Newtonにクマムシゲノムに関する記事が出ました
今月発売されたNewtonのクマムシの記事について取材協力しました。先日発表されたクマムシへのDNA水平伝播に関する論文と、それに対する疑義についての内容です。
Newton(ニュートン) 2016年 02 月号 、「「クマムシに大量の外来遺伝子」に疑問の声」
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ナショジオ『クマムシ観察絵日記』三十一話〜四十話
ナショジオで隔週にて連載中の『クマムシ観察絵日記』、連載を重ねるごとに認知度も上がっているようで、イベントなどで感想をいただく機会も増えてきました。
クマムシ観察絵日記: ナショナルジオグラフィック日本版公式サイト
ここでは四十話までをダイジェストで紹介したいと思います。
第31回 全米が泣いた?!『クマムシの恋人』
こんな恋人は嫌だ。
第32回 クロレラとクマムシ
ヨコヅナクマムシ登場。
第33回 浪費家の恋人に貢げ
ヨコヅナクマムシはお金のかかる女子。
第34回 手放せない緑の絨毯
爪が!
第35回 さよなら絨毯
秘策。
第36回 女子会好きなヨコヅナ
集まるのが好き。
第37回 目に焼き付ける、クマムシの色。
成長のしるし。
第38回 天空のインベーダー
困ったやつら。
第39回 ヨコヅナの強さ
横綱たる所以。
第40回 透明ドレスのひみつ
めずらしい現象。
以上、第四十話まで。連載はまだもう少し続くので、どうぞよろしくお願いします。
クマムシ研究日誌のほうもよろしくどうぞ。
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サイエンスZEROのプレゼンスタジアム2015で優勝しました
2015年12月20日と12月27日に放送されたNHK教育「サイエンスZERO」の「教えて!生命の不思議 プレゼンスタジアム2015 」でクマムシのプレゼンを行い、優勝しました。事前投票をしていただいた皆様、会場で投票していただいた皆様にはこの場を借りて御礼を申し上げます。他のプレゼンターの方々のプレゼンも面白く、私が優勝したのはクマムシが魅力的な生きものであること、巨大クマムシさんにも登場してもらったこと、そして運がよかったことによるものだと思っています。またいつか「サイエンスZERO」のスタジオにお邪魔することになっていますが、その時はまた見ていただければ幸いです。
2016年の元旦に「クマムシ24時間生放送」をします
2016年の元旦には「クマムシ24時間生放送」をニコニコのクマムシチャンネルで放映します。
【24時間】お正月だよ!地上最強生物クマムシ生中継!:クマムシチャンネル
もちろんクマムシ博士の解説付き。運がよければクマムシの産卵や孵化のシーンなども見られるかもしれません。2016年の年初めはクマムシできまり。
クマムシ研究所を設立しました
このたび、クマムシ研究所を設立しました。
クマムシ研究所では所員とともにクマムシ研究を推進し、人類が共有する科学的知見の集積に貢献することを目標とします。原則として、会費(月額2000円(学生は500円))を払えば誰でも所員になれます。「研究所」と銘打っていますが、研究所の物質的な建物は今のところはありません。クマムシ研究所は、オンラインを主な場として活動するバーチャルな研究所です。具体的にはFacebookグループ上で所員たちとディスカッションを行い、オフラインで勉強会やお茶会を開きます。
ここでちょっと、クマムシ研究所設立の背景を。
もともとは、科学研究の世界におけるプロとアマチュアの境界は曖昧なものでした。グレゴール・ヨハン・メンデルや南方熊楠は大学や研究所に所属する研究者ではありませんでしたが、優れた研究業績を残しています。しかしながら、その後の科学研究の発展に伴い、未解明の謎の多くはハイテクを駆使しなければ解けないものとなりました。高価な機器や試薬を入手するには、大きな資本が必要です。必然的に科学研究の場は大学や研究所に限られ、在野の研究者は急速に姿を消していきました。
しかし、昨今のITの発展やDIY指向も相まり、再び在野研究者が活動するための材料が手に入るようになってきました。SNSなどを通じて科学クラスタも形成されやすくなり、ニコニコ学会や昆虫大学などのイベントも口コミで盛り上がるようになりました。むしマガでも中学生クマムシ博士がいつも熱心にクマムシ実験の結果を報告してくれるし、メルマガという媒体以外にも、クマムシ研究活動を遂行するためのより適した場のニーズも高まっていました。バーチャルな研究所を作るための動機がいくつも出てきたのです。
アメリカでは今、研究者と非研究者が一体となって研究を進めるオープンサイエンスのムーブメントが起きています。そこでは、オンラインとオフラインを組み合わせて研究を進めるスタイルが定着しつつあります。研究資金を一般人から集めるクラウドファンディング、研究活動をプロ・アマチュアの垣根を越えて共同で進めていくオンラインコラボレーションやバイオハッカー活動、などなど。科学研究が研究者の世界だけのものではなく、皆んなのものになる。つまり、現在進行形で科学研究の民主化が起きているわけです。
バイオハッカースペースBiocuriousの様子。写真提供:Eri Gentry
アカデミアもだんだんと基礎研究をやりづらい場所になってきているし、大学の外に研究の場を作ってもよいのではないか。ここ1〜2年、そんなことを考えていたました。そして、オンラインサロンプラットフォームの方からサロン開設のお話をいただき、クマムシ研究所の設立へと至ったのです。
このクマムシ研究所、どんな場所になるのかを改めて整理すると、以下のようになります。
・研究所単位および個人単位でのクマムシ研究プロジェクトの実施とサポート。
・科学ニュースに関する解説やコメント。研究所メンバーの投稿も大歓迎。
・進路、キャリアに関する相談。
・セミナー。研究進捗状況、ゲストを迎えてのトークなどもあり。
・クマムシ採集・観察会、飼育実習会の実施。
このように、研究活動から雑談までバラエティに富んだ内容になっています。研究プロジェクトについては、ゆくゆくは国際クマムシ学会での発表や、国際科学雑誌への論文掲載を目標とします。論文の著者にはクマムシ研究所の所員たちの名前が入り、もちろん所属先としてクマムシ研究所(Tardigrade Research Institute)も明記されます。考えただけでワクワクします。研究所は、研究活動だけでなく、いろんな意見が自由に飛び交う楽しい場にもしたいですね。
クマムシ研究所では第1期として、まず30名を募集しています。将来的に人数が増えてきたら、都内のどこかにリアル研究室を借り上げて、皆が集まってクマムシ実験を行えるような場になるといいなぁ・・・なんて考えています。
