クマムシ博士のむしブロ

クマムシ博士が綴るドライな日記

クマムシの紫外線耐性能力が明らかに


Fig. 1 クマムシさん (イラスト: 阪本かも)



超低温、放射線、高圧、さらには宇宙空間の真空にも耐えられるタフなクマムシ。今回、私 (堀川) たちの研究グループにより、クマムシの紫外線耐性に関する研究報告がオンライン科学ジャーナルのPLoS Oneで発表された。本研究は、NASA宇宙生物学研究所、カリフォルニア・ポリテクニック・ステート・ユニバーシティ、ブラウン大学、東京大学、慶應大学、国立遺伝研究所、国立情報学研究所、フランス国立衛生医学研究所の共同研究により実施された。


Horikawa et al. (2013) Analysis of DNA repair and protection in the tardigrade Ramazzottius varieornatus and Hypsibius dujardini after exposure to UVC radiation. PLoS One


陸に棲むクマムシは、乾燥にさらされると脱水して干からび、仮死状態になる。この状態を乾眠という。クマムシはこの乾眠状態では、ほとんど代謝がみられないが、水が与えられると活動を再開する。


乾眠状態のオニクマムシは宇宙空間で真空と紫外線に10日間さらされた後、わずかな割合だが、生き延びた個体が確認された。この時にオニクマムシが照射された紫外線(波長116.5-400 nm)の線量は7577 kJ/m2というとてつもなく高いものだった。


この線量ではさすがのクマムシもその多くが死滅してしまったが、わずかながら生き残った個体がいたことから、やはりクマムシは他の生物に比べて高い紫外線耐性能力を備えていると言うことができるだろう。


このようなクマムシの強さは、地球外生命体の存在可能性を探るのに良いモノサシとなるわけだ。私は、クマムシを通してこのテーマに関する研究をNASAで遂行した。いわゆるアストロバイオロジーというジャンルである。本研究成果の大部分も、NASAで得られたものだ。


宇宙空間や他惑星では、地球に比べて高い線量の紫外線が降り注いでいる。そこで私たちは、クマムシが紫外線にどこまで強いのか、そしてその強さの秘密が何なのかを探り、地球外環境で生存可能な生命体の定義づけを試みた。


まず、通常の水を含んだ活動状態のヨコヅナクマムシと、乾燥した乾眠状態のヨコヅナクマムシに紫外線(波長254 nm)を照射し、その後の生存と繁殖を私たちが開発した飼育システムを用いて追跡調査した。


その結果、ヨコヅナクマムシは乾眠状態において、活動状態よりも顕著に高い紫外線耐性が見られた。乾眠状態では20 kJ/m2まで紫外線を照射された場合でも個体が子孫を残したのに対し、活動状態では5 kJ/m2以上の線量の紫外線を照射されると照射10日後には90%以上の個体が死滅し、産卵した個体も確認できなかった。


ちなみにガンマ線やイオン線などの電離放射線を照射した場合では、クマムシは活動状態の方が乾眠状態よりも耐性がやや高いことが報告されている。つまり、紫外線は電離放射線とはクマムシへの生物学的な作用の仕方が異なる事が考えられる。


さて、高線量の紫外線照射は、生物に致死的なDNA損傷を引き起こす。 紫外線照射 による代表的なDNA損傷は、ピリミジン二量体の形成である。DNAは4種類の塩基とよばれる物質が含まれているが、このうちチミンとシトシンがピリミジンである。紫外線が照射されると、隣接したこれらの塩基がくっついて二量体とよばれるものとなり、突然変異を誘発するなど、生物に有害な影響を及ぼす。


私たちは、紫外線の照射後の活動状態および乾眠状態のヨコヅナクマムシのDNA損傷を検出するため、抗体を用いた実験手法によりDNAに生じたチミン二量体の頻度の定量的な解析を行った。その結果、乾眠状態のヨコヅナクマムシは活動状態の場合に比べ紫外線照射後のチミン二量体の形成がほとんど起こらない事が判明した。これは、ヨコヅナクマムシが乾眠状態において、チミン二量体が形成するのを妨げるメカニズムをもつことを暗示している。


また、活動状態のヨコヅナクマムシでは2.5 kJ/m2の紫外線照射後に生成したチミン二量体が112時間後にはほぼ完全に消失する事が判明し、DNA修復活性をもつことが確認された。ヨコヅナクマムシのゲノムデータベースを用いた検索およびポリメラーゼ連鎖反応(PCR)による解析から、ショウジョウバエの光回復型DNA修復酵素PHRAのホモログ遺伝子をもつ事が明らかになった。


さらに、紫外線照射後にこの遺伝子の転写量が増加したことから、ヨコヅナクマムシのDNA修復機構にこの酵素が関わっている可能性が示唆された。


これらの研究から、ヨコヅナクマムシの紫外線耐性は、乾眠状態におけるDNAの防護能力と活動状態時での修復能力により支えられているものと考えられる。


ところで、ヨコヅナクマムシに比べて乾燥耐性能力が低いドゥジャルダンヤマクマムシでは活動状態時の紫外線耐性能力が低かった。乾燥耐性と紫外線耐性のメカニズムはリンクしている可能性もある。


多量の紫外線が降り注ぐような環境をもつ他惑星でも、バクテリアのような単細胞生物だけではなく、多細胞生物のようなより複雑な生命体が、クマムシと似たような生存戦略機構をもち繁栄しているかもしれないのだ。 火星の地表やそれに近い環境から、クマムシ型生命体が発見される日も近いかもしれない。*1


【お知らせ】このブログが本になりました

クマムシ博士の「最強生物」学講座ー私が愛した生きものたちー

*1:本記事は岩波の「科学」2012年7月号に寄稿した文章を一部改変したものです。