クマムシ博士のむしブロ

クマムシ博士が綴るドライな日記

クマムシール付き『クマムシ博士のクマムシへんてこ最強伝説』を出版します。

クマムシ本新刊『クマムシ博士のクマムシへんてこ最強伝説』を2月下旬に出版します。最強生物クマムシの本なので、本書の帯には「死なない!」がやたら目立っていますが、もちろんクマムシも死にます。それも、意外なくらいにあっけなく。本書ではクマムシの強さよりも、むしろそういう弱い部分を取り上げています。


クマムシ博士の クマムシへんてこ最強伝説

クマムシ博士の クマムシへんてこ最強伝説

  • 作者: 堀川大樹,ナショナルジオグラフィック
  • 出版社/メーカー: 日経ナショナルジオグラフィック社
  • 発売日: 2017/02/24
  • メディア: 単行本
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前作『クマムシ研究日誌』や前々作『クマムシ博士の「最強生物」学講座』とは異なり、本書『クマムシ博士のクマムシへんてこ最強伝説』では、クマムシのちょっとした仕草やへんな習性、そして、研究をする上で重要であるものの語られることのないクマムシtipsなどをイラストともに描きました。


クマムシにしても他の生きものにしても、研究論文では書かれないけれど面白い習性がたくさんあるものです。今回、クマムシに日々向き合い、実際に目にしたことを書けるのは、とても楽しいことでした。クマムシ研究者にとってみれば「あるある!」と首肯してしまうようなものばかり。マニアックなネタばかりだけれど、二次情報からは知ることのできない「へんてこ」なクマムシのナマ生態を少しでも多くの人に知ってもらえれば嬉しいです。


ところで、本書はWebナショジオで連載していた『クマムシ観察絵日記』に大幅な加筆をし、コラムを加えたものです。『クマムシ観察絵日記』のWeb連載で掲載していたクマムシイラストはカラーでしたが、書籍化にあたり事情あってイラストは白黒になっています。その代わり、本書の巻頭には付録として11点のフルカラー・クマムシイラストのシールがついています。おとくまむし。


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一見ゆるい感じの本書ですが、中身は割とマニアックな本格派です。クマムシ好きな大人にはもちろん、小さなお子さんがいる家庭で親子一緒に読むのもマル。


本書の目次は以下のとおり。

クマムシ博士のクマムシへんてこ最強伝説


目次


ここが最強!クマムシの愛すべきエクストリーム・ポイント



第1章 クマムシとは何者か


 “最強生物”クマムシとは

第2章 クマムシ観察絵日記


 1日目「クマムシ、すべる」
 2日目「クマムシのすみか」
 3日目「屏風のトラ、コケのクマムシ」
 4日目「初対面の感動」
 5日目「マイ実体顕微鏡購入のすすめ」
 6日目「コケの中の乾燥生物フレンズ」
 7日目「一網打尽!クマムシ大量捕獲マシーン」
 8日目「美白のシロクマムシ」
 9日目「クマムシ界の猛獣、オニクマムシ」
 10日目「最高にクールなヨロイトゲクマムシ」
 11日目「クマムシ界の横綱、ヨコヅナクマムシ」
 12日目「ビッグ・クマムシ」 
 13日目「「弱さが武器」のクマムシ」
 14日目「食べたものも丸わかり、すけすけボディー」
 15日目「卵のアート」
 16日目「クマムシをあやつる」
 17日目「息苦しい世の中は死んだふりでやり過ごせ」
 18日目「残酷非道な標本作り」
 19日目「クマムシの種類を決める苦行」
 20日目「肉食クマムシの強力キス」
 21日目「生きたままのミイラをつくる」
 22日目「クマムシ界の猛獣を手なずける」
 23日目「クマムシのすべらない話」
 24日目「モグモグ・ベアーズ」
 25日目「おちょぼ口のミニハンター」
 26日目「クマムシ vs センチュウ」
 27日目「全米が泣いた?!『クマムシの恋人』」
 28日目「母さんが残したシェルター」
 29日目「シェルター・ベイビーズ」
 30日目「クマムシの餌を引きはがす」
 31日目「死を招く天敵「モヤモヤ」」
 32日目「悪夢」
 33日目「クロレラとクマムシ」
 34日目「浪費家の恋人に貢げ」
 35日目「手放せない緑の絨毯」
 36日目「さよなら絨毯」
 37日目「女子会好きなヨコヅナ」
 38日目「目に焼きつける、クマムシの色」
 39日目「天空からのインベーダー」
 40日目「ヨコヅナの強さ」
 41日目「透明ドレスのひみつ」
 42日目「寒がりの道産子」
 43日目「橋本聖子仮説」
 最終日「グッバイ人類」

第3章 もっとクマムシ


 クマムシはいかに最強なのか
 鳥羽水族館で生体展示
 クマムシを食べてみた


あとがき


すでにアマゾンで本書の予約注文が始まっています。初版の部数はあまり多くないので、万一の品切れに備えて今のうちに予約しておくと確実に入手できると思われます。


最後に、この本ができた経緯について少し。


ことの始まりは、『Webナショジオ』の人気シリーズ『研究室に行ってみた』でした。2011年、作家の川端裕人さんがこのシリーズの取材のために、私が当時いたフランスの研究室まで来ていただき、記事にしていただきました。


natgeo.nikkeibp.co.jp


翌年の2012年、この記事を担当していたWebナショジオ編集者の齋藤海仁さんから、「クマムシを題材に何か連載ができないか」という打診をいただきました。「クマムシ4コマ漫画」や「クマムシかるた」などの企画案が出たのだけれど、いろいろあってボツに。


齋藤さんがアイディアを練った末、私がクマムシを観察していて面白いと感じたところなどを絵日記風にして紹介する『クマムシ観察絵日記』の連載が決まり、2014年にWebナショジオで始まりました。斎藤さんから最初に連載の企画をいただいてから、実に2年が経過していました。


natgeo.nikkeibp.co.jp


『クマムシ観察絵日記』の連載は2016年に終了。その後、ナショジオからの書籍化が決定。こうして、本書『クマムシ博士のクマムシへんてこ最強伝説』の出版に至りました。書籍化にあたって、ナショジオの葛西陽子さんと尾崎憲和さんにはたいへんお世話になりました。


ナショジオの皆さん、イラストを手伝っていただいたsakiさん、クマムシ研究仲間、クマムシたち、そしてクマムシファンのみなさまがいたからこそ、本書が世にでることになりました。少しでも多くの人が本書を手にとってくれますように。


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クマムシしか研究したくない教員と、アリしか研究したくない学生。

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勇ましい姿の岩井くん


私が北海道大学大学院に進学した2002年、研究室の指導教員の東正剛教授の専門はアリの生態学でした。通常であれば、研究室の指導教員は自分の専門に関連したテーマを学生に与えるもの。でも、私はどうしてもクマムシしか研究したくありませんでした。


東教授は何も言わずに、こちらの好きなようにクマムシの研究をさせてくれました。このあたりの経緯は『クマムシ研究日誌』にも書いた通りです。


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そして時は流れて2014年。私は慶應義塾大学で学生を指導する立場になっていました。そのときに一人の学部1年生を指導することになりました。


彼の名は岩井碩慶くん。小さいときから昆虫が好きで、大学に入る前からアリやハチといった社会性昆虫の研究をしていたといいます。高校時代には、学生向けのコンペティションでも賞をもらったりと、なかなかガチ度の高い学生です。


