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クマムシ博士のむしブロ

クマムシ博士が綴るドライな日記

基礎研究における自由市場からの研究資金集めは経済の論理により捏造を生じやすくするか


研究者が独自に自由市場から研究資金を集めることについて書いた前回の記事には、予想以上に大きな反響があった。公的な資金に頼らずに研究者自らが動くとうこのアイディアについて、賛同するコメントが多く寄せられた。私の活動に触発されて下の科学ブログを始めたというメッセージもいただいた。


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こうして少しでも多くの研究者の意識が変わり、新しい研究文化が育ってくれれば、私としては大変嬉しいことである。


その一方で、研究者が独自に資金を集めることについて、一部から批判的な意見もいただいた。その批判内容の多くは、「自由市場から研究資金を集めようとすると、基礎研究が経済の論理に流されて歪みやすくなる」というものだ。つまり、「お金を儲けようとするあまり、自身の研究成果を捏造するようなインセンティブが働いてしまう」ということである。


前回の記事に書いた通り、私が自由市場から資金を集める方法として実践しているのは、キャラクターグッズ販売と有料メルマガの発行である。基礎研究に従事する研究者が私のようなやり方で自由市場において研究資金を得ようとする場合、果たして経済の論理に飲み込まれて研究成果を捏造する方向にプレッシャーがかかるのだろうか?


結論から先にいうと、このような活動が研究成果の捏造を生じさせるようなインセンティブは、ほぼ働かない。その理由を、私や他の研究者の活動を例に以下に解説する。


・自由市場からの研究資金集めは研究成果を歪める方向に行かない


まず、私の研究対象生物クマムシをモチーフにしたキャラクター「クマムシさん」のグッズ販売について。


クマムシさんのお店


キャラクタービジネスにおいて大事なことは、一にも二にもキャラクターの魅力である。そのキャラクターのデザインや性格、そしてキャラクターの背後にあるストーリー性が人気を左右する。twitterなどのSNSでユーザーとのコミュニケーションも、キャラクター人気の重要な要素だ。クマムシさんもtwitter上で「クマムシ相談室」というコーナーを設け、ユーザーからの相談に答えている。人々はそのキャラクターを可愛いと感じたり、親しみが増したりした帰結として、そのキャラクターのグッズを購入するのである。


もちろん、クマムシさんの場合は、本物のクマムシが好きでグッズを購入する人もいるだろう。しかし、大多数の購入者は上述のような理由でグッズを購入するわけだ。クマムシについての私の最新の研究成果に強い関心を抱いていている人は稀であり、たとえ何か大きな研究成果を挙げたところでキャラクターグッズの売上はそれほど伸びないだろう。実際に以前、私がクマムシについての研究成果を発表しても、クマムシさんのファン層の人々はほとんど反応していなかった。


キャラクタービジネスとは異なるが、これと同様の現象は2010年にブームとなった小惑星探査機のはやぶさの周辺でも観測された。


長旅の末に地球に帰還し、最後は地球を撮影して大気圏突入で燃え尽きたはやぶさのストーリーに、人々は感動した。だが、果たしてそのうちのどれだけの人がはやぶさの詳細なミッション内容を知っていただろうか。成果のうちどの部分が、科学的に革新性をもっているかを言えただろうか。はやぶさの人気も、人々は研究成果の部分よりも、むしろ擬人としてのはやぶさのキャラクターとストーリー性に感情移入したところが大きいのだ。


これらの例から分かるように、キャラクタービジネスにおいて研究成果をアピールするやり方は、マーケティングとして効果が薄いためリターン=獲得資金量があまり見込めない。ビジネスとして非常に効率の悪い方法なのである。このような条件の下では、研究者が研究成果を捏造するようなインセンティブはほとんど働かないのだ。


次に、有料メルマガの例を見てみよう。


有料メルマガ「むしマガ」・堀川大樹: まぐまぐ


私の場合、有料メルマガには自分の研究成果も書いているが、それよりも他の研究者の成果について書く場合が多い。自分の研究成果は書いているうちにすぐにネタが尽きてしまうのと、読者が読みたいのは一人が行っている研究内容よりも概論的なネタの方だからである。この傾向は、当ブログでも同様だ。


有料メルマガ発行というと、ちょっと特殊なビジネスに聞こえるかもしれないが、基本的なビジネスシステムは本を出版して印税を貰うモデルとほぼ同じである。研究者が作家活動をして資金を調達する方法ということになる。


そう考えてアマゾンを見渡してみると、作家として成功している研究者を何人も見つけることができるだろう。彼らも自身の研究成果を本にまとめて発表する場合もあるが、やはりほとんどは自身の専門分野全体とその周辺にまたがる概論的な内容である。これらの作家研究者はテレビ番組や講演会に出る場合もある。このときもやはり、自分の研究成果よりはむしろより広い分野の解説をすることが多い。


