月間無料) 【 発行周期 】 毎週

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『納豆菌の真実』書籍化のお知らせ

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私はこれまで、恐ろしい納豆菌の陰謀を暴露し続けてきた。


みんな納豆菌を甘く見ない方がいい: むしブロ+

もう一度言う。みんな納豆菌を甘く見ない方がいい。

納豆菌の無差別テロ攻撃により人類滅亡までのカウントダウンがはじまった: むしブロ+


納豆菌は学名をバチルス・サブチリス・ナットー(Bacillus subtilis var. natto)とよばれる細菌とされている。芽胞とよばれる休眠状態になると、ほぼ不死身ともいえる耐性能力を発揮する。


芽胞状態の納豆菌は100万年以上を生きのび、100ºCで煮沸しても死なず、人間にとって1万シーベルト相当の放射線を照射されても平気だ。


納豆菌が宇宙空間に6年間さらされても生存できることが、NASAによって実証されている。納豆菌のネバネバ物質であるγ-ポリグルタミン酸は、そのほとんどが地球の生物には見られないD型の光学異性体で構成されている。


そう。納豆菌は地球外生命体だったのだ。


納豆菌は地球に飛来したのち、納豆という食べ物に紛れることに成功した。こうして地球人の体内に侵入を開始したのだ。日本は、納豆菌にひどく汚染された、絶望の地と化してしまった。


私がこのような警告を繰り返し行なっても、あいかわらず、世間では納豆や納豆菌がもてはやされている。健康によい、ダイエットにきく、水が浄化される・・・などなどだ。これはマスメディアや政府関係者の中枢の人間すべてが、納豆菌に冒され洗脳されていることを示している。納豆菌の仲間であるLactobacillusは、腸内に潜んで動物の脳に働きかけ、行動を変えることが知られているのだ。


私はこれまで、何度も何度も納豆菌や納豆菌側の人間たちに抹殺されそうになってきた。洗脳されていない知人でも、納豆菌の真実を知ったあとは、私に近づかなくなってしまった。


絶体絶命のなか、私のそのあげる声がかき消されそうになったとき、天から救いの手が差し延べられた。この恐ろしい真実を社会に知らせたいと願う私に共鳴してくれた、命を投げ打つ覚悟をもった出版社である。この出版社は、これまでにも、権力や世論の圧力にも屈しずに、物議をかもす本を何冊も世に送り出してきた。事実、納豆菌の書籍化については、この出版社以外のところからは、すべて断られてしまったのである。


こうして納豆菌の陰謀を書籍化できることになり、命を懸けてきた甲斐があったというものだ。それでは、本書の内容を以下に紹介させていただきたい。


——————

納豆菌の真実(幻党舎刊)


第一章「欺瞞の納豆」

納豆は悪臭を放つだけでなく、その効用も科学的根拠が薄弱だ。それにもかかわらず、マスメディアは「納豆は身体によい」と繰り返す。納豆は、きわめて有害ですらあるのに。納豆消費量が世界一の日本では、がん患者数や自殺者数も諸外国に比較して多い。日本人にみられる不自然な納豆依存の実体に迫る。


第二章「異形生命体:納豆菌」

納豆菌にはほかの生物にはみられない特殊な性質がある。栄養不足になると芽胞とよばれる休眠状態になる。芽胞ではほぼ不死身と言えるほどの耐久力を発揮する。さらに、芽胞に形成されるときにつくられる特殊なタンパク質は地球上のどの生物にもみられない。納豆菌が生産するネバネバ物質の光学異性体比も異様である。納豆菌は、生物の常識から大きく逸脱した、不可解な性質をもった生命体なのだ。


第三章「意志をもった納豆菌」

納豆菌は細菌の一種であることが定説となっている。細菌はひとつの細胞でできている単細胞生物である。ところが、納豆菌はときに互いに集合する。多数の納豆菌たちがネットワークをつくり、あたかも意志をもったひとつの多細胞生命のようにふるまうのである。さらに、納豆菌の仲間は腸内に潜み、脳に作用をおよぼし行動を巧みに変えることも明らかになりつつある。そう。我々は納豆菌の操り人形と化しているのだ。


第四章「納豆菌は地球外生命体だった」

地球上の生物にはみられない生命様式をもつ納豆菌。その正体は、地球外生命体だった。それも、意志をもった地球外知的生命体(SETI)である。納豆菌は隕石様宇宙船によって地球にやってきた。このパンスペルミア型飛来を裏付ける証拠がNASAにより提出されている。納豆菌の飛来の目的とは、いったい何か。


第五章「人類と地球の未来」

人類、そして地球は、納豆菌に滅ぼされてしまうのか。それとも、生き残る術はあるのだろうか。NASAを中心とした納豆菌対策は秘密裏に進んでいるが、強大な敵の前になす術はないように映る。だが、かすかな希望の光がみえてきた。クマムシを活用するのである……。

——————

今後、私が発行するメールマガジン「むしマガ」にて、本書籍のコンテンツを順次配信していく予定だ。出版は、次の冬あたりを予定している。


本書が出版され、国民が納豆菌と納豆の恐ろしさを認知してくれればと、心より願う。


メールマガジン「むしマガ」にはこちらからご登録いただければ幸いだ。月額840円、初月無料である。


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【書評】『「ニセ医学」に騙されないために』騙されない人も一読の価値あり

今週はNATROM著『ニセ医学に騙されないために』を読みました。本書の著者はネット上で言わずと知れた内科医ブロガー集団のNATROM


「ニセ医学」に騙されないために 危険な反医療論や治療法、健康法から身を守る!