「アリの研究しかしたくない」。岩井くんは、そう主張していました。私はアリについては素人です。研究室の他の教員にも、アリについて明るい人はいません。


私は、岩井くんの指導をすることにしました。12年前に「クマムシしかやりたくない」といってアリの専門家に指導してもらった因果で、今度は「アリしかやりたくない」という学生の指導をすることになったわけです。


岩井くんは、トゲアリという種類のアリの研究をスタートさせました。トゲアリは、他種のアリの巣を乗っ取り、その巣にいる働きアリを奴隷として使う変わった生態をもちます(社会寄生という)。


ある日、山梨県の山中で友人らとトゲアリの調査をしていた岩井くんは、偶然、トゲアリの巣から、青みがかった珍しいアリスアブの幼虫を発見しました。


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発見したアリスアブの幼虫。Iwai et al. (2016) Biodiversity Data Journalより。(CC BY 4.0)


これはおそらく、ケンランアリスアブとよばれる、アリの巣で生活する好蟻性のアブの種類だと推測されました。成虫のケンランアリスアブはその名の通り、メタリックで絢爛な輝きを放つ、美しいアブです。


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ケンランアリスアブの成虫。Iwai et al. (2016) Biodiversity Data Journalより。(CC BY 4.0)


これまでに、ケンランアリスアブの成虫がトゲアリの巣の近くを飛び回るのは目撃されていましたが、本種の幼虫がトゲアリの巣の中から発見されたことはありませんでした。


岩井くんは、見つけたアリスアブの幼虫を持ち帰って飼育し、成虫まで育てることに成功しました。成虫は確かにケンランアリスアブのように見えました。しかし、岩井くん、そして私も、確信をもってアリスアブの種同定をすることはできません。


しかし、我々はラッキーでした。ケンランアリスアブの記載者で、この生物の第一人者が日本にいたのです。『昆虫はすごい』や『アリの巣をめぐる冒険』の著者で、ドキュメンタリーTV番組『情熱大陸』にも上陸経験をお持ちの、九州大学総合博物館の丸山宗利さんです。また、丸山さんの研究室にいる「裏山の奇人」こと小松貴さんもアリスアブに明るい。


岩井くんは以前から丸山さんと小松さんにコンタクトを取っていましたし、私も2013年のニコニコ学会β「昆虫大学サテライト:むしむし生放送」という一般向けのイベントでお二人と一緒に登壇したことがあり、個人的なつながりがありました。


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さっそくお二人にメールでうかがうと、岩井くんが見つけたアリスアブはやはりケンランアリスアブで間違いなさそうとのこと。さらに研究の新規性もあるので、論文にもなりそうだ、とおっしゃっていただきました。


そこで丸山さんと小松さんに共同研究をお願いし、論文に必要なデータを取っていただいたり、アドバイスをいただいたりしながら、投稿論文の執筆を進めました。


そして2016年末、まだ学部生の岩井くんが筆頭で、オンライン科学ジャーナル『Biodiversity Data Journal』にケンランアリスアブの論文が無事に掲載されました。


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これまでは学生限定のコンペなどでの入賞しか経験がなかった岩井くんにとって、国際科学ジャーナルへの論文投稿の経験はハードで堪えた部分もあったようでした。でも、学部生でこのような経験ができたのは非常にラッキーなこと。ぜひとも、この経験を今後につなげてほしいところです。


私としても、今回はクマムシ以外のトピックで初めて責任著者を担当(丸山さんと共同責任著者)し、なかなか勉強になりました。それにしても、もともとは一般向けのイベントでご縁ができた丸山さんや小松さんと、こうして共著で論文を出すことになろうとは、愉快な成り行きですね。


「アリしかやりたくない」と言う学生のお手伝いが、できたこと。「クマムシしかやりたくない」と言う私の指導をしてくれたアリ専門家の恩師に、14年の時を経て、ちょっとだけ恩返しができたような気がした2016年でした。


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クリスマスにクマムシを24時間生中継します

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今年のクリスマスはクマムシチャンネルでクマムシを24時間生放送します。クマムシチャンネルはこちら


live.nicovideo.jp


中継場所は、渋谷FabCafe MTRLのオープンバイオスペース・BioClub。


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Photo credit: BioClub


www.bioclub.org


放送は2016年12月24日(土)正午12:00から翌日12月25日(日)正午12:00まで。


当日の中継内容はこちら。

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クマムシ博士が飼育しているクマムシをクリスマスイブからクリスマスにかけて24時間生中継します。

ヨコヅナクマムシを乾燥した仮死状態(乾眠)にして、耐久実験の生中継も。クマムシが復活するかをみんなで一緒に見守りましょう。

クマムシ博士主催のクマムシ研究所の仲間とのクマムシトークもあります。

synapse.am


ニコニコ動画のアカウントお持ちでない方はアカウント作成をしてをログインをすると見ることができます。


www.nicovideo.jp


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今年のクリスマスはリア充も非リア充もクマムシとともに聖なる夜を過ごしましょう。

【映画レビュー】『X-コンタクト』アクロバティックすぎるクマムシ映画

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ここ数年、日本におけるクマムシの認知度が急速に高まってきた。我が国のクマムシ研究は世界的に見ても進歩しており、下の記事でも紹介したように、2016年には日本の研究グループからクマムシの一種であるヨコヅナクマムシの全ゲノム解読と放射線耐性を向上させるクマムシタンパク質も報告された。


horikawad.hatenadiary.com


アニメやお笑いなど、研究以外の様々な方面でクマムシを取り上げてもらうのも、クマムシ研究者として嬉しい。そして、クマムシが盛り上がっているのは日本だけではない。海外、とくに、アメリカでもクマムシの注目度は向上している。日本ではクマムシというと「かわいくて強い」イメージが先行する。


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クマムシさん


一方で、アメリカではむしろ、クマムシは「SFでグロテスクなコワモテ・クリーチャー」というイメージが強いようだ。それは、YouTubeにアップされているクマムシが主人公のオリジナルアニメ『Captain Tardigrade』を見れば明らかである。



この違いは『鉄腕アトム』と『スーパーマン』の差異を見れば理解できる。日本には「強いものは可愛くあるべき」という美徳があるが、アメリカではとにかくタフでマッチョな存在が信頼されるのである。


そんなクマムシがついに、ハリウッド映画になった。原題『Harbinger Down(ハービンジャー・ダウン)』。邦題は『X-コンタクト』である。やはり、ここでもクマムシは「SFでグロテスクでタフ」なアメリカンテイストに仕上がっていた。先日、DVDもリリースされた。


【DVD】映画『X-コンタクト』


予告編はこちら。



この映画の制作陣は『エイリアン』や『遊星からの物体X ファーストコンタクト 』を手がけてきた面々。邦題は『遊星からの物体X ファーストコンタクト』からとったようだ。


【Blu-ray】映画『遊星からの物体X ファーストコンタクト』


さて、クマムシ映画『X-コンタクト』。ハリウッド初となるクマムシをフィーチャーした映画ということで、これはクマムシ研究者ならば「観る」以外の選択肢はない。そこで先日、クマムシ研究所のメンバーと映画館「新宿シネマカリテ」での特別上映を観てきた。


内容はというと、シロイルカの生態調査をするためにカニ漁船に乗り込んだ大学院生の主人公らが引き揚げた氷漬けのソ連宇宙飛行士の死体に寄生していたクマムシがモンスターになって人々に襲いかかるという、かなり斜め上なもの。


驚いたのは、作品中にクマムシが映っていなかったことだ。厳密に言えば、私が知っているクマムシが映っていなかった。クマムシと認識できる唯一のシーンは、生物のデータベースにあったクマムシの写真くらい。


たとえば、シロイルカを研究する主人公が顕微鏡で人間の死体の組織を観察するシーンがあった。観察していた組織はピンク色をしたひも状の何かだったのだが、次の瞬間、すべてを悟った主人公はそれを見て自信満々にこう言い放つ。

クマムシだわ!