大半の市民は、研究者個人の研究成果よりも、もっと広い枠組みでの専門的な知見を知りたいのだ。これはブログでも同じことがいえる。科学一般を伝えるポピュラーサイエンスの方が、自身の成果を解説する研究者のブログよりも圧倒的に人気がある。私のブログでも、自分のクマムシについての研究成果の解説記事よりも、納豆菌のネタ記事の方がアクセス数が50倍ほど多かった。


多くの市民が個々の研究者の成果内容よりも、より広い専門分野の知見に興味があるため、ここでも作家研究者が自身の研究成果を捏造しようとするインセンティブはきわめて働きにくい。それを証拠に、人気のある作家研究者の中には何年も論文を書いていない人もいる。作家研究者の研究業績と人気度に相関関係もみられない。研究業績の無い作家研究者がそれでも多くの市民に支持されているのは、学術的な内容を一般市民にも分かりやすく伝える表現力に優れていたり、その研究者のキャラクターが面白いからなのだ。池上彰っぽい人がよいのだ。もう一度いうが、このような理由から、研究成果を捏造するインセンティブはほとんど働かない。


・通常の研究活動には経済の論理が大きく関わり捏造が生じやすくなる


ここまで述べたように、研究者が自由市場から資金を得ようとする場合には研究成果を捏造する方向には向かいにくい。それではここで、政府や民間などの組織から研究補助金を得て研究活動を行っている、大学や独立行政法人の研究機関に所属する通常の研究者について考えてみたい。


結論からいうと、実は、これらの公的な資金の援助を受けている研究者の方が、自由市場から資金を得ている研究者よりも、はるかに経済の論理に流されやすく、その結果として研究成果を捏造しやすくなるのだ。


通常、研究者が研究費を獲得するためには、研究計画とともに研究業績を書類にまとめ、研究費を支給する組織に提出する。当然ながら、研究者の提出した研究計画と研究業績が優れていれば、研究費が当たりやすくなる。これは、アカデミアでは常識の基本ルールだ。


この基本ルールは、研究職のポジションを得る時にも横たわっている。このポジションには期限のついた博士研究員(ポスドク)、学術振興会特別研究員などのフェローシップ、任期制あるいは終身雇用制の大学教員職などの研究職が含まれる。これらのポジションにありつけるかどうかは、研究業績の質と量が左右するといっても過言ではない。具体的には、インパクトのある研究論文をどれだけ出版しているかにかかっているのだ。


すなわち、当たり前のことなのだが、研究費を獲得するにしろ、ポジションを獲得するにしろ、大きな経済の論理が働くわけである。仮に、ある博士研究員が現在のポジションの任期終了後に5年間の任期付の助教のポジションを得たとすると、3000万円以上の総収入を得られることになる。だが、もしどこのポジションにもありつけなければ、収入はゼロになってしまう。両方の場合の格差は3000万円以上になってしまうわけだ。


このように、研究費の獲得にもポジションの獲得にも、経済の論理が大きく関わってくる。しかも、研究者の研究成果がダイレクトに強く関わってくるのだ。このような条件の下では、研究者が研究成果を捏造するインセンティブは大きく働く。

研究者は論文の質や量で評価され、研究費やポストの獲得に直結する。(略)ただし、有名科学誌のハードルは高く、あいまいさのない「きれいなデータ」が求められる。判明した不正の大部分は、データを示した画像を改ざんしたり、別の実験データを使い回したりしたものだ。

東大論文不正:元教授、研究者同士競わせる: 毎日新聞jp


もちろん、それでも研究成果を捏造する研究者はごく一部だ。捏造が発覚した時にはアカデミアから強制退場させられるリスクがあるし、そもそも研究者のプライドとしてそれを許さない人間が圧倒的多数である。研究成果が出なかったためにどこの公募にも通らず、潔くアカデミアから去っていった研究者も私の周りだけで何人もいる。


それでもやはり、ここまで説明したような研究活動システム上生じる圧力から、ゴッドハンドを繰り出して捏造をする研究者がちらほら出てしまうのだ。基礎研究の分野の大物研究者が捏造に手を染めるケースも少なくない。単なる名誉欲のためではなく、多額の研究費を維持できなければ以前と同じスケールで研究を進められなくなり、他のライバル研究室との競争に負けてしまうというプレッシャーが、捏造を導くことも大いにあるだろう。


いずれにしてもここで私が言いたいのは、通常の研究活動はそもそも経済の論理に組み込まれており、しかも研究成果を捏造するインセンティブが大きく働いているということである。つまり、「自由市場で研究資金を調達しようとすると経済の論理に巻き込まれる」という指摘そのものが、ナンセンスなのである。


むしろ、キャラクターグッズなどを販売して自由市場から十分な研究資金が得られれば、論文を定期的に出版する必要性に迫られることはない。市場からの資金提供は、研究業績によって評価されないからである。よって、本当にやりたい研究を、自由にじっくりと遂行できる。こう考えるとむしろ、自由市場から研究資金を獲得した方が、変なプレッシャーから解放されて、健全な研究活動を行えるといえよう。


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