クマムシ博士のむしブロ

クマムシ博士が綴るドライな日記

年末イベントのご案内

今月末から少し日本に帰国し、色々とイベントに顔を出します。お暇な方は遊びにきてください。まずは、宇宙生物学系イベントから。


日本アストロバイオロジーネットワーク公開講演会「宇宙にいのちを探す」


私もオーガナイザーを務めている国際アストロバイオロジーワークショップ2013の一般公開講演会です。本会では「宇宙生物学とクマムシと私」という平松愛理的テーマの発表をする予定。なんでもTK氏いわく、「今アストロバイオロジーがキてることをアピールすることで、JAXAにアストロバイオロジー研究室を作らせるのじゃ!」とのことらしい。確かにJAXAは、というか日本は、アストロバイオロジー研究の層が薄いのでテコ入れする必要がありますからね。


でも、日本とのかかわりが薄くなった私がJAXAに働きかける義理がイマイチ見いだせ・・・いや、いずれそこの研究室主催者になる可能性も皆無ではないし、盛り上げていきたいと思います。いずれにしても、本イベントにはここに自分が呼ばれたこと自体が不思議なくらいに講演者には豪華な面々が揃っています。私は「科学界のインディー・ジョーンズ」こと長沼毅さんと「日本アストロバイオロジー界のドン」こと山岸明彦さんの間に挟まれての講演になります。


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日本アストロバイオロジーネットワーク公開講演会「宇宙にいのちを探す」 
会場:相模原市立博物館大会議室
日時:12月1日(日)14:00〜
参加費:無料 定員200名(当日、先着順) 13:00から受付開始

14:00〜 開会 司会:矢野創 (JAXA宇宙科学研究所・学際科学研究系)

14:05〜14:25 講演1「謎の深海生物にさぐる宇宙生命の可能性」 長沼毅(広島大学大学院生物圏科学研究科)

14:25〜14:45 講演2「宇宙生物学とクマムシと私」 堀川大樹(パリ第5大学・フランス国立医学研究機構)

14:45〜15:05 講演3「火星での生命探査計画」 山岸明彦(東京薬科大学生命科学部、JAXA宇宙科学研究所・学際科学研究系(客員))

15:05〜15:25 講演4「太陽系外惑星と宇宙における生命」 田村元秀(東京大学大学院理学研究科)

15:25〜15:45 講演5「正しい宇宙人の探し方〜SETIの話」 鳴沢真也(兵庫県立大学 西はりま天文台)

15:45〜16:35 パネルディスカッション「深海から深宇宙まで〜生命の兆候を見出すには〜」
コーディネーター:矢野創
パネリスト:
長沼毅、堀川大樹、山岸明彦、田村元秀、鳴沢真也、高井研(JAMSTEC海洋・極限環境生物圏領域、JAXA宇宙科学研究所・学際科学研究系(客員))

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12月6日(金)には神戸で開催される分子生物学会年会の特別シンポジウム企画「2050年シンポジウム」で宇宙生命体インベーダーの駆除方法についてお話しします。


日本分子生物学会年会「2050年シンポジウム」


分子生物学会では特に何かを話す予定はありませんでした。年会長の近藤滋さんがtwitterでシンポジウムのネタを募集していたところ、外野感覚でこちらからネタを提案をしたら逆提案をされ、侵略エイリアンについてのお話をさせてもらうことになりました。

提案に提案で返すという高等技術。さすが年会長です。


こちらのイベントのプレゼンテーターたちも豪華。


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日本分子生物学年会「2050年シンポジウム」
会場:神戸ポートピアホテル
日時:12月6日(金)13:00〜
参加費:無料

No.1 池谷裕二(脳科学):2050年の単純な脳、複雑な私(仮題)

No.2 堀川大樹(クマムシ博士):宇宙生命インベイダーNK駆除のためのクマムシとバイオテクノロジー

NO.3 谷内江望(合成生物学):ロボットクラウドバイオロジー研究所

NO.4 高濱洋介(免疫学):死に行くT細胞へのレクイエム

No.5 小澤龍彦(抗体工学): 最先端科学が提供する合コンに代わる新たな出会いの場

No.6 八代嘉美(再生医療):iPSの広がる未来(仮題)

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ちなみに、本イベントの様子は正月にBSフジの科学番組「ガリレオX」という番組でも放映されるらしいです。


それから、11月26日の朝8:30頃からラジオJ-WAVEの「TOKYO MONING RADIO」、24:00過ぎからTBSラジオ「荻上チキ・Session-22」にてクマムシについて語ります(予定)。こちらもよろしくどうぞ。


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クマムシ博士の「最強生物」学講座ー私が愛した生きものたちー

ある研究室でのラブストーリー(その3)

大鷲京太と竹園紗季が交際を始めてから、三年が経過しようとしていた。竹園紗季は京太の指導もあり、無事に三年間で博士課程を卒業した。卒業後は、やはりT市にある昆虫の研究で有名なN生物資源研究所のポスドクの職に就いた。二人は、T市内にあるアパートで同棲を始めた。


この二年間、順調な同棲生活を送っていたが、ここのところ、二人の周りには重たい空気が流れ始めていた。京太の勤め先のS総合研究所でのポスドク任期があと3ヶ月で終了するにもかかわらず、次のポジションがまだ決まらないからだ。


この1年近くの間に、京太は大学の助教や研究所のポスドクなど合わせて10以上のポジションの公募に応募したが、すべて落ちた。書類による第一次審査すら通らなかった。文部科学省による若手研究者対象の奨学生制度である、学術振興会特別研究員になることも叶わなかった。