科学的根拠が乏しいにもかかわらず、治療法や健康法として一定の市民権を得ているものが、国内外を問わず多数ある。端的に言えば、これらのニセ医学のほとんどは魅力的な金儲けの手段なので、あの手この手でリテラシーの低い人々を誘引してしまう。ニセ科学は何の効果もないばかりか、ときとして命を奪うものにもなりうる。


本書ではニセ医学をとりいれた治療法や健康法のうち、代表的なものが取り上げられている。それらの治療法や健康法がなぜ効果がないのかを論理的かつ丁寧に指摘しており、この一冊で書店に並ぶトンデモ医学指南書の主張のほとんどを論破できていると言ってよいだろう。簡潔に言うならば、科学的手法に則って有意な効果が示されなければ、それは有効な治療法や健康法とはみなされないということだ。

 
個人的には、本書を読むまでまったく知らなかったニセ医学もあり、そのバリエーションの豊富さに変に感心してしまった。本書はニセ医学を批判しつつさまざまな病態のメカニズムも記述されているので、ちょっとした医学読み物にもなっている。医者が患者の病態に合わせてそのように治療法を選択しているのかなど、医者の思考を垣間見れるのも楽しい。本書はタイトルこそ「ニセ医学に騙されないために」となっているが、このあたりのリテラシーがすでに高い人間が読んでも楽しめる内容になっている。


私は、ニセ医学につかまりやすい人々にこの本を手に取ってくれることを切に願っているが、これは果たしてどうだろうか。なにせ、著者の名前が「NATROM」である。巷では有名な著者だが、著者を知らない人が書店を訪れて本書を手にとり「NATROM著」と書かれているのを見たら、どう思うだろうか。著者は前書きで「著者名よりも内容で判断してくれ」と書いているが、ふつうはかなり怪しいと感じて読む行為にも至らないのではないか。


実名は難しいにしろ、ここは「NATROM」という記号的な名称ではなく、たとえば「伊藤仁也」といったような血の通った人間らしい名前の方がよかった。


せめて多くの病院が本書を購入し、患者待合室に置いてくれることを、願ってやまない。


※本記事は有料メルマガ「むしマガ」285号「研究者の世界と学会と私」】の一部です。

クマムシ博士のむしマガVol. 285【研究者の世界と学会と私】

2015年3月22日発行
目次

【0. はじめに】研究室選びのリテラシー
東大が不正論文を作成した三名の博士号を剥奪した。異様な慣習のある研究室に入ってしまうと、研究人生を棒に振るかもしれない。

【1. むしコラム「研究者の世界と学会と私」】
科学研究の世界も人間たちの営みで成り立っている。学会では、研究者は研究成果だけでなく、政治的社会的なステータスでも評価されることがある。

【2. おわりに】
書評:「ニセ医学」に騙されないために。

【料金(税込)】 1ヵ月840円(初回購読時、1ヶ月間無料) 【 発行周期 】 毎週

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地球外生命体のアジトに潜入

納豆菌は、日本を侵略中の地球外生命体である。宇宙から飛来したかれらは、知らず知らずのうちに我々の体内に潜入し、体を乗っ取っている。僕はこれまで、幾度となくこの納豆菌の恐ろしい正体について、告発してきた。


みんな納豆菌を甘く見ない方がいい

もう一度言う。みんな納豆菌を甘く見ない方がいい。

納豆菌の無差別テロ攻撃により人類滅亡までのカウントダウンがはじまった


そして今回、さらなる納豆菌の真実に迫るべく、かれらのアジトへの潜入を試みた。さまざまな情報を総合すると、納豆菌のアジトは北関東のI城県某所であることがわかってきた。この某所では、日々、納豆を製造し続けている。納豆を製造するということは、納豆菌を増殖させていることに他ならない。そして、ここでは、一般人に向けて、納豆製造の見学ツアーが堂々と行われているのだ。そこで、納豆菌の陰謀とその実態を探るべく、僕も、このツアーに参加することにした。


このツアーは、「O納豆」という商品を世に出している納豆メーカー「T社」が主催している。このツアーは、納豆工場見学と納豆博物館見学がセットになっている。場所はたいへん辺鄙なところにあり、最寄りのI岡駅からはタクシーで30分以上もかかった。バスで行くことはできない。周囲は山に囲まれており、住宅街からは完全に隔離されている。さすが、地球外生命体のアジトだけのことはある。


納豆工場見学と博物館見学ツアーは1日に3回開催されているようだ。僕が参加したツアーには、他に20人ほどの参加者がいた。思っていたよりも人気だ。いかに多くの日本人が、納豆菌に洗脳されているかがうかがえる。参加者一同はまず、暗い密室に閉じ込められ、納豆に関するビデオを鑑賞させられる。納豆の歴史、納豆の製造法、そして、納豆と納豆菌がいかに素晴らしいか・・・などなど、納豆と納豆菌をひたすらプッシュする洗脳ビデオを流していた。


ビデオでは、研究員が常に新しい納豆菌を探していることも紹介されていた。土壌や河川から新種の納豆菌を単離し、それらで納豆を作った際のねばりや香りを評価し、新規納豆の開発につなげるのだとか。納豆菌に魂を売った科学者たちは、このようにして、日夜を問わず、強力な納豆菌の仲間たちを地球上のあらゆるところから召還していたのである。おそろしい。


