クマムシ博士のむしブロ

クマムシ博士が綴るドライな日記

クマムシの味を知るには

下の写真が何だか判るだろうかだろうか。ただのノイズではない。



少し拡大してみよう。これなら判るだろうか。けっして、コシヒカリではない。



さらに拡大する。



もうお判りだろう。



そう、クマムシである。一番最初の写真はただのノイズではなく、水中で無数のクマムシが戯れているようすだ。今回、10万匹のドゥジャルダンヤマクマムシを用意した。通常、クマムシをここまで集めるのは難しい。世界でもここまでの数のクマムシを増殖させる技術をもつのは、ここ慶応義塾大学クマムシ研究グループくらいだろう。



なぜ、今回、ここまでの数のクマムシを集めたのか。それは、クマムシの味を知るためである。クマムシは体長0.3ミリメートル程度の小さな生物だ。数匹を食べたところで、味はわからない。味を認知するためには、膨大な数のクマムシが必要なのだ。


では、なぜクマムシをあえて食する必要があるのか。それは、人類の食文化史における食材レパートリーに、新たにクマムシを加え、そのテイストがどのようなものか、何に近いのかをカテゴライズするためである。もちろん、私としては、この目的のために10万匹のクマムシが供されるのは心がいたむ。だが一方で、知的探求もきわめて重要な活動である。今回の実験が、クマムシ研究所が発足して初めてのプロジェクトである。



今回、10万匹のクマムシを粉砕し、200マイクロリットルの水とともに煮沸して「特別なスープ」とする。このスープの味を判定していただくのは、フランス出身のバイオ研究者、ジョゼフィーヌ・ガリポン博士である。本クマムシ実食実験は、2016年3月23日20:00からクマムシチャンネルにて生放送する(※こちらの放送は有料です。クマムシチャンネル会員は無料、非会員は324円が必要です)。


クマムシ10万匹を食べてみた:クマムシチャンネル


はたしてクマムシはどんな味がするのか。注意深く検証したい。


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クマムシの育て方 (助手ガール編)

クマムシ学研究会を開催します

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撮影:堀川大樹、行弘文子


最近の我が国におけるクマムシ学研究の著しい盛り上がりを受け、来る2016年 4月10日(日曜日)、慶応義塾大学日吉キャンパスにてクマムシ学研究会を開催します。


第一回クマムシ学研究会


本研究会は一般に公開する形で開催するので、どなたでも参加できます。参加費は無料ですが、こちらから事前登録をお願いします。


発表はすべて口頭発表です。発表をご希望の方は、こちらをご確認の上、手続きをお願いします。そのほか、本会についての情報は公式サイトをご確認ください。


それでは、皆様のご参加を心よりお待ちしております。

STAP細胞のルーツは芽胞様幹細胞(スポアライクステムセル)だった

小保方晴子氏が沈黙を破って執筆した『あの日』を読みました。公式の調査結果などと異なり、若山照彦教授が不正を行った張本人であるかのように書かれていました。このあたりの小保方氏の主張の正当性についてはあえて論じませんが、個人的に印象的だったのが、STAP細胞研究のルーツがやはり芽胞様幹細胞(本文中ではスポアライクステムセルと表記)の概念だったということです。

論文を読んだ私の結論は、本当にバカンティ先生の仮説通りにスポアライクステムセルが全身の組織に存在し、幹細胞として全組織の修復や維持のために機能しているなら、「現在、存在が確認されている成体幹細胞をスポアライクステムセルから生み出すことができるのではないか」ということと、「スポアライクステムセルは各組織に特異的な細胞になる前の幼弱な性質を保持しているのではないか」ということだった。


小保方晴子著『あの日』


ここでは、この芽胞様幹細胞について2年前に執筆した私のむしマガの記事を転載します。


★★★


ここでは、STAP細胞研究のルーツになったと思われる「芽胞様幹細胞」(spore-like cells)について興味をもったので、紹介します。芽胞様幹細胞とは小保方さんの恩師であるハーバード大教授のチャールズ・バカンティさんらが発見したしている、体内に存在する芽胞(胞子)のような幹細胞です。


芽胞というのはクマムシの乾眠と似たような状態と考えてもらって差し支えありません。厳密にはちょっと違いますけどね。ただ、冬に見られるような昆虫の休眠(hibernation)とは全く異なります。芽胞は代謝ゼロで高ストレス耐性をもつ「仮死状態モード」というイメージです。


さて、小保方さんがSTAP細胞論文発表時の記者会見で語っていた中で、とても印象に残ったコメントがありました。

「単細胞生物にストレスがかかると胞子になったりするように、(多細胞生物である)私たちの細胞も、ストレスがかかると何とかして生き延びようとするメカニズムが働くのではないか。そういうロマンを見ています」


「生物のロマン見ている」小保方さん会見一問一答: 朝日新聞デジタル


ストレス耐性の高いクマムシを研究している僕やバクテリアの研究者なら、こういう発想はまだ理解できます。ただ、マウスなどのほ乳類を扱っている研究者の中で、このような考え方をする人はかなり稀でしょう。細胞にストレスをかけて細胞の初期化を起こそうとするアイディアも、きわめてユニークです。


そして、この小保方さんのアイディアのルーツを遡っていくと行き着くのが、「芽胞様幹細胞」という概念なのです。2001年、バカンティさんのグループはこの芽胞様幹細胞発見に関する論文を発表しています。



Vacanti MP, Roy A, Cortiella J, Bonassar L, Vacanti CA. (2001) Identification and initial characterization of spore-like cells in adult mammals. J. Cell. Biochem. 80: 455-460.


