【書評】『パワー・エコロジー』生態学者たちの青春研究冒険譚集
私は大学院生時代、動物生態学の研究室に所属していた。北海道大学大学院の地球環境科学研究科の東正剛(ひがしせいごう)研究室だ。本書「パワー・エコロジー」は、この東研究室に学生として所属していた研究者らの青春研究冒険譚集である。
東正剛教授は「正剛」の漢字2文字が示すように、たいへんコワモテな外観の研究者である。歳とともに柔和になっていったが、私が学生の頃は、その威圧感から、そばにいるだけで緊張したものだ。本書の表紙の中心にマリオ風に描かれているのが、東教授だ。ちなみに、表紙には私も描かれている。
背表紙にはクマムシさんの姿も。
東研究室のモットーである「クマムシからクマまで」が表すように、各学生の研究対象動物はきわめて多様性に富んでいた。東教授はアリをはじめとした社会性昆虫が専門だったが、テングザルやマレーグマなどの大型ほ乳類を研究する学生も多かった。他にもオオタカやタンチョウなどの鳥類や、イトウという幻の魚を扱う先輩もいた。野外に出かけて調査を行うフィールド系の研究が、研究室の強みだった。
生物学の研究をスムーズに行うためには、データの解析に必要となるサンプルの数(N)をいかに容易に集めるかが重要になってくる。野外で見つけにくいレアな動物を研究対象にすることは、この基本原則に反する。このような対象生物を研究していた学生の中には、当然の結果として、データがなかなか集まらずに博士課程4年目、5年目、6年目に入る者もいた。博士課程で研究するには大きすぎるリスクを伴うテーマを選ぶ学生が多かったわけだが、裏を返せば、研究室員が自分の対象動物にとことん惚れ込んでいた証左でもある。ほぼ野生動物のようになってしまった研究室員もいた。
将来の生活がどうなるのかは、分からない。でも今は、この動物をとことん追いかけていたい。東研究室には、そういう「いきものぐるい」の人々が集まる引力があった。当然だが、その引力の中心にいたのは、東教授である。
フィールド系の研究室というのは、体育会系になりがちなきらいがある。そして、本研究室は絵に描いたような体育会系集団であった(私は違ったが)。頻繁に開かれる飲み会は朝まで続き、泥酔した腕白研究室員によって備品が破壊されることも稀にあった。研究室内はあまり清潔でない部室チックな雰囲気が漂い、本棚には漫画喫茶のごとく多数の漫画本が並んでおり、やや退廃的ながらもくだけた感じが、不思議なやすらぎをもたらしてくれた。古びた黒いソファーには、いつも誰かが疲れ果てて寝ていた。
そんな東研究室が掲げていた標語が、本書のタイトルでもある「パワー・エコロジー」である。パワー、つまり、力を使った生態学だ。いくら机上で仮説を考えていても、野外にいる動物の実際の生態は分からない。自分の身体を使って野外でとことん観察し、データをとることが大切なのである。そして、研究室員たちは世そのあり余るパワーで界中の場所をフィールドとしていた。東教授ももちろんその例外ではなく、その調査域はアフリカや南極まで及んだ。
私がクマムシの研究を始めたときもやはり、このパワー・エコロジーの教義に従い、研究対象の採集に奔走した。100以上の地点でコケなどを採取しては、その中にどのようなクマムシが棲息しているかを調べた。そして、そのうちの1地点からみつかったヨコヅナクマムシは現在、極限環境動物の重要なモデルとしての地位を築きつつある。パワー・エコロジーの教えが無ければ、この生物にも出会えなかったかもしれないのだ。
私がクマムシ研究に没頭していたのを、適度な距離を保ちつつ見守ってくれた東教授には、今でもたいへん感謝している。
ということで、本書を通し、一人でも多くの方に、よい意味でネジの外れたパワフルな研究者たちがいることを知っていただければ幸いである。本書の目次は以下の通り。
パワー・エコロジー
目次
はじめに
序章 生態学の躍進 ─ その目指すもの(大原 雅)
第一部 世界中にフィールドを求めて
1 アリの農業とヒトの農業 ─ 南米で進化!?(村上貴弘)2 ボルネオ・サル紀行 ─ 妻と一緒に,テングザル研究(松田一希)
3 アフリカで自然保護研究の手法を探る(小林聡史)
4 豪州蟻事録 ─ 大男,夢の大地でアリを追う(宮田弘樹)
5 土壌動物学徒の南極越冬記(菅原裕規)
第二部 多様な生物を求めて
6 海産緑藻類の繁殖戦略 ─ 雄と雌の起源を求めて(富樫辰也)
7 いじめに一番強いモデル動物,ヨコヅナクマムシ(堀川大樹)
8 真社会性と単独性を簡単に切り替えるハチ,シオカワコハナバチ(平田真規)
9 アルゼンチンアリの分布拡大を追う(伊藤文紀)
10 潜葉性鱗翅類で何ができるか ─ 独創性との狭間のなかで(佐藤宏明)
11 幻の大魚イトウのジャンプに導かれて ─ 絶滅危惧種の生態研究と保全の実践記録(江戸謙顕)
12 モズとアカモズの種間なわばり ─ 修士大学院生の失敗と再起の記録(高木昌興)
13 タンチョウに夢をのせて(正富欣之)