次に、工場見学。そこには、おぞましい光景が広がっていた。


※本記事は有料メルマガ「むしマガ」283号「地球外生命体のアジトに潜入」】の一部です。

クマムシ博士のむしマガVol. 283【地球外生命体のアジトに潜入】

2015年3月15日発行
目次

【0. はじめに】スパルタの系譜
スパルタの系譜は軍事国家としての教育方針が定まった時期から続いているのだろう。スパルタの名残は就活マナーににも見て取れる。

【1. むしコラム「地球外生命体のアジトに潜入」全文】
地球外生命体・納豆菌のアジトへ。迫真の潜入ルポ。

【2. おわりに】
沖縄の現在、過去、未来。クマムシの常設展示の可能性などについて。

【料金(税込)】 1ヵ月840円(初回購読時、1ヶ月間無料) 【 発行周期 】 毎週

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学校と学び

むしマガVol.281オンライン・サイバー高校のことについて書きました。自分が中学生や高校生の頃にこんなところがあったらよかった。なぜそう思ったかというと、自分の通っていた中学や高校が好きでなかったからなんですね。


私が通っていたのは、T学園という私立の中高一貫校です。神奈川県川崎市にある学校なのですが、周囲は山に囲まれており、養豚場から放たれる香りがなかなかきつかった。


さて、6年間この学校に通って何を学べたのか。思い返してみても、あまり胸を張って答えられるものがないことに気づきます。勉強もほとんどしていませんでした。私はもともと勉強嫌いだったのですが、両親にいやいや中学受験勉強をさせられたため、さらに勉強をする気がなくなっていたのです。


同校に通い、それまでの環境はがらりと変わりました。男子校のため、クラスに女子はいません。この状況は6年間続きました。校則は厳しく、体罰も当たり前。ひょろひょろの同級生が体重90キログラムの教師に思いっきり殴られたときは、ダブルアクセルくらい回転しながら宙を舞いました。バットでお尻を思いっきり叩かれた他の同級生は、しばらくの期間、椅子に座ることができず、エア座りをしていました。どれもみな、懐かしい想い出です。


毎週水曜日には、朝に君が代が、夕方に校歌が校内に流れます。君が代が流れる際には国旗と校旗を校庭の鉄柱に上げ、校歌が流れる際には両方の旗を下ろします。君が代や校歌が流れ始めたら、生徒はどこで何をしていても、国旗と校旗のある方向に体を向けて直立不動の体勢をとらなくてはいけません。もちろん、旗が実際に見えていなくてもです。音楽が流れているときに体を動かしているのを教師に見つかれば、注意されたり殴られたりします。私はそのスリルを味わいながら、「だるまさんが転んだ」の要領で、ゲーム感覚でちょっとずつ気づかれないように歩いたりしていました。


同校では、夏と冬に修学旅行らしきものがあります。「らしきもの」というのには理由があり、厳密にはこれは修学旅行ではないのです。これらはそれぞれ、「夏季団体訓練」と「冬季団体訓練」という呼称がついています。通称「団訓」。訓練である以上、旅行ではない。軍隊のそれと同じコンセプトの上に立脚したイベントなわけです。団体の中において、規律正しい行動をいかにきちんと遂行するか。これが団体訓練の大きな目的です。


しかしやはり、縛られれば縛られるほど、そこから逸脱したくなるのが男子の性(さが)というもの。夜中に見張りの教師の目をかいくぐって宿舎を抜け出し、外の自動販売機でコカコーラを買ってくるというミッションを遂行するゲームを実施したりしました。薄いジャージと裸足で吹雪の中を移動したこともあります。ミッションに成功したあのときほど、コーラが美味しいと思ったことはありません。ただ、何度か教師に見つかって耳がキンキンするほど殴られたこともありましたが。


それにしても面白いもので、これだけ嫌な学校であったにもかかわらず、出席日数がギリギリでしたが、まがりなりにも6年間通い続けて卒業したのですよね。他の同級生も、途中で辞めたり不登校になった例はほとんどありませんでした。他校の生徒を暴行して退学になった生徒はいましたが・・・。異常な環境を皆で共有していると正常に思えてくるのでしょうか。あと先天的か後天的かはわかりませんが、同級生もおかしなやつばかりでしたから、通常の感覚を持ち合わせていなかったことが幸いしたのかもしれません。


中学校と高校の6年間で自分が学んだと思えることは、今考えても取るに足らないものであるように感じます。もちろん、他人との付き合い方や、この世の不条理さなど、肌で学んだものはあるでしょう。ただ、過去のことを否定したくはありませんが、どう考えても費用対効果が悪すぎる。だったら、別に学校に通わずに自分で学習していってもいいんじゃないか。


今後、学校組と非学校組の二極化が起きるのではないでしょうか。


※本記事は有料メルマガ「むしマガ」282号「学校と学び」】の一部です。

クマムシ博士のむしマガVol. 282【学校と学び】

2015年3月8日発行
目次

【0. はじめに】FB夫婦
FBをめぐってもめていた知人夫婦。結局、夫が妻のアカウントをブロック。その後、さらなる争いが生じた。

【1. むしコラム「学校と学び」全文】
多くの子どもたちにとって、学校は今の時代に沿わなくなってきている。その拝啓にあるものとは。

【2. おわりに】
思想雑誌「kotoba」の南方熊楠特集号に寄稿しました。序文を公開。

【料金(税込)】 1ヵ月840円(初回購読時、1ヶ月間無料) 【 発行周期 】 毎週

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テクノロジー・リテラシーを意識しよう

私たちは、テクノロジーの発展により大きな恩恵を受けてきた。電気、自動車、医療、インターネット。これらのテクノロジーが存在しない世界など、とても想像できないだろう。私たちは自分の生活が少しでも便利なものを自然と選択し、その継続的な使用を無意識に行なう。まるで、水が高きから低きへ流れるように。行き過ぎた資本主義社会とテクノロジーの発達を否定して自然回帰を謳うヒッピーたちですら、マリファナをもつ手と反対の手には、iPhone6が握られていたりするほどだ。口先でいくら否定してみても、現代社会では誰もが無意識のうちにテクノロジーの恩恵を受けているのである。