ちなみにこの論文の筆頭著者はバカンティさんの実弟のマーティン・P・バカンティさんです。


これまでに小保方さんやバカンティさんが各メディアに語っていたことを総合すると、小保方さんはバカンティさんの研究室でこの芽胞様幹細胞を単離する実験を繰り返し行っていたことが伺えます。そして、その研究の延長線上にSTAP細胞の研究があったようです。小保方さんの発言や考え方は、バカンティさんの生命科学観に大いに影響されていることが伺えます。


さて、この芽胞様幹細胞の論文を実際に読んでみて、僕はものすごい衝撃を受けました。STAP細胞以上の衝撃といっても過言ではありません。この細胞が実在すれば、ノーベル賞受賞に値するレベルの成果です。


本論文では、成体のほ乳類の体内から、きわめてストレス耐性が高い幹細胞が見つかったことを報告しています。ちなみに論文内では、驚くことにどの動物(および系統)を使ったかについての記述が無いので、ここでは何らかの「ほ乳類」として話を進めていきます。たぶん、マウスかラットだと思うんですが・・・。


さて、この芽胞様幹細胞には以下の特徴があります。


1. きわめて小さく、直径5ミクロン以下である(ヒト細胞は通常10ミクロン程度)。
2. 脳、皮膚、肝臓、筋肉、血液などあらゆる組織の中に存在する。
3. 各組織を構成する細胞に分化することができる。
4. 高温、低温、低酸素のストレスを受けても生き残る。


著者らは極細のガラス管を用いて各組織から細胞をとりわけて培養を試みたところ、極端に小さな細胞が存在することを確認しました。そして、培養開始から7~10日後には、この細胞がもともと存在した組織を構成する細胞に分化することを報告しています。肝臓から単離された細胞は幹細胞に、筋肉から単離されたものは肝細胞に、といった具合です。つまり、組織特異的に分化能が制限されているので、iPS細胞やSTAP細胞のように様々な種類の細胞に分化できる能力(多能性)をもつ細胞とは異なる可能性があります。


そして最も衝撃的なことは、85℃に30分間、あるいは-86℃に2ヶ月間さらされた後も、生き残り増殖したという部分です。この生き残った細胞も、培養していくと特定の種類の細胞に分化しました。著者らは、このストレス耐性の高さから、本細胞を「芽胞様(幹)細胞」と名付けたようです。


それにしても、よくこんなストレスをかける実験を思いついたものです。この発想自体がバカンティさんのユニークさを顕著に表していると思います。


確かに、クマムシなどは乾眠状態に入ると高温に耐えられます。とはいえ、それは乾燥することで初めて獲得できる能力です。体に含んだ通常状態のクマムシは、50℃ですらあっけなく死んでしまいます。また、一部の細菌や藻類は水を含んだ状態でも高温に耐えられます。しかし、これはその温度がかれらにとっての最適温度なので、我慢しているのではなく、心地よい状態にいるわけです。これらの生物を逆に常温など低い温度に移すと、増殖しなくなってしまいます。


芽胞様幹細胞はほ乳類の体内に存在することから、水を含んでいるはずです。生きた動物細胞が80℃以上の高温に耐えたとする報告例はありません。ほ乳類の体温が上述のような高温になったり低温になったりすることはないので、それらの環境に適応するような自然選択がなされることは考えられません。あくまでも理屈では、ですが。ということで、かなり不思議な研究論文だと感じました。


余談ですが、本論文の最後には「ギリシャ神話に登場する不死鳥フェニックスは、火の中に飛び込み焼かれて死ぬことによって生まれ変わる」という記述があります。バカンティさんは「分化した細胞がストレスによって生まれ変わる(初期化する)」というアイディアを、この論文が発表された2001年の時点でもっていたのかもしれません。実際に、バカンティさんはBBCのインタビューにも「(STAP細胞を作ったことにより)2001年から自分が提唱したことが証明された」と語っています。また、STAP細胞と芽胞様幹細胞は(芽胞様細胞に多能性は確認されていないものの)同一のものと認識していると語っています


ただし、当然と言えば当然ですが、研究者の多くは芽胞様幹細胞の存在についてはきわめて懐疑的な見方をしているようです。事実、この論文発表の後にこの細胞を確認した研究グループはありません。論文内でバカンティさんらは芽胞様幹細胞の培養に成功したことを記述しているので、この細胞株を他の研究者にも提供すればよいような気もしますが、何らかの理由(細胞が死滅したなど)で、それも難しいのでしょう。


そして、バカンティさんの研究グループですら、その後は芽胞様幹細胞を単離することがなかなかできずにいたようです。そんな中、小保方さんが研究室のメンバーとして加わり、ガラス管で細胞を採取する作業を通して、STAP細胞の研究に結びついたわけです。


※本記事は2014年2月28日発行のむしマガVol.228【STAP細胞研究のルーツ: 『芽胞様幹細胞』とは何か】の一部です。


追記:記事タイトルを変更しました。

クマムシが30年ぶりに覚醒

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南極クマムシAcutuncus antarcticus©Kazuharu Arakawa


南極で採取され、30年間保存されていたコケの中にいたクマムシが復活したことを報告した論文が出版された。これはクマムシにおける生存期間の最長記録。


Tsujimoto et al. 2015 Recovery and reproduction of an Antarctic tardigrade retrieved from a moss sample frozen for over 30 years. Cryobiology (in press).


