読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

クマムシ博士のむしブロ

クマムシ博士が綴るドライな日記

世界初となるゲノム編集技術「CRISPR-Cas9システム」を用いた遺伝子治療が実施される

科学・研究 むしマガ

f:id:horikawad:20161117011525j:plain:w600


中国の研究グループにより、世界初となるゲノム編集技術CRISPR-Cas9システムを用いた遺伝子治療の臨床試験が行われた。


CRISPR gene-editing tested in a person for the first time

PD-1 knockout engineered T cells for metastatic non-small cell lung cancer


ゲノム編集による遺伝子治療は、HIVをジンクフィンガーヌクレアーゼ(ZFN)を用いて行われた例がある。CRISPR-Cas9が使われたのは、今回が初めて。それにしても、世界に先駆けてヒト受精卵にCRISPR-Cas9システムでゲノム編集をしたのも中国だったし、中国はとばしますね。上のNatureの記事内では、専門家がアメリカ対中国の医学研究競争を「スプートニク2.0」とよんでいる。うまい例え。


ゲノム編集技術CRISPR-Cas9システムは、ゲノム上の狙った場所を簡便に改変することができる、生命科学研究における革新的なバイオテクノロジーだ。この技術については以前、詳しく書いた。


horikawad.hatenadiary.com

horikawad.hatenadiary.com


今回のゲノム編集を利用した臨床試験の目的は、肺がんの治療。がん細胞は、免疫のはたらきを抑制して免疫細胞からの攻撃を受けないように立ち回ることができる。相手の攻撃力を下げるわけだ。ドラクエでいうとダウンオール。


具体的には、がん細胞表面ににょきっと出ているPD-L1がT細胞表面の受容体PD-1に結合すると、T細胞の活性化が抑制される。T細胞の攻撃力が弱まったのをよいことに、がん細胞はしめしめと増殖する。


f:id:horikawad:20161117004921j:plain
図. 杉山大介・西川博嘉. がん免疫療法:基礎研究から臨床応用にむけて. ライフサイエンス 領域融合レビューより


がんを抑えてやるには、PD-L1やPD-1の働きを抑えてやれば良い。こうすれば、T細胞は攻撃力を維持することができる。このようなアイディアから、これらに結合して働きを阻害する抗PD-1抗体あるいは抗PD-L1抗体の開発が始まった。抗PD-1抗体は、がんの治療薬として承認されている。がん治療のために免疫を強化すやり方は、がん免疫療法とよばれる。


中国の研究グループが今回行ったのは、ゲノム編集によるがん免疫療法である。ポケモンをアメで進化させるように、T細胞をCRISPR-Cas9で強化したわけだ。ポケモン、詳しくないので間違ってたらごめん。


研究グープは、肺がん患者から末梢血リンパ球を集めて、これらにCRISPR-Cas9システムをほどこし、PD-1をコードするPDCD1遺伝子を破壊したT細胞を作成した。


PDCD1遺伝子上の塩基配列と相補的な塩基配列をもつガイドRNAを設計してCas9タンパク質と一緒に発現させれば、Cas9タンパク質はPDCD1に案内されてここを切断する。DNA修復機構が働いて鎖がくっつく過程で変異が入り、結果としてこの遺伝子は破壊される。ゲノム編集によりPDCD1が破壊されたリンパ球を培養して増やし、ふたたび患者に注入して戻した(まだ今回の件は論文になっていないので、実験手法の詳細は不明)。


このT細胞はPDCD1遺伝子が破壊されたため、もはやPD-1は作られなくなる。がん細胞はT細胞表面のPD-1に結合できなくなるため、これにより、T細胞の活性を抑制できなくなる。よって、免疫は強化され 、がん細胞を攻撃し続けることができる。患者へのゲノム編集細胞の注入は、あと何回か行われるらしい。はたして今回の臨床試験がうまくいくのか、今後の経過が待たれる。


今回の場合、安価で使い勝手の良い抗体を用いた治療の方が良いのではないかという専門家の声もある。あとは、標的遺伝子以外の場所に、どれくらいの頻度で変異が入るのかもきになるところ。ったりしないかどうか。どんな副作用がでるのか、どちらがよいか、今後の経過が待たれる。


ゲノム編集技術のヒトへの応用に関しては、生命倫理に沿って慎重に議論を進めるべきだ、という声が大きかった。だが、技術の進展はいつでも、倫理観を劇的に変えてしまう。CRISPR-Cas9システムは、ゲノムだけでなく、私たちの倫理観や道徳観まで簡単に改変しているのかもしれない。


CRISPR-Cas9システムが研究者の間で広まり始めて、まだ数年しか経過していない。ゲノム編集技術 を利用した臨床試験は今後、世界中で加速に進んでいくことだろう。


※本記事は有料メルマガ「クマムシ博士のむしマガ」360号「世界初となるゲノム編集技術「CRISPR-Cas9システム」を用いた遺伝子治療が実施される」から抜粋したものです。

【料金(税込)】 1ヵ月840円(初回購読時、1ヶ月間無料)

「クマムシ博士のむしマガ」は、まぐまぐnoteで購読登録できます。


【参考資料】

実験医学 2014年7月号 Vol.32 No.11 ゲノム編集法の新常識! CRISPR/Casが生命科学を加速する

今すぐ始めるゲノム編集〜TALEN&CRISPR/Cas9の必須知識と実験プロトコール (実験医学別冊 最強のステップUPシリーズ)

遺伝子医療革命―ゲノム科学がわたしたちを変える


【関連記事】

horikawad.hatenadiary.com

horikawad.hatenadiary.com