公募選考の際に重要なのは、研究業績だ。この研究業績は、具体的には国際科学誌に掲載された論文の本数と質によって判断される。京太の場合、筆頭著者として二報の論文を発表していた。


一報はT大在籍時に行っていたオオタカのメイティング・ビヘイビアー(生殖行動)に関する内容だ。もう一報は、S総合研究所に来てから調査した、関東地方におけるオオタカの分布についてのものだ。いずれもJournal of Avian Ecologyという、鳥類の生態学に特化した国際科学誌で発表した。


科学雑誌の格付けとして、各雑誌に掲載された論文の被引用回数を指標としたインパクト・ファクターがよく用いられる。京太の論文が掲載されたJournal of Avian Ecologyのインパクト・ファクターは1.2であり、生態学関連の雑誌では中堅の部類に入る。


ポジションの公募における審査の際、論文の質は、その論文が掲載された雑誌のインパクト・ファクターにより判断される。つまり、雑誌のインパクトファクターに論文数をかけたものが、応募者の業績とみなされるのである。


当たり前だが、各公募では、応募者の中から1人だけが採用される。いくら優秀でも、2番目以下では不採用なのだ。京太の業績はとくに優れたものではなく、書類審査で落とされたのは当然のことであった。公募をかけた側の研究内容と京太の研究内容とがマッチングするケースも、あまりなかった。


そしてなにより、京太には強力なコネがなかった。今も昔も、研究職の公募はコネで決まることが多い。実際に、京太よりも業績の少ない人間が、コネで助教の職に決まったケースを何度も見てきた。業績もコネもなく挑む公募が、すべて負け戦になるであろうことは、うっすらと感じていた。


しかし、まだ最後の望みが残っていた。京太の古巣であるT大動物生態学研究室が、教授の定年退官に伴い、その後釜として助教を1人募集していたのだ。しかも、今時珍しい、任期のないパーマネント(終身雇用)のポジションである。


「パーマネント」。ポスドクをはじめとした、すべての任期付研究者が垂涎する響きだ。狭き狭きパーマネントの門をくぐること。それこそが、ポスドク砂漠をさまよう者たちが目指す、最終ゴールなのだ。


パーマネントのポジションをゲットすれば、もう任期が切れて無職になる悪夢を見なくて済む。嫁も見つかる。マイホームも手に入る。この世のすべての苦しみから解放される。皆、そう信じて疑わない。パーマネント。それは果てしない夢。取り憑かれたように、「パーマネント、パーマネント」と白昼からつぶやくポスドクの何と多いことか *1


そのパーマネントのポジションの公募が、自分の出身研究室から出ている。コネという点で、京太はとてつもなく有利な立場にいた......


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ある研究室でのラブストーリー(その1)

ある研究室でのラブストーリー(その2)

ある研究室でのラブストーリー(その4・最終話)

*1:註1: ポスドク一人当たり、一日平均4.7回ほど「パーマネント」という語を口にするという調査結果もある (Horikawa et al. 2012)

人気ブログ「金融日記」の藤沢数希さんと対談しました

今号のむしマガでは、人気ブログ金融日記および人気有料メルマガ週刊金融日記を運営する藤沢数希さんとの特別対談をお送りします。この対談は、僕が9月に帰国した際、まぐまぐ前社長の大川弘一さんにアレンジしていただき、実現しました。美味しいとんかつを食べながら。


むしマガでもよく話題にする生物学的側面からのオスとメスの利害対立など、なかなか面白い対談になっています。


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藤沢数希
理論物理学の分野で博士号取得。欧米の研究機関で研究活動に従事したあと、外資系投資銀行に転身。以後、マーケットの定量分析、経済予測、トレーディング業務などに従事。おもな著書に『なぜ投資のプロはサルに負けるのか?』『日本人がグローバル資本主義を生き抜くための経済学入門』『外資系金融の終わり』(ダイヤモンド社)、『反原発の不都合な真実』(新潮社)など。
主宰するブログ「金融日記」は月間100万ページビュー。ツイッターのフォロワー数は8万人を超える。
有料メールマガジン『週刊金融日記』では、自身が提唱する恋愛工学の研究成果を随時発表しており、日本有数の購読者数を誇る。
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藤沢:堀川さんは今パリに住んでるんでしたっけ?


堀川:2年ちょっと前からパリに住んでいます。パリ第5大学でクマムシの研究をしているので。


藤沢:ちゃんと堀川さんの本読みましたよ。クマムシって、過酷な環境にも耐えられるタフな生物なんですよね。放射線とか、超低温とか、真空でも生きられるという。


堀川:そうですね。乾燥してカラカラになっても仮死状態で生き延びるんです。


藤沢:宇宙空間でも生き延びるんですよね。


堀川:そうなんです。フランスに来る前は、アメリカのNASAでクマムシを研究していたんです。いわゆる宇宙生物学というジャンルなんですが。


藤沢:なるほど。クマムシの耐性を他の生物で再現できないかとか、研究してるんですよね。


堀川:ええ。たとえば移植用臓器の乾燥保存とか。究極的には人間カップラーメンですね。人間を丸ごと乾燥させて保存して、お湯をかけると復活するみたいな(笑)。他の惑星に旅するときにも、乾燥状態で何年間も過ごして、目的地到着の直前に復活したり。色々な用途が考えられますね。


