クマムシ博士のむしブロ

クマムシ博士が綴るドライな日記

キュリオシティと火星生命探査の今後


キュリオシティ(Image credit: NASA)


2012年8月6日、火星探査機キュリオシティが火星に無事着陸しました。管制室で歓喜に沸くNASAの人々の姿がフィーチャーされ、キュリオシティのアクロバティックな火星着陸に人々が熱狂しました。


しかし、キュリオシティのミッション内容はあまり伝えられていないように見えます。キュリオシティの主たるミッション、それは生命の痕跡を見つけることです。


・生命の痕跡 "Biosignature"


さて、ここで生命の痕跡と書きましたが、これは英語のBiosignatureの訳です。Biosignatureは宇宙生物学の中で非常に重要な研究分野で、生命の痕跡を元素、分子、ミクロおよびマクロな構造と様々なレベルで検証するものです。


電信柱におしっこの跡があれば、「ああ、ここは犬が通ったな。いや、どこかのおじさんかもしれないな」ということが推測できますよね。そんな感じの学問です。


近年、Biosignatureの研究は急速に発展していますが、日本ではこの学問分野の存在すら知らない研究者がほとんどでしょう。日本ではそれほど宇宙生物学研究が遅れているのです。


・37年前の火星生命探査


NASAは1975年に探査機ヴァイキングを火星に送り込み、火星に生命がいるかどうかを調査しました。回収した火星の土に放射性標識した元素を含む栄養素を水と一緒に与え、土から放射性元素を含む気体を検出しようとしたのです。これは、微生物が栄養素を代謝して放射性のガスを発生するはずだ、という仮定の下にデザインされた実験でした。


この実験の結果、放射性二酸化炭素の増加が確認されました。土を高温殺菌処理してから行った対照実験ではこの増加は認められず、火星には生命が存在すること示唆されました。


しかし、栄養素を気体として与えた場合には有意な差が見られなかったことや、火星の土には有機物がほとんど検出されなかったことから、上の実験によって検出された二酸化炭素濃度の上昇は生物学的なものではなく、単なる化学反応によるものだったとNASAは結論づけたのです。


・キュリオシティでは火星生命体の発見はできない


そして、今回のキュリオシティです。キュリオシティ計画は、再び火星の生命探査の方面に大きく舵がとられたという点で、大きな意味があります。しかし残念ながら、キュリオシティでは火星生命体の存在をはっきりと確認することはできません。


というのも、キュリオシティが行うのは大気や鉱物の化学組成の分析にとどまるため、いくら生命に必須の有機物が検出されたところで火星に生命がいることの確固たる証拠とはなりえません。生命体をまるごと一つ発見するまでは、火星に生命が存在することを結論づけられないのです。


2018年に予定されているExoMars計画での探査機にも火星生命の痕跡を抗体で検出する方法案などが提出されていますが、いずれも生命体そのものの確認や捕獲はしない見込みです。


・火星生命を発見するには


火星に生命がいるかどうかを確実に調べるためには、探査機に生命体まるごとの検出ができるような設備を搭載するか、火星の土などを地球に持ち帰って調べるサンプルリターンを行う必要があります。サンプルリターンは2020年過ぎ頃に予定されています。


火星生命体を見つける可能性を高めるためには、サンプルを採取する場所も重要です。ぞれはもちろん、水が豊富にあると思われる場所です。火星には水が氷の状態で存在しますが、最近では液体状の水も存在するエリアがあることが示唆されています。また、メタン細菌のような生物をターゲットにしてメタンが豊富にある場所を狙っても良いでしょう。


水は地下に存在すること、火星表面には多量の紫外線が降り注いでいるため、地下のサンプルを取ることが重要です。掘削用のドリルを搭載した探査機で、できれば地下10メートルくらいまでのサンプルを取りたいところです。地球でも地下圏には多様な微生物種がみられ、バイオマスも大きいことが分かっています。


私がNASAにいたとき、自分で大事に育てたクマムシを火星環境を再現した「火星シミュレーションチャンバー」に50日間近く曝露しましたが、70%以上のクマムシが生存していました。このような地球に適応した多細胞生物でも火星の環境で生きていけるということは、火星に生命がいても何ら不思議ではありません。個人的には、火星の地下圏には豊かな生態系が構築されているとすら思っています。


2035年頃には火星への有人飛行も計画されています。願わくば、自分が生きているうちに地球外生命体を鑑賞するサファリツアーに参加したいものです。


【参考資料】

地球外生命を求めて マーク・カウフマン 著, 奥田 祐士 訳
地球外生命を求めて