え???どこに?????


ピンクの毛糸を拡大したようなブツを「クマムシ」と大スクリーンの中からドヤ顔で言い切られ、新宿の中心で一人絶叫しそうになるほどの衝撃を受けた。クマムシを見たことがないと思われる、哺乳類を研究している学生が、クマムシ歴15年のクマムシ博士以上のクマムシ認識能力を備えていたとでもいうのだろうか。


驚きの描写は、これだけではない。本映画の設定では、1982年にソ連が秘密裏に打ち上げた有人月面探査機から回収されたロシア宇宙飛行士の体にクマムシが寄生した、ということになっている。ソ連の目的は、人間にクマムシの能力を与えて放射線耐性を高めることにあった。


いや、ちょっと待ってくれ。1980年代はまだクマムシ研究がぜんぜん進んでいない時代だ。クマムシの飼育系が確立され始めたのも2000年代に入ってからだ。しかも多細胞生物の遺伝子工学技術だって、未熟だった時代だ。クマムシの遺伝子機能は今でもまだまだ未知なところだらけだし、ヒトへの応用なんてとんでもない。


ただ、ちょっと落ち着いてみると、どうやら遺伝子工学で宇宙飛行士をクマムシ化したわけではないことに気づく。というのも、死体からはクマムシのDNAだけでなく、クマムシ個体そのものが検出されているからだ(上述したようにクマムシ博士にはクマムシが見えなかったが)。


つまり、「クマムシそのものを大量に人体に寄生させてヒトのクマムシ化を試みた」ということらしい。いや、そもそもクマムシは人間に寄生しないし、仮に寄生したとしても、そんな方法でクマムシの能力を付与できるわけない。「SF映画だからなんでもアリ」と言ってしまえばそれまでだが、強引にでも納得できるだけのリアリティはほしいところだ。


さて、宇宙空間で放射線を浴びた変異したクマムシは最終的にモンスター化し、その姿は液状の生物に変化したりするようになる。その形状も、とてもクマムシとは似ても似つかないものだ。本作品には、科学的な監修を行うアドバイザーは誰もいなかったのだろうか。


だが、そんなことはなかった。映画のエンドロールでは、科学監修に二人の博士がクレジットされていたのだ。そのうちの一人、 医学博士のDavid Persing氏は微生物感染症学が専門らしい。


「Real Science of Harbinger Down(X-コンタクトにおける本物の科学)」という、やたら挑発的なタイトルの動画で、彼はこう言っている。

私は微生物が専門で、クマムシについては研究人生の中でまったく接点がなかった。



すがすがしいほどに認めてしまった。「クマムシのことは何も知らない」、と。


クマムシのことを何も知らない微生物感染症学の専門家が監修したから、クマムシが人間に感染して・・・みたいな映画になったのだと判明した。


いや、だから、ね。


なぜ制作チームはクマムシ博士にコンサルを頼まないのか。


さて、アクロバティックすぎる映画本編のレビューはここまでにしよう。だが、これでもまだネタが尽きないのが、この映画のすごいところだ。本編が見せるアクロバティックさは、日本での公開担当者にも引き継がれていたのである。


それは、日本版の公式チラシに如実に表れていた。本作の実際の内容と、アマゾンの画像にも使われているこのチラシに書かれている紹介文が、まったく異なるのである。日本版チラシ制作の担当者は、80分ちょっとの本作品を観ずに紹介文やコピーを書いていたことを確信させられる出来栄えだ。以下、引用しよう。

19XX年、最北端の深海で新たな生命体が誕生していたー。


「それ」は決して起こしてはならなかったー。


19XX年。大学の研究のために祖父の漁船「ハービンジャー号」に乗り込んだ大学生セイディと仲間達。


彼らは深海を調査中、ソ連時代の衛星の残骸を発見する。引き揚げると中には氷漬けにされた飛行士の死体があり、死体には謎の生命体が寄生していた。


新種の生命体の発見だと喜ぶセイディたち。しかし氷の中で活動を停止していた「それ」は、氷が溶け、宇宙飛行士の死体とともに消え去ってしまう。


クルーたちが戦々恐々とする中、「それ」は液状に姿を変えながら出現し、彼らを襲い始めるー。


チラシの冒頭の、キャッチコピーにもなっている「19XX年、最北端の深海で新たな生命体が誕生していたー」という一文。この一文のすべてが間違いだ。


まず、「19XX年」という時代設定。本作は2015年が舞台である。実際に、作中にはスマートフォンやタブレットが登場している。


「深海」も違う。引き上げられた探査機は、深海ではなくわりと海面にプカプカ浮かんで漂流していた。しかも、「衛星」というよりは「探査機」である。


「深海で新たな生命体が誕生」も矛盾している。宇宙飛行士に寄生させたクマムシが宇宙空間で放射線を浴びて変異したというのが、実際の理由付けだ。


ただ、実際の作中でも「サンプルから多数の生物種に由来するDNAが検出された」と言っているシーンもあり、クマムシと海の生物が合体してモンスターになった可能性も示唆している。もしかしたら、この映画の脚本を書いた本人自身も、途中でこの映画をどうしてよいのかわからなくなったのかもしれない。


また、主人公は「大学生」ではなく「大学院生」だ。博士号をとるためにシロイルカのフィールド調査をしている、と述べているシーンがある。


このレベルのチラシの齟齬は、『となりのトトロ』に例えたらこんな感じではないだろうか。

時は第二次大戦。3歳のサツキと生後6ヶ月のメイは、小説家のお父さんと一緒に都会から田舎の一軒屋に引っ越してきた。


それは余命わずかのお母さんを、空気のきれいな家で迎えるためだった。近くの農家の少年カンタに「ゴミ屋敷!」と罵られたが、その家で最初に二人を迎えたのは、イガグリの妖精だった。


ある日、メイは庭で2匹の不思議な生き物に出会った。それはトトロというオバケで、メイが後をつけると、さらに大きなトトロがお茶の間でねそべっていた・・・・・・。


『X-コンタクト』日本版チラシのレベルを実感していただけただろうか。


ちなみに映画館の案内係も、開演前に「お待たせいたしました!これからX・・・(急いでタイトルを確認しにどこかに戻る)・・・あ、すみません、Xコンタクト!の開演です!」といった感じで、本作は割と雑に扱われていた。


最後に。いろいろと書いてきたが、私はもともとクマムシマニアが感銘を受けるようなレベルの内容は初めから期待していなかったし、中途半端に良い出来になるよりは、ツッコミネタの宝石箱のような作品になっていて、本作はむしろよかったと思う。上映後にクマムシ研究所のメンバーとも、作品にツッコミながら盛り上がり親睦も深まった。今では、『Xコンタクト』に深く感謝している。