14 エゾシカの遺伝型分布地図が語ること ─ 野生動物管理に貢献する保全遺伝学(永田純子)
Amazonの在庫も残りわずかなようなので、注文はどうぞお早めに。
【関連記事】
クラウドファンディングによる研究費獲得を成功させる方法
前回の記事で紹介した研究活動支援型クラウドファンディングサイト「academist」の第一弾プロジェクト「深海生物テヅルモヅルの分類学的研究」が、残り日数40日以上を残してめでたく目標金額に達成した。自分には関係のないことなのだが素直に嬉しいし、ほっとした。研究プロジェクトの内容自体が面白かったことももちろんだが、academistがオープンしたばかりだったためにネットメディアに取上げられたことも、成功の大きな要因だろう。いずれにしても、この成功は研究活動支援型クラウドファンディングシステム確立のための大きな一歩となったのは、間違いない。
ただし、今後はいかにネット上で影響力をもつインフルエンサーに取上げてもらうように研究プロジェクトをアピールするかが、クラウドファンディングによる研究資金集めの重要なポイントになるはずだ。そして、より確実に成功させるには、研究プロジェクトを提案する研究者自身がインフルエンサーになるのがよい。その意味でも、研究者自身による普段のアウトリーチ活動は重要性を増してくるだろう。
ぶっちゃけた話、研究者のキャラクターとしての人気があれば、研究プロジェクト案の中身やその研究者の実績にかかわらず、クラウドファンディングによる研究費を確保しやすくなるはずだ。Twitterで数十万人のフォロワーを抱える研究者が「既成概念を打ち破るぼくの研究プロジェクトを支援してください!」と一言呼びかければ、その研究者の多くの熱烈ファンが研究プロジェクトの内容も読まずに寄附をするだろう。例の疑義がかかっている細胞の再現実験プロジェクトなども、巨額の資金を一般人から集められるだろう。
もっとも、数十万人のフォロワーを集めたり、マスメディアでセンセーショナルな話題を作るのは、かなりハードルが高い。だが、研究者としてネット上である程度のプレゼンスを築けば、数名のインフルエンサーが自然と応援してくれるものだ。だから、とくに科研費などを獲得しにくい分野の研究者は、アウトリーチ活動を日頃から片手間にやっておくとよいだろう。
私自身は今のところはacademistのようなクラウドファンディングサイトを利用する予定は無いが、クマムシメルマガ・クラウドファンディングやクマムシぬいぐるみ・クラウドファンディングを絶賛実施中だ。前者は月額840円(初月無料)を寄附すると毎週私が執筆するクマムシメルマガが送られてくる。後者は寄附(1050円〜)により、謝礼としてクマムシぬいぐるみなどのグッズが送付されてくる。これらの寄附金により、クマムシ研究が推進される仕組みだ。
というわけで、クマムシの研究推進を支援してもよいという方は、ぜひとも以下のクラウドファンディング・メニューをご使用いただけると幸いだ。
クマムシぬいぐるみ・クラウドファンディング「クマムシさんのお店」
寄附金額以上のリターン(賢くなる・いやされる・モテるなどの効果)が得られること請け合いである。
【関連記事】
研究活動支援型クラウドファンディングサイトがオープン
STAP細胞騒動の影にすっかり隠れてしまった感があるが、日本初となる研究活動支援に特化したクラウドファンディングプラットフォームサイト「academist(アカデミスト)」がオープンした。
研究費獲得のためのクラウドファンディングサイト「academist(アカデミスト)」
研究者が研究活動に必要な資金を、このサイトを通して一般市民から集めることができる仕組みだ。必要金額は研究者が自由に設定できる。期限内に目標金額に到達しなかった場合は、寄附金は没収されて各寄附者に戻されるオール・オア・ナッシング型のシステムになっている。目標金額に達した場合、研究者に金額の80%が渡り、残りの20%はプラットフォーム側の取り分となる。
目標金額を獲得するためには、研究者は自身の研究の重要性や面白い部分をいかにアピールできるかが重要となる。このあたりのことはacademist側も当然認識しているようで、研究者のプレゼン資料作成の手助けをするサービスもしているようだ。
ただし、プラットフォーム側だけでなく、研究者側もSNSなどを使って積極的にアピールする必要がある。petridishやexperimentなど海外の研究資金特化型クラウドファンディングサイトでも、研究者が積極的に動かない場合は寄附金がほとんど集まらないケースもよく見かける。Twitterで多くのフォロワーを抱えていたり人気ブログを運営するインフルエンサーの目に留まり紹介されるかどうかが、成功の鍵を握るだろう。
さて、academistのプロジェクト第一弾は、京都大学ポスドクの岡西政典さんによる「深海生物テヅルモヅルの分類学的研究」だ。