実は先週、僕の知人夫婦の間で、facebook利用をめぐるトラブルがあった。夫から聞いた話では、おおむね以下のようなやり取りだったらしい。


「あなた、なんで私の投稿に「いいね!」を全然押さないの?!他の人には「いいね!」してるのに」


「いや、俺、夫婦間でいちいち「いいね!」押し合ったりするの、ちょっと変だと思うんだよね。だから押さ
ないんだよ」


「でも私はそっちの投稿にはいつも「いいね!」してるでしょ?それも嫌なの?」


「いやいや、別にそっちはこっちに「いいね!」してもいいよ。どう使おうと、使う人の自由なんだから」


「●●(二人の共通の友人夫婦)ちゃんたちだって、夫婦間で「いいね!」押し合ってるよ?あなたが私の投稿に「いいね!」押さないのは変だと思わない?」


「それは人それぞれでしょ。俺は配偶者に「いいね!」するのは変だと思うから。だいたい、いつも一緒に住んでるし、そっちがfacebookに投稿する内容も写真も、普段の生活の中で全部知ってるし見てるじゃん」


「いや、やっぱり夫婦間で「いいね!」しないのはおかしい」


「いちいち命令しないでくれよ。さっきも言ったけど、facebookをどう使うかはその人の自由でしょって。もういいわ。俺、facebookもう使わないから」


現在、夫の方は自分のfacebookアカウントを削除するか、妻を友だち登録解除してブロックするかを考えているとのことだ。この夫婦の関係がさらに悪化しないかが心配である。この身近で起きた問題からも分かるように、一定数の利用者にとっては、facebookはもはやただのウェブサービスのひとつではなく、だいじなだいじな生活の場となっているのである。言い換えれば、まんまとfacebook中毒患者にさせられたのだ。ドラッグが投与され続けるのと同じように、「いいね!」をもらうほどに、利用者の快感度は増す。この状況でもっとも「いいね!」と思っているのは、facebookとマーク・ザッカーバーグなのに。


テクノロジーは私たちの生活に欠かせない。だが、テクノロジーとの付き合い方を間違えると、うっかりとこちらが奴隷になってしまいかねない。人間はあくまでも主であり、テクノロジーは従でなければならない。人生の時間を無用に浪費しないためにも、自分の本当に大切な人たちを失わないためにも、私たちは常にテクノロジー・リテラシーを意識しておくべきだろう。


※本記事は有料メルマガ「むしマガ」281号テクノロジー・リテラシーを意識しよう】の一部です。


クマムシ博士のむしマガVol. 281【テクノロジー・リテラシーを意識しよう】

2015年3月1日発行
目次

【0. はじめに】学校のかたち
オンラインサイバー学校が開校する。テクノロジーの発展と潜在的な教育需要の高まりで、政府によって提供される教育システムが急速に揺らいでくるだろう。

【1. むしコラム「テクノロジー・リテラシーを意識しよう」全文】
テクノロジーは便利だが、テクノロジーの背後にある思惑を見抜けなければ奴隷になってしまう。テクノロジーのリテラシーを常に意識しておきたい。

【2. 移住するならこの国】
おすすめはマレーシア。東南アジア各国の中でも総合力トップ。

【3. おわりに】
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天才少年少女物語(第二話)

第一話の続き


(1ヶ月後)


湯川先生「はーい、みんな着席してー。今日で1学期も最後。明日から夏休みだけど、
     ちゃんと計画を立てて夏休みの宿題は早めに終わらせるようにね」


生徒  「はぁーい」


湯川先生「それから、もうひとつお知らせがあります。この段ボールの中に
     全教科の問題がふんだんに盛り込まれた「スペシャルドリル」があります。
     夏休みのうちにやりたい人は取りにきてねー」


生徒  「えー、やりたくなーい」


湯川先生「やりたくない人はやらなくていいんだよ。
     でもね、このドリルをすべてやった人には特典があります」


生徒  「とくてん?」


湯川先生「そう。夏休みの間にスペシャルドリルを完成した人は天才賞がもらえます」


生徒  「おおおーーー!!」


山中君 「えええーーー?!」


江崎さん「えええーーー?!」


湯川先生「そのかわり、このドリル200ページをすべてきちんとやって、
     かつ夏休みの宿題も全部やった人だけだよ。それじゃ、
     このドリルをやりたい人は前に取りにきてくださーい」


生徒  「はーい!!」


湯川先生「はい、押さない押さない!」


山中君 「なんでなんで?先生なんで??」


江崎さん「先生!こんなのおかしいと思います!」


湯川先生「(ほーらやっぱりきたよ・・・)何?山中君と江崎さん」


山中君 「天才賞ってクラスで成績トップの人しかもらえないはずでしょ?
     ドリルやってきたらみんな天才賞って、ありえなくね??」


江崎さん「私もありえないと思います!」


湯川先生「あのね、これは教頭先生が・・・いや、ほら、やっぱり結果よりも努力を
     重視することにしたの。かけっこでも足の速い人と遅い人がいるでしょ。
     でも、3キロメートルの長距離走を走った人は、タイムに関係なく
     みんなゴールしている。3キロメートルという過程を確実に走った。
     これが大事なの」


山中君 「えーなんか納得いかないなー。2組と3組でもルールが変わったの?」


湯川先生「2組と3組ではスペシャルドリル制度はありません」


山中君 「やっぱりおかしいじゃん!なんで1組だけそんな天才賞を乱造する制度が
     できたんだよ!」


湯川先生「山中君、教師に向かってその言葉遣いはやめなさい。1組は1組なの。
     他のクラスとはルールが違うの。国が違えば法律だって違うでしょ?
     それと同じなの」


山中君 「なーんか大人の理屈にだまされてる気がするんだよなー」


湯川先生「・・・・・・」


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天才少年少女物語(第一話)