ぜひ、みんなでクマムシ研究所を育てていければと思っています。
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「クマムシに外来遺伝子17%」は真実か
いっけなーい😮乾眠乾眠💦 私ヨコヅナクマムシ!ちょっと最強の緩歩動物😳でもある時、別の弱いクマムシが細菌の遺伝子どっさり取り入れてる報告が出ちゃってもう大変😲しかもみんな信じちゃって!?😲一体私の立場、これからどうなっちゃうの〜!?😭次回「それはただのコンタミング♪」お楽しみに💞
— クマムシさん☆いきもにあ117G通り西5 (@kumamushisan) 2015, 12月 8
クマムシは緩歩動物門を成す動物群である。系統上は節足動物や有爪動物(カギムシ)に近いとされているが、まだこのあたりの議論は続いている。クマムシは高い乾燥耐性やその他の環境耐性をもつ。クマムシの系統上の位置や環境耐性メカニズムを知るためにも、本生物のDNAに書き込まれた遺伝情報を調べることは必須である。私たち日本のクマムシ研究グループは、クマムシのなかでも*1とくに高い耐性をもつ種類のヨコヅナクマムシのゲノム解析を進めてきた。
・ノースカロライナ大学の研究グループによる報告
そんな中、2015年11月23日にアメリカのノースカロライナ大学の研究グループがクマムシのゲノム解析に関する論文を発表した。
ノースカロライナ大の研究グループが用いたのは、ドゥジャルダンヤマクマムシという種類。このドゥジャルダンヤマクマムシ、もともとはイギリス・ボルトンの池の底から採集されたものだ*2。イギリスのScientoという会社は、このドゥジャルダンヤマクマムシの系統を通信販売している。本種は入手しやすく、緑藻類を与えることで容易く増やせる。
ドゥジャルダンヤマクマムシのゲノム解析結果は驚くものだった。このクマムシのDNA上にある全遺伝子38,145個のうち17.5%にあたる6,663個が他の生物に由来するものだったと結論づけていたのである。DNAは基本的に親から子へと受け継がれるが、他生物のDNAが入り込み定着することもある。他生物からの外来DNAが取り込まれることは水平伝播とよばれ、とくに珍しいことではない。今回の報告で驚いたのは、取り込まれたとされる外来遺伝子の割合である。動物ではゲノム中の外来遺伝子の割合はおおむね2%以下であり、これまでで最も高い割合で外来遺伝子をもつことが報告されていた、乾燥耐性をもつヒルガタワムシでも、9.6%だった*3。
ドゥジャルダンヤマクマムシが取り込んだとされる外来遺伝子のうち、9割は細菌に由来するもので、他には古細菌、植物、カビ、ウィルスに由来するものもあった。これを模式的に表すと、以下のようになる(図1)。クマムシのDNAの中に、細菌に由来するDNAが入り込んでいることがわかるだろう。
図1. ドゥジャルダンヤマクマムシのDNAに入り込んだ細菌DNA
これらの外来遺伝子の中にはDNA修復酵素や抗酸化にかかわる酵素をコードする遺伝子も含まれており、ドゥジャルダンヤマクマムシが他生物種から取り込んだこれらの遺伝子を使って環境耐性能力を高めているのではないか、と著者らは主張している。乾燥はDNA鎖切断や酸化を引き起こすため、これに対抗する手段として、外来遺伝子の産物であるこれらの酵素が役立っているかもしれない、というわけだ。さらに著者らは、ドゥジャルダンヤマクマムシが乾燥する際にDNA切断と修復が繰り返される過程で、外来DNAが取り込まれたのではないかと推測している。
・やや無理のある論理構成
私がこの論文を読んで、最初にこう思った。著者らの説明の仕方がやや誠実さに欠けているのではないか、と。
まず、上述したように、このドゥジャルダンヤマクマムシの系統は水辺に住んでいたものである。つまり、ほとんど乾燥しない環境に住んでいたわけで、乾燥による選択圧をうけにくい。実際に、ドゥジャルダンヤマクマムシの乾燥耐性はあまり高くなく、非常にゆっくりと乾燥させないと仮死状態(乾眠)に入れずに死んでしまう*4。本種の乾燥耐性やその他の耐性を調査し報告した論文も、まだない。
それにもかかわらず、著者らはあたかもドゥジャルダンヤマクマムシが一部のクマムシ種と同様に高い乾燥耐性や環境耐性をもっているかのように、論文上で議論している。クマムシの強さを説く上で引用している論文は、私たちのものも含めて耐性が高い他種のクマムシを研究したものである。世間一般、そして、クマムシが専門ではない生物学者が抱く「クマムシ=強い」というイメージを使い、あえて読者がミスリードするような論理展開をしたと思われかねない書き方なのである。
ちなみに著者らは、ヨコヅナクマムシの紫外線耐性を解析した私たちの論文を引用して「クマムシでは放射線でDNA二重鎖切断が起こる」とも書いてあるのだが、我々の論文ではそのようなことを示していない*5。私たちは紫外線照射でクマムシのDNA上にできたチミン二量体しか解析しておらず、DNA鎖が切断されたかどうかは解析していないので、ちょっと不適切な引用をしているのだ。
いずれにしても、ドゥジャルダンヤマクマムシは乾燥をあまり経験しないので、乾燥に起因したDNA切断とその修復によって外来DNAが頻繁に取り込まれることは考えにくい。本種は乾燥耐性が低いので、外来遺伝子が耐性を担保している、というのも無理のある論理である。
・ライバル研究グループからの反論
私自身は上述のような懐疑をもったが、国内外のゲノム研究の専門家からは、本論文で示されたデータそのものがお粗末であることが指摘され始めていた。そのような状況の中、ライバルのUKのエジンバラ大学の研究グループから反論が出された。審査つき論文ではなく、bioRxivという論文の仮置き場的サイトでの発表である。ノースカロライナ大の研究グループの論文が発表されてから1週間後のことだ。
エジンバラ大の研究グループは10年ほど前から、今回ゲノムが解析されたドゥジャルダンヤマクマムシの同じ系統を用いてゲノム解析を行なってきた。論文発表こそしていないものの、ドゥジャルダンヤマクマムシのゲノムデータベースをすでに公開していた。なお、ノースカロライナ大の研究グループが発表した論文には、エジンバラ大の研究グループが公開したデータベースについては触れていない。
エジンバラ大の研究グループによる解析では、全部で23,021個の遺伝子が予測された。これは、ノースカロライナ大の研究グループによる報告に比べて15,000個ほど少ない数である。さらに、このうち細菌に由来すると思われる遺伝子は496個だった。こちらも、先行論文で示された6,000個を超える遺伝子に比べて著しく低い数字だ。