この研究を主導したのは、国立極地研究所の辻本惠特任研究員。今回、辻本博士らは、南極のドローニング・モード・ランド地域にある昭和基地近くで1983年に採集されたのちに当研究所の冷凍室(−20ºC)で保管されていたコケを、3℃で24時間おいて融解。その後、水を張ったシャーレの中で24時間給水した。コケの中からは2匹のクマムシが伸びきっていない状態で見つかった(体が伸びきったクマムシはだいたい死んでいる)。この2匹とも、しばらくすると動き出した。この2匹を寒天培地に移し、餌としてクロレラ(クロレラ工業株式会社の生クロレラV12)を与えて飼育を試みたところ、このうちの1匹は卵を産んで子孫を残した。もう1匹は卵を産むことなく20日後に死亡。追記:コケの中には他にも体の伸びきったクマムシが何匹かいたが、死んだものとして追跡観察は数週間しても復活しなかったとのこと(辻本さんからの私信)。


さらにコケの中からはクマムシの卵も見つかり、給水後の6日目に孵化。孵化したクマムシもクロレラを食べて成長し、子孫を残した。このように、長期間の保存のあとにクマムシの繁殖能力が維持されていたことを報告されたのは、本研究報告が初めての例である。


子孫を残した2個体のクマムシはいずれもAcutuncus antarcticus。南極で見つかるクマムシとしてよく知られている種類だ。慶應義塾大学クマムシ研究グループでも、辻本博士から分与された本種を研究対象にしている。慶應の荒川さんが撮影したこの南極クマムシはこちら。



これまで、クマムシの最長生存記録は、乾燥状態(乾眠)のツメボソヤマクマムシ属Ramazzottius oberhauseriの卵のもので、9年間だった。ただし、これは室温で保存された場合の記録。クマムシは乾眠になると代謝が停止するため実質的な老化は起こらないとみなせるが、環境中の酸素により酸化が起こるために生態にダメージが蓄積し、ある程度時間が経つと死んでしまうと考えられている。ただし、低温で保存すれば酸素分子による損傷を軽減できるため、理論的にはより長期間の生存が可能になると予想されていた。


今回報告されたクマムシが、コケの中で乾燥状態でいたのか水を含んだ凍結状態でいたのかは定かではないと著者らは書いている。ただ、コケ自体が湿っていたため、少なくともある一定以上の期間はクマムシは水を含んだ凍結状態でいたのだろう。クマムシは高い凍結耐性をもつものも多いのだ。クマムシのこの凍結モードはクリプトバイオシスのなかのクライオバイオシス(凍眠)というもの。


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クマムシのクリプトバイオシスとその種類


クマムシのような動物でも数十年単位で生存できることが報告されたことで、より長期間にわたって永久凍土中などに生きたまま閉じ込められているクマムシがいる可能性も感じさせられます。クマムシのような高等生命体が火星、エウロパ、エンセラドゥスなどで眠っていたとしても、不思議には思わない。個人的には。


【参考書籍】

クマムシ研究日誌


【関連記事】

「クマムシに外来遺伝子17%」は真実か

クマムシトリビア総集編



※本記事は有料メルマガ「むしマガ」325号「クマムシが30年ぶりに覚醒」の一部です。

クマムシ博士のむしマガVol. 325【クマムシが30年ぶりに覚醒】

2016年1月10日発行
目次

【1. はじめに「クマムシが30年ぶりに覚醒」】
南極クマムシが30年の時を経て復活した。

【2. むしコラム「新産業で激変を強いられる街と人」」】
「クマムシに外来遺伝子17%」という報告の妥当性を探る。

【3. Q&A「クマムシ細胞は老化するのか」】
クマムシに見られる防御機構はクマムシの老化を抑えるのだろうか。

【4. おわりに「クマムシの味は」】
今年はクマムシの実食企画が浮上。クマムシを育てて食べるための計画を紹介。

【料金(税込)】 1ヵ月840円(初回購読時、1ヶ月間無料) 【 発行周期 】 毎週

「クマムシ博士のむしマガ」のご購読はこちらから

2015年にクマムシ博士が掲載された雑誌や書籍など

2015年もさまざまなメディアに執筆したり取り上げていただきました。こちらでは主に掲載された雑誌や書籍を紹介します。


kotoba: 南方熊楠 「知の巨人」の全貌、「クマグス的研究生活のススメ」


NHKラジオ基礎英語2CD付き 2015年 04 月号、「クマムシ博士 堀川大樹さん(前編)」


NHKラジオ基礎英語2 2015年 05 月号 、「クマムシ博士 堀川大樹さん(後編)」


ジュニアエラ 2015年 09 月号、「みんなみんな子供だった:クマムシ博士堀川大樹」


マナビゲート〈2015〉―学びの楽しさ発見マガジン、「クマムシを飼育して強さの秘密を解き明かす」


望星 2015年 12 月号、「放課後の学問「クマムシのこと、もっと知ってください」」


Newton(ニュートン) 2016年 02 月号 、「「クマムシに大量の外来遺伝子」に疑問の声」


あと、自分の著作も2015年に出版されました。クマムシに関する数少ない書籍のひとつです。


クマムシ研究日誌:堀川大樹 著

Newtonにクマムシゲノムに関する記事が出ました

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今月発売されたNewtonのクマムシの記事について取材協力しました。先日発表されたクマムシへのDNA水平伝播に関する論文と、それに対する疑義についての内容です。


Newton(ニュートン) 2016年 02 月号 、「「クマムシに大量の外来遺伝子」に疑問の声」


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「クマムシに外来遺伝子17%」は真実か

ナショジオ『クマムシ観察絵日記』三十一話〜四十話

ナショジオで隔週にて連載中の『クマムシ観察絵日記』、連載を重ねるごとに認知度も上がっているようで、イベントなどで感想をいただく機会も増えてきました。


クマムシ観察絵日記: ナショナルジオグラフィック日本版公式サイト


ここでは四十話までをダイジェストで紹介したいと思います。


第31回 全米が泣いた?!『クマムシの恋人』
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こんな恋人は嫌だ。


第32回 クロレラとクマムシ
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ヨコヅナクマムシ登場。


第33回 浪費家の恋人に貢げ
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ヨコヅナクマムシはお金のかかる女子。


第34回 手放せない緑の絨毯
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爪が!