このような研究テーマをプロジェクト第一弾にもってきたあたりから、academistが「金にならないけどユニークな基礎研究」を支援する方向性を打ち出していることが窺える。ちなみに本プロジェクトは2014年6月5日までに40万円を集めることを目標としており、2014年4月22日の時点で22万円が集まっている。3万円を寄附するとテヅルモヅルの乾燥標本が貰えるらしい。
政府や既存の財団に依存しない、一般市民から直接研究資金を集めるオルタナティブなシステムが確立されるかどうか。本サイトにはぜひとも成功してもらいたい。
【関連記事】
【書評】『逆境エブリデイ』現代の幸せの見つけ方
本書は世界最大規模のメルマガ配信スタンドである「株式会社まぐまぐ」の創業者、大川弘一さんによるポーカー戦記である。私は大川さんの考え方や文章が好きで大川さんのメルマガも購読しているが、本書はこのメルマガに書いていた内容がもとになっている。
通常、ポーカー大会ではテキサスホールデムという各プレイヤーが2枚の手札と共通カードの組み合わせで役を競う。ポーカーは偶然性に支配されるゲームというよりは、プレイヤーの振る舞いの適切さでプレイヤーの強さが決まるゲームである。ゲームの大半は、手持ちのカードを見せる前に決まってしまう。つまり、実際のカードの役の強弱よりも、駆け引きが重要な要素となる。
大川さんは海外のポーカートーナメントで入賞するほどのポーカーの腕前である。私は大川さんに公私にわたりお世話になっており、ポーカーの手ほどきも受けさせていただいた。ポーカーというゲームは面白いもので、ゲームの進め方にそのプレイヤーの性格が如実に反映される。
自分の場合、ポーカーをすると、あまり後先考えずに勝負にどんどん乗ってしまう癖がある。リスクを背負いすぎてしまうのだ。自分の過去を振り返ってみると、失敗リスクの高いクマムシの研究テーマを選んで研究に邁進したり、クマムシキャラクターのビジネス化に突き進んだりと、確かに人生においても思い当たるフシがあるのだ。ポーカーをすることで己の欠点が浮き彫りとなるので、自己反省の材料としてはもってこいのゲームでもある。
さて、本書は世界各国でのポーカー戦記が軸となっているが、読みとるべきところは別にある。時価総額300億円まで達した関連会社の価値が暴落し、さらには長期にわたる係争を経験した、著者ならではの現代の生き方や幸せの見つけ方を、本書に学ぶことができる。
キャンピングカーの移動のための運転アルバイトをすることで、レンタカーを借りるよりも格安でアメリカ大陸を移動するところなど、実に大川さんらしい。また、C to Cの宿泊サービスサイトを使うことでホテルよりも安価に民家で寝泊まりし、さらにその家の主である美女と微妙な距離にまで接近したりするところも、実に「らしい」。これらの「マジョリティをフォローして安心するだけの人」からは出てこないような著者の知恵や賢さが随所に見られる。
また、テクノロジーとグローバル化が世界各地に住む人々にどのような影響を与えつつあるのかも、独特の筆致で描写されている。世界各国において、人々は好むと好まざるとにかかわらず大きな変化が求められる。とりわけ日本を含めた先進国では、今よりも格段に大きな努力をしなければ、経済的豊かさを確保できなくなってしまう。
そんな現代の中で、天国と地獄を見た実業家が見つけた幸せとは何か。それは「世界中で面白い人間と会う」という、いたってシンプルなものだった。
幸せはマジョリティが使う物差しで測るものではない。その物差しは、十人十色あってよいはずだ。自分なりの幸せをどう見つければよいのか。そのヒントが、本書に隠されている。
世界初のクマムシ擬人化漫画の第二巻が発売される
羽鳥まりえ先生によるクマムシ擬人化漫画の第二巻が発売された。前巻に引き続き、今回も巻末に私の名前がアドバイザーとしてちゃっかり載っている。
今回はクマムシよりもミドリムシの方にスポットが多めに当たっている気がするが、それでも要所で登場するクマムシゴスロリ少女のくまこが大きな存在感を示している。本巻では、前作で消えたミドリムシ王子をめぐりミステリーが展開される。ミドリムシ研究者の命を狙う謎の影。
その答えは巻末で明らかにされる。さらに微生物学史上の偉人も美形キャラとして登場したりと、微生物ファンにはたまらない内容となっている。
これからクマムシ学や微生物学を志す学生諸君には必読の書だ。
【関連記事】
【お知らせ】このブログが本になりました
ナショナルジオグラフィックで「クマムシ観察絵日記」の連載を開始します
日本全国に増加しつつあるクマムシ・キッズたちのニーズに応えるため、本日よりナショナルジオグラフィックのウェブ上で「クマムシ観察絵日記」の連載を開始します。
クマムシを観察している上で気付いたトリビア的なことをイラストとともに綴っていく予定です。イラストも私が描いています。咲さんにはイラストのアシスタントとして主に色付けをしていただいています。
ナショジオでは以前、私とクマムシの特集が組まれました。
第1回:かわいい。けど、地上最強?