藤沢:パリでポスドクをしながら、そのクマムシの耐性のメカニズムの研究をしているわけですね。


堀川:そうです。今は基本的なメカニズム、たとえばなぜクマムシが乾燥したり高線量の放射線を照射されても大丈夫なのか、ということを解明しようとしています。
メルマガでは最新のクマムシの知見とか、その他の最新の生物学の知見などを、面白おかしく紹介しています。動物の恋愛を含めた行動生態学についても書いているので、藤沢さんの恋愛工学に少し共通する部分もありますね。


藤沢:まあ、ちょっとクマムシだけだと、マニアック過ぎますからね(笑)。


堀川:そういえば僕がメルマガをやっていて意外だったのは、読者さんから結構な量のメッセージが来ることですね。それまでもブログにメールアドレスを公開していたんですけど、メールなんてまず来ないんですよね。メールってけっこうハードルが高いので。でも、メルマガを始めてからは感想とかがメールで送られてきたりします。ブログと違ってポジティブなのばっかりなんで、それはうれしいですね。応援してくれてるんだな、というのが......


本対談の続きは、有料メルマガ「むしマガ」(月額840円・初月無料、購読申込はこちらから)を登録してご覧下さい。

ある研究室でのラブストーリー(その2)

T市民が待望していた、T市と東京を結ぶ鉄道路線が、ついに開通した。この春、大鷲京太は博士課程三年生になっていた。新入生の竹園紗季をポスドク観音台則夫に奪われてから、すでに3年が経過しようとしていた。


この間、京太に恋人が出来たことは一度としてなかった。彼女いない歴も26年間に更新した。動物生態学研究室に、紗季以外に好みの女の子がいなかったわけではなかった。だが、アタックしたところで振り向いてくれる女の子がいるようには感じられなかった。そしてなにより、京太にはアタックする意欲そのものが失われていた。


日頃から則夫にさんざんコケにされ続けた京太は、研究室内ヒエラルキーの下位から脱することができなかった。このようなヒエラルキー地位にいる限り、周囲からはオス的魅力に欠けるダメ男子として見なされてしまう。女の子からモテなくなるのだ。


こうなると京太自身も、研究室内での自分のヒエラルキー地位と非モテ度合いを、嫌でも認識せざるをえなくなる。すると、ますます自信が失われる。自信が失われると、オス的魅力も失われていく。学年が上がっても下位ヒエラルキーから脱することができず、ますますモテなくなる。


京太の身に起きたこの現象は、ネガティブ・モテ・フィードバック (NMF) とよばれる (Horikawa et al, 2013)。NMFは、隔離された閉鎖的個体群内で生じやすいことが判明している。理系研究室は、そのような閉鎖的個体群を内包する環境の代表例である。


NMFに陥り、セミの幼虫のような地下生活を余儀なくされていた京太だったが、今年は大きな転機が訪れた。則夫が研究室を去ることになったのだ。


教授が科研費を獲得することができず、則夫をこれ以上ポスドクとして研究室が雇えなくなったのだ。則夫はアカデミックポストに就くことができず、東北の小さな博物館で非常勤の学芸員として働くことになった。そしてこの異動が引金となり、則夫と紗季が別れることになったのだ。


研究室内でボスザルとして君臨していた則夫がいなくなったことで、京太がヒエラルキーの最上位に進出できるチャンスが出てきた。さらに、紗季も今やフリーの存在だ。京太は長い地下生活に終止符を打ち、高々とそびえる桜の木に登る準備を始めた。羽化をするまで、もう秒読み段階だ。


ポスドクの則夫が去ったことで、博士課程三年生の京太が研究室内での最上級生となった。新歓コンパやラボミーティングでは、最上級生である京太が主に仕切ることになった。


京太は思い出していた。新歓コンパやラボミーティングで、自分が則夫にさんざんコケにされ続けたことを。


「オレがあいつにやられたことを、後輩にはしたくない」

 
などと、京太は微塵にも思わなかった。むしろ、則夫が自分にしたことを、そのまま後輩にしてやろう。そう固く誓った。


「後輩たちを徹底的にコケにしよう。則夫が自分をコケにすることで研究室内ヒエラルキー最上位の地位を保ち、自分が紗季や他の女の子に手出しできなくなったように」


その信念のもとに、新歓コンパでは後輩の男性研究室員を容姿から性格に至るまで、徹底的にこき下ろした。ラボミーティングでは、後輩の研究能力だけではなく人格までも否定した。とりわけ、野外調査直前の京太のディスりは熾烈を極めた。野外調査期間中は研究室を留守にする。その間に、他の男性研究室員がつけ上がるのを抑制する必要があるからだ。

 
「オレはオオタカの研究者だ。オオタカは肉食だ。だからオレも肉食だ。そして最強の肉食男になるのだ」


森の中でオオタカのメイティング・ビヘイビアー (生殖行動) の観察をしながら、京太は何度も何度もこうつぶやいた。近い将来、自分自身が紗季とのメイティング・ビヘイビアーを行うことを夢見ながら......