第35回 さよなら絨毯
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秘策。


第36回 女子会好きなヨコヅナ
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集まるのが好き。


第37回 目に焼き付ける、クマムシの色。
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成長のしるし。


第38回 天空のインベーダー
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困ったやつら。


第39回 ヨコヅナの強さ
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横綱たる所以。


第40回 透明ドレスのひみつ
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めずらしい現象。


以上、第四十話まで。連載はまだもう少し続くので、どうぞよろしくお願いします。


クマムシ研究日誌のほうもよろしくどうぞ。


クマムシ研究日誌: 地上最強生物に恋して


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ナショジオ『クマムシ観察絵日記』一話〜二十話

ナショジオ『クマムシ観察絵日記』二十一話〜三十話

サイエンスZEROのプレゼンスタジアム2015で優勝しました

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2015年12月20日と12月27日に放送されたNHK教育「サイエンスZERO」の「教えて!生命の不思議 プレゼンスタジアム2015 」でクマムシのプレゼンを行い、優勝しました。事前投票をしていただいた皆様、会場で投票していただいた皆様にはこの場を借りて御礼を申し上げます。他のプレゼンターの方々のプレゼンも面白く、私が優勝したのはクマムシが魅力的な生きものであること、巨大クマムシさんにも登場してもらったこと、そして運がよかったことによるものだと思っています。またいつか「サイエンスZERO」のスタジオにお邪魔することになっていますが、その時はまた見ていただければ幸いです。

2016年の元旦に「クマムシ24時間生放送」をします

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2016年の元旦には「クマムシ24時間生放送」をニコニコのクマムシチャンネルで放映します。


【24時間】お正月だよ!地上最強生物クマムシ生中継!:クマムシチャンネル


もちろんクマムシ博士の解説付き。運がよければクマムシの産卵や孵化のシーンなども見られるかもしれません。2016年の年初めはクマムシできまり。

クマムシ研究所を設立しました

このたび、クマムシ研究所を設立しました。


クマムシ博士のクマムシ研究所
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クマムシ研究所では所員とともにクマムシ研究を推進し、人類が共有する科学的知見の集積に貢献することを目標とします。原則として、会費(月額2000円(学生は500円))を払えば誰でも所員になれます。「研究所」と銘打っていますが、研究所の物質的な建物は今のところはありません。クマムシ研究所は、オンラインを主な場として活動するバーチャルな研究所です。具体的にはFacebookグループ上で所員たちとディスカッションを行い、オフラインで勉強会やお茶会を開きます。


ここでちょっと、クマムシ研究所設立の背景を。


もともとは、科学研究の世界におけるプロとアマチュアの境界は曖昧なものでした。グレゴール・ヨハン・メンデルや南方熊楠は大学や研究所に所属する研究者ではありませんでしたが、優れた研究業績を残しています。しかしながら、その後の科学研究の発展に伴い、未解明の謎の多くはハイテクを駆使しなければ解けないものとなりました。高価な機器や試薬を入手するには、大きな資本が必要です。必然的に科学研究の場は大学や研究所に限られ、在野の研究者は急速に姿を消していきました。


しかし、昨今のITの発展やDIY指向も相まり、再び在野研究者が活動するための材料が手に入るようになってきました。SNSなどを通じて科学クラスタも形成されやすくなり、ニコニコ学会や昆虫大学などのイベントも口コミで盛り上がるようになりました。むしマガでも中学生クマムシ博士がいつも熱心にクマムシ実験の結果を報告してくれるし、メルマガという媒体以外にも、クマムシ研究活動を遂行するためのより適した場のニーズも高まっていました。バーチャルな研究所を作るための動機がいくつも出てきたのです。


アメリカでは今、研究者と非研究者が一体となって研究を進めるオープンサイエンスのムーブメントが起きています。そこでは、オンラインとオフラインを組み合わせて研究を進めるスタイルが定着しつつあります。研究資金を一般人から集めるクラウドファンディング、研究活動をプロ・アマチュアの垣根を越えて共同で進めていくオンラインコラボレーションやバイオハッカー活動、などなど。科学研究が研究者の世界だけのものではなく、皆んなのものになる。つまり、現在進行形で科学研究の民主化が起きているわけです。


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バイオハッカースペースBiocuriousの様子。写真提供:Eri Gentry

 
アカデミアもだんだんと基礎研究をやりづらい場所になってきているし、大学の外に研究の場を作ってもよいのではないか。ここ1〜2年、そんなことを考えていたました。そして、オンラインサロンプラットフォームの方からサロン開設のお話をいただき、クマムシ研究所の設立へと至ったのです。


このクマムシ研究所、どんな場所になるのかを改めて整理すると、以下のようになります。


・研究所単位および個人単位でのクマムシ研究プロジェクトの実施とサポート。
・科学ニュースに関する解説やコメント。研究所メンバーの投稿も大歓迎。
・進路、キャリアに関する相談。
・セミナー。研究進捗状況、ゲストを迎えてのトークなどもあり。
・クマムシ採集・観察会、飼育実習会の実施。


このように、研究活動から雑談までバラエティに富んだ内容になっています。研究プロジェクトについては、ゆくゆくは国際クマムシ学会での発表や、国際科学雑誌への論文掲載を目標とします。論文の著者にはクマムシ研究所の所員たちの名前が入り、もちろん所属先としてクマムシ研究所(Tardigrade Research Institute)も明記されます。考えただけでワクワクします。研究所は、研究活動だけでなく、いろんな意見が自由に飛び交う楽しい場にもしたいですね。


クマムシ研究所では第1期として、まず30名を募集しています。将来的に人数が増えてきたら、都内のどこかにリアル研究室を借り上げて、皆が集まってクマムシ実験を行えるような場になるといいなぁ・・・なんて考えています。


ぜひ、みんなでクマムシ研究所を育てていければと思っています。


クマムシ博士のクマムシ研究所



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生物学はどこまで自由になれるのか?――DIYバイオの可能性

夢はみんなで作る研究所! クマムシ博士の野望

「クマムシに外来遺伝子17%」は真実か


クマムシは緩歩動物門を成す動物群である。系統上は節足動物や有爪動物(カギムシ)に近いとされているが、まだこのあたりの議論は続いている。クマムシは高い乾燥耐性やその他の環境耐性をもつ。クマムシの系統上の位置や環境耐性メカニズムを知るためにも、本生物のDNAに書き込まれた遺伝情報を調べることは必須である。私たち日本のクマムシ研究グループは、クマムシのなかでも*1とくに高い耐性をもつ種類のヨコヅナクマムシのゲノム解析を進めてきた。