第2回:クマムシに出会ってひと目ぼれ
第3回:ヨコヅナクマムシ登場
第4回:宇宙生物学のためにNASAへ! そして、パリへ!
第5回:いつも心にクマムシ愛
第6回:エッフェル塔でクマムシ探し
この時には作家の川端裕人さんとともに、編集部の斎藤海仁さんにはとてもお世話になりました。今回の連載は、斎藤さんのアイディアでスタートしたものです。この連載のお話自体は2年ほど前からいただいていたのですが、こちらの不精癖もあって実現するまでに時間がかかってしまいました。
というわけで、こちらの連載の方もお楽しみいただければ幸いです。
それから、拙著「クマムシ博士の「最強生物」学講座」も好評発売中です。Kindle版は明日(2014年4月3日)までアマゾンにて10%ポイント還元の特別セール中です。
【Kindle版】クマムシ博士の「最強生物」学講座ー私が愛した生きものたちー
こちらもよろしくどうぞ。
【書評】『バイオパンク―DIY科学者たちのDNAハック!』DIYバイオムーブメントのすべてがここに
先日も少し紹介した、これからのバイオ研究活動の動向がわかるエキサイティングな一冊。
ここ数年、アカデミアの外でバイオの研究を行う「バイオハッカー」がアメリカを中心に増加している。彼らの多くは改造したガレージや自宅のキッチンで実験を行う。必要機材はDIYにより低コストで調達する。
ギークらがガレージの中でコンピューターをいじり回した結果、コンピュータ産業が爆発的に成長し、パソコンやスマホは誰にとっても身近な存在となった。次は、バイオである。アカデミアや製薬企業など限られた環境ではなく、誰でもどこでもバイオ研究ができるようになる。本書は様々な実例を挙げながら、このメッセージを投げかけている。
本書にも登場するDIYバイオのムーブメントの旗手の一人にマッケンジー・カウエルがいる。彼は2万ドルの資金を使って輸送用コンテナをオークションで購入し、それをモバイル実験室に改造した。どこでも自由に実験ができるように。彼らの試みは進歩的なアイディアを持つ人々から称賛された。個人によるバイオ研究がバイオテロに結びつくかどうかをリスク評価するため、FBIも彼の活動を一部サポートしつつ連携をとっている。
余談だが、マッケンジーは、私のNASA時代の同僚でルームメイトでもあったジョン・カンバースと親友だったため、カリフォルニアの私たちの家によく遊びにきていた。若干クセがあるが異常に賢く、世界を変えたいという大きな野心を持っていたのが印象的だった。彼に限らず多くのバイオハッカーはアマチュアを自称しているが、その多くは実は野心家である。
バイオハッカーはアマチュアだけがなるものではなく、プロも多い。アカデミアからバイオハッカーに転身した研究者も少なくない。近年、世界的に見ても大学や公的研究機関などアカデミアでのポジションに就くことは非常に難しくなりつつある。アカデミアに残ることをやめて、バイオハッカーとして生きる道を選ぶ研究者が増えているのだ。
このような流れの中、バイオハッカーが集う実験室スペースがアメリカ各地で設立されつつある。月額100ドルを払えば、誰でもそこの実験設備を使って実験ができる。研究プロジェクトも共同で行われており、どこか部活動に近いノリだ。研究活動資金はクラウドファンディングなどで調達する。研究者を招いた講演なども開かれ、そのチャージも運営活動資金となる。
バイオ研究は、現時点ではまだ世間に浸透しているとはいえない。しかし、我々が想像するよりも早く、このムーブメントは広がっていくと予想している。中学生や高校生がアカデミアや企業の研究者顔負けの研究成果を出す日も近いかもしれない。今後、私もこのムーブメントに関わっていくつもりだ。
【関連記事】
アカデミアを卒業します
この4月をもって、パリ第5大学および仏医学衛生研究所との契約が終了します。これにてアカデミアでのキャリアを卒業し、晴れてフリーの研究者になります。ここでのフリーというのは精神的なフリーという意味で、厳密には法人に所属する民間の研究者という立場になります。
クマムシの研究を始めたのが学部4年生。そこから紆余曲折はあったものの、13年間にわたってアカデミアの世界で生きてきました。日本、アメリカ、フランスと転々としてきましたが、数えきれないほどの素晴らしい研究者の方々にお世話になりました。この場を借りて厚く御礼申し上げます。
大きな組織やシステムにコントロールされることは自分の性に合わないと、つくづく感じてきました。アカデミアでポジションを得るにしても公募というシステムに依存しなければならなかったり、仮にポジションを得たとしても大学や研究所の中で様々な縛りがあることを考えると、自分の進む道はアカデミアではない。論文も義務や義理で書きたくない。なんかもっと、フリーにやりたい。そう思ったのです。
アカデミアから離れることを決めたのはもうだいぶ前で、自立のためにサイドワークとしてクマムシさんやメルマガなどのプロジェクトを進めてきました。今後しばらくはこれらのプロジェクトに注力しつつ、次の研究に着手できるよう準備を進めていく予定です。
