クマムシ博士のむしブロ

クマムシ博士が綴るドライな日記

超高校級とよばれたイケメンサイエンティストの野望

世の中には天才児とよばれる子どもが稀に存在する。ゲノム解析ツールG-languageの開発者、慶應大学特任講師の荒川和晴氏も、少年時代にきっとそうよばれていたに違いない。




4台のスクリーンで解析作業をする荒川氏 (慶應大学湘南藤沢キャンパスにて)



研究室はコテージのような造りになっている


「なぜ世界中の人々は神や宗教を作りだしたのか?その思考の源となる脳のメカニズムはどのようになっているのか?」


こんなナイーブな疑問を持ったことが、生命科学の道に進んだきっかけだ。高校時代に北米の数学コンテストで3位をとり、大学入学時には教授から超高校級とよばれ、大学院修士課程入学後に3年半で博士号を取得した荒川氏。


そんな人並み外れた経歴をもつ彼が今、クマムシにはまっている。彼には、生命現象を数学的に定義づけたいという野望がある。そして、クマムシは、この野望を成し遂げるための最適な研究対象なのである。


クマムシは体長0.1〜1.0mmほどの微小な動物で、4対の肢をもつ。クマムシには1000種類以上が存在し、深海から山地まで、幅広い環境に生息する。市街地の路上に生えたコケの中からもよく見つかる。放射線などの極限的なストレスに高い耐性を示すことでも有名だ。


クマムシは乾燥すると乾眠とよばれる仮死状態のモードに入り、水を与えるとすぐさま復活する。仮死状態のクマムシは生命活動がみられず、ただの物質のような状態にみえる。



活動状態(上)と仮死状態(下)のヨコヅナクマムシ. (写真: 堀川大樹, 行弘文子)


クマムシにおける活動状態と仮死状態の二つの相が転移する点、つまり、生きている状態と生きていない状態の境目をコンピューターでシミュレーションすることで、生命現象に数学的な定義づけを与えることができるかもしれない。荒川氏はそう考えた。


この壮大ともいえる目的を達成するためには、まず、クマムシが活動状態と乾眠した仮死状態との間で、体の中の物質の種類と量がどのように変動しているかを知る必要がある。そこで、荒川氏はメタボローム解析とよばれる技術でクマムシを調べることにした。


メタボローム解析をするためには、一度に数万匹のクマムシを用意してすりつぶす必要がある。この目的のため、私は自らが飼育系を開発して増やしたヨコヅナクマムシを、荒川氏に分与した。


ヨコヅナクマムシは、クマムシの中ではもっとも飼育が容易な種類である。しかし、当時は飼育開発者の私ですら、1万匹を育てるのがやっとであった。生身の生き物をほとんど飼育した経験のない荒川氏が、メタボローム解析に用いるだけのクマムシを増やせるとは、正直、あまり期待していなかった。実際、私はそれまでに何人かの研究者にヨコヅナクマムシを分与していたが、私以上にクマムシを増やした研究者も皆無であった。


ところが、彼はそれから1年もしない間にヨコヅナクマムシを10万匹に増やし、メタボローム解析を実行してしまったのだ。それも飼育方法の改良ではなく、1週間に3日間徹夜のペースで飼育をし続けるという荒技で。その後、荒川氏は、飼育方法も改良し、数十万匹のヨコヅナクマムシを楽に飼えるようにしてしまった。


イノベーションを起こすため、そして、知的好奇心を満たすために、すべてを投げ打つことができる覚悟と根性。研究者にとって、頭脳の高さはアドバンテージとなるが、結局のところ、最後はいかに研究を愛することができるかが、凡人と天才を分かれ目なのかもしれない。つい先日は、twitterでこのようなこともつぶやいていた。

生半可な覚悟は無用だ。出張もクマムシに合わせて予定し、例え地球半周のフライト後でも成田からラボに直行し、相方に「私とクマムシどっちが大事なの⁈」と言い寄られれば即答で「クマムシ。」と眉一つ動かさずに回答し、ただ粛々と培地交換をできる覚悟を持たぬものはクマムシを飼うべきではない。


荒川和晴 @gaou_ak


いずれにせよ彼は、この人ならどんなことでもやってしまうのではないか、と思わせるようなイケメン研究者である。


私が発行する有料メルマガ「むしマガ」では、本日から7週にわたって、この荒川氏のインタビューを掲載する。彼の興味深い生い立ちから、これまでの研究内容、そして未来のビジョンを語ってもらった。ラインナップは以下の通り。


第1回: 人はなぜ神を作るのか
第2回: 不審者に間違われないようにするには
第3回: 超高校級ティーン
第4回: クレバーなゲノム解析ツールを作る
第5回: 生物は物質の集合体ではない
第6回: 10万匹のクマムシと暮らす
第7回: 人工ポスドクの開発


本インタビューは、これから研究者を目指す学生には大変刺激になる内容となっている。また、サイエンスの新しいネタを探している出版関係の方々にもおすすめしたい。もちろん、日頃から知的興奮に飢えているすべての方々にとっても楽しんでいただけること受け合いである。


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