・ノースカロライナ大学の研究グループによる報告


そんな中、2015年11月23日にアメリカのノースカロライナ大学の研究グループがクマムシのゲノム解析に関する論文を発表した。


Boothby et al. 2015. Evidence for extensive horizontal gene transfer from the draft genome of a tardigrade. PNAS (Early Edition)


ノースカロライナ大の研究グループが用いたのは、ドゥジャルダンヤマクマムシという種類。このドゥジャルダンヤマクマムシ、もともとはイギリス・ボルトンの池の底から採集されたものだ*2。イギリスのScientoという会社は、このドゥジャルダンヤマクマムシの系統を通信販売している。本種は入手しやすく、緑藻類を与えることで容易く増やせる。
 

ドゥジャルダンヤマクマムシのゲノム解析結果は驚くものだった。このクマムシのDNA上にある全遺伝子38,145個のうち17.5%にあたる6,663個が他の生物に由来するものだったと結論づけていたのである。DNAは基本的に親から子へと受け継がれるが、他生物のDNAが入り込み定着することもある。他生物からの外来DNAが取り込まれることは水平伝播とよばれ、とくに珍しいことではない。今回の報告で驚いたのは、取り込まれたとされる外来遺伝子の割合である。動物ではゲノム中の外来遺伝子の割合はおおむね2%以下であり、これまでで最も高い割合で外来遺伝子をもつことが報告されていた、乾燥耐性をもつヒルガタワムシでも、9.6%だった*3


ドゥジャルダンヤマクマムシが取り込んだとされる外来遺伝子のうち、9割は細菌に由来するもので、他には古細菌、植物、カビ、ウィルスに由来するものもあった。これを模式的に表すと、以下のようになる(図1)。クマムシのDNAの中に、細菌に由来するDNAが入り込んでいることがわかるだろう。


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図1. ドゥジャルダンヤマクマムシのDNAに入り込んだ細菌DNA


これらの外来遺伝子の中にはDNA修復酵素や抗酸化にかかわる酵素をコードする遺伝子も含まれており、ドゥジャルダンヤマクマムシが他生物種から取り込んだこれらの遺伝子を使って環境耐性能力を高めているのではないか、と著者らは主張している。乾燥はDNA鎖切断や酸化を引き起こすため、これに対抗する手段として、外来遺伝子の産物であるこれらの酵素が役立っているかもしれない、というわけだ。さらに著者らは、ドゥジャルダンヤマクマムシが乾燥する際にDNA切断と修復が繰り返される過程で、外来DNAが取り込まれたのではないかと推測している。


・やや無理のある論理構成


私がこの論文を読んで、最初にこう思った。著者らの説明の仕方がやや誠実さに欠けているのではないか、と。


まず、上述したように、このドゥジャルダンヤマクマムシの系統は水辺に住んでいたものである。つまり、ほとんど乾燥しない環境に住んでいたわけで、乾燥による選択圧をうけにくい。実際に、ドゥジャルダンヤマクマムシの乾燥耐性はあまり高くなく、非常にゆっくりと乾燥させないと仮死状態(乾眠)に入れずに死んでしまう*4。本種の乾燥耐性やその他の耐性を調査し報告した論文も、まだない。


それにもかかわらず、著者らはあたかもドゥジャルダンヤマクマムシが一部のクマムシ種と同様に高い乾燥耐性や環境耐性をもっているかのように、論文上で議論している。クマムシの強さを説く上で引用している論文は、私たちのものも含めて耐性が高い他種のクマムシを研究したものである。世間一般、そして、クマムシが専門ではない生物学者が抱く「クマムシ=強い」というイメージを使い、あえて読者がミスリードするような論理展開をしたと思われかねない書き方なのである。


ちなみに著者らは、ヨコヅナクマムシの紫外線耐性を解析した私たちの論文を引用して「クマムシでは放射線でDNA二重鎖切断が起こる」とも書いてあるのだが、我々の論文ではそのようなことを示していない*5。私たちは紫外線照射でクマムシのDNA上にできたチミン二量体しか解析しておらず、DNA鎖が切断されたかどうかは解析していないので、ちょっと不適切な引用をしているのだ。


いずれにしても、ドゥジャルダンヤマクマムシは乾燥をあまり経験しないので、乾燥に起因したDNA切断とその修復によって外来DNAが頻繁に取り込まれることは考えにくい。本種は乾燥耐性が低いので、外来遺伝子が耐性を担保している、というのも無理のある論理である。


・ライバル研究グループからの反論
 

私自身は上述のような懐疑をもったが、国内外のゲノム研究の専門家からは、本論文で示されたデータそのものがお粗末であることが指摘され始めていた。そのような状況の中、ライバルのUKのエジンバラ大学の研究グループから反論が出された。審査つき論文ではなく、bioRxivという論文の仮置き場的サイトでの発表である。ノースカロライナ大の研究グループの論文が発表されてから1週間後のことだ。


エジンバラ大の研究グループは10年ほど前から、今回ゲノムが解析されたドゥジャルダンヤマクマムシの同じ系統を用いてゲノム解析を行なってきた。論文発表こそしていないものの、ドゥジャルダンヤマクマムシのゲノムデータベースをすでに公開していた。なお、ノースカロライナ大の研究グループが発表した論文には、エジンバラ大の研究グループが公開したデータベースについては触れていない。


エジンバラ大の研究グループによる解析では、全部で23,021個の遺伝子が予測された。これは、ノースカロライナ大の研究グループによる報告に比べて15,000個ほど少ない数である。さらに、このうち細菌に由来すると思われる遺伝子は496個だった。こちらも、先行論文で示された6,000個を超える遺伝子に比べて著しく低い数字だ。