これから先、研究活動をはじめその他の文化活動なども通して、少しでも人類の役に立てるよう精進したいと思います。公費で高等教育を受けてきた人間として、世の中に新しい価値を提供することが責務のひとつであると考えています。
最近、アメリカではアカデミアの外にいるバイオハッカーの活動も活発になっています。科学研究に対して先進的なアイディアをもつ彼らとも、そのうち何か一緒にやれればと思案しています。勢いがあって楽しそうに生きている人達と話すのは、それだけで面白いですから。
アカデミアのキャリアを歩むのはもう終わりにしますが、これからもコラボなどの形で大学や研究所の方々にはお世話になると思いますので、今後ともどうぞよろしくお願いします。
最後に、いつもこのブログやメルマガ、その他のSNSをフォローしていただいている方々。いつも応援有り難うございます。これからも、クマムシともどもよろしくお願いします。
それでは、クマムシ研究所の設立に向けて、一歩を踏み出したいと思います。
【関連記事】
『クマムシ博士の「最強生物」学講座』のKindle版が出ました
拙著『クマムシ博士の「最強生物」学講座』が出版されてから半年が経過しました。おかげさまで各界で好評をいただいています。
クマムシのゆるキャラを商品化して研究費を捻出しようとする奮闘ぶりも語られる。研究対象並みのしぶとさが頼もしい。
朝日新聞
極低温や真空にも耐える驚異の生物を紹介。過酷な環境に居場所を見つけるしぶとい生き方を見習いたい。
読売新聞
端的に言えば、なんだかむちゃくちゃ面白い生物科学エッセイ、である。
最新の科学トピックを読者に引きつけつつ紹介する話術も実も巧みでわくわくする。
土屋敦氏: HONZ
これは、クマムシ云々というよりは、科学者の個性に唸ってしまった1冊。
目次ページの章タイトルからちょっと変。「クマムシミッション・ハイテンション」「キモカワクリーチャー劇場アゲイン」「ぼくたちみんな恋愛ing」。たぶん、これで、いいのだと思う。
とりあえず私は今のところ、こんな風に宣言した本を他に知らない。
野坂美帆氏: HONZ
商売人は、自分がクマムシになった気持ちで、閉塞状況を打ち破るチャレンジをする必要があるのではないか。そう考えると、ビジネス書としても読める本だと思います。
吉村博光氏: HONZ
最高に面白いです。クマムシの真面目な話からフジツボ貴婦人、お馴染みバッタ博士まで。人間が一番おかしい。
猪谷千香氏
誰かを愛するということはどういうことか。愛の意味を知る一冊でした。
前野ウルド浩太郎氏(バッタ博士)
やっぱ虫研究者はやばいわ。エンタメ性の無いサイエンスアウトリーチはダメでしょうな。
藤川哲兵氏
クマムシや生物学についての知識がなくてもたのしく読める。全然知らないジャンルのことなのに純粋に読み物としておもしろいのがすごい。
ミネコ氏
常識破りの極限生物とその生き様をわんこそば感覚で紹介する本なのですが、同調圧力が強く、単一視点に平均化されがちな今日の日本社会への抵抗の意志に満ちています。文体も良い。
羊谷知嘉氏
この他にも紹介しきれないほど多くの方々から感想をいただきました。ここに御礼申し上げます。
さて、本書は売れ行き好調につき、このたびKindle版も出ました。
【Kindle版】クマムシ博士の「最強生物」学講座ー私が愛した生きものたちー
このKindle版、現在アマゾンで10%ポイント還元の特別セール中です。4月3日まで。まだ本書を手に取ってない方は、これを機会にぜひどうぞ。
クラウド査読により透明になるアカデミア
STAP細胞研究は残念な方向に進んでしまいました。この間もメルマガで色々と書いてきましたが、もうこの研究結果を擁護する研究者はほぼ皆無でしょう。私もだいぶ前に理研への寄附手続きの取り下げを申請し、受理されました。
小保方さんの博士論文の剽窃問題を発端として、早稲田大学に提出されたその他の博士論文にも大規模なコピペが見つかっています。これまでに20以上の不適切な博士論文が発覚しています。これを受けて早稲田大学が本格的な調査を行うべき調査委員会を設置しました。
しかし残念ながら、このような調査委員会の設置はほとんど意味をなさないでしょう。というのも、今は論文の不正は調査委員会が調べるものではなく、ネット上の不特定多数の有志による「クラウド査読」により発覚するケースがほぼ100%だからです。理研の例からも、調査委員会がクラウド査読のスピードに追いつけず、対応が後手に回ることは見えています。
クラウド査読の主なプレイヤーは、2ちゃんねる生物板の住人、11次元氏などの匿名ブロガーら、そして英語サイトのPubPeerのユーザーが挙げられます。
早稲田大学は、これまでに指摘されている小保方さんを中心とした学位取得者の博士論文の疑義を調査するとしています。しかしながら、調査委員会による調査が追いつかないほどのスピードでクラウド査読が進行することは間違いなく、他の博士論文についての疑義も次々と出てくることでしょう。そして、その疑義の数は調査委員会がフォローできないほどに増加すると思われます。