また、エジンバラ大の研究グループはドゥジャルダンヤマクマムシのゲノムサイズ(DNA量)をDNA染色による方法*6とバイオインフォマティクス解析の二通りで調べたところ、DNAの塩基数はそれぞれ1.1億と1.35億と推定した。ノースカロライナ大の研究グループも同じ二通りのやり方でゲノムサイズを推定している。以前のDNA染色による方法で推定した塩基数は0.75億1.5億((((Gabriel et al. 2007. The tardigrade Hypsibius dujardini, a new model for studying the evolution of development. Dev. Bil. 312, 545–559. 75Mbはhaploidでのゲノムサイズだったので、diploidの数値に修正した。))))であり、今回のバイオインフォマティクス解析による推定塩基数は2.1億となっており、こちらの研究グループによるゲノムサイズの推定値は手法間で大きな開きがある。
これらの比較をもとに、エジンバラ大の研究グループは、ノースカロライナ大の研究グループが今回報告した「ドゥジャルダンクマムシに存在する多数の外来遺伝子」が、実験ミスで混入した細菌などに由来するものだと主張している。
・二つの研究グループの解析結果がなぜ異なるのか
このように、両研究グループのデータと主張は大きく異なる。これは、なぜだろうか。まず、クマムシの回収方法の違いが後のデータの不一致を生んでいることが考えられる。
ドゥジャルダンヤマクマムシは体長が0.3mmほどと小さく、1匹から得られるDNA量はきわめて少ない。よって、ゲノムDNAを解析するには、多数のクマムシをまとめて集めてすりつぶしてDNAを抽出する必要がある。このときにやっかいなのが、培地中で餌として与えている緑藻や、培地に湧いてきた細菌などが混入することだ*7。これらの混入を排除するためには、DNAを抽出する前にはクマムシを絶食させて消化管内の内容物を排泄するまで待ち、念入りに純水で洗浄するのが望ましい(抗生物質を使うのも一つの手)。エジンバラ大の研究グループはフィルターを使い、クマムシ以外の微生物を洗い流している。だが一方のノースカロライナ大の研究グループはフィルターを使っておらず、洗浄のやり方がきわめて甘い*8。これだと、細菌がわんさか混入してもおかしくない。
ノースカロライナ大の研究グループが推定した多数の他生物種由来の遺伝子数は、この混入によって説明がつきやすい。だが、なぜ、そもそも他生物の混入が起きたかどうかがわからなくなってしまうのだろうか。これは、ゲノム解析を行なう際のテクニカルな部分に原因がある。ゲノム解析を行なうとき、まず、ある生物から抽出したDNA鎖を短く切り刻んで断片化する。次に、これらの短いDNA断片を人工的に複製し、それぞれのDNA断片の塩基配列を読む。そのあとで、ジグゾーパズルを作るようにDNA断片どうしをコンピューター上でつなぎ合わせて再構成する。
この技術を使うと、たとえば今回のように、クマムシのDNAに細菌のDNAが入り込んでいるのか、あるいは、クマムシと一緒に細菌が混入した結果として別々のDNAが混ざっているのかが判別しづらくなる(図2と図3)。
図2. クマムシのDNAに細菌のDNAが入り込んでいる場合
図3. クマムシと細菌が混ざった場合
図2と図3で調整されたDNA断片を見ると、結果として似たようなDNA断片の構成になっているのがわかるだろう。
ノースカロライナ大の研究グループは、この図3のような細菌の混入がないかを一応チェックしている。同一のゲノム上にクマムシと他生物種のDNAが入っている(図1と図2のような場合)かを調べたのである*9。その結果、ランダムにピックアップした107個の外来遺伝子のうち、104個の遺伝子が同一ゲノム上に存在すると推定された。
だが、エジンバラ大の研究グループは、各遺伝子の塩基の組成の違いや、遺伝子が実際に使われている(発現している)かを調べた結果*10、ノースカロライナ大の研究グループによって示された6,000個以上の外来遺伝子のほとんどが細菌の混入によるものと結論づけた。
興味深いことに、エジンバラ大の研究グループは、上述のノースカロライナ大の研究グループが「ランダムに選んだ」107個のうちおよそ半分にあたる57個の遺伝子は、混入によるものではないと推定している。6,000個以上のたいはんの遺伝子が混入によるものと推定されたにもかかわらず、である。偶然にしては出来すぎた値ではないだろうか。
この他の両者のデータを比べても、エジンバラ大の研究グループのデータと主張のほうが理に適っているように思える*11。もちろん、それとて真実であるとは断言できないし、今後、別の研究グループによる解析も待たれるところだ。
最後に。この両研究グループは、どちらも基本的には進化発生学的な興味でクマムシの研究を行っており、クマムシがもつ高い耐性についての興味は二の次のようだ。だから、耐性はあまり高くないが、飼育が簡便でよく増えるドゥジャルダンヤマクマムシを使っているのだろう。その一方で、私を含めた日本のヨコヅナクマムシゲノムプロジェクトチームのメンバーは、クマムシの耐性への関心のほうが強い。地上最強ともいえるヨコヅナクマムシのゲノムからは、またひと味違った、面白い物語が語られるのではないかと期待している。
【参考書籍】
次世代シークエンサー―目的別アドバンストメソッド (細胞工学 別冊)
※本記事は有料メルマガ「むしマガ」321号「「クマムシに外来遺伝子17%」は真実か」の一部です。
クマムシ博士のむしマガVol. 321【「クマムシに外来遺伝子17%」は真実か】
2015年12月11日発行
目次
【1. はじめに】サイエンスZEROの収録が終わりました
リハーサルではうまくいかず。放送事故だけは避けたい・・・。
【2. むしコラム「「クマムシに外来遺伝子17%」は真実か」】
「クマムシに外来遺伝子17%」という報告の妥当性を探る。
【3. おわりに「いきもにあに参加します」】
これから京都に行ってきます。いきもにあのクマムシさんのお店で待っています。
【料金(税込)】 1ヵ月840円(初回購読時、1ヶ月間無料) 【 発行周期 】 毎週
*1:現在、クマムシの種類は1200種以上が知られている。
*2:Gabriel et al. 2007. The tardigrade Hypsibius dujardini, a new model for studying the evolution of development. Dev. Bil. 312, 545–559.
*3:Boschetti et al. 2012. Biochemical diversification through foreign gene expression in bdelloid rotifers. PLoS Genet 8(11):e1003035.