(帝国市立第一小学校の3年1組。ある日の帰りの会)


チャイム「キーン コーン カーン コーン・・・」


湯川先生「はーい、みんな席について!今日は1学期前半の「あの賞」の受賞者が
     決定したから、今から発表しますよー!」


生徒  「えー?!もしかしてー?」


湯川先生「ふっふっふっ。そうよ。『天才賞』に選ばれた人を今から発表するの。
     そしてこれが(ゴソゴソ)・・・ジャジャーン!天才バッジよ!」


f:id:horikawad:20140525160427j:plain:w350


生徒  「うわー!超ピカピカしててカッケー!!」


湯川先生「さーて、それでは発表するわよ。3年1組の1学期前半の天才賞は・・・
     山中君に決定!」


山中君 「よっしゃああああ!」


湯川先生「山中君、おめでとう。テストやドリル、本当によくできてたからね。
     はい、みんなも拍手!」


生徒  「パチパチパチ」
    「いいなー」
    「すげーなー」
    「やっぱ天才山中って言われるだけのことあるなー」


山中君 「へへ。まーオレがもらえると思ってたけどね!」


江崎さん「先生!」


湯川先生「なに?江崎さん」


江崎さん「山中君が天才賞っていうのはおかしいと思います!算数も国語もいつも
     私の方がテストでいい点とってるし!天才賞は私がふさわしいと
     思います!」


山中君 「はあ?理科と体育は俺の方が得意だろ!」


江崎さん「でも図工も私の方が得意だもん!あんたは絵がヘタでしょ!」


山中君 「なにおう!」


湯川先生「やめなさい、二人とも!江崎さん、確かにあなたも勉強がよくできる。
     先生ね、正直のところ、山中君と江崎さんのどちらに天才賞を
     あげるべきか悩んだのね。どちらも甲乙つけがたかったから」


江崎さん「・・・・・・」


湯川先生「本当にどちらも同じくらい優秀な成績だった。でも、天才賞はひとりに
     しかあげられないでしょ。江崎さんはこれをバネにして1学期後半に
     天才賞をもらえるように頑張ってほしいから、あえて今回は
     選ばなかったの。わかる?」


江崎さん「・・・はい」


湯川先生「それじゃ、今日はこれでおしまい。みなさん、さようなら」


生徒  「先生さようならー!」


★★★


(下校中)


小柴君 「山中ー!天才バッジさわらせてよー」


山中君 「しょうがないなー。ちょっとだけだよ」


小柴君 「おーー、めっちゃかっこいいな!オレも欲しいなー。でもなー。
     オレはお前みたいに天才じゃないからなー」


山中君 「お前のそういう謙虚なとこ、好きよ。誰かさんと違って」


小柴君 「でも、江崎の気持ちも分かるけどなー。あいつもすごい努力してるし
     頭いいし」


山中君 「でも性格が最悪。あいつ、結婚したくないタイプ、ナンバーワンだよ」


小柴君 「まーまー。天才賞はみんなの憧れだからさ。もらえれば
     スーパーヒーローじゃん。お前は選ばれた人間なんだから、
     あいつの気持ちももうちょっと考えなよ」


山中君 「そうか?」


小柴君 「そうだよ」


★★★


(3日後、江崎宅)


湯川先生「失礼します」


江崎母 「すみませんねぇ。わざわざ来ていただいて」


湯川先生「いえいえ。あのー、お子さんのご様子は・・・」


江崎母 「一体どういうつもりなんですか」


湯川先生「?!」


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クラウド査読により透明になるアカデミア

STAP細胞研究は残念な方向に進んでしまいました。この間もメルマガで色々と書いてきましたが、もうこの研究結果を擁護する研究者はほぼ皆無でしょう。私もだいぶ前に理研への寄附手続きの取り下げを申請し、受理されました。


小保方さんの博士論文の剽窃問題を発端として、早稲田大学に提出されたその他の博士論文にも大規模なコピペが見つかっています。これまでに20以上の不適切な博士論文が発覚しています。これを受けて早稲田大学が本格的な調査を行うべき調査委員会を設置しました。


小保方さん博士論文、早大が本格調査へ 外部専門家加え


しかし残念ながら、このような調査委員会の設置はほとんど意味をなさないでしょう。というのも、今は論文の不正は調査委員会が調べるものではなく、ネット上の不特定多数の有志による「クラウド査読」により発覚するケースがほぼ100%だからです。理研の例からも、調査委員会がクラウド査読のスピードに追いつけず、対応が後手に回ることは見えています。


クラウド査読の主なプレイヤーは、2ちゃんねる生物板の住人、11次元氏などの匿名ブロガーら、そして英語サイトのPubPeerのユーザーが挙げられます。


早稲田大学は、これまでに指摘されている小保方さんを中心とした学位取得者の博士論文の疑義を調査するとしています。しかしながら、調査委員会による調査が追いつかないほどのスピードでクラウド査読が進行することは間違いなく、他の博士論文についての疑義も次々と出てくることでしょう。そして、その疑義の数は調査委員会がフォローできないほどに増加すると思われます。


そう考えると、一時的な調査委員会の設置はほとんど無意味です。どうせなら、博士論文の疑義に関する報告窓口を大学のサイトに設置し、そこに情報を送ってもらう方がよい気がします。あるいは、アルバイトを雇って2ちゃんねるの生物板をウオッチングさせ、新しく明らかになった疑義について報告させるのも一つの手でしょう。


そして、博士論文の電子化とオープンアクセス化が進んでいる現状では、これは早稲田大学の問題のみに収まりません。早稲田大学を震源とした博士論文のクラウド査読は、次々と広がっていくでしょう。疑わしい研究室の出身者、そして知名度の高い研究者からターゲットになり、ゆくゆくは全ての博士がまな板の上にのぼることになります。