そう考えると、一時的な調査委員会の設置はほとんど無意味です。どうせなら、博士論文の疑義に関する報告窓口を大学のサイトに設置し、そこに情報を送ってもらう方がよい気がします。あるいは、アルバイトを雇って2ちゃんねるの生物板をウオッチングさせ、新しく明らかになった疑義について報告させるのも一つの手でしょう。
そして、博士論文の電子化とオープンアクセス化が進んでいる現状では、これは早稲田大学の問題のみに収まりません。早稲田大学を震源とした博士論文のクラウド査読は、次々と広がっていくでしょう。疑わしい研究室の出身者、そして知名度の高い研究者からターゲットになり、ゆくゆくは全ての博士がまな板の上にのぼることになります。
捏造防止の方法については、アカデミア内で研究者たちがずっと議論してきました。
不正をチェックしたり報告をする第三機関の設置など、トップダウン的な構想が出ていますが、これといった具体的な動きはまだありません。
高尚な議論では解決できなかった、このアカデミア内部の問題。これが、(もちろん正義感に溢れた人々もいることでしょうが)暇つぶしのゲーム感覚だったり、特定の個人に一泡吹かせたいといったようなモチベーションで行われるクラウド住人の査読によって、アカデミアが浄化されている現実は、何とも皮肉に映ります。
とはいえ、目的や手段はどうであれ、開かれた透明なアカデミアの到来は、彼らの手によって達成されることでしょう。一部の博士にとってはディストピアの到来なのでしょうが。
※本記事は有料メルマガ「むしマガ」218号の内容を要約したものです。
「博士メガネ男子論」にみる不器用理系男子の需要
マスコミの報道の中で小保方晴子さんが「リケジョ」と称されていることについて、議論が起きている。確かに、同様の報道の中で男性研究者が「リケダン」と呼ばれないことを考えると、ジェンダーを前に出した呼び方は適当でない。研究所のグループリーダに用いる語としても違和感がある。また、「リケジョ」という語は講談社により商標登録されており、この事情もあって事態は少しややこしくなっている。
ただ、リケジョでもサイエンスエンジェルでもサイエンスプリンセスでも理系マドモアゼルでも助手ガールでも何でもよいのだが、理系に進学する女性の比率を高める効果があるのなら、大学の有志などが自発的にこれらの呼称を用いて活動するのは意義があると、私は思う。報道機関だけでなく、理系女子を増やす努力を行っている理系女子学生達に対してまで「リケジョ」を使用することに対して全否定するのは筋違いだろう。
このような活動では理系学部に占める女子学生の比率は増えても女性研究者の増加には繋がらない、という声もある。だが、入り口で数を増やすことにより女性の理系進学が特別ではないという雰囲気を作ることは意義があるだろう。そしていずれ、理系に進学する女性が十分に増えて、これらの用語を使わなくてもよい日が来れば、それに越したことは無い。
ところで、理系女性だけでなく理系男性もプロモーションすることで、男女両方の理系進学率が高まるのではないか。そんなことを考えていたところに、Twitterのタイムラインに流れてきたツイートがこちら。
山中教授で「博士メガネ男子論」という薄い本を出した覚えが。。。
— いがやちか「つながる図書館」1/7発売 (@sisiodoc) 2014, 2月 4
この「博士メガネ男子論」という薄い本は、いがやちかさんらにより結成された同人サークル「久谷女子」が出版した本だ。昨年のニコニコ超会議で、私も購入した。
ちなみに、久谷女子が数年前に出した「Webに見た萌え特集」では、なぜか私とバッタ博士が取り上げられた。こちらについてはバッタ博士のブログ記事を読んでいただくとして、ここで「博士メガネ男子論」について紹介したい。
本書は主に京大教授の山中伸弥さんをフィーチャーしつつ、メガネをかけた博士の「男性的魅力」を綴ったものだ。山中さんの他に、となりのトトロに登場するサツキとメイのお父さんの草壁タツオなど、フィクションのキャラクターについても書かれている。
私は視力が悪いが、普段はコンタクトレンズをしている。顕微鏡を頻繁に覗くので、メガネは邪魔になるからだ。だが、それでもメガネ男子好きの知り合いの女性からはメガネをかけるように勧められる。メガネ男子好きの女性は意外と多い。なぜそこまでメガネをかける男に萌える女性がいるのか。その具体的な理由は本書を読むまで判然としなかった。
博士メガネ男子の魅力は、不器用さに集約されるようだ。外見を気にしてコンタクトレンズを装着したり、おしゃれメガネをかけることは、彼女らにとって萌えポイントにはならない。「メガネ男子好き」の女性を意識してメガネをかけることなど言語道断なのだ。専門分野に特化した高い能力をもちつつ、その他のことは平均以下の能力か発揮できない、不器用な博士メガネ男子。メガネは不器用の象徴でなくてはならない。
不器用でもいい。ありのままの自分でいい。そんな理系男子が好きな女子もいる。この事実を知るだけでも、コンプレックスを抱えた一部の理系男子は救われた気持ちになるだろう。