*4:ドゥジャルダンヤマクマムシの乾燥耐性については私自身が確認しており、ノースカロライナ大学の研究グループも学会発表で報告しているが、論文発表はまだない。
*5: Horikawa et al. 2013. Analysis of DNA repair and protection in the tardigrade Ramazzottius varieornatus and Hypsibius dujardini after exposure to UVC radiation. PLoS One, 8: e64793.
*6:フローサイトメトリーで測る方法のことを指している。
*7:ドゥジャルダンヤマクマムシやその他のクマムシでも、無菌飼育はまだ開発されていない。
*8:緑藻といっしょにしたシャーレに光を当てて負の走光性を利用してクマムシをビーカーに回収し、何度か水を入れ替えて洗浄している。最終的にはビーカーの底に溜まったクマムシを回収しており、これだと細菌などの混入がかなり起こりそう。
*9:Bridged PCR法により、scaffoldにおいてクマムシと他生物種由来の配列をまたぐ増幅をかけている。
*10:GC content、RNA-Seq、coverageなどのデータをもとに判断している。
*11:ノースカロライナ大の研究グループのデータによると、contigのN50が15.2kb、scaffoldのN50が15.9kb。それにもかかわらず、1Mbもの長いscaffoldも複数存在しており、そのすべてが細菌のデータにマッチしているという指摘もある。
サイエンスZEROに出演します
12月20日(日)と12月27日(日)の23時30分から放送される「サイエンスZERO」に出演することになりました。番組の特集でプレゼン大会を開催し、6人の研究者らが王者を競うというものです。公開収録は12月5日に日本科学未来館で行なわれます。「サイエンスZERO」は10年くらい前からちらちら見ている番組だったので、親近感があります。あの頃は「サイエンスアイ」だったっけ。番組の公式HPでは僕を含めた全プレゼンターの動画と事前投票も受けつけていますので、よろしければ下のリンク先から投票してみてください。どの発表も面白そうです。
ではでは、クマムシをあつく語ってきます。
クマムシを研究している高校生の「脚ポンプ仮説」について
めずらしくネット上でクマムシの話題が盛り上がっています。その話題がこちら。
クマムシの足、実は循環器か 京都の高校生の仮説脚光:京都新聞
私が過去に発表した研究成果よりもはるかに注目を浴びています。こうしてクマムシのことが世に広まっていくのはとてもよいことだし、この木津高校科学部の北澤さんのことは応援したいですね。
さて、この記事によると、クマムシの脚が移動ではなく循環器の役割を果たしているのではないかということを、北澤さんが仮説を立てて実験しているとのこと。さらに北澤さんは、クマムシの休眠(乾眠のことと思われる)では体が縮むため、脚を収縮させることで水分を積極的に放出しているのではないかと考えているようです。この研究発表は、今年8月に行なわれた進化学会の高校生部門で最優秀賞を受賞したもようです。
私はこの研究内容についての発表を聞いていないので、この新聞記事の内容以上のことは分かりません。また、新聞記事がこの研究内容のことをどこまで正確に伝えているかも分かりません。前提の情報が不足しているので、この研究内容をきちんと評価することができないのですが、せっかくなので少しこの件に触れてみようと思います。まず、クマムシについての前提知識から解説します。
・クマムシの脚
クマムシは昆虫ではなく、緩歩動物動物門に属する無脊椎動物です。クマムシは4対8本の脚があります。水を浸した寒天培地の上でのしのしと歩行しますが、第4脚目の2本の脚はずるずると引きずるようになっており、歩行に使われているようには見えません。北澤さんが「移動に使われていない」と指摘する脚は、この第4脚のことだと思われます。
・クマムシのガス交換
クマムシは1200種以上が知られていますが、すべてのクマムシは水生生物であり、周囲に水がなければ活動できません。クマムシはこれといった循環器を備えておらず、酸素は体表から拡散する形で体内に浸透します。クマムシの体長はおおむね1mm以下と小さいため、拡散によって酸素をじゅうぶんに供給できるものと考えられています。
・クマムシの脚は循環器か
それでは、北澤さんが指摘しているように、クマムシの脚は循環器としての役割があるのでしょうか。実はクマムシには昆虫のような硬い外骨格はなく、脚には関節もありません。マシュマロマンやベイマックスのようにぶよぶよとした体の中に、液体がつまっている水風船のようなものとイメージしてもらうと分かりやすいかもしれません。
体の動きは筋肉によって調節されます。体性筋によって脚の内側が引っ張られると脚が収縮します。このとき、体腔内で平衡状態になっている静水圧に逆らって体液が「押される」ために、体内で水流が起こります。この反対に脚を伸ばすことでも水流が起こるので、体腔内で体液が循環するようになります。顕微鏡で観察すると分かるのですが、クマムシの体腔内には貯蔵細胞とよばれる浮遊している細胞があります。クマムシが動くと、この浮遊細胞が体液の水流によって動き回るようすを見ることができるのです。次の動画で、そのようすを見ることができます。
つまり、クマムシは脚を動かすことで体液を循環させて酸素を体内に行き渡らせている、ということが言えます。脚が循環器の役割を担っているとも言えるでしょう。実はこのことは1983年に出版された『The Phylum Tardigrada』という総説に書かれています。北澤さんがこの文献を読まずに「脚には循環器の働きがある」という仮説を立てたのであれば、よい観察と着想をしていたことになります。
・クマムシの乾眠と体の収縮
路上のコケなどに棲んでいる陸生のクマムシは、周囲の水がなくなると脱水して乾眠とよばれる仮死状態になります。このとき、つぶした空き缶のように、クマムシの体も前後で縮み収縮します。この縮んだ形態を樽とよびます。ヨコヅナクマムシが乾眠に移行するようすを撮影した次の動画を参照してみてください。
北澤さんは「(体の)収縮率が一定の比率にあるときに生存する傾向がある」ことを観察したそうですが、これもその通りです。クマムシが乾燥したときに収縮して樽型にならずに体が伸びていると、死んでいる場合が多く、水をかけても復活しません。北澤さんはこのことから「脚を意図的に収縮させて計画的に水分を出している」と、脚ポンプ説を提唱したようです。
ただ、こちらについては、次のような知見があります。まず、クマムシは急速に脱水すると乾眠に入れずに死んでしまいます。つまり、死なずに乾眠に移行するためには、ゆっくりと脱水することが重要なのです。体が伸びた状態に比べ、縮んだ樽型になることにより、体からの脱水をゆっくりにすることができます。体がボール状に近くなるため、体積あたりの対表面積を小さくすることができるからです。