また、エジンバラ大の研究グループはドゥジャルダンヤマクマムシのゲノムサイズ(DNA量)をDNA染色による方法*6とバイオインフォマティクス解析の二通りで調べたところ、DNAの塩基数はそれぞれ1.1億と1.35億と推定した。ノースカロライナ大の研究グループも同じ二通りのやり方でゲノムサイズを推定している。以前のDNA染色による方法で推定した塩基数は0.75億1.5億((((Gabriel et al. 2007. The tardigrade Hypsibius dujardini, a new model for studying the evolution of development. Dev. Bil. 312, 545–559. 75Mbはhaploidでのゲノムサイズだったので、diploidの数値に修正した。))))であり、今回のバイオインフォマティクス解析による推定塩基数は2.1億となっており、こちらの研究グループによるゲノムサイズの推定値は手法間で大きな開きがある。


これらの比較をもとに、エジンバラ大の研究グループは、ノースカロライナ大の研究グループが今回報告した「ドゥジャルダンクマムシに存在する多数の外来遺伝子」が、実験ミスで混入した細菌などに由来するものだと主張している。
 

・二つの研究グループの解析結果がなぜ異なるのか


このように、両研究グループのデータと主張は大きく異なる。これは、なぜだろうか。まず、クマムシの回収方法の違いが後のデータの不一致を生んでいることが考えられる。


ドゥジャルダンヤマクマムシは体長が0.3mmほどと小さく、1匹から得られるDNA量はきわめて少ない。よって、ゲノムDNAを解析するには、多数のクマムシをまとめて集めてすりつぶしてDNAを抽出する必要がある。このときにやっかいなのが、培地中で餌として与えている緑藻や、培地に湧いてきた細菌などが混入することだ*7。これらの混入を排除するためには、DNAを抽出する前にはクマムシを絶食させて消化管内の内容物を排泄するまで待ち、念入りに純水で洗浄するのが望ましい(抗生物質を使うのも一つの手)。エジンバラ大の研究グループはフィルターを使い、クマムシ以外の微生物を洗い流している。だが一方のノースカロライナ大の研究グループはフィルターを使っておらず、洗浄のやり方がきわめて甘い*8。これだと、細菌がわんさか混入してもおかしくない。


ノースカロライナ大の研究グループが推定した多数の他生物種由来の遺伝子数は、この混入によって説明がつきやすい。だが、なぜ、そもそも他生物の混入が起きたかどうかがわからなくなってしまうのだろうか。これは、ゲノム解析を行なう際のテクニカルな部分に原因がある。ゲノム解析を行なうとき、まず、ある生物から抽出したDNA鎖を短く切り刻んで断片化する。次に、これらの短いDNA断片を人工的に複製し、それぞれのDNA断片の塩基配列を読む。そのあとで、ジグゾーパズルを作るようにDNA断片どうしをコンピューター上でつなぎ合わせて再構成する。


この技術を使うと、たとえば今回のように、クマムシのDNAに細菌のDNAが入り込んでいるのか、あるいは、クマムシと一緒に細菌が混入した結果として別々のDNAが混ざっているのかが判別しづらくなる(図2と図3)。


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図2. クマムシのDNAに細菌のDNAが入り込んでいる場合


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図3. クマムシと細菌が混ざった場合


図2と図3で調整されたDNA断片を見ると、結果として似たようなDNA断片の構成になっているのがわかるだろう。


ノースカロライナ大の研究グループは、この図3のような細菌の混入がないかを一応チェックしている。同一のゲノム上にクマムシと他生物種のDNAが入っている(図1と図2のような場合)かを調べたのである*9。その結果、ランダムにピックアップした107個の外来遺伝子のうち、104個の遺伝子が同一ゲノム上に存在すると推定された。


だが、エジンバラ大の研究グループは、各遺伝子の塩基の組成の違いや、遺伝子が実際に使われている(発現している)かを調べた結果*10、ノースカロライナ大の研究グループによって示された6,000個以上の外来遺伝子のほとんどが細菌の混入によるものと結論づけた。


興味深いことに、エジンバラ大の研究グループは、上述のノースカロライナ大の研究グループが「ランダムに選んだ」107個のうちおよそ半分にあたる57個の遺伝子は、混入によるものではないと推定している。6,000個以上のたいはんの遺伝子が混入によるものと推定されたにもかかわらず、である。偶然にしては出来すぎた値ではないだろうか。


この他の両者のデータを比べても、エジンバラ大の研究グループのデータと主張のほうが理に適っているように思える*11。もちろん、それとて真実であるとは断言できないし、今後、別の研究グループによる解析も待たれるところだ。


最後に。この両研究グループは、どちらも基本的には進化発生学的な興味でクマムシの研究を行っており、クマムシがもつ高い耐性についての興味は二の次のようだ。だから、耐性はあまり高くないが、飼育が簡便でよく増えるドゥジャルダンヤマクマムシを使っているのだろう。その一方で、私を含めた日本のヨコヅナクマムシゲノムプロジェクトチームのメンバーは、クマムシの耐性への関心のほうが強い。地上最強ともいえるヨコヅナクマムシのゲノムからは、またひと味違った、面白い物語が語られるのではないかと期待している。


【参考書籍】

次世代シークエンサー―目的別アドバンストメソッド (細胞工学 別冊)


※本記事は有料メルマガ「むしマガ」321号「「クマムシに外来遺伝子17%」は真実か」の一部です。

クマムシ博士のむしマガVol. 321【「クマムシに外来遺伝子17%」は真実か】

2015年12月11日発行
目次

【1. はじめに】サイエンスZEROの収録が終わりました
リハーサルではうまくいかず。放送事故だけは避けたい・・・。

【2. むしコラム「「クマムシに外来遺伝子17%」は真実か」】
「クマムシに外来遺伝子17%」という報告の妥当性を探る。

【3. おわりに「いきもにあに参加します」】
これから京都に行ってきます。いきもにあのクマムシさんのお店で待っています。

【料金(税込)】 1ヵ月840円(初回購読時、1ヶ月間無料) 【 発行周期 】 毎週

「クマムシ博士のむしマガ」のご購読はこちらから

*1:現在、クマムシの種類は1200種以上が知られている。

*2:Gabriel et al. 2007. The tardigrade Hypsibius dujardini, a new model for studying the evolution of development. Dev. Bil. 312, 545–559.