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ある研究室でのラブストーリー(その1)

ある研究室でのラブストーリー(その3)

ある研究室でのラブストーリー(その4・最終話)

ある研究室でのラブストーリー(その1)

4月上旬、北関東のとある学園都市でもようやく桜が咲き始めた。それと同時に、この街に植えられている多数のスギに由来する花粉が、少なくない市民を攻撃していた。


T大学は、そんな街の一角を占める総合大学である。日本でも有数の広大なキャンパスを擁し、学術面でもノーベル賞受賞者を輩出するなど、誇らしい実績をもつことで知られている。


そんなT大学の片隅に位置する建物内に、動物生態学研究室がある。この研究室では、昆虫から脊椎動物に至るまで、さまざまな動物についての生態学的研究を行っている。


毎年4月には、動物生態学研究室では新歓コンパ(新入生歓迎コンパ)が催される。この年に新しく動物生態学研究室に配属された学部4年生は3名、修士1年生は2名である。学部4年生は全員男、修士1年生は男1名と女1名であった。


研究室で開催される新歓コンパの目的は、表向きは文字通り「新入生を歓迎し親睦を深める」というものだ。コンパの席では研究室のメンバーが自己紹介をし、食べたり飲んだりしながら円滑な人間関係を構築していく。


だが、男性研究室員にとっては、これとは異なる明確な目的が、新歓コンパにはある。


それは、新入生の女の子にツバを付けることだ。


通常、理系の研究室では男女比が圧倒的に男側に偏っている。このような条件下では、男性陣の間で女性メンバーを巡る奪い合い、つまり雄間闘争が起こる。T大動物生態学研究室でも、研究室員の男女比は3:1と偏っており、例に漏れず雌をめぐる雄間闘争が起きる運命にある。


よって、彼らににとっての新歓コンパの至上命題は、いかにして自分が他の男性陣をおさえて有利なポジショニングをとり、新入生の女の子にアプローチするか、ということである。


今回、新入生の中で女の子は修士1年生の竹園紗季、ただひとりである。竹園紗季は学部時代、東京にある国立女子大学の生物学科に在籍していた。彼女はガの行動生態学に興味があったが、所属学科には生態学の研究室が無かったため、大学院からT大動物生態学研究室に入ってきたのだ。


女子大出身の紗季は、急に男性ばかりの環境に身を置かれたことで、少し緊張している様子だった。都会の洗練された凛とした雰囲気を醸し出す彼女の存在は、T大生態学研究室の中で、少し浮いて映った。


しかし、純白のブラウスにかかる黒いネクタイには、ガの刺繍が大きく施されており、彼女が年季の入った虫屋であることを示唆していた。



「ガ、好きなんだ?」



修士2年生の大鷲京太が、お調子者キャラを全面に出しながら自分の椅子ごと紗季の隣に移動し、話しかけてきた。他の男性研究室員を差し置いての、先制攻撃である。



「このガのネクタイ、自分で作ったの?それとも、どこかで買ったの?」



「えっと、アーティストが昆虫をモチーフにした作品を展示するイベントがあって、そこで買ったんです・・・。昆虫大学っていうんですけど・・・。このガはクスサンで・・・」



「へぇ。オレ、猛禽類の研究が専門だけど、虫も好きなんだよね。」



「そうなんですか?」

 

「うん。でも、このガの刺繍、本当によくできてるね。ちょっと触ってもいい?」



「えっ」



京太は、自分の右手を紗季の胸元に近づけた。他の男性研究室員たちを一気に突き放すため、準求愛行動ともいえる接触アプローチ戦略を展開したのである。この戦略が上手くいけば、紗季との距離を一瞬にして縮めることができる。


だが、そうはうまくいかなかった。これを黙って見ていられなかった研究室員がいたのだ。研究室内ヒエラルキーの最上位に君臨するポスドクの観音台則夫である......


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ある研究室でのラブストーリー(その2)

ある研究室でのラブストーリー(その3)

ある研究室でのラブストーリー(その4・最終話)

クマムシさん・アット・デザインフェスタ

本日11/2と明日11/3に開催されるデザインフェスタにクマムシさんが出展します。ここでしか入手できない、クマムシさんのレアアイテムが満載ですので、ぜひご来店ください。


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『デザインフェスタVol.38』
11月2日(土)〜11月3日(日)11時〜19時

会場:東京ビッグサイト 西ホール
「クマムシさんのお店」ブースNo, I-227とI-228


・グッズラインナップ


「かんみんクマムシさんプレミアムぬいぐるみ」限定3体


「クマムシさんプレミアムぬいぐるみ」限定5体


「シロクマムシちゃんプレミアムぬいぐるみ」限定3体
「悪いクマムシプレミアムぬいぐるみ」3体
「占いクマムシプレミアムぬいぐるみ」3体


「最高級手作りクロレラ」(5粒入り)限定10個


「京都名物八ツ橋」(2つ入り)限定10個


「クマムシさんオフィシャルT-Shirts」
(S/M/L)ナチュラル/ピンク/スミ


「クマムシさんAA T-Shirts」( ̬ ̬ ̬ ̬•)
(S/M/L)オートミール/グリーン/グレー


「クマムシ博士の「最強生物」学講座 - 堀川大樹」


【関連サイト】

クマムシさんのお店

【今週末!】( ̬ ̬ ̬ ̬•)クマムシさんデザフェス販売商品(˘ ̬ ̬ ̬ ̬): クマムシさん日記


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クマムシ博士の「最強生物」学講座ー私が愛した生きものたちー

貢がないオスの精子をブロックするクモ

メスにとってオスの選別はきわめて重要である。ガガンボモドキでは、オスがメスに貢ぐプレゼント餌のクオリティーと量により、交尾の受入れを判断する。


クモの一種、Pisaura mirabilisでも、オスは糸でぐるぐる巻きにした昆虫をプレゼントしてメスに渡す。メスがプレゼント餌を食べている間、オスは交尾をすることができるのだ。


Albo et al. (2013) Sperm storage mediated by cryptic female choice for nuptial gifts. Proc. R. Soc. B