以上が私の意見です。繰り返しますが、北澤さんの研究内容の詳細が分からないので、少しずれたことを書いている可能性があることをご了承ください。いずれにしても、文献へのアクセスや専門家との接触が制限される中で、観察と実験からこのような独創性のある仮説を導き出したところについては、評価に値します。進化学会の審査委員も、回答が用意されているような課題をじょうずに解く力よりも、このように柔軟に発想する力を評価対象にしていたのでしょう。このままクマムシ研究を継続していただければ、個人的にもとても嬉しいです。
・裾野が広がるクマムシ研究
クマムシ研究はマイナーなジャンルですが、2015年6月にイタリアで開催された国際クマムシシンポジウムでは、参加者数が初めて100人の大台に乗りました。同シンポジウムに参加した国内のクマムシ研究者も11名と、過去最高を記録。クマムシ研究者は確実に増え続けています。
そしてもっと驚くのが、クマムシ研究を行なっている中学生と高校生の多さです。この1〜2年でクマムシ研究のことで問い合わせてくる中高生や教員が劇的に増えてきました。私が発行しているメールマガジン「むしマガ」上でも中学生(中学生クマムシ博士と名付けている)が毎月のように実験結果を投稿してきており、それに対して私がアドバイスをしています。中学生クマムシ博士が行なっている「クマムシに対する低酸素の影響に関する研究」の内容は非常にレベルが高く、このまま継続すれば国際科学雑誌にも掲載されるような成果になりそうです。
クマムシ研究人口も増えてきたことだし、バーチャルなクマムシ研究所を設立し、10代のクマムシ研究者やその他のプロ・アマチュアクマムシ研究者を集められれば面白そうだな、と思っています。Facebookグループの中でそれぞれの研究の進捗状況を報告し合ったりとか。どうかな。来年の春にはクマムシ研究会の開催も予定していますし、クマムシ研究の裾野がもっと広がってくれればいいですね。
・クマムシ参考資料
せっかくなので、クマムシについてより深く知りたい人のための参考資料を紹介します。
クマムシ飼育のパイオニア的存在、慶應大准教授の鈴木忠さんによるクマムシ本。クマムシ研究の古い文献情報や図版も豊富。平易な文章で書かれており分かりやすい。
クマムシを飼うには―博物学から始めるクマムシ研究:鈴木忠 森山和道 著
サイエンスライター森山和道さんによる鈴木忠さんへのインタビュー。
私のこれまでのクマムシ研究人生を綴った本。クマムシを知りたい人はもちろん、これから研究者を目指す人にもおすすめ。
クマムシについての記述は3分の1、残りは面白い生きものや研究者について。
イラストでおくるクマムシ観察記録。
慶應義塾大学クマムシ研究グループのクマムシ日記。
それから、有料メールマガジン「むしマガ」ではクマムシ研究のQ&Aも充実しています。ちょっとしたクマムシ研究コミュニティとしての役割ももつ媒体なので、よろしければこちらもどうぞ。
クマムシでも分かる。ノーベル賞候補・ゲノム編集技術「CRISPR/Cas9システム」
ゲノム編集技術、CRISPR/Cas9。今年のノーベル賞(化学賞あるいは医学生理学賞)受賞候補として大きく注目されているが、仮に今年の受賞が無くても、近い将来確実に受賞することだろう。今回は、この革命的テクノロジーの概要をできるだけ分かりやすく解説する。
ゲノム編集技術
バイオテクノロジーの中で今もっとも注目されているのがゲノム編集技術だ。ゲノムとは、ある生物におけるすべての遺伝子の情報をひっくるめたものをさす。今、このゲノムを意のままに改変することができるようになりつつある。この技術はさまざまな生物学現象のメカニズムを解明する上での重要なツールになるほか、有用な家畜や農作物の作出や、遺伝性疾患の治療などへの応用も期待されている。
従来、遺伝子組換え生物をつくる場合は、外来遺伝子をゲノムの中の特定の位置に入れることが難しかった。これらの遺伝子は運び屋のウィルスなどにもたせて細胞内に注入されるが、ゲノムの中のランダムな場所に入ってしまう。また、ゲノムの中の特定の位置を狙って遺伝子を入れたりその遺伝子を破壊することもできたが、その効率はあまりよいものではなかった。
2013年、ゲノム編集技術に革新がおきた。それが、CRISPR/Cas9(クリスパー・キャスナイン)システムの実用化である。
CRISPR/Cas9システム
CRISPR/Casは細菌や古細菌がウィルス感染を防御するために発達させた免疫防御システムである。このシステムは現九州大学教授の石野良純氏らによって発見された。細菌はバクテリオファージなどのウィルスにより感染され殺される危険に脅かされている。細菌のCRISPR(Clustered Regularly Interspaced Short Palindromic Repeats)システムは侵入したウィルスのDNAをバラバラにし、その中で特定の塩基配列をもつ断片を細菌自身のゲノムに取り込む。こうすることで、それぞれの種類のウィルス特有DNA塩基配列、つまり、IDをコレクションし、記憶することができる。すでに侵入したことのあるウィルスが細菌内に再度侵入すると、細菌がもっているウィルス・コレクションDNAから写しとられたコピー(RNA)がその侵入ウィルスのDNAを照合して見つけ出す。RNAにガイドされて一緒にやってきた酵素Casタンパク質が、そのウィルスDNAをちょん切ってやっつける。こういう仕組みである。
Doudna博士とCharpentier博士の研究室は、CRISPRシステムのタイプ2に着目。このシステムを人類が利用しやすいようにするため、改良・シンプル化を試みた。こうして確立されたこのゲノム編集技術CRISPR/Cas9システムは、様々な生物の遺伝子を改変することを可能にした。ガイドRNA鎖と酵素Cas9が一緒になってターゲットのゲノムDNA上の塩基配列を認識して切断する。下の図のように、ガイドRNA鎖の塩基配列と対応する配列(と隣接するPAM配列)をもつゲノムDNA上の位置が認識され、そこでCas9によってこの場所が切断される。
このとき切断されたゲノムDNAは修復されるが、このときにDNA塩基配列の一部が欠損したり他の配列が挿入されて変異がおこる(下図左)。また、挿入したい外来遺伝子をCas9らと一緒に細胞内に注入すると、狙った場所にこの外来遺伝子を入れることもできる(下図右)。
もしCRISPR/Cas9システムを会社のアクティビティに例えたら
すこし話がやや難しくなってきたので、CRISPR/Cas9システムを会社における解雇手続きに例えて説明しよう。
かんぽ商事の営業部はそこそこの業績をあげており、表立った不具合はみえなかった。しかし、決算時に営業部が使用した経費をよく調べてみると、不自然な出費が莫大にあることが判明。経理部のR子は営業部の中の誰かが不正に経費を使用していることを疑い、調査を開始した。そして、ついにD島が架空の領収書を作成して会社の金を横領していることをつきとめた。R子はC村社長を連れて営業部に乗り込んでいった。
R子「C村社長!こいつです!D島が横領の犯人です!」
C村「なに!けしからん!D島、おまえはクビだ!!」
D島「クビ切られた!」