さて、本書を読み終えて、博士メガネ男子についての妄想をよくここまでうまく言語化できるものだ、と感心してしまった。とりわけ、岡田育さんの文章の破壊力が凄まじい。風の谷のナウシカに出てくる巨神兵の最期のように、激しく腐っているのだ。岡田さんの下のツイートに表れている怒りは、男性側による女性個人個人への観察力の欠如に対してのものだろう。
続)「女子力高い」「フシギちゃん」「こじらせ」「フェロモン過多」「フェミ」「少女趣味」とかなんとか、みんな違ってみんないいと思うのだけど、こんなに分類進んでるのに生物学的に女だからという理由でみんな同じもののように扱われると、女同士もモヤモヤするからマジ勘弁してほしいですね……。
— 岡田育 (@okadaic) 2014, 2月 1
最大公約的にすら女性を分析・カテゴライズできない男性ライターにキレているわけだ。その怒りはごもっともだが、岡田さんや他の久谷女子メンバーと同じレベルの能力を他人に要求するのも酷というものである。
ここでは本書に記述された具体的な表現の引用は控える。インターネットに精通し、かつプロの書き手集団でもある久谷女子のメンバー達が、ウェブでも商業誌でもなく、あえて同人誌で作品を発表していることを考慮したからだ。今のウェブ上に出したくない、あるいは出せない理由は、本書を読めば理解できる。気になる人は、久谷女子のメンバーをフォローして次回の販売機会を待つとよいだろう。
【追記】
岡田育さんからの告知。要望次第では、イベントで本書を入手できるようだ。
めでたく完売状態のコピー本『博士メガネ男子論』ですが、クマムシ博士の記事( http://t.co/abO1Wqz88V )読んでご興味持たれた方がいらっしゃいましたら2/15「サロン・ド・久谷女子」で増刷しようかと思います。是非!
http://t.co/eLKlaJ4poh
— 岡田育 (@okadaic) 2014, 2月 9
【関連記事】
クマムシさんのクレーンゲーム景品が登場します
私が発案しプロデュースしているクマムシキャラクタークマムシさんが株式会社タイトーとライセンス契約を結びました。今年2014年4月より、全国のアミューズメント施設のクレーンゲーム用景品として登場します。
クマムシさんのプロジェクトは科学啓蒙と、私が行っているクマムシ研究の研究費獲得の二つを大きな目的としています。「かわいい」を入り口として人々から生き物や自然科学に興味をもってもらいつつ、エンターテイメントの対価としてお金をいただく。クマムシさんがきっかけとなり、研究者を志す子どもたちが出てくれれば私にとってこんなに嬉しいことはありません。
クマムシさんのプロジェクトが始動してからおよそ2年。思ったよりも早くクマムシさんが市場に認められているようで、とても嬉しいですね。いつも応援いただいている方に感謝します。上の写真のグッズだけでなく、その他の種類の景品もタイトーから続々と登場する予定です。
これにも関連して、昨日2月5日に放送されたテレビ東京のワールドビジネスサテライトでクマムシさんが取り上げられました。研究者自身がキャラクタービジネスを行っていることも、興味があったようです。この中で、クマムシさんのプロモーションについて私が話しています。当日の放送内容は以下のテレビ東京のサイトから視聴できます。
キャラクター 成功のカギは:ワールドビジネスサテライト:テレビ東京
こちらとしては資本が少ないため、クマムシさんのプロモーションのために広告をたくさん打つことは不可能です。おまけに私がフランスにいるため、営業活動もままなりません。それでも、ユニークなコンセプトを打ち出してキャラクターのアカウントをTwitterやFacebookに作って活動すれば、うまく展開していけることがわかりました。今は、必ずしも大きな会社でなくてもアイディア次第で勝負できる時代になってきたのです。現在、他の企業さんからもクマムシさんのライセンス契約の話をいただいています。
さて、アミューズメント施設でのクマムシさんグッズの登場は4月からですが、現在、日本科学未来館、東急ハンズ池袋店、ジュンク堂池袋店、大阪市立自然史博物館などで公式グッズを販売しています。また、以下のオンラインショップからもクマムシさんグッズをお求めいただけます。
ということで、クマムシさんをさらに大きく育てていきたく思っています。クマムシさんともども、今後ともどうぞよろしくおねがいします。
人気ブロガー藤沢数希さんとの対談内容が公開されました
昨年むしマガでお届けした人気ブロガー藤沢数希さんとの異色対談の内容が、藤沢さんのブログ「金融日記」に公開されました。
動物の生殖行動から海外文化まで話題にしています。硬い内容ではないので、まったりとお楽しみください。
はてなブログに引越しました。
はてなダイアリーからはてなブログに移行しました。時代の流れですね。
はてなダイアリーからの以降だと、コメントやはてなブックマークも一緒に移動できるので便利ですね。でもFacebookのlike!の数はリセットされますね。当たり前だけど。納豆菌の記事には7000近くのlike!がついていたのですが。