捏造防止の方法については、アカデミア内で研究者たちがずっと議論してきました。
不正をチェックしたり報告をする第三機関の設置など、トップダウン的な構想が出ていますが、これといった具体的な動きはまだありません。


高尚な議論では解決できなかった、このアカデミア内部の問題。これが、(もちろん正義感に溢れた人々もいることでしょうが)暇つぶしのゲーム感覚だったり、特定の個人に一泡吹かせたいといったようなモチベーションで行われるクラウド住人の査読によって、アカデミアが浄化されている現実は、何とも皮肉に映ります。


とはいえ、目的や手段はどうであれ、開かれた透明なアカデミアの到来は、彼らの手によって達成されることでしょう。一部の博士にとってはディストピアの到来なのでしょうが。


※本記事は有料メルマガ「むしマガ」218号の内容を要約したものです。

人気ブロガー藤沢数希さんとの対談内容が公開されました


昨年むしマガでお届けした人気ブロガー藤沢数希さんとの異色対談の内容が、藤沢さんのブログ「金融日記」に公開されました。


生物学者の堀川大樹さんと恋愛工学対談: 金融日記


動物の生殖行動から海外文化まで話題にしています。硬い内容ではないので、まったりとお楽しみください。

乾いても死なない線虫のサポーターたち

・線虫シーエレガンス


クマムシに比べると、肢もなくニョロニョロしていてあまり可愛くない線虫シーエレガンス(主観)。





シーエレガンス from Wikimedia


だが、このシーエレガンスは生物学研究において非常に大きな役割をもっている。大腸菌を餌として爆発的に増殖するため、飼育が容易だ。また、細胞も1000個ほどしかなく、動物の中でも単純な体の構造をしている。シーエレガンスについては、解剖学、発生学、そして遺伝学まで、調べに調べ尽くされている。いわゆるモデル生物だ。


とくに、シーエレガンスは遺伝学の材料としてすぐれている。この生物には色々な変異体が存在し、各遺伝子の機能を調べるのにうってつけである。RNA干渉とよばれる技術を用いることでも、ある遺伝子の機能をピンポイントで調べることが可能だ。


クマムシと同様に、線虫の中には乾眠をする種類が知られている。つまり、カラカラになっても死なないやつがいるのだ。実際に、乾燥したコケを水に浸すと、コケの中からクマムシと一緒に線虫が出てくることがよくある。ただし、シーエレガンスは乾燥すると死んでしまうと長い間考えられてきた。ところが2011年に、シーエレガンスが実際には乾眠に入れる能力があることを、ドイツのマックス・プランク研究所の研究グループが発見した。


生命活動のオンとオフ:やっぱり重要だったトレハロース: むしブロ


そして今回、同じ研究グループの研究により、このシーエレガンスが乾眠に入るために必要な「分子サポーター」たちの顔ぶれが浮かび上がってきた。


Molecular strategies of the Caenorhabditis elegans dauer larva to survive extreme desiccation: PLoS One


・2つの状態の違いを見て推定する


シーエレガンスは通常の状態では乾燥すると死んでしまう。ところが、長期休眠幼虫期である「ダウアー」の時期に限って、乾燥しても死なずに乾眠状態に入ることができる。


そこで、「1. 乾眠していないとき」と「2. 乾眠に入るとき」の2つの状態における遺伝子発現を調べ、乾燥ストレス特異的に動いている遺伝子を特定した。さらに、これらの遺伝子が機能しない変異体を用いて乾燥ストレスを与え、死にやすくなる変異体を特定。このようにして、乾燥耐性の成立にとって重要と思われる、以下の機能をもつタンパク質(酵素)をコードする遺伝子が特定された(なお、乾燥に伴ってこれらの遺伝子から実際に目的のタンパク質が作られることも確認されている)。


1. 頭部の感覚神経で環境中の湿度変化を察知するのに関わるタンパク質
2. タンパク質の構造を保護させる働きをもつタンパク質
3. 活性酸素を除去する酵素
4. 解毒作用に関わる酵素
5. 脂肪酸の代謝に関わる酵素


これらの結果から導かれるシーエレガンスの乾眠メカニズムのシナリオは、こうだ。 まず、周囲の環境が乾燥すると頭部の感覚神経でこれを察知し、乾燥してきたことをシグナルで伝える。これにより、一連の乾眠特異的な遺伝子からメッセンジャーRNAが多量に作られ、タンパク質が作られる。これらのタンパク質のあるものは保護タンパク質であり、あるものはトレハロース合成酵素や活性酸素除去酵素だったりする。


細胞が乾燥すると生体膜などの構造が破壊されたり、タンパク質の構造が不可逆的に変化して機能しなくなる。トレハロースやLEAタンパク質は、乾燥時にこれらの構造を守っていると思われる。さらに、細胞膜は脂肪酸を構成員としているが、シーエレガンスはこの脂肪酸の構造を変化させることで乾燥耐性を身につけている可能性も浮上した。


乾燥ストレスにより活性酸素種も発生し、これが生体物質にダメージを与えると考えられている。活性酸素除去酵素により、このときに活性酸素種の攻撃から生体を守
っているのだろう。この他、解毒代謝に関わるタンパク質をコードする遺伝子も、乾眠にとって重要なサポーターであることが分かった。だが、これらの遺伝子の具体的な機能はまだよく分かっていない。