もうおわかりだろう。ここで、
営業部=ゲノムDNA
D島=ゲノムDNA上の特定の場所
R子=ガイドRNA鎖
C村社長=Cas9
である。R子(ガイドRNA鎖)がゲノムDNA(営業部)上の特定の場所(D島)を特定し、一緒に連れてきたCas9(C村社長)によって(クビを)切ってもらったわけだ。もちろん、切断したDNAのところに、新しく外来遺伝子を組み込むこともできる。ダメ社員をクビにしたことによって空いた穴のところに、新しい社員を補充するように。
CRISPR/Cas9システムの長所は、ゲノムDNA上の狙った場所の塩基配列をもとに、これに対応する塩基配列をもつRNA鎖を設計できることだ。この他のゲノム編集ツールとして使用されていたZFNやTALENでは、酵素がDNA塩基配列を認識していた。酵素はタンパク質であり、これを特定のDNA配列を認識するように設計するのは、ひじょうに手間と時間がかかる。CRISPR/Cas9で使われるRNA鎖を設計するのはこれに比べて格段に簡単なのである。
ちなみにCRISPR/Cas9システムの特許は現時点でMITのZhang博士が保有している。だが、特許申請はDoudna博士とCharpentier博士の方が早かった。Zhang博士の方が後出しだったわけだが、ファスト・トラックを使いDoudna博士とCharpentier博士よりも早く特許を取得してしまったのだ。Doudna博士とCharpentier博士は米国特許商標庁に再審査をするように申し立てているが、Zhang博士はずっと前からCRISPR/Cas9システムのアイディアを実験ノートに記しており、自分が特許保有者にふさわしいと主張している。特許をめぐり研究者どうしの泥沼合戦が現在進行中であるが、ノーベル賞にはDoudna博士とCharpentier博士のみが受賞するのではないかと見られている。
ゲノム編集と遺伝子治療
革命的といえるゲノム編集技術の登場によって、私たちの未来は大きく変わろうとしている。効果的な遺伝子治療の展望が開けてきたことも、その一例だ。エイズの治療や予防に、ゲノム編集技術の使用が検討されていたりする。
ヒトエイズウィルスHIVが免疫細胞に感染するとき、免疫細胞表面に出ているある特定の受容体(CD4とCCR5)を足場にして細胞内部に侵入することが知られている。もし免疫細胞の受容体遺伝子を取り除くことができれば、免疫細胞表面に受容体がでてくることがなくなる。つまり、ウィルスの足場がなくなるため、感染できなくなる。ゲノム編集技術によって受容体(この場合CCR5)遺伝子を欠損させた免疫細胞を作製し、それを患者の体内に入れてやれば、エイズ免疫不全の進行を遅らせることができる。このほかにも、チロシン血症1型などの先天性遺伝子疾患患者の治療に、ゲノム編集技術を応用することが考案されている。
遺伝子治療を受けた人の体内では、その人がもとからもっているオリジナルなゲノムをもつ細胞と、ゲノム編集により改変されたゲノムをもつ細胞が混在している。ただし、精子や卵のもととなる生殖細胞系列においてゲノム編集が行なわれないかぎりは、その人の子どもに改変されたゲノムが受け継がれることはない。問題となるのは、この生殖細胞系列や受精卵で、ゲノムが編集された場合だ。これには、様々な倫理的な懸念が絡んでくる。
ゲノム編集がつくる未来
CRISPR/Cas9はバイオ研究の世界でたちまち普及することとなった。これまでにないスピードでゲノム編集に絡んだ研究成果が発表されており、その用途や対象生物も多岐にわたっている。
しかし、いや、だからこそ、このゲノム編集テクノロジーは、使い方次第では人類にとって不幸な未来を招きかねない。そんな警告を、研究者らは発している。ゲノム編集テクノロジーを使うことで、オウム真理教のようなハイテクノロジーを備えたクレイジーな組織が、テロ目的で感染力を高めたウィルスをゲノム編集技術で作り出すかもしれない。これはちょっと言いすぎかもしれないが、ただ、受精卵のときに遺伝子改変をおこない、生まれてくる子どもから疾患原因となる遺伝子を除去するだけでなく、その子の知能や容姿をすぐれたものに変えるのが普通になるような未来は、より現実味を帯びている。
ヒトの疾患を治療するために、生殖細胞や受精卵のゲノム編集をおこない原因遺伝子を除去するアイディアは、以前からある。実際に、実験動物を使った基礎研究も進んでいる。ただし、現段階ではゲノム編集技術の精度は完璧にはほど遠く、ゲノム上の狙った位置ではない別の場所に変異を入れてしまうことも多い。こうなると、生まれてくる子どもが何らかの異常をもってしまう可能性も出てくる。それ以前に、出生前の人間の意思を無視して、その赤ちゃんのゲノム情報を勝手に改変してよいのだろうか?という懸念も生じる。
これらの懸念から、世界の科学者コミュニティは、人の受精卵の遺伝子改変をするのを自重してきた。ところが2015年4月、中国の中山大学の研究グループが、そのような空気を読まずに、ゲノム編集技術CRISPR/Cas9でヒト受精卵のゲノム編集を行なったとする研究論文を発表した。
この研究で使用されたのは、不妊治療クリニックから提供された三倍体の受精卵。これは、ひとつの卵に二つの精子が受精した異常な受精卵であるため、発生して正常な子どもになることはない。倫理的な問題をある程度回避しつつ、ヒト受精卵を用いてインパクトのある実験するために編み出した、研究グループの苦肉の策と思われる。
研究グループは、受精卵のゲノム上にあるベータグロビン遺伝子をターゲットにしたゲノム編集を試みた。ベータグロビン遺伝子の変異はベータサラセミアという先天性遺伝疾患をひきおこす。つまり、ゲノム編集技術CRISPR/Cas9でこの部分の変異遺伝子を正常な遺伝子に置き換えられるかどうかを検討したわけだ。
結果として、実験処理をした86個の受精卵のうち、ゲノム上の狙った場所で目的遺伝子が置き換わっていたのは、わずかに数個だけだった。ゲノム上のターゲット以外の場所で改変が起きていた受精卵も少なくなかった。この結果は、べつに驚くことでも何でもなく、他の動物を用いて行なわれた先行研究の結果から想定された範囲内のものである。科学的な新規性という観点からは、それほどインパクトの高い研究結果ではない。
仮にヒトの受精卵を遺伝子治療する目的でゲノム編集を行なう場合は、100%の確度で狙いどおりに変異遺伝子を除去しなければならない。今回の研究結果は、CRISPR/Cas9システムがまだまだ検討余地のある技術であることを示している(もっとも、研究グループは若干古いバージョンのCRISPR/Cas9システムを使っていたようだが)。研究グループも論文の中で「ヒトの受精卵に対する遺伝子治療にCRISPR/Cas9を使うのはまだ早い」と結論づけている。
この論文発表を受けて、世界中で熱い議論が渦巻いている。もっとも、この研究を行った研究グループも、その研究成果を掲載した中国のジャーナル(中華人民共和国教育部、日本の文科省のような組織がバックアップ)も、一種の炎上マーケティング的な手法で科学界や世間の注目を集めている部分もあるため、今おきている状況は向こうの思う壷になっている、という印象も受ける。