クマムシについてあまりこだわらないマジョリティーには、B級SFホラー映画として本作品を楽しめることだろう。


だが、次にクマムシがフィーチャーされる映画が製作されるときは、監修者として声がかかるのを期待したい。それが、私の本音だ。


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※本記事は有料メルマガ「クマムシ博士のむしマガ」345号「クマムシSF映画超速レビュー」に加筆修正をしたものです。

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レールを外れてクマムシ研究

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クマムシは極限環境に耐える動物として知られる。私たちは今回、そのクマムシの中でも横綱級の耐性を誇るヨコヅナクマムシの高精度ゲノム配列を決定し、本生物の放射線耐性機構の一端を解明した。本論文はNature Communicationsに掲載された。


Hashimoto T*, Horikawa DD*, Saito Y, Kuwahara H, Kozuka-Hata H, Shin-I T, Minakuchi Y, Ohishi K, Motoyama A, Aizu T, Enomoto A, Kondo K, Tanaka S, Hara Y, Yoshikawa S, Sagara H, Miura T, Yokobori S, Miyazawa K, Suzuki Y, Kubo T, Oyama M, Kohara Y, Fujiyama A, Arakawa K, Katayama T, Toyoda A†, and Kunieda T†. Extremotolerant tardigrade genome and improved radiotolerance of human cultured cells by tardigrade-unique protein. Nature Communications, 7, pp. 12808. 2016
*: equal contribution
†: corresponding author


日本語のプレスリリース文はこちら。


ヒト培養細胞の放射線耐性を向上させる新規タンパク質をクマムシのゲノムから発見:東京大学


本研究の研究内容についてはプレスリリースも出ているので、ここでの解説は控えようと思う。その代わりに、ちょっと余談でも。


私がクマムシの研究を始めたのは2001年。まだ学部生の頃だった。たまたま配属された研究室の関教授がクマムシの研究をしていたことがあり、さらにOBの先輩から実際にクマムシを見せてくれた事が、クマムシ研究を始めるきっかけになった。


その後、大学院に進んでもクマムシの研究を続けようと決心していた。当時の指導教官の東教授はアリの生態学が専門だったが、「クマムシしかやりたくない」という私を受け入れて指導をしてくれた。余談だが、私は今、「アリしかやりたくない」という学生の指導をしている。何の因果だろうか。


さて、当時、頭の中にお花畑が咲いていた私は「クマムシの耐性についての研究はほとんど手付かずの状態で、自分でも何か面白い発見ができる。もしかしたら、第一人者にだってなれるかも」と思っていた。バカが考えそうなことだ。


当たり前だが、手付かずの研究分野には知見が蓄積されていないため、何から手をつけて良いのかわからない状態であった。クマムシがどんな餌を食べているのかも、ほとんど知られていないような状況だったのである。ちょっと賢い人間であれば、こんなリスクの高い研究など絶対に手を出さないだろう。


何とか生態学的な研究を行い修士課程を卒業したものの、クマムシ研究には限界を感じていた。実験室での飼育系も確立していない生物に、未来はない。そんなとき、幸運にも慶應義塾大学の鈴木忠さんが肉食性クマムシのオニクマムシの飼育系を確立した。この飼育システムを使えば、クマムシ研究は一気に進む。光が見えた気がした。


だが、いつも現実は甘くない。小さなクマムシを分析するには、多数の個体を集める必要がある。オニクマムシはなかなか増えず、ときには1日に16時間ほども世話をした事もあった。もはや、飼育ではなく介護だ。これでは、ゲノム解析にしろ、放射線耐性メカニズムの解析にしろ、実際にやり遂げるのはかなり難しい。


そしてオニクマムシに見切りをつけることに。新しく飼育ができる種類のクマムシを探しはじめたのである。博士課程2年のときだ。もちろん、飼育できるようなクマムシが見つかる保証は、どこにもない。博士号を取れず、ドロップアウトするリスクも覚悟の上での判断だった。


そして幸運な事に、博士課程2年の秋に、1種類のクマムシがクロレラを食べて繁殖することを発見。修士課程のころに、札幌市内で見つけた褐色のクマムシだった。


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寒天培地の上でクマムシがどんどん増えていくさまを目にしていたこの頃が、これまでの研究人生の中でもっとも興奮した時期だった。


実験を重ね、この褐色のクマムシは他の種類のクマムシと比べてもだいぶ高い耐性をもつことがわかった。そこで、ヨコヅナクマムシという和名を与えてやった(学名はRamazzottius varieornatus)。単為生殖で増えるこのクマムシを1匹から増やし、標準系統も作り、これにはYOKOZUNA-1と名付けた。


2006年から、東京大学の國枝さんらと、このヨコヅナクマムシのゲノム解析のための研究をスタートさせることになる。まだ、この研究自体には何の研究費も付いていない頃だった。それでも、みんなでたまに集まって飲んでは議論したり、楽しい時期だった。


その後、私は博士号をとったものの、なかなかポジションが取れずにオーバードクターになった。クマムシにつけてもらえる予算はなかったのである。無給でゲノム解析のためのクマムシサンプルを育てたり、放射線耐性の研究をする日が続いていた。


結局そのあと、私はアメリカとフランスで計5年を過ごし、また日本に帰ってきた。慶應で非常勤として研究しながら、非専門家を集めたクマムシ研究所も主催したりと、割と不思議なポジションにいながらもクマムシの研究を継続している。


クマムシ研究所を設立しました
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その間にも、慶應の荒川さん東大の國枝さんのところのように、世界的なクマムシ研究の拠点と呼べる研究室もできた。そして、今回のヨコヅナクマムシのゲノム解読の、10年越しの研究論文発表。クマムシ研究にひとつの節目をつけられたようで、本当に感慨深い。クマムシの研究を始めた学部生の当時、このような日が訪れるとは予想できなかった。


また、Dsupについては機能解析を進めた橋本さんの仕事の成果で、これも当初はリスクの高いテーマだと思われていた。


私がクマムシ研究を始めた頃は、よく否定的なことを言われたものである。「クマムシは研究というよりは趣味の世界」と言われたこともある。それでも、たくさんの人に支えてもらい、今でもクマムシの研究をすることができている。私が作った実験系を使って、クマムシの研究をしている研究者や学生もいる。クマムシ研究所BioClubのワークショップでは、小学生から社会人まで幅広い層の人たちが研究をしている。


クマムシワークショップ開催
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当時の私は、大学院に進んだ学生の中でも、だいぶレールから外れた研究テーマを選んだ。一歩間違えれば、学位が取れずに研究者としてはとっくに死んでいただろう。だが、そういうバカな人間だって、人柱として必要なこともある。私が成し遂げてきたことなどたかが知れているが、それでも曲がりなりにも、自分の研究が誰かの研究に役に立っていたりする。


バカが勘違いをして始めた研究がそこそこの成果を生み、そこに色んな人たちが絡んで、またさらなる研究の広がりを見せる。今回の研究成果もまた、他の研究に役立ったり、将来は思いもよらないような用途に応用されることだってあるかもしれない。


だから、ありきたりなことに聞こえるかもしれないが、多様な研究ができる環境というのはとても大事なのである。その環境は、単純に予算だけで解決出来る問題ではない。レールから外れているように見える人たちを嘲笑する風潮をなくすことも、そんな環境作りには必要だろう。バカにやさしい環境作りである。


もし、この記事を見ている貴方が学生で、レールから外れたいと思っているなら、外れてみるのもいい。失敗しても後悔しないと、自分に約束できるなら。


【参考資料】

クマムシ研究日誌:堀川大樹 著


クマムシ博士の「最強生物」学講座:堀川大樹 著)