プレゼント餌を獲得できるオスは、ハンティング能力に長けている。この能力が遺伝的なものだとすれば、自分の息子も高いハンティング能力を獲得することが期待できる。この能力があれば、当然生存に有利だ。また、メスにクオリティーの高いプレゼント餌を提供できるため、配偶者選択でも有利に働く。メスからすれば、プレゼント餌はオスの質を反映するシグナルとなるのだ。


ただし、このクモでは、プレゼント餌を渡さなくてもオスはメスと交尾できる。プレゼントは義務ではないのだ。しかし、プレゼント餌がない場合は交尾時間が短く、オスは十分な数の精子をメスに渡すことができない。


さらに驚いたことに、プレゼント餌をメスにあげなかった場合は、交尾の単位時間あたりの輸送精子数も著しく低いことが判明した。何らかの形で、メスは「手ぶらオス」からの精子をブロックしているようだ。メスに対してコストをかけないオスは、交尾をしても子孫を残す確率が激減するようになっているわけだ。


その一方で、プレゼント餌を渡して交尾をしたら、さらに自分までメスに食べられてしまう悲惨なオスもいるようだ。ここの説明では、この動画のオスがそうらしい。



貢いだ男の骨の髄までしゃぶるとは、このメスグモはとんだブラックワイフである。なんとおそろしいことか。


※本記事は有料メルマガ「むしマガ」(月額840円・初月無料)の189号に掲載された論文を短縮した簡易論文版です。こちらから購読登録すると完全版を読むことができます。


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ある研究室でのラブストーリー

パリでもやしもん


朝、ラボに来たらホワイトボードにこれが描かれていた。


今いるラボは皆微生物屋だが、フランスでもこの業界ではもやしもんが人気のようだ。


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フランス人の生産性の高め方


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ハロウィンとアメリカ

アメリカではハロウィンは一大イベントであり、いい年をした大人でも、仮装のクオリティーを仲間内で競い合うほど熱がこもる。私がいたNASAの職場でも皆、仮装をして出勤していた(写真)。



そんな老若男女が夢中になるイベントだが、オハイオ大学の学生グループが、ハロウィンでの仮装が場合によっては人種や民族の差別的な表現になりうることを警告し、Facebookなどで話題になっている。



Students Teaching About Racism in Society


例えば日本の芸者や侍の格好をすることが、果たして差別にあたるのかなど、こういった視点については賛否両論分かれるだろう。少なくとも私は、この日本の例に関しては差別とは思わない。それならハリウッド映画に出てくる日本人やその他の民族のステレオタイプ的な表現も、差別にあたることになる。


難しい問題だが、アメリカのように色々な文化的背景をもつ人間が入り交じった環境では、敏感になる人も一定数いるのだろう。とりわけ、アメリカで生まれ育った非白色人種のアメリカ人は、このような仮装を見たときに複雑な心境に陥ることがあるかもしれない。


ただ、この解釈をさらに拡大すると、国外で外国人が経営している日本食料理店なども「差別的」と捉えることを可能にするかもしれない。もっとも、すでに農林水産省は「日本食認定制度」という手を使って、このような料理店にプレッシャーをかけているが。いわゆる寿司ハンターだ。


そのうち動物のコスチュームを着ることも、動物の尊厳を傷つけるという理由で廃止の方向に向かうかもしれない。これを示唆するようなパロディーも出回っている。


いずれにしても、ナチスや宗教色の強いものなど、特定の地域でタブー視されている衣装は着るべきではないだろう。それ以外の民族的衣装であれば、仮装にリスペクトを込めているかどうかで、受け手の印象が大きく変わるのではないだろうか。


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再現性の無い研究論文を減らすにはどうすべきか

自然科学、とりわけ医学生物学系の多くの論文で再現性の無いことが問題になっている。製薬会社が行った追試では、実験結果が再現できなかった論文は70〜90%にまでのぼっているらしい。


NIH mulls rules for validating key results: NATURE | NEWS


この問題を解消するため、アメリカ国立衛生研究所(NIH)は、それぞれの研究結果について、独立機関によるデータ検証を義務づけることを検討しているようだ。だが、このやり方では追試による莫大なコストが発生すること、そして研究発表サイクルが長くなってしまう問題点もある。よって、この施策がすぐに採用されるとは考えにくい。


再現性の無い論文が多く生産される背景には、同じ分野における研究グループどうしの激しい競争がある。新規発見のプライオリティが認められるためには、最初に論文で発表するか、特許を申請しなくてはならない。二番目ではだめなのだ。勝者は名誉を勝ち取り、さらに多くの研究費を得ることができる。一方で、敗者は歯がゆい思いをさせられるばかりでなく、研究費獲得のチャンスも激減する。両者の格差は開いていく。


研究者は、このような激しい競争にさらされている。インパクトのある論文が出なければ、研究費はおりてこないし、ポスドクなど、身分によっては次の就職先すら逃してしまうリスクも高まる。まさに生活がかかっているのである。


このようなプレッシャーの中、研究室主催者は、自分の想い描く科学ストーリーに沿った綺麗なデータを信じたがるのも無理もない。そのようなデータをポスドクなどから見せられれば、それが条件設定ミスのため偶然得られたものであれ、あるいはデータに意図的に修飾がされたものであれ、すぐに論文にして発表したいと思うボスもいるだろう*1


いずれにしても、再現性の無い論文が氾濫することは、研究者どうしでお互いの首を絞め合っているようなものだ。正直者が馬鹿を見るようなゲームの中では、嘘つきが増える方向にバイアスがかかっていく。そうでもしなければ、予算もとれないし、研究者として生きていくこともできなくなってしまうからだ。本末転倒であるが、残念なことに、研究の世界はすでにこのディストピアの様相を呈している。