いずれにしても、異常なものとはいえ、ヒトの受精卵を使ったゲノム編集研究が実行されたことで、ヒト受精卵をつかった研究にますます拍車がかかるかもしれない。第二、第三の受精卵を使ったゲノム編集実験が実施されれば、社会からの反発もより大きくなる。そうすると、ゲノム編集の研究分野全体の進展が妨げられかねない。そんな懸念が生じている。アメリカ国立衛生研究所NIHでは、ヒト受精卵を使用する研究には研究費を出さない声明を出した。イギリスでは研究者が政府ににヒト胚を使った実験の許可を申請している。何ができて何ができないのかの線引きを明確にする必要があるだろう。
さて、実は健康な子どもを得る目的では、安全面で大きな不安を抱える受精卵のゲノム編集よりも、もっと現実的な方法がある。それは、着床前診断だ。
着床前診断では初期の発生段階にある胚を扱い、先天性遺伝子疾患の原因遺伝子の有無を調べる。変異遺伝子をホモ(父母から受け継いだ両方の遺伝子型が同じタイプ)で受け継いでいない胚を選択して着床させることで、遺伝子疾患をもたない子どもを授かることができるわけだ。もちろん、このやり方でも優生学の復興につながりかねないとする倫理上の問題も、あるにはある。だが、ゲノム編集に比べれば、こちらはずっと「おだやか」なやり方だ。
ヒューマンからハイスペック・ヒューマンやネオ・ヒューマンに
では、受精卵や生殖細胞にゲノム編集技術のメスが入ることはないのだろうか。これは、今すぐには考えられないが、将来的にはじゅうぶんありえると思う。そして、その用途は遺伝子治療にとどまらず、好きな遺伝子を取り込ませた子ども、つまり、デザイナーベイビーをつくる用途に使われる可能性もある。試験管ベイビーも昔は倫理的に反対する人が多かったが、今では普通に世間に受け入れられている。時代とともに、倫理や道徳の概念は変化するのだ。
現在、先進国では高精度医療(Precision Medicine)の実現に向けた基礎研究がハイスピードで進んでいる。数万人から100万人を対象とした全ゲノム解析結果と各人の健康データや生活習慣をひもづけることで、新たな疾患原因遺伝子や長寿遺伝子などがあぶり出されてくることが期待されている。将来、個人の全ゲノム解析が手軽に行なえるようになり、ゲノム編集技術が改善されて安全性が保証されるようになれば、生まれてくる子どもに「長生き」「病気への抵抗性」「賢さ」を司る遺伝子セットをもたせる文化が生じるかもしれない。子どものファッションを決めるくらいの感覚で、好みの遺伝子をピックアップして我が子に実装させる。そんな世の中がくるかもしれない。
はじめは富裕層がこのテクノロジーを使い、自分たちの子どもを遺伝的なハイスペック・ヒューマンに仕上げる。遺伝的背景に起因した能力に差が出るようになり、遺伝格差が生じる。テクノロジーのコストダウンに応じて、ある国では人口のほとんどがハイスペック・ヒューマンに。こうなると、これまでヒト集団に一定の割合で存在していた遺伝子が、将来はほぼ消滅していたり(疾患原因遺伝子など)、ほとんどの人に備わっていたり(長寿遺伝子など)するだろう。環境による遺伝子の淘汰・選択がおこりづらくなるわけだ。
さらにはヒト以外の生物のハイスペック遺伝子も取り入れ、もはやヒトではない何かに・・・。そう。人類は自らを編集して、ネオ・ヒューマンに進化する。羽毛をはやした学生たちが飛行能力を競う「リアル・鳥人間コンテスト」が開催。いやなことがあると乾いて眠ってしまう博士、「リアル・クマムシ博士」も誕生。そんな世の中に絶対ならないなんて、誰が言えるだろうか。
欲望という名の川がいったんひとつの方向に流れ出せば、止めるのは難しい。ゲノム編集技術は、パンドラの箱を開けてしまったのかもしれない。
ゲノム編集についての一般向けの良書ゲノム編集の衝撃―「神の領域」に迫るテクノロジーが出版された。本書は生物学についての専門知識がなくても容易に読み進められるように書かれており、ゲノム編集を「いろは」から知りたい読者にとって良好な解説書となっている。
ゲノム編集の衝撃―「神の領域」に迫るテクノロジー:NHK「ゲノム編集」取材班 著
クマムシ博士による本書のレビューはこちら。
こちらはヒトの遺伝子改変について、生命倫理学の専門家による深い洞察が記された一冊。
ヒトの遺伝子改変はどこまで許されるのか ゲノム編集の光と影:石井哲也 著
クマムシ博士のレビューはこちら。
【追記】
私が専門としている極限環境動物クマムシにおけるゲノム編集技術の確立のためのクラウドファンディングを行っています。CRISPR-Cas9システムでクマムシの耐性に関わると思われる遺伝子を壊し、耐性の低下が見られないかを検討できます。ただ、クマムシの遺伝子改変技術は未熟なため、研究の最初のステップを行うためのサポートを募集しています。ご興味のある研究者の共同研究も募集しています。
※本記事は有料メルマガ「むしマガ」290号と291号「ゲノム編集がおこす社会変革(前編)(後編)」からの抜粋です。
【料金(税込)】 1ヵ月840円(初回購読時、1ヶ月間無料) 【 発行周期 】 毎週
【参考資料】
実験医学 2014年7月号 Vol.32 No.11 ゲノム編集法の新常識! CRISPR/Casが生命科学を加速する
今すぐ始めるゲノム編集〜TALEN&CRISPR/Cas9の必須知識と実験プロトコール (実験医学別冊 最強のステップUPシリーズ)
Urgency to rein in the gene-editing technology: Protein and Cell
Engineering the perfect baby: MIT Technology Review
The big blind spot on CRISPR for human embryo editing: PGD: Knoepfler Lab Stem Cell Blog
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相模川ふれあい科学館でクマムシ講演AND観察会
8月30日(日)に相模川ふれあい科学館(アクアリウムさがみはら)でクマムシ講演AND観察をおこないます。イベントは11:00と12:00からの2回。どちらも同じ内容です。先着順48名、参加費無料。会場へのアクセスなど詳細は以下のページでご確認ください。
当館では昆虫の特別企画展も実施しているので、虫好きな方はとくに楽しめるはずです。どうぞよろしくお願い申し上げます。
日経新聞朝刊でクマムシ活動が紹介されました
これまでの私のクマムシ活動が2015年8月12日付の日経新聞朝刊にて紹介されました。
クマムシ博士無敵の愛 極限に耐える最強生物の生育に成功、キャラも考案 堀川大樹:日本経済新聞
日経新聞の看板コーナー「私の履歴書」よりも目立っていてたいへん恐縮しております。
小中学生を対象としたイベントに出ます
前日の告知になってしまいましたが、8月7日(金) に相模女子大学での小中学生向けイベントに参加します。参加費無料。
「いきものがたり」上映会&クマムシはかせのとくべつ授業~世界最強の生きものってなに!?