クマムシ研究所がMaker Faire Tokyo 2016に出展します

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直前の告知になってしまいましたが、8月6日(土)と8月7日(日)に東京ビッグサイトで開催されるMaker Faire Tokyo 2016にクマムシ研究所が出展します。


クマムシ研究所:Maker Faire Tokyo 2016


ブースでは私たちが普段研究しているヨコヅナクマムシの展示や、乾眠状態のヨコヅナクマムシを復活させる実験も行います。クマムシや研究の解説についても随時行います。




Maker Faire Tokyoでは工作をテーマとした出展者がほとんどですが、バイオ系の出展もけっこうあります


クマムシ研究所のブース番号は「C-04-03」。ご来場をお待ちしています。

NHK『サイエンスZERO』に出演します。

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昨年末のNHK『サイエンスZERO:プレゼンスタジアム2015』に出演して優勝したのですが、そのときの副賞として本番組への出演権をもらいました。そしてこのたび、晴れて本番組に出演することになりました。


サイエンスZERO:水の生態調査の大革命! 環境DNA


放映日時は7月17日(日)23:30から。今回の特集は、生態学研究に革命を起こしつつある環境DNA。環境DNAにちょっとクマムシの話にも絡めて話をしました。ぜひご覧ください。


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【満員御礼】クマムシワークショップ開催のお知らせ

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※追記:本ワークショップは満員になりました。


アメリカを中心に広がるDIYバイオのムーブメントですが、ついに日本でも本格的にこの動きが出てきました。2016年に株式会社ロフトワークが中心となり、「BioClub」というDIYバイオのコミュニティが発足。渋谷にある同社が運営する「FabCafeMTRL」の一角にオープンバイオラボスペースができるそうです。


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Image credit: BioClub


そしてこのたび、幸運な巡り合わせでBioClubとクマムシ研究所がコラボをすることになりました。6月、7月、8月の各月1日ずつの合計3日間、クマムシのワークショップを開催します。1日目にクマムシの採集と観察、2日目にクマムシの飼育、3日目に個人の自由研究を予定しています。詳細は以下のとおり。

BioClub クマムシ研究会 〜世界最強生物と一緒に最強バイオを身につけよう〜


プログラム(※内容は変更になる場合があります。)


第一回(6月26日(日)):クマムシの採取
1. 実験器具の基本操作を学ぶ
2. クマムシの基本情報を学ぶ


第二回(7月24日(日)):クマムシの飼育
1. 培地の作り方を学ぶ
2. クマムシの生態について学ぶ


第三回(8月28日(日)):クマムシを用いた自由研究
1. 自分でテーマを決める
2. 自分で実験を行う
3. 実験結果を分析・発表する


日時:6月26日(日)、7月24日(日)、8月28日(日)毎回10:00〜18:00
定員:12名
参加費:3日間で5500円(クマムシ研究所メンバーとむしマガ購読者は特別価格)
会場:FabCafe MTRL 〒150-0043 東京都渋谷区道玄坂1丁目22−7 道玄坂ピア2F


参加希望の方はBioClubのFBイベントページから参加登録してください。


クマムシの飼育が学べるワークショップは世界でも珍しい希少な機会。今後、BioClubで継続的に研究を進めることが可能になれば、専門家を出し抜くような研究成果が得られる可能性もあります。ぜひお越しください。


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『クマムシ研究日誌』、重版出来御礼。

クマムシ研究日誌: 地上最強生物に恋して


重版出来!(1) (ビッグコミックス)


ちょうど1年前に出版した『クマムシ研究日誌』(東海大学出版会)が重版されることになりました。『クマムシ博士の「最強生物」学講座」』(新潮社)に続き、これで単著は2作連続での重版。出版社や書店のみなさま、そして何よりも拙著をお買い上げいただいた方々に厚く御礼申し上げます。


本書の感想を書いていただいた方々にも感謝申し上げます。ここでその一部を紹介させていただきます。

研究対象に注ぐ〈無償の大きな愛〉に圧倒される。
読売新聞

いったい何回クマムシという単語が出てきているのだろうか。彼のクマムシに対する愛はとめどなく溢れてはこぼれ落ち、この本に散りばめられている。
バッタ博士 前野ウルド浩太郎 
砂漠のリアルムシキング

本書から伺える堀川氏の一連の考え方や行動力は、まさに起業家精神(アントレプレナーシップ)に基づいている。
academist代表 柴藤 亮介 
HONZ


柴藤さんと内藤さんとの対談もHONZで掲載されました。

honz.jp

今は作家とかミュージシャンも昔に比べると食えなくなって、イベントをこまめにやったりネットでうまくセルフプロデュースしたりしないとやっていけないとか言ったりするけれど、研究者もそういうものになっていくんじゃないだろうか。
pha
phaの日記


phaさんとも対談させていただきました。

www.gentosha.jp

同じ研究者という生き物として、さまざまな試練にさらされながらも研究を続けようと苦闘する氏の姿に親近感を覚えた
3710920269

甘ちゃんの研究者がだんだん鍛えられてプロになっていく過程はなかなか読ませる。
shorebird 進化心理学中心の書評など

調査対象の飼育システムを確立し、それを研究するだけのサンプル数を稼ぐことができるようにするまでのプロセスがすさまじい。
めもちょう タイの森から石川県へやってきた研究者の生活

研究者だから,つまらない文章だろうと思ったらとんでもない。

よぴきちさん(読書日記)


プチ文壇バー「月に吠える」のWebでも本書についてのインタビューをしてもらいました。


magazine.moonbark.net


Twitterでも多くの感想を寄せていただいています。



『クマムシ研究日誌』をはじめとした東海大学出版会の『フィールドの生物学シリーズ』は大型書店に置いてあるので、実際に手に取ってから購入を検討されたい方は、そのあたりを回っていただければと。以下の書店に置いてあることは確認済みです。


八重洲ブックセンター本店
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丸善丸の内本店
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丸善&ジュンク堂書店渋谷店
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ジュンク堂藤沢店
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丸善多摩センター店
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啓文堂書店 狛江店(実家のある狛江の書店さんに置いてもらいました)
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最後に、ソーシャル校正のよびかけに快くご参加いただいたみなさまに特別の御礼を申し上げます。どうも有り難うございました。


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英語教師に英語力は必要か

日本人は英語の話題が好きだ。どの媒体でもかならず、英語に関する話題を頻繁に目にする。個人的には英語についての議論はあまり興味がないのでスルーするのだが、さきほど目にしたこの記事に書かれていた教師の英語力について、少しだけ気になった。


toianna.hatenablog.com


この記事は、英語教師のTOEIC平均スコアがわかる情報を適切に引用していない。実際の中学校と高校の英語教師の英語力は、どの程度なのだろうか。ちょっと調べてみたところ、簡単に国の調査報告を見つけることができた。平成26年度の調査によると、TOEIC730点以上を取得している割合は中学校英語教師で28.8%、高校英語教師で55.4%となっている。


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文部科学省「平成26年度 英語教育実施状況調査(中学校)の結果概要」より


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文部科学省「平成26年度 英語教育実施状況調査(高等学校)の結果概要」より