というわけで、今後ともむしブロをよろしくお願いします。
乾いても死なない線虫のサポーターたち
・線虫シーエレガンス
クマムシに比べると、肢もなくニョロニョロしていてあまり可愛くない線虫シーエレガンス(主観)。
シーエレガンス from Wikimedia
だが、このシーエレガンスは生物学研究において非常に大きな役割をもっている。大腸菌を餌として爆発的に増殖するため、飼育が容易だ。また、細胞も1000個ほどしかなく、動物の中でも単純な体の構造をしている。シーエレガンスについては、解剖学、発生学、そして遺伝学まで、調べに調べ尽くされている。いわゆるモデル生物だ。
とくに、シーエレガンスは遺伝学の材料としてすぐれている。この生物には色々な変異体が存在し、各遺伝子の機能を調べるのにうってつけである。RNA干渉とよばれる技術を用いることでも、ある遺伝子の機能をピンポイントで調べることが可能だ。
クマムシと同様に、線虫の中には乾眠をする種類が知られている。つまり、カラカラになっても死なないやつがいるのだ。実際に、乾燥したコケを水に浸すと、コケの中からクマムシと一緒に線虫が出てくることがよくある。ただし、シーエレガンスは乾燥すると死んでしまうと長い間考えられてきた。ところが2011年に、シーエレガンスが実際には乾眠に入れる能力があることを、ドイツのマックス・プランク研究所の研究グループが発見した。
生命活動のオンとオフ:やっぱり重要だったトレハロース: むしブロ
そして今回、同じ研究グループの研究により、このシーエレガンスが乾眠に入るために必要な「分子サポーター」たちの顔ぶれが浮かび上がってきた。
・2つの状態の違いを見て推定する
シーエレガンスは通常の状態では乾燥すると死んでしまう。ところが、長期休眠幼虫期である「ダウアー」の時期に限って、乾燥しても死なずに乾眠状態に入ることができる。
そこで、「1. 乾眠していないとき」と「2. 乾眠に入るとき」の2つの状態における遺伝子発現を調べ、乾燥ストレス特異的に動いている遺伝子を特定した。さらに、これらの遺伝子が機能しない変異体を用いて乾燥ストレスを与え、死にやすくなる変異体を特定。このようにして、乾燥耐性の成立にとって重要と思われる、以下の機能をもつタンパク質(酵素)をコードする遺伝子が特定された(なお、乾燥に伴ってこれらの遺伝子から実際に目的のタンパク質が作られることも確認されている)。
1. 頭部の感覚神経で環境中の湿度変化を察知するのに関わるタンパク質
2. タンパク質の構造を保護させる働きをもつタンパク質
3. 活性酸素を除去する酵素
4. 解毒作用に関わる酵素
5. 脂肪酸の代謝に関わる酵素
これらの結果から導かれるシーエレガンスの乾眠メカニズムのシナリオは、こうだ。 まず、周囲の環境が乾燥すると頭部の感覚神経でこれを察知し、乾燥してきたことをシグナルで伝える。これにより、一連の乾眠特異的な遺伝子からメッセンジャーRNAが多量に作られ、タンパク質が作られる。これらのタンパク質のあるものは保護タンパク質であり、あるものはトレハロース合成酵素や活性酸素除去酵素だったりする。
細胞が乾燥すると生体膜などの構造が破壊されたり、タンパク質の構造が不可逆的に変化して機能しなくなる。トレハロースやLEAタンパク質は、乾燥時にこれらの構造を守っていると思われる。さらに、細胞膜は脂肪酸を構成員としているが、シーエレガンスはこの脂肪酸の構造を変化させることで乾燥耐性を身につけている可能性も浮上した。
乾燥ストレスにより活性酸素種も発生し、これが生体物質にダメージを与えると考えられている。活性酸素除去酵素により、このときに活性酸素種の攻撃から生体を守
っているのだろう。この他、解毒代謝に関わるタンパク質をコードする遺伝子も、乾眠にとって重要なサポーターであることが分かった。だが、これらの遺伝子の具体的な機能はまだよく分かっていない。
さて、今回の研究結果は、これまでに提唱されていた乾眠メカニズムをより強固な形で示したといえる。だが、これで乾眠の謎がすべて解明されたとはまだいえない。
この研究を行った研究グループは、乾眠の成立に関わる遺伝子や生化学的経路は非常に少ないということを強調している。だが、今回の研究では、「ダウアー」という特殊なモードにおいて「1. 乾眠していないとき」と「2. 乾眠に入るとき」の2つの状態を比べていることを忘れてはならない。というのも、通常の線虫のモードからダウアーのモードに移行する段階で、すでに色々な遺伝子やタンパク質の発現パターンが変化しているはずだからだ。つまり、ダウアー特異的に発現するいくつかの遺伝子も、乾眠に関わっている可能性は否定できないというわけだ。
とはいえ、シーエレガンスのようなモデル生物を乾眠研究の材料として使えるアドバンテージは大きい。今後、一気に乾眠研究が進むポテンシャルは大いにある。
※この記事は有料メルマガ「むしマガ」(月額840円・初月無料)の205号と206号に掲載された論文を要約した簡易バージョンです。新規購読登録はこちらから。