日 時:8月7日(金) 午前10時~11時30分(開場9時30分) 会 場:相模女子大学グリーンホール 多目的ホール
(神奈川県相模原市南区相模大野4丁目4−1)
対 象:小・中学生(保護者同伴可)
定 員:200名(申込順)
申込み:7月1日(水)から、電話・FAX・Eメールで、 参加者全員の氏名、電話番号を環境情報センターへ
Email: kankyo@eic-sagamihara.jp
TEL: 042-769-9248
FAX: 042-751-2036
無料なので、夏休みに入ってヒマでしかたないキッズたちは遊びにきてくださいね。
クマムシ観察キットでクマムシを見よう
全国のクマムシファンの皆様、お待たせしました。クマムシ観察キット
、学研からついに発売です。
このキットには、LED内蔵ズーム顕微鏡、ベールマン装置、観察用プレート、テキストなどが付いています。本クマムシ観察キットの監修は、私と荒川和晴さんが担当しました。クマムシ研究者二人がかかわった本キット、リーズナブルな価格で、自由研究にももってこいの逸品に仕上がりました。
本キットで観察するクマムシは、コケの中に棲む種類のものを想定しています。コケを採取したら、上の写真の左側のベールマン装置とよばれる装置の上に置き、ここに水をかけて浸します。しばらくすると、コケの中から出て来たクマムシが下に落ちてくるので、そこを回収するという寸法です。回収したクマムシを、写真右側の顕微鏡で観察します。
付録のテキストには、クマムシの生態についての解説が載っています。どんなタイプのコケにクマムシがいるのかも、厳選したコケの写真を使用して示しているので、クマムシ初心者にはとてもやさしい教科書になっています。ちなみに、クマムシは青々としたコケではなく、カラカラのしょぼいものにいます。
この夏はぜひ、クマムシを採集して観察してみてください。
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下北沢でクマムシ講演会
告知が遅くなりましたが、8月4日(火)の夜に下北沢のダーウィンルームという場所でクマムシ講演会を行ないます。講演会のタイトルはずばり、「クマムシ博士のクマムシ研究日誌」。
クマムシ講演会「クマムシ博士のクマムシ研究日誌」:ダーウィンルーム
クマムシ博士講演会「クマムシ博士のクマムシ研究日誌」
日時:8月4日(火) 18:30開場 19:00〜21:00
会場:下北沢・ダーウィンルーム 2F ラボ
料金:¥2,000 税込/高校生以下は半額 おいしいコーヒーか紅茶付き
告知用チラシの清水久子さんのイラストがよいかんじ。ここダーウィンルームではフィールド系生物学者による講演がシリーズ化していて、クマムシ博士で8人目になるそうです。今回の講演会では拙著先日出版された『クマムシ研究日誌』に沿った内容でお話ししますが、本には書けなかったエピソードなども盛り込む予定です。いつもイベントにお越しいただいている常連さんでも楽しめる内容ですので、どうぞよろしくお願いします。
クマムシの生体展示が鳥羽水族館で始まります
三重県の鳥羽水族館にて、ヨコヅナクマムシの生体展示が8月2日より始まります。飼育しているヨコヅナクマムシを、顕微鏡でのぞいて観察することができます。
日本科学未来館では、以前から乾眠状態のヨコヅナクマムシを展示していました。
日本科学未来館での乾眠クマムシ展示
ただ、生きた状態のクマムシを水族館や博物館で展示していた例は、ありませんでした。私の知るかぎり、世界でもこのような試みがなされた例はないはず。おそらく、活動しているクマムシの展示をするのは、今回の鳥羽水族館が世界初となるでしょう。それだけ、クマムシの安定した飼育や展示をするのは、障壁が高いものだったわけです。(追記:この7月から、2ヵ月間限定で高知大学の松井透さんが藁工ミュージアムにて生きたクマムシを展示しているとのことです。よって、今回の鳥羽水族館での展示はほぼ同時ですが、世界初というわけではありません。藁工ミュージアムでは毎日コケからクマムシを取り出して展示するスタイルなのに対し、鳥羽水族館では飼育したクマムシを展示したスタイルという違いがあります。飼育して展示する、という意味では世界初かもしれません。)
今回のクマムシ展示は、鳥羽水族館飼育員の森滝丈也さんの多大な力により実現しました。もともとは、今年の3月に、私が森滝さんにお会いして、クマムシ展示についてお勧めしたことがきっかけでした。森滝さんといえば、ダイオウグソクムシの飼育員さんとしても名高い方です。もちろん、他にも多くの生物を飼育されています。
そんな多忙な森滝さんですが、この短期間でヨコヅナクマムシの飼育と展示を実現されました。実のところ、クマムシの飼育は研究者でもなかなかうまく行かないものなのです。やはり、飼育のプロというのは腕も凄いですが、情熱やプライドもさすがのものがあります。
いずれにしても、これを機に本物のクマムシを目にする人が増えてくれればとても嬉しいです。もし他の博物館や水族館の関係者でクマムシ展示に興味をもたれた方がいましたら、ぜひご協力させていただきますのでこちらまでご連絡ください。
この夏、ぜひ鳥羽水族館でクマムシに会いに行ってみてください。
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