このデータを見るかぎり、中学校と高校の英語教師の能力はじゅうぶんとは言い難い。


・英語教師に高い英語力は必要か


だが実際のところ、英語教師にそこまでの(たとえばTOEIC900点以上)の英語力は本当に必要なのだろうか。


学校教育の目的は、ものごとを論理的に考える能力を養うことである。いろいろな教科を通して、この目的を達成することが学校教育の基本だ。英語という教科においては「英語」というひとつの言語を通して、この論理的思考力を鍛えてゆく。逆にいえば、題材は何でもよく、たとえば中国語やスワヒリ語でもよい。日本語を母国語とする生徒が、あるひとつの外国語について、その構造を理解してゆく過程が大事だ。


学校の英語教育についての議論を眺めていると、「論理的思考力を養うこと」と「英語をペラペラに喋れるようにすること」を混同している場合が多くみられる。中学校と高校の6年にわたり英語を学んでも英語が話せるようにならない、というのは、きわめて当たり前のことなのである。学校の英語教育は英会話教室のそれとは別物だと認識しなければならない。


・実用英語の能力を高めるには


この現実を把握した上で、実用的な英語を使えるようになるにはどうしたらよいだろうか。これにはまず、大きな前提条件があることを認識しなければならない。それは当たり前のことだが、学習者自身に切実なモチベーションがなければ、英語を使えるようにはならないということだ。英語そのものが好き、英語圏の文化に尋常ならざる憧れがある、英語をどうしても使わざるをえない状況にある、どうしても外国人と仲良くなりたい。こういった動機がなければ英語を使えるようにならない。子供はとくにそうだろう。


私の場合は大学生まで上述のような動機がまったくなく、高校三年生の最後に実施された英語のテストでは100点中8点程度だった。私が教わっていた英語教師は、ネイティブスピーカーと何の問題もなくコミュニケーションできるレベルの英語力をもっていたにもかかわらず、である。その後、私はクマムシ研究の道に入り、英語の文献を読んだりアメリカで留学生活をすることになり、結果としてサバイバルレベルの実用英語が身に付いた。


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ヨコヅナクマムシ


結局のところ、大事なのは本人のモチベーションなのである。中学校や高校で英語能力の高い教師を増やしたとしても、英語を使えるようになる子供はそこまで増えないだろう。


最後に、英語を使えるようにするために私が使用した基礎的な教材を紹介して、この記事を終えることにする。


まず、語彙について。これは例文がひじょうによくできているので、例文を暗記するとよい。


DUO 3.0


次に発音。発音記号を覚えると、スピーキングのみならず、リスニング力も確実に向上する。


英語耳[改訂・新CD版] 発音ができるとリスニングができる


これらが終わったら、まとまった文章をシャドーイングするとよい。


究極の英語学習法K/H System (入門編)


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kumamushisan.hatenablog.com

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クマムシの味を知る−−人類の偉大な飛躍

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図0. 無数のドゥジャルダンヤマクマムシ。


1. はじめに


人類が構築してきた文明のなかでも、食文化は、もっとも重要なカテゴリーのひとつを占める。ヒトの摂食行為は、生命活動に必要なエネルギーを確保するためだけのものではない。摂食行為にかかわる味覚、嗅覚、視覚。摂食の過程でこれらの感覚が統合・抽出される。調理や盛り付けの方法が開発されてきた理由の一端として、人類が摂食行為を通した感覚刺激によって得られる快楽を求めてきたことが挙げられるだろう。


我々の豊かな食文化を支えるもっとも基本的なパーツは、食材である。摂食行為に快楽を求めてきた人類は、多数の食材を開拓してきた。人類にとって未知の材料を新たな食材レパートリーに追加することは、食文化の土台を水平方向に伸長させ、食文化の総ボリュームを拡張する(図1)。


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図1. 食材のレパートリーは食文化を形成する基盤である。


すなわち、未知の食材の開拓は、食文化構築という人類の共同作業において、もっとも重要な役割を担う作業である。


クマムシは緩歩動物門に属する無脊椎動物であり、乾燥などの極限環境に対して高い耐性をもつことで知られる(図2)(資料1)


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図2. クマムシの一種、ドゥジャルダンヤマクマムシ。(Photo: Kazuharu Arakawa)


1773年に初めてクマムシの存在が記録されて以来(資料2)、人類が本生物を実食した報告はまだない。


クマムシは現在までに1200種以上が知られているが、どの種も体長は1mm以下でありる。本生物の味を知覚するためには、きわめて多数のクマムシを一度に食する必要がある。クマムシの大規模飼育は難しく、本生物のテイストを知覚するための高い障壁となっていた。だが、イギリスのSciento社がクマムシの一種であるドゥジャルダンヤマクマムシの飼育系を確立した(資料3)。さらに、慶応義塾大学クマムシ研究グループが本種の大規模飼育に成功し、今回の実食実験が可能となった(資料4)


慶応義塾大学クマムシ研究グループクマムシ研究所の共同プロジェクトである本研究は、クマムシの実食実験を遂行して本生物を新たな食材レパートリーに追加することで、人類の食文化を拡張させることを目的とする。


2. 方法


ドゥジャルダンヤマクマムシの飼育は慶応義塾大学クマムシ研究グループで行われた。生クロレラV-12(クロレラ工業株式会社)(資料6)を餌として添加した寒天培地上にクマムシを入れ、18ºCにて保温した。食材として使用する個体はいったんストックにするために乾燥した仮死状態である乾眠に移行させた。乾眠への移行には、相対湿度85%で48時間の乾燥処理を行った。合計でおよそ10万の乾眠個体を−20ºCにて保管した。


ドゥジャルダンヤマクマムシを活動状態に復帰させるため、実食実験の前日に乾眠個体に給水した。復活したドゥジャルダンヤマクマムシを顕微鏡で観察すると、体内にまだ餌と思われる緑色の内容物が確認された(図3)。


図3. ドゥジャルダンヤマクマムシの体内に確認できる緑色の内容物。(Photo: Daiki Horikawa)


体内に内容物がある状態では、実食を行っても正確なドゥジャルダンヤマクマムシのテイストを判別することはできない。そのため、内容物を排泄させるために、餌を含まない培地にて個体を20時間絶食させた(図4)。


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図4. ドゥジャルダンヤマクマムシが入った、餌の無い培地。(Photo: Daiki Horikawa)


絶食後に観察したところ、個体内の内容物はほぼ見られなかった。


実食実験には、活動状態の個体のみを用いた。活動状態の個体は培地表面に張り付く習性を利用し、培地に蒸留水を入れて浮遊した死亡個体をすすぎ落とした。その後、培地表面を洗瓶を使用して蒸留水を噴射し、培地表面に残っていた活動状態の個体を、ガラスシャーレ内に移した(図5)。


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図5. (上)ドゥジャルダンヤマクマムシが張り付いた培地。(中)培地表面を洗瓶を使用して蒸留水を噴射して個体を洗い流す。(下)培地を上半分だけ洗い流したため、この部分にドゥジャルダンヤマクマムシはいない。ドゥジャルダンヤマクマムシは培地の下半分にのみ残っている。(Photo: Daiki Horikawa and Nozomi Abe)


ガラスシャーレ内を顕微鏡で観察し、除去しきれなかった死亡個体と微小な不純物をガラスピペットで取り除き、活動状態の個体を新たなガラスシャーレに回収した(動画1, 図6)。



動画1. シャーレを回してクマムシを中心に集める。(Film: Daiki Horikawa)


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図6. 活動状態の個体のみをガラスシャーレに集めた。(Photo: Daiki Horikawa)