さらに、偽のデータを「本物」だと思い込んでいる研究室主催者がいた場合、そのデータを反証するようなデータを研究室内で提出するような部下は、ボスから蔑まれてしまうことも多いだろう。きらびやかな研究成果に憧れて飛び込んだ先の研究室が「黒」だったとしたら、黒に染まり論文を生産するか、潔白のまま無成果で終わるかの選択を迫られてしまう。いずれにしても、そこでの研究生活はたいへん惨めなことになる。


この問題を解決する策として、研究グループどうしに成果を争わせるのではなく、同じ研究分野の研究グループどうしを統合してコンソーシアム化するのもひとつだろう。コンソーシアム内ではお互いのグループに研究の役割を分担させておき、競合が起きないようにするのである。こうすることで、うまくそれぞれの縄張りをもちながら研究を遂行でき、勇み足で曖昧な研究結果を発表することも少なくなると期待できる。


だが、コンソーシアム内でも政治的なかけひきや対立が起こることは容易に予想できる。研究者は概して名誉欲が強く、自分が一番美味しいところをもっていきたがるからだ。これでは、コンソーシアムが分裂してしまいかねない。これを避けるためには、独立した研究機関により強制的にコンソーシアムが作られ、役割分担が決められる必要があるだろう。


このようなトップダウン型の施策に頼らずに本問題を改善することは、私にはかなり難しいように思える。


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基礎研究における自由市場からの研究資金集めは経済の論理により捏造を生じやすくするか

*1:再現性がとれない、といってもすべてが捏造というわけではない。微妙な実験条件の違いや、論文の記述には現れない実験の勘所など、結果を左右する要因はさまざま。

週刊SPA!でロングインタビューとグラビアが掲載されました



SPA! 2013年 10月29日号


本日10月22日発売の国際科学ジャーナル週刊SPA!誌 (10月29日号) に、私のロングインタビューおよびグラビアが掲載されている。長澤まさみさんの表紙が目印だ。


若き研究者がクマムシを「ゆるキャラ化」した理由: 週刊SPA!]


今回、SPA!誌の看板コーナー「エッジな人々」に取り上げてもらった。実はこのコーナー、クマムシ研究者で「クマムシ?!」の著者でもある鈴木忠さんも登場したことがある。今回、本誌にクマムシが掲載されるのは、6年ぶり2度目のことである。


中吊り広告にもしっかり載っているようだ。




内容は、クマムシの紹介に加え、クマムシに学ぶ生き方のことについても語っている。渋谷でクマムシ採集ロケも行った。ちなみに、渋谷のZARAと丸井の並ぶ向かいの歩道に生えるコケには、多数のクマムシ達が生息している。渋谷のような都会は、クマムシパラダイスなのである。出来上がった原稿を見たが、SPA!誌は写真撮影にしても、編集にしても、しっかりと作り込んでいて感心した。


それでは、ぜひご一読をいただければ幸いに思う。立ち読みは禁止願いたい。


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クマムシがフライデーされました

クマムシ博士の「最強生物」学講座ー私が愛した生きものたち


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今後、帰国するべきかどうか。

東北大の教授の炎上騒動について、個人を攻撃するクレーマーや、クレーマーを煽動するまとめサイトが社会悪であるという見解を、先日のブログに掲載した。


クレーマーとまとめサイトにより社会が毀損される


この問題に関心のある人も多かったようで、昨日だけでこの記事には4万以上のアクセスがあった。私の意見に同意するコメントも多かっが、中には「twitterで世界に向けて発信する方が悪い」という意見もあった。いや、「世界に発信している」から「不当に大きな社会制裁を加え」てもよい、という理屈にはならないだろう。


さらには、「解雇や減給の措置であれば社会的な制裁だが、大学からの厳重注意は社会制裁ではない」というコメントもあった。いやいや、法を侵しているわけでもないのに自分のことが新聞沙汰になっているわけで、本人の精神的ダメージは甚大なものですよ。こういう炎上沙汰を例えるなら、「わるもの」とか「肉」とか「中」という文字をマジックでおでこに書かれた状態で檻の中に入れられ、街中で見せ物にされる感覚に近いだろう。


こういうコメントをする人は、自分がそういう立場になった時の状況を想像できないのだろう。そして、こういう感覚を持った人が多くいるので、この風潮も無くならない。そもそも、このようなコメントを残した人自体が匿名だし、実名で発信することがどれだけ割に合わないことか分からないのか、と思ってしまう。


いや、実は無意識にそれを理解しているからこそ、匿名で活動しているわけだ。もっと言えば、このような大義名分のように聞こえる理屈を作って、他者を攻撃することを正当化している人も少なくないかもしれない。


日本では「出る杭」=「目立つ個人」を嬉々としながら徹底的に叩く文化がある。インターネットが、この特徴的な文化を加速させる装置として働いている面は否めない。日本は食べものも美味しいし、先進的でユニークな考えをもつ人も多い。総合的に見て、とてもよい国だ。だが、今回の一件、そして私のブログ記事に寄せられるコメントを見て、母国に今後帰って暮らすべきかどうかという迷いが、私の中に生じている。


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クレーマーとまとめサイトにより社会が毀損される

東北大の教授のtwitterでの発言が炎上騒ぎになっている。


東北大、教員のTwitterでの「不適切発言」を謝罪


この教授が野球観戦をしながら、自分が応援するチームの敵とその地元を咎める発言をしたことが問題になっているようだ。発言直後から、この教授のtwitterアカウントには非難が殺到して炎上した。そして、まとめサイトにあげられてさらに延焼。この過程で東北大に苦情のメールや電話が多く寄せられたのだろう。昨日になって東北大が公式に謝罪を表明、新聞記事になるまでに至った。


