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クマムシ博士のむしブロ

クマムシ博士が綴るドライな日記

ある研究室でのラブストーリー(その4・最終話)


初雪の日に、アパートに一通の封筒が届いた。差出人はT大学。あのパーマネント助教公募の、書類一次審査の結果通知が来たのだ。


京太がその薄い封筒を開くと、中にはA4サイズの紙が一枚だけ入っていた。紙面には文字が数行だけ印刷されており、余白部分がやたらと目立った。文書の二行目に、こう書かれていた。


「書類審査の結果、残念ながら貴殿は不採用となりました」


何度読んでも、そう書いてあった。京太は二次審査の面接すら受けられず、不採用になったのだ。京太は、直立不動のまま動けなかった。まるで、液体窒素に放り込まれて瞬間凍結した金魚のように。


5分ほどして、京太の体は解凍が始まり、ソファーに腰を下ろした。


「なぜだ......なんで?......なんでオレが.......なぜ?......なんで?.......なんでだ......??」


京太は、同じフレーズを何度も繰り返した。そして、脳内のすべての神経回路が切断されたように、思考が停止した。


「ただいまー。すごい雪だねー......ん?ど、どうしたの......?」


いつもと様子が違う。紗季は、何かただならぬ事態が京太に起きたことを察した。京太は、死んだ魚のような目をゆっくりと紗季に向けた。そして、テーブルの上に置いた審査結果通知書を、力なく指で差した。


審査結果通知書を読んだ紗季は「えっ」とだけ声を発し、口を閉じた。1DKの空間は、これまでに経験したことのない重い沈黙に支配された。


しばらくして紗季が外出し、コンビニ弁当を買って戻ってきた。紗季は無言で弁当を食べ終わり、シャワーをしてベッドに入った。京太は、まだソファーから動けずにいた。テーブルに置かれた京太の分の弁当は、すっかり冷めていた。無音の室内に、時折、雪が落ちる小さな音だけが、淋しく響いた。


翌日、一通のメールが京太に届いた。教授からのものだった。


採用できずに申し訳なかった、という謝罪から始まるメールの文章を読み進めていった京太は、再びディープ・フリーズした。


教授は京太ではなく、あの猫背の後輩の千現武志を助教に採用していたのだ。実は、武志も公募に応募していたのである。


教授が武志を採用したという事実。これは、教授が自分の後釜にふさわしいのは武志であり、京太ではないと考えていたことを示していた。そのことを、京太は受け入れることができなかった。目眩とともに、視界が真っ白になっていった。


京太が気がついたとき、目の前には無惨に破壊されたノートパソコンがあった。京太は無意識のうちに、自分のノートパソコンに鉄槌を下していたのだ。何度も何度も。


破壊されたノートパソコンから放たれたゴムの焼けるようなにおいが、京太の鼻腔を刺激した。これ以上無い、濃い敗北の味がした......


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