その後、1.5mlエッペンドルフチューブに蒸留水とともに集めた。およそ8万個体の活動状態個体のボリュームは、0.1ml相当であった。ドゥジャルダンヤマクマムシの体色は半透明の白色だが、多数集まると黄土色を呈する(図7)。


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図7. エッペンドルフチューブに回収したドゥジャルダンヤマクマムシ。


当初、ドゥジャルダンヤマクマムシを粉砕して"特別なスープ”とすることを考案していたが、破砕に使用する粉砕棒にクマムシの断片が付着することによるボリュームロスを回避するため、そのまま加熱した。加熱はヒートブロック内にて100ºCで30分間行った。加熱後は、ドゥジャルダンヤマクマムシの色やや濃くなったように見えた。


加熱したドゥジャルダンヤマクマムシをピペットマンにてチューブからスプーン(株式会社ファミリーマート製)に移行し、実食を行った(図8)。


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図8. (上)ピペットマンでドゥジャルダンヤマクマムシを移行する。(下)スプーンに移行されたドゥジャルダンヤマクマムシ。(Photo: Nobuaki Kono and Daiki Horikawa)


実食は、生命科学研究者のジョゼフィーヌ・ガリポン博士が担当した。口腔内にてドゥジャルダンヤマクマムシをじゅうぶんに粉砕し、テイスティングを実施した。テイストの評価は甘味、苦味、塩味、酸味、そしてうま味の有無を判別することで行った。また、テイストの近い既知の食材の想起を試みた。


3. 結果と考察


本研究において用いたドゥジャルダンヤマクマムシの市場価格は1個体あたりおよそ14円である(資料6)。実食に用いた8万個体はおよそ112万円に相当し、1gあたりの価格はおよそ2,240万円となる。最高級食材といわれるトリュフは1gあたり1,000円強であり*1、ダイヤモンドでも600万円ほどである(資料7)。永遠の輝きを放つ宝石よりも高価な本生物は経口投与され、一瞬のうちにその姿が確認できなくなった(図9)。


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図9. ガリポン博士の口腔内に消えゆく8万個体のドゥジャルダンヤマクマムシ。(Photo: Daiki Horikawa)


歯による本食材の咀嚼は効果的ではなかったため、口腔内にて舌と上顎をこすり合わせることで本食材を粉砕した。経口投与からおよそ30秒後、味覚の分析結果を言語化することが可能になった(最初はガリポン博士の母語であるフランス語で報告が行われ、次に日本語で行われた)。


甘味、苦味、塩味、酸味、そしてうま味は感じず、似たテイストの既知の食材はの食材は想起されなかった。あえて形容するのであれば、”池”や"魚類を飼育している水槽内の水”の匂いから想像する味に近い(ただし、ガリポン博士は幼少期に池の水を飲んだことがあるかもしれない、と証言している)。この風味の知覚は、十数時間にわたり保持された。


”池の味"という形容は、第三者が理解できる形からは遠いものかもしれない。ただし、ドゥジャルダンヤマクマムシの本来の生息地は池である(資料3)。また、本種は実験室内でも淡水環境で飼育されている。今後、池などの淡水環境に生息する生物の実食実験を行うことで、ドゥジャルダンヤマクマムシに近いテイストを有する食材が見出され、”隠れた食材圏(Shadow Foodsphere)"におけるテイスト系統樹が描かれることが期待される。


慶応義塾大学クマムシ研究グループクマムシ研究所による本研究によって、人類史上初となるクマムシの実食実験が行われたことにより本生物が食材レパートリーに加えられ、人類の食文化構築に寄与できた。ヒトのQOLを向上させる新規な生理活性物質がクマムシに含まれているかどうかは、今後、全代謝産物の網羅的解析(メタボローム)などで明らかになるかもしれない。現時点では、クマムシそのものをサステナブルに供給できる食材とするのは難しいが、仮に有用な生理活性物質がみい出されれば、化学的・生物学的に人工合成により、そのような物質を供給できるかもしれない。また、細胞培養系が確立されれば、将来的にはクマムシ細胞を使用した”人工肉”の開発も可能かもしれない。


1969年、アポロ11号により月面に人類で初めて降り立ったニール・アームストロングは"これは小さな一歩だが、人類にとっては偉大な飛躍である"と言った。本研究による人類史上初となるクマムシ実食も、小さな一口であったが、人類にとっては偉大な飛躍であろう。食材としてのクマムシを活用するための研究活動はまだ始まったばかりであり、本分野の今後の隆盛を願うばかりである。


4. 謝辞


本研究のために犠牲となった多くのドゥジャルダンヤマクマムシたちに、哀悼と感謝の意を表する。


5. 参考資料


1. Horikawa DD. Anoxia: Paleontological Strategies and Evidence for Eukaryote Survival (Altenbach AV, Bernhard JM & Seckbach J, eds) Springer, Berlin, 2011.

2. 鈴木忠. クマムシ?!―小さな怪物. 岩波 科学ライブラリー, 2006.

3. Gabriel WN et al., Developmental Biology, 312: 545–559, 2007.

4. 私たちが飼育しているクマムシたちをご紹介! | クマムシ観察日記 - Kumamushi Diary

5. Horikawa DD et al., Astrobiology, 8:549-556, 2008.

6. Sciento: Item Information - Hypsibius dujardini. Water Bear culture

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クマムシ学研究会プログラム決定


2016年 4月10日(日曜日)、慶応義塾大学日吉キャンパスにてクマムシ学研究会を一般公開で開催します。


第一回クマムシ学研究会


一般聴講参加費は無料。一般聴講に参加される方は、こちらから事前登録をお願いします。


当日のプログラムはこちらです。

会場:慶応義塾大学日吉キャンパス第4校舎J19番教室

12:40 開場
13:00-13:05 開会の挨拶
13:05-14:15 セッション1

○辻本 惠
南極のクマムシのスゴいところ

○堀川大樹
凍っても死なないクマムシの謎

○吉田祐貴、堀川大樹、坂下哲哉、國枝武和、桑原宏和、豊田敦、片山俊明、小林泰彦、冨田勝、荒川和晴
ヨコヅナクマムシの乾眠関連遺伝子の網羅的同定へむけて

○稲留直紀
クマムシの窒息仮死についての研究

14:15-14:30 休憩
14:30-15:45 セッション2

○近藤小雪、久保健雄、國枝武和
クマムシの耐性準備に関わる分子メカニズム ~ヤマクマムシを用いた解析~

福田 恭子、仲宗根爽乃、桑原健太、野末馨、柴田今日子、大久保真理、森川作志、岡本晋一、垣口貴沙、米村重信、上杉健太郎、竹内晃久、鈴木芳生、○八田公平
極限環境耐性生物クマムシの細胞小器官レベルでの放射光mCT・光顕・電顕による統合(相関顕微鏡)3D解析

○佐藤健、大附裕也
研究経緯について及びヨコヅナクマムシのアルコール耐性について

○荒川和晴
クマムシ一匹からのマルチオミクス解析

15:45-16:00 休憩
16:00-16:55 セッション3

○松井透、石田観佳子
高知県産陸生クマムシ類と蘚苔類との関係

○藤本心太
異クマムシ綱フシクマムシ目の形態的多様性

○鈴木忠
ラームが見つけたクマムシをめぐって…3本トゲのオニクマムシ

16:55-17:05 休憩
17:05-18:00 セッション4

○杉浦健太
日吉マムシ谷に生息するクマムシとその生殖様式

○梅崎栄作
クマムシの歩行について

○Josephine Galipon
顕微鏡データに基づいた3D作品の構築

18:00 閉会の挨拶
18:30~ 懇親会(日吉HUB)