東北大学教員によるツイッターにおける不適切発言について(お詫び)


私は、野球観戦でつぶやいていた独り言が、このような社会的制裁を受けるだけの妥当性は全くないと思う。確かに、この教授の発言内容は、敵対する野球チームのファンや、そのチームの地元にとって不愉快なものだろう。だから、その教授に対して直接抗議をするのは理解できる。


しかし、この個人による行為を所属組織の管理義務に結びつけて大学に苦情を入れるのは常軌を逸しているだろう。苦情を受けた大学側も、公式謝罪する必然性はなかったと思う。結果的に、この教授は不当に大きな社会的制裁を受けることになってしまった。


寛容さを放棄し、すべてに対して監視の目を向け制裁を加えるやり方では、この国の社会はますます息苦しいものとなる。今回の件のように、すぐに叩いたりクレームをつける人々は、自らの行いが社会をますます生きづらいものにしている自覚があるのだろうか。結局、クレームをつけることは、廻り廻って自分のところに返ってくる。自分で自分の首をしめているのだ。


このような社会では、大学教授などの比較的社会的地位の高い肩書きを持つ人は、実名でtwitterやブログをしなくなっていくだろう。ちょっとした不適切な発言でも、すぐにルサンチマンの攻撃対象となり、何の得にもならないからだ。そして、そうした人々が退出すると、オープンな空間での知的な情報交換や議論もどんどん減っていく。これは、結果的に、社会にとっての大きな損失となる。


これらのことを考慮すると、モンスタークレーマーを焚き付ける一部のまとめサイトも、社会的害悪であるとはっきり認定してよいだろう。クレーマーまとめサイトがこの社会を著しく毀損しているのだ。


私の場合は、フランスに住んでいて本当にラッキーだ。仮に私が何かをやらかしたとき、クレームをつけたい人間は、私の所属先であるパリ第5大学にフランス語で苦情を言わなければならないからだ。もっとも、フランス語で苦情を言ってきたところで、事務局のフランス人はクレーマーに逆切れして終わりだろう。フランス人は、組織と個人はまったく別の存在と見なすからだ。中学生が学外で煙草を吸っているのを教師が見つけても、教師は何の干渉もしないくらいだ。


日本の組織も、クレーマーに"No"という勇気をもたないと、この国の社会はますます生きにくいものになってしまうだろう。


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今後、帰国するべきかどうか。

フランス人の生産性の高め方

博士のゆくえ:学振に振られても生きる

今年も、日本学術振興会特別研究員、通称学振の採用結果発表の季節がやってきた。twitterのタイムラインも、採択の合否で賑わっていた。


念のため、学振について少し説明しておく。学振は、博士課程の大学院生や、博士号を取得してから5年以内の博士が、生活費と研究費の支給を受けながら研究できる制度だ。学振となった博士課程の大学院生は学振DC、博士号取得者は学振PDとよばれる。いわば学振は、アカデミアの登竜門のような位置づけであり、学振をとっているとアカデミックキャリアに箔もつく。学振申請のための書籍まで出ているくらいだ。


学振申請書の書き方とコツ DC/PD獲得を目指す若者へ 大上 雅史 著


私もかつて、学振DCに採用されていたことがある。だが、学振PDには2回応募して2回とも不採用となった。とくに2回目の応募のときは、面接→補欠→補欠不採用という、2月中旬まで採集結果が引き延ばされての死刑宣告であった(多くの人は10月中旬に採集結果が出る)。この年までは、面接を経て補欠になった場合は、ほぼ例外無く採用にいたっていたのだが、この年(2007年度)はiPS細胞作成が山中教授により確立されたため、補正予算がiPS細胞関連の研究に流れて私の学振採用がポシャったっようだ*1


この年は、オーバードクターおよび非常勤講師として過ごした年でもあり、就職活動を一生懸命行っていた。だが、国内の大学などの助教のポジションはおろか、ポスドクやテクニシャン、高等専門学校の教員の公募にも次々に落ちた。最後に学振PDがだめだったことで、いよいよ研究者としての道を閉ざそうと考えていた。


しかし、学振の不採用通知が届いてから1週間後、学振よりも難度の高いポジションだと思っていたNASAからフェローシップの採用通知がメールで送られてきた。学振に捨てられたが、NASAに拾われたのだ。最後の最後で道が残された。


今考えてみると、6年前の当時、日本国内では「アストロバイオロジー」という学問領域の存在すら知らない研究者ばかりだった。申請書に「クマムシと宇宙生物学」について書いても、学振の審査員が理解できなくても無理は無い。当時の日本では、私とクマムシが早すぎた。


その一方で、NASAは私の研究テーマを本気で面白がってくれたし、実際に投資をしてくれた。後で聞いた話では、NASA宇宙生物学研究所の前所長、Carl Pilcher氏が私を大プッシュしてくれていたということだった。アメリカは、サイエンスの面では本当に懐の深い国だと思った。私はNASAに、そしてアメリカに研究者人生を救ってもらったようなものである。


この私の例のように、国内ではあまり評価されていない研究でも、海外では面白がってくれる場合というのもある。だから、これからアカデミアで就職活動を始める院生やポスドクは、海外のポジションにも応募してみるとよいと思う。フェローシップも、学振だけではなく、出せるところにすべて出す心積もりで臨めば、日本に見限られたとしても、どこかの国に拾ってもらえるかもしれないのだ。