さて、今回の研究結果は、これまでに提唱されていた乾眠メカニズムをより強固な形で示したといえる。だが、これで乾眠の謎がすべて解明されたとはまだいえない。


この研究を行った研究グループは、乾眠の成立に関わる遺伝子や生化学的経路は非常に少ないということを強調している。だが、今回の研究では、「ダウアー」という特殊なモードにおいて「1. 乾眠していないとき」と「2. 乾眠に入るとき」の2つの状態を比べていることを忘れてはならない。というのも、通常の線虫のモードからダウアーのモードに移行する段階で、すでに色々な遺伝子やタンパク質の発現パターンが変化しているはずだからだ。つまり、ダウアー特異的に発現するいくつかの遺伝子も、乾眠に関わっている可能性は否定できないというわけだ。


とはいえ、シーエレガンスのようなモデル生物を乾眠研究の材料として使えるアドバンテージは大きい。今後、一気に乾眠研究が進むポテンシャルは大いにある。


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ある研究室でのラブストーリー(その4・最終話)

初雪の日に、アパートに一通の封筒が届いた。差出人はT大学。あのパーマネント助教公募の、書類一次審査の結果通知が来たのだ。


京太がその薄い封筒を開くと、中にはA4サイズの紙が一枚だけ入っていた。紙面には文字が数行だけ印刷されており、余白部分がやたらと目立った。文書の二行目に、こう書かれていた。


「書類審査の結果、残念ながら貴殿は不採用となりました」


何度読んでも、そう書いてあった。京太は二次審査の面接すら受けられず、不採用になったのだ。京太は、直立不動のまま動けなかった。まるで、液体窒素に放り込まれて瞬間凍結した金魚のように。


5分ほどして、京太の体は解凍が始まり、ソファーに腰を下ろした。


「なぜだ......なんで?......なんでオレが.......なぜ?......なんで?.......なんでだ......??」


京太は、同じフレーズを何度も繰り返した。そして、脳内のすべての神経回路が切断されたように、思考が停止した。


「ただいまー。すごい雪だねー......ん?ど、どうしたの......?」


いつもと様子が違う。紗季は、何かただならぬ事態が京太に起きたことを察した。京太は、死んだ魚のような目をゆっくりと紗季に向けた。そして、テーブルの上に置いた審査結果通知書を、力なく指で差した。


審査結果通知書を読んだ紗季は「えっ」とだけ声を発し、口を閉じた。1DKの空間は、これまでに経験したことのない重い沈黙に支配された。


しばらくして紗季が外出し、コンビニ弁当を買って戻ってきた。紗季は無言で弁当を食べ終わり、シャワーをしてベッドに入った。京太は、まだソファーから動けずにいた。テーブルに置かれた京太の分の弁当は、すっかり冷めていた。無音の室内に、時折、雪が落ちる小さな音だけが、淋しく響いた。


翌日、一通のメールが京太に届いた。教授からのものだった。


採用できずに申し訳なかった、という謝罪から始まるメールの文章を読み進めていった京太は、再びディープ・フリーズした。


教授は京太ではなく、あの猫背の後輩の千現武志を助教に採用していたのだ。実は、武志も公募に応募していたのである。


教授が武志を採用したという事実。これは、教授が自分の後釜にふさわしいのは武志であり、京太ではないと考えていたことを示していた。そのことを、京太は受け入れることができなかった。目眩とともに、視界が真っ白になっていった。


京太が気がついたとき、目の前には無惨に破壊されたノートパソコンがあった。京太は無意識のうちに、自分のノートパソコンに鉄槌を下していたのだ。何度も何度も。


破壊されたノートパソコンから放たれたゴムの焼けるようなにおいが、京太の鼻腔を刺激した。これ以上無い、濃い敗北の味がした......


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世界に蔓延する偽装魚と食の未来

昨今、日本における食品の偽装問題が取り沙汰されているが、アメリカやヨーロッパでも事情は同様である。記憶に新しいのは牛肉のミンチに馬の肉が使用されていた問題だ。いずれも、より安い品物を求める消費者により、業者間のコスト削減競争が激化していることが背景にあるのだろう。


国際的非営利活動組織海洋保護団体Oceanaの研究調査によると、魚の偽装はアメリカで日常的に行われているようだ。


Oceana Study Reveals Seafood Fraud Nationwide


Oceanaによる調査は2010年から2012年にかけてアメリカの21の州で行われた。寿司屋、スーパーマーケット、魚屋の674店舗から1200の魚のサンプルを入手し、DNAを解析した。この解析手法はDNAバーコーディングとよばれるもので、サンプルの特定の遺伝子領域の塩基配列を調べてデータベースで種を特定する。


調査の結果、全体のうち33%が表記された種類とは別の魚であることが判明した。全店舗のうち44%でラベルの表記とは別の種類の魚を売っていた。とくに寿司店のうちの74%が偽物を提供していた。スーパーマーケットでは18%であった。


アメリカではビンチョウマグロ(シロマグロ)は"white tuna"とよばれる。寿司屋で出されるビンチョウマグロも、71%が偽物だった。代わりに出されていた魚のほとんどがアブラソコムツという種類だった。この写真は、アブラソコムツとビンチョウマグロの切り身を並べて比較した者である。違いが一目瞭然だろう。


そう、アブラソコムツはやたら白いのだ。私もこのやたら白い切り身をwhite tunaとしてアメリカの寿司屋で食べた気がする。白すぎないか、これ、と思いながら。


知らぬが仏ではないが、偽物に全く気付かずに満足して食べていれば、損した気分にはならないだろう。ところが、このアブラソコムツはちょっと怖いのである。アブラソコムツは消化ができないワックスエステルを多量に含む。この魚を30g以上食べると、人によっては下痢や深刻な腹痛を起こし、大量に食べると脱水症状をおこして昏睡状態に陥ることもある。