当日の会場ではクマムシさんぬいぐるみリアルクマムシぬいぐるみ
クロレラクマムシ書籍の販売も予定しています。


また、研究会終了後は会場近くのお店にて懇親会を開催いたします。クマムシ研究者や他の参加者との歓談をお楽しみください。

日時:2016年4月10日(日)18:30〜20:30
会場:HUB 慶應日吉店
住所:横浜市港北区日吉4-1-1 慶應義塾日吉キャンパス 協生館1F
参加費:お一人様3900円
内容:立食形式での各種料理バイキング、飲み放題付き
定員:50人

お申込みとお支払いはこちらからお願い致します。
※申込み締め切りは2016年3月31日(木)22:00です


クマムシ学研究会運営委員会一同、みなさまのご来場を心よりお待ちしております。


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「所さんの目がテン!」でクマムシ特集


2016年3月27日(日)の午前7時から「所さんの目がテン!」で「クマムシの科学」と題したクマムシの特集が放映されます。民放ではおそらく初となる、ひとつの番組まるごとクマムシ特集。


所さんの目がテン!


番組では、クマムシの採集や耐久実験を行ったり、そして全体の監修で協力させてもらいました。今回のクマムシ企画、この番組に出演している日本テレビアナウンサーの桝太一さんが中心になって実現。以前、このブログにはこんなコメントももらっていましたが、現実のものとなりましたね。


クマムシを研究している高校生の「脚ポンプ仮説」について - むしブロ

所さんの目がテンで、桝さんにこのクマムシ研究の特集をやって欲しい。

2015/11/01 17:54


一昨年、下北沢の書店でフジツボ貴婦人こと倉谷うららさんと桝さんのトークショーに遊びに行った時に桝さんとお会いし、これが縁となって今回の企画に関わらせていただくことになりました。


桝さんはもともとは生物学者を目指していた研究畑の方で、東大大学院でアサリの研究をしていました。今でも西表島のフィールドに出かけるほどの生物好き。ご自身の研究生活を綴った本もあります。ガチな方です。


理系アナ桝太一の 生物部な毎日 (岩波ジュニア新書)


番組制作スタッフの方々も熱心でしたし、よい番組に仕上がっているのではないかと思います。よろしければ、ご視聴ください。

クマムシ学研究会を開催します

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撮影:堀川大樹、行弘文子


最近の我が国におけるクマムシ学研究の著しい盛り上がりを受け、来る2016年 4月10日(日曜日)、慶応義塾大学日吉キャンパスにてクマムシ学研究会を開催します。


第一回クマムシ学研究会


本研究会は一般に公開する形で開催するので、どなたでも参加できます。参加費は無料ですが、こちらから事前登録をお願いします。


発表はすべて口頭発表です。発表をご希望の方は、こちらをご確認の上、手続きをお願いします。そのほか、本会についての情報は公式サイトをご確認ください。


それでは、皆様のご参加を心よりお待ちしております。

クマムシが30年ぶりに覚醒

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南極クマムシAcutuncus antarcticus©Kazuharu Arakawa


南極で採取され、30年間保存されていたコケの中にいたクマムシが復活したことを報告した論文が出版された。これはクマムシにおける生存期間の最長記録。


Tsujimoto et al. 2015 Recovery and reproduction of an Antarctic tardigrade retrieved from a moss sample frozen for over 30 years. Cryobiology (in press).


この研究を主導したのは、国立極地研究所の辻本惠特任研究員。今回、辻本博士らは、南極のドローニング・モード・ランド地域にある昭和基地近くで1983年に採集されたのちに当研究所の冷凍室(−20ºC)で保管されていたコケを、3℃で24時間おいて融解。その後、水を張ったシャーレの中で24時間給水した。コケの中からは2匹のクマムシが伸びきっていない状態で見つかった(体が伸びきったクマムシはだいたい死んでいる)。この2匹とも、しばらくすると動き出した。この2匹を寒天培地に移し、餌としてクロレラ(クロレラ工業株式会社の生クロレラV12)を与えて飼育を試みたところ、このうちの1匹は卵を産んで子孫を残した。もう1匹は卵を産むことなく20日後に死亡。追記:コケの中には他にも体の伸びきったクマムシが何匹かいたが、死んだものとして追跡観察は数週間しても復活しなかったとのこと(辻本さんからの私信)。


さらにコケの中からはクマムシの卵も見つかり、給水後の6日目に孵化。孵化したクマムシもクロレラを食べて成長し、子孫を残した。このように、長期間の保存のあとにクマムシの繁殖能力が維持されていたことを報告されたのは、本研究報告が初めての例である。


子孫を残した2個体のクマムシはいずれもAcutuncus antarcticus。南極で見つかるクマムシとしてよく知られている種類だ。慶應義塾大学クマムシ研究グループでも、辻本博士から分与された本種を研究対象にしている。慶應の荒川さんが撮影したこの南極クマムシはこちら。



これまで、クマムシの最長生存記録は、乾燥状態(乾眠)のツメボソヤマクマムシ属Ramazzottius oberhauseriの卵のもので、9年間だった。ただし、これは室温で保存された場合の記録。クマムシは乾眠になると代謝が停止するため実質的な老化は起こらないとみなせるが、環境中の酸素により酸化が起こるために生態にダメージが蓄積し、ある程度時間が経つと死んでしまうと考えられている。ただし、低温で保存すれば酸素分子による損傷を軽減できるため、理論的にはより長期間の生存が可能になると予想されていた。


今回報告されたクマムシが、コケの中で乾燥状態でいたのか水を含んだ凍結状態でいたのかは定かではないと著者らは書いている。ただ、コケ自体が湿っていたため、少なくともある一定以上の期間はクマムシは水を含んだ凍結状態でいたのだろう。クマムシは高い凍結耐性をもつものも多いのだ。クマムシのこの凍結モードはクリプトバイオシスのなかのクライオバイオシス(凍眠)というもの。


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クマムシのクリプトバイオシスとその種類


クマムシのような動物でも数十年単位で生存できることが報告されたことで、より長期間にわたって永久凍土中などに生きたまま閉じ込められているクマムシがいる可能性も感じさせられます。クマムシのような高等生命体が火星、エウロパ、エンセラドゥスなどで眠っていたとしても、不思議には思わない。個人的には。


【参考書籍】

クマムシ研究日誌


【関連記事】

「クマムシに外来遺伝子17%」は真実か

クマムシトリビア総集編



※本記事は有料メルマガ「むしマガ」325号「クマムシが30年ぶりに覚醒」の一部です。

クマムシ博士のむしマガVol. 325【クマムシが30年ぶりに覚醒】

2016年1月10日発行
目次

【1. はじめに「クマムシが30年ぶりに覚醒」】
南極クマムシが30年の時を経て復活した。

【2. むしコラム「新産業で激変を強いられる街と人」」】
「クマムシに外来遺伝子17%」という報告の妥当性を探る。

【3. Q&A「クマムシ細胞は老化するのか」】
クマムシに見られる防御機構はクマムシの老化を抑えるのだろうか。

【4. おわりに「クマムシの味は」】
今年はクマムシの実食企画が浮上。クマムシを育てて食べるための計画を紹介。

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