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むしブロ

クマムシ博士のドライ日記

再現性の無い研究論文を減らすにはどうすべきか

科学・研究

自然科学、とりわけ医学生物学系の多くの論文で再現性の無いことが問題になっている。製薬会社が行った追試では、実験結果が再現できなかった論文は70〜90%にまでのぼっているらしい。


NIH mulls rules for validating key results: NATURE | NEWS


この問題を解消するため、アメリカ国立衛生研究所(NIH)は、それぞれの研究結果について、独立機関によるデータ検証を義務づけることを検討しているようだ。だが、このやり方では追試による莫大なコストが発生すること、そして研究発表サイクルが長くなってしまう問題点もある。よって、この施策がすぐに採用されるとは考えにくい。


再現性の無い論文が多く生産される背景には、同じ分野における研究グループどうしの激しい競争がある。新規発見のプライオリティが認められるためには、最初に論文で発表するか、特許を申請しなくてはならない。二番目ではだめなのだ。勝者は名誉を勝ち取り、さらに多くの研究費を得ることができる。一方で、敗者は歯がゆい思いをさせられるばかりでなく、研究費獲得のチャンスも激減する。両者の格差は開いていく。


研究者は、このような激しい競争にさらされている。インパクトのある論文が出なければ、研究費はおりてこないし、ポスドクなど、身分によっては次の就職先すら逃してしまうリスクも高まる。まさに生活がかかっているのである。


このようなプレッシャーの中、研究室主催者は、自分の想い描く科学ストーリーに沿った綺麗なデータを信じたがるのも無理もない。そのようなデータをポスドクなどから見せられれば、それが条件設定ミスのため偶然得られたものであれ、あるいはデータに意図的に修飾がされたものであれ、すぐに論文にして発表したいと思うボスもいるだろう*1


いずれにしても、再現性の無い論文が氾濫することは、研究者どうしでお互いの首を絞め合っているようなものだ。正直者が馬鹿を見るようなゲームの中では、嘘つきが増える方向にバイアスがかかっていく。そうでもしなければ、予算もとれないし、研究者として生きていくこともできなくなってしまうからだ。本末転倒であるが、残念なことに、研究の世界はすでにこのディストピアの様相を呈している。


さらに、偽のデータを「本物」だと思い込んでいる研究室主催者がいた場合、そのデータを反証するようなデータを研究室内で提出するような部下は、ボスから蔑まれてしまうことも多いだろう。きらびやかな研究成果に憧れて飛び込んだ先の研究室が「黒」だったとしたら、黒に染まり論文を生産するか、潔白のまま無成果で終わるかの選択を迫られてしまう。いずれにしても、そこでの研究生活はたいへん惨めなことになる。


この問題を解決する策として、研究グループどうしに成果を争わせるのではなく、同じ研究分野の研究グループどうしを統合してコンソーシアム化するのもひとつだろう。コンソーシアム内ではお互いのグループに研究の役割を分担させておき、競合が起きないようにするのである。こうすることで、うまくそれぞれの縄張りをもちながら研究を遂行でき、勇み足で曖昧な研究結果を発表することも少なくなると期待できる。


だが、コンソーシアム内でも政治的なかけひきや対立が起こることは容易に予想できる。研究者は概して名誉欲が強く、自分が一番美味しいところをもっていきたがるからだ。これでは、コンソーシアムが分裂してしまいかねない。これを避けるためには、独立した研究機関により強制的にコンソーシアムが作られ、役割分担が決められる必要があるだろう。


このようなトップダウン型の施策に頼らずに本問題を改善することは、私にはかなり難しいように思える。


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*1:再現性がとれない、といってもすべてが捏造というわけではない。微妙な実験条件の違いや、論文の記述には現れない実験の勘所など、結果を左右する要因はさまざま。