もはやこうなると、知らぬが仏とは言っておれない。いや、知らぬがゆえに仏になってしまう危険性もあるわけだ。アメリカで仏にならなくてよかった。ちなみに日本では食品衛生法で食用としてアブラソコムツを販売することは禁止されている。


このような偽装が魚の流通のどの段階で起きているかははっきりと分かっていない。アメリカでは食品医薬局(FDA)が食品の取り締まりを行っているが、このように魚の偽装についてはザルの状態である。FDA自体が推奨していない、水銀を多く蓄積しやすい種類の魚も偽装されて出回っている始末だ。このような状況を放置すれば、偽装問題はますます深刻化していくだろう。


魚の偽装については、アイルランド、スペイン、ギリシャなどのヨーロッパ諸国でも問題になっている。現在私が所属している研究室を始め、フランスでもこの偽装がどの程度行われているのか調査を始めたところだ。


さて、それではお魚天国である日本はどのような状況になっているのだろうか。これは推測だが、回転寿司店などが値下げ競争を繰り返し、コストを極限まで切り詰めて儲けを出そうとすれば、安い偽魚を提供する店があっても不思議は無い。実際に、こんな告発サイトまである。


回転寿司の真相と食品のカラクリ



もちろん、これは匿名のサイトなので記述内容の信憑性は不明だ。ただし、マダイの偽装魚としてティラピアの名前を挙げているなど、上述したOceanaの実際の調査結果と合致する記述もある*1


食べても体に悪影響の出ないレベルの偽装であればまだマシだが、コスト削減のために腐ったり不衛生なものが材料として出てくることは非常に問題だ。古い生肉を使ったユッケを食べて死亡した事故があったが、これも、ある意味でコスト削減競争が引き起こした悲しい災いだろう。


消費者である我々が安いものを求続ける限り、この問題に終わりはないのかもしれない。


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*1:このサイトの更新日が2011年9月であり、Oceanaによる調査報告発表は2013年2月である。つまり、このサイトの情報公開の方が早い。

ある研究室でのラブストーリー(その3)

大鷲京太と竹園紗季が交際を始めてから、三年が経過しようとしていた。竹園紗季は京太の指導もあり、無事に三年間で博士課程を卒業した。卒業後は、やはりT市にある昆虫の研究で有名なN生物資源研究所のポスドクの職に就いた。二人は、T市内にあるアパートで同棲を始めた。


この二年間、順調な同棲生活を送っていたが、ここのところ、二人の周りには重たい空気が流れ始めていた。京太の勤め先のS総合研究所でのポスドク任期があと3ヶ月で終了するにもかかわらず、次のポジションがまだ決まらないからだ。


この1年近くの間に、京太は大学の助教や研究所のポスドクなど合わせて10以上のポジションの公募に応募したが、すべて落ちた。書類による第一次審査すら通らなかった。文部科学省による若手研究者対象の奨学生制度である、学術振興会特別研究員になることも叶わなかった。


公募選考の際に重要なのは、研究業績だ。この研究業績は、具体的には国際科学誌に掲載された論文の本数と質によって判断される。京太の場合、筆頭著者として二報の論文を発表していた。


一報はT大在籍時に行っていたオオタカのメイティング・ビヘイビアー(生殖行動)に関する内容だ。もう一報は、S総合研究所に来てから調査した、関東地方におけるオオタカの分布についてのものだ。いずれもJournal of Avian Ecologyという、鳥類の生態学に特化した国際科学誌で発表した。


科学雑誌の格付けとして、各雑誌に掲載された論文の被引用回数を指標としたインパクト・ファクターがよく用いられる。京太の論文が掲載されたJournal of Avian Ecologyのインパクト・ファクターは1.2であり、生態学関連の雑誌では中堅の部類に入る。


ポジションの公募における審査の際、論文の質は、その論文が掲載された雑誌のインパクト・ファクターにより判断される。つまり、雑誌のインパクトファクターに論文数をかけたものが、応募者の業績とみなされるのである。


当たり前だが、各公募では、応募者の中から1人だけが採用される。いくら優秀でも、2番目以下では不採用なのだ。京太の業績はとくに優れたものではなく、書類審査で落とされたのは当然のことであった。公募をかけた側の研究内容と京太の研究内容とがマッチングするケースも、あまりなかった。


そしてなにより、京太には強力なコネがなかった。今も昔も、研究職の公募はコネで決まることが多い。実際に、京太よりも業績の少ない人間が、コネで助教の職に決まったケースを何度も見てきた。業績もコネもなく挑む公募が、すべて負け戦になるであろうことは、うっすらと感じていた。


しかし、まだ最後の望みが残っていた。京太の古巣であるT大動物生態学研究室が、教授の定年退官に伴い、その後釜として助教を1人募集していたのだ。しかも、今時珍しい、任期のないパーマネント(終身雇用)のポジションである。


「パーマネント」。ポスドクをはじめとした、すべての任期付研究者が垂涎する響きだ。狭き狭きパーマネントの門をくぐること。それこそが、ポスドク砂漠をさまよう者たちが目指す、最終ゴールなのだ。


パーマネントのポジションをゲットすれば、もう任期が切れて無職になる悪夢を見なくて済む。嫁も見つかる。マイホームも手に入る。この世のすべての苦しみから解放される。皆、そう信じて疑わない。パーマネント。それは果てしない夢。取り憑かれたように、「パーマネント、パーマネント」と白昼からつぶやくポスドクの何と多いことか *1


そのパーマネントのポジションの公募が、自分の出身研究室から出ている。コネという点で、京太はとてつもなく有利な立場にいた......


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ある研究室でのラブストーリー(その4・最終話)

*1:註1: ポスドク一人当たり、一日平均4.7回ほど「パーマネント」という語を口にするという調査結果もある (Horikawa et al. 2012)