*3:Boschetti et al. 2012. Biochemical diversification through foreign gene expression in bdelloid rotifers. PLoS Genet 8(11):e1003035.

*4:ドゥジャルダンヤマクマムシの乾燥耐性については私自身が確認しており、ノースカロライナ大学の研究グループも学会発表で報告しているが、論文発表はまだない。

*5: Horikawa et al. 2013. Analysis of DNA repair and protection in the tardigrade Ramazzottius varieornatus and Hypsibius dujardini after exposure to UVC radiation. PLoS One, 8: e64793.

*6:フローサイトメトリーで測る方法のことを指している。

*7:ドゥジャルダンヤマクマムシやその他のクマムシでも、無菌飼育はまだ開発されていない。

*8:緑藻といっしょにしたシャーレに光を当てて負の走光性を利用してクマムシをビーカーに回収し、何度か水を入れ替えて洗浄している。最終的にはビーカーの底に溜まったクマムシを回収しており、これだと細菌などの混入がかなり起こりそう。

*9:Bridged PCR法により、scaffoldにおいてクマムシと他生物種由来の配列をまたぐ増幅をかけている。

*10:GC content、RNA-Seq、coverageなどのデータをもとに判断している。

*11:ノースカロライナ大の研究グループのデータによると、contigのN50が15.2kb、scaffoldのN50が15.9kb。それにもかかわらず、1Mbもの長いscaffoldも複数存在しており、そのすべてが細菌のデータにマッチしているという指摘もある。

サイエンスZEROに出演します

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12月20日(日)と12月27日(日)の23時30分から放送される「サイエンスZERO」に出演することになりました。番組の特集でプレゼン大会を開催し、6人の研究者らが王者を競うというものです。公開収録は12月5日に日本科学未来館で行なわれます。「サイエンスZERO」は10年くらい前からちらちら見ている番組だったので、親近感があります。あの頃は「サイエンスアイ」だったっけ。番組の公式HPでは僕を含めた全プレゼンターの動画と事前投票も受けつけていますので、よろしければ下のリンク先から投票してみてください。どの発表も面白そうです。


プレゼン王者決定戦!:サイエンスZERO


ではでは、クマムシをあつく語ってきます。

サイエンスアゴラの「オープンサイエンス革命」に登壇します

2015年11月14日(土)に日本科学未来館で開催されるサイエンスアゴラの「オープンサイエンス革命」にちょこっと登壇します。セッションのオーガナイザーは学術系クラウドファンディングサイト「academist」代表の柴藤亮介さん。当日は研究者と非研究者がどのような形で研究をコラボできるかについて議論していきます。詳しくは下記を参照ください。

オープンサイエンス革命~オンラインコラボレーションによる研究推進の可能性~

タイムテーブル:
11月14日(土)
14:00 開会挨拶、前座
14:05~14:15 趣旨説明(アカデミスト株式会社 代表取締役・柴藤亮介)
14:15~15:55 各登壇者からの情報共有
堀川大樹氏:クマムシ研究コラボレーションへの道
末広 亘氏:外来種研究によるオンラインコラボレーションの可能性
榎戸輝揚氏:学術系クラウドファンディングに挑戦!雷雲プロジェクトの体験から
湯浅孝行氏:雷雲ガンマ線プロジェクト×市民科学
湯村 翼氏:情報科学とオープンサイエンス
15:55~16:05 質疑応答、まとめ
16:05~16:10 閉会挨拶、アンケート記入など

クマムシを研究している高校生の「脚ポンプ仮説」について

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めずらしくネット上でクマムシの話題が盛り上がっています。その話題がこちら。


クマムシの足、実は循環器か 京都の高校生の仮説脚光:京都新聞


私が過去に発表した研究成果よりもはるかに注目を浴びています。こうしてクマムシのことが世に広まっていくのはとてもよいことだし、この木津高校科学部の北澤さんのことは応援したいですね。


さて、この記事によると、クマムシの脚が移動ではなく循環器の役割を果たしているのではないかということを、北澤さんが仮説を立てて実験しているとのこと。さらに北澤さんは、クマムシの休眠(乾眠のことと思われる)では体が縮むため、脚を収縮させることで水分を積極的に放出しているのではないかと考えているようです。この研究発表は、今年8月に行なわれた進化学会の高校生部門で最優秀賞を受賞したもようです。


私はこの研究内容についての発表を聞いていないので、この新聞記事の内容以上のことは分かりません。また、新聞記事がこの研究内容のことをどこまで正確に伝えているかも分かりません。前提の情報が不足しているので、この研究内容をきちんと評価することができないのですが、せっかくなので少しこの件に触れてみようと思います。まず、クマムシについての前提知識から解説します。


・クマムシの脚


クマムシは昆虫ではなく、緩歩動物動物門に属する無脊椎動物です。クマムシは4対8本の脚があります。水を浸した寒天培地の上でのしのしと歩行しますが、第4脚目の2本の脚はずるずると引きずるようになっており、歩行に使われているようには見えません。北澤さんが「移動に使われていない」と指摘する脚は、この第4脚のことだと思われます。


・クマムシのガス交換


クマムシは1200種以上が知られていますが、すべてのクマムシは水生生物であり、周囲に水がなければ活動できません。クマムシはこれといった循環器を備えておらず、酸素は体表から拡散する形で体内に浸透します。クマムシの体長はおおむね1mm以下と小さいため、拡散によって酸素をじゅうぶんに供給できるものと考えられています。