研究者として歩むのを諦めたくなければ、これくらいはしてみるといいだろう。やってみて損は無いのだから。


【関連記事】

クマムシ集会・イン・パリ

クマムシさん @kumamushisan からの学振アドバイス: Togetter

*1:twitterで二人の方からこれ以前に補欠で不採用になったことがあるという報告をいただいた。なので、この年の私の不採用とiPS細胞の件に関係性があるかはよく分からない。

昆虫研究界に新エースあらわる

昆虫は食材としてのポテンシャルが高く、昨今の昆虫食ムーブメントには目を見張るものがあることを以前書いた。


21世紀は昆虫食の世紀になるかもしれない


昆虫食が大衆化するためには、ディープではなくライトに攻めることが肝要だ。昆虫食というジャンル自体が嫌でもマニアックな色彩を放っているため、それだけで敬遠されやすいからだ。


そんなマーケティング案はおかまいなしに、真逆の方向、すなわちどこまでもディープに突き進んでいる前衛研究者がいる。その男の名は佐伯真二郎という。


氏のブログ「蟲ソムリエへの道」では、昆虫を1種類ずつの味についてのレビューが淡々と綴られている。氏のブログでこれまでにレビューされた昆虫は、優に100種類はありそうだ。イナゴやハチなどメジャーな昆虫食材にとどまらず、「食べる」どころか「触る」のも躊躇するような昆虫もアグレッシブにお口に運び、その感想を並べている。


実は佐伯氏は、バッタ博士がかつて在籍していた研究室 (田中誠二研) の出身でもある。つまり、バッタ博士の弟弟子にあたるのだ。私は2年くらい前からネット上で氏の活動を見守っていたのだが、最近は行動ががかなり先鋭化しており、兄弟子のバッタ博士に続けとばかりに成長しているのを感じる。


例えば、ある日の記事の内容は、こうだ。佐伯氏がシロヒトリというガの幼虫を捕獲し蛹にして食べようとしたところ(これを食べようとするだけでも相当のものだが)、シロヒトリがヤドリバエという寄生バエの一種に侵されていることを発見。そこで予定を変更して寄生していたヤドリバエの蛹と成虫を食べてレビューしてしまっている

ゴムに似た臭い。不快な臭いではない。


毛が多いので食感は今ひとつ。


下に外皮がのこらないので悪くはないが、良くもない。


だそうだ。


また、ちょっと古い民家や民宿のトイレにたびたび姿を現すカマドウマについても実食レビューがあり、こちらは

抜群に美味い!なんだこれは。


体液はほとんど感じられず粒感と弾力のあるタンパク質の塊がやってくる。焼きタラコのような食感。


翅がなく、胴がたっぷりしているので肉質なのかと。キリギリス科の中でも抜群に美味しく、とても意外ー


と、大絶賛している。カマドウマの味なんて、佐伯氏がいなかったら分からなかっただろう。


それから私の個人的な興味を引いたのが、ネムリユスリカの幼虫のレビューだ。



私自身、「クマムシを食べたことはありますか?」とか「クマムシってどんな味なんですか?」とよく聞かれる。そもそもクマムシの味を判断できるほどにまで増やすのは大変だし、たとえ増やせたとしても勿体ないし可哀想だし食べようとは思わない。


そういう質問に対しては「クマムシがどんな味かは想像できないが、ネムリユスリカの幼虫は乾眠すると糖類の一種トレハロースを大量に蓄えるので、乾眠ネムリユスリカはたぶん甘い」と答えている。私は奥田隆氏が率いるネムリユスリカの研究室にもかつて所属していたが、奥田氏をはじめ、その他の研究室メンバーでもネムリユスリカを食べた人はいないはずだ。


佐伯氏は奥田氏から乾眠状態のネムリユスリカを入手して実食レビューを行っている

ポリポリと食感がよく、かすかに血ににた鉄臭さがある。


(中略)鉄の匂いが強い。からだによさそう。カツオふりかけのようなみりん(トレハロース?)に似たかすかなあまみがある気がする。


残念ながら乾眠によって上昇したトレハロースの味を味覚ではっきりとは感じることはできませんでした。


ということで、意外にもあまり甘くないようだ。ちなみに乾眠していない活動状態のネムリユスリカをゆでて食べた味は「もずくのような小気味の良い感じ」らしい。


また、昆虫を食べるだけではなく、昆虫食をマクロ的視点でとらえた解説も興味深い。氏は、

バッタ養殖のムラには、バッタのフンを利用した工芸が起り、その工芸で着飾った住人たちによる収穫祭が開かれるだろう


というアクロバティックな仮説を唱え、バッタの糞と粘土を半々で混ぜて作った巨大な仮面も作成している。そしてこの記事が「昆虫食をブームで終わらせないために」というタイトルにしてあるところも、氏の先鋭化ぶりを如実に表している。


いずれにしても、佐伯氏は若手昆虫研究者のエース格として、今後この業界を牽引していくことは間違いない。氏のますますの活躍を期待している。


ところで書き忘れていたが、虫が嫌いな人は、本記事のリンク先にある佐伯氏のブログ記事を見ない方がよいだろう。


昆虫食入門: 内山 昭一 著

(日本の昆虫食文化のパイオニア的存在ともいえる内山昭一氏の著書)


【お知らせ】このブログが本になりました

クマムシ博士の「最強生物」学講座ー私が愛した生きものたちー