・クマムシの脚は循環器か


それでは、北澤さんが指摘しているように、クマムシの脚は循環器としての役割があるのでしょうか。実はクマムシには昆虫のような硬い外骨格はなく、脚には関節もありません。マシュマロマンやベイマックスのようにぶよぶよとした体の中に、液体がつまっている水風船のようなものとイメージしてもらうと分かりやすいかもしれません。


体の動きは筋肉によって調節されます。体性筋によって脚の内側が引っ張られると脚が収縮します。このとき、体腔内で平衡状態になっている静水圧に逆らって体液が「押される」ために、体内で水流が起こります。この反対に脚を伸ばすことでも水流が起こるので、体腔内で体液が循環するようになります。顕微鏡で観察すると分かるのですが、クマムシの体腔内には貯蔵細胞とよばれる浮遊している細胞があります。クマムシが動くと、この浮遊細胞が体液の水流によって動き回るようすを見ることができるのです。次の動画で、そのようすを見ることができます。



つまり、クマムシは脚を動かすことで体液を循環させて酸素を体内に行き渡らせている、ということが言えます。脚が循環器の役割を担っているとも言えるでしょう。実はこのことは1983年に出版された『The Phylum Tardigrada』という総説に書かれています。北澤さんがこの文献を読まずに「脚には循環器の働きがある」という仮説を立てたのであれば、よい観察と着想をしていたことになります。


・クマムシの乾眠と体の収縮


路上のコケなどに棲んでいる陸生のクマムシは、周囲の水がなくなると脱水して乾眠とよばれる仮死状態になります。このとき、つぶした空き缶のように、クマムシの体も前後で縮み収縮します。この縮んだ形態を樽とよびます。ヨコヅナクマムシが乾眠に移行するようすを撮影した次の動画を参照してみてください。



北澤さんは「(体の)収縮率が一定の比率にあるときに生存する傾向がある」ことを観察したそうですが、これもその通りです。クマムシが乾燥したときに収縮して樽型にならずに体が伸びていると、死んでいる場合が多く、水をかけても復活しません。北澤さんはこのことから「脚を意図的に収縮させて計画的に水分を出している」と、脚ポンプ説を提唱したようです。


ただ、こちらについては、次のような知見があります。まず、クマムシは急速に脱水すると乾眠に入れずに死んでしまいます。つまり、死なずに乾眠に移行するためには、ゆっくりと脱水することが重要なのです。体が伸びた状態に比べ、縮んだ樽型になることにより、体からの脱水をゆっくりにすることができます。体がボール状に近くなるため、体積あたりの対表面積を小さくすることができるからです。


以上が私の意見です。繰り返しますが、北澤さんの研究内容の詳細が分からないので、少しずれたことを書いている可能性があることをご了承ください。いずれにしても、文献へのアクセスや専門家との接触が制限される中で、観察と実験からこのような独創性のある仮説を導き出したところについては、評価に値します。進化学会の審査委員も、回答が用意されているような課題をじょうずに解く力よりも、このように柔軟に発想する力を評価対象にしていたのでしょう。このままクマムシ研究を継続していただければ、個人的にもとても嬉しいです。


・裾野が広がるクマムシ研究


クマムシ研究はマイナーなジャンルですが、2015年6月にイタリアで開催された国際クマムシシンポジウムでは、参加者数が初めて100人の大台に乗りました。同シンポジウムに参加した国内のクマムシ研究者も11名と、過去最高を記録。クマムシ研究者は確実に増え続けています。


そしてもっと驚くのが、クマムシ研究を行なっている中学生と高校生の多さです。この1〜2年でクマムシ研究のことで問い合わせてくる中高生や教員が劇的に増えてきました。私が発行しているメールマガジン「むしマガ」上でも中学生(中学生クマムシ博士と名付けている)が毎月のように実験結果を投稿してきており、それに対して私がアドバイスをしています。中学生クマムシ博士が行なっている「クマムシに対する低酸素の影響に関する研究」の内容は非常にレベルが高く、このまま継続すれば国際科学雑誌にも掲載されるような成果になりそうです。


クマムシ研究人口も増えてきたことだし、バーチャルなクマムシ研究所を設立し、10代のクマムシ研究者やその他のプロ・アマチュアクマムシ研究者を集められれば面白そうだな、と思っています。Facebookグループの中でそれぞれの研究の進捗状況を報告し合ったりとか。どうかな。来年の春にはクマムシ研究会の開催も予定していますし、クマムシ研究の裾野がもっと広がってくれればいいですね。


・クマムシ参考資料


せっかくなので、クマムシについてより深く知りたい人のための参考資料を紹介します。


クマムシ?!―小さな怪物:鈴木忠 著


クマムシ飼育のパイオニア的存在、慶應大准教授の鈴木忠さんによるクマムシ本。クマムシ研究の古い文献情報や図版も豊富。平易な文章で書かれており分かりやすい。


クマムシを飼うには―博物学から始めるクマムシ研究:鈴木忠 森山和道 著


サイエンスライター森山和道さんによる鈴木忠さんへのインタビュー。


クマムシ研究日誌:堀川大樹 著


私のこれまでのクマムシ研究人生を綴った本。クマムシを知りたい人はもちろん、これから研究者を目指す人にもおすすめ。


クマムシ博士の「最強生物」学講座:堀川大樹 著)


クマムシについての記述は3分の1、残りは面白い生きものや研究者について。


クマムシ観察絵日記:ナショナルジオグラフィック
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イラストでおくるクマムシ観察記録。


クマムシ日記
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慶應義塾大学クマムシ研究グループのクマムシ日記。


それから、有料メールマガジン「むしマガ」ではクマムシ研究のQ&Aも充実しています。ちょっとしたクマムシ研究コミュニティとしての役割ももつ媒体なので、よろしければこちらもどうぞ。

ノーベル賞受賞者トウ・ヨウヨウ氏はダンゴムシをつぶしたか

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1951年当時のトウ・ヨウヨウ氏(右)。This image is now in the public domain.


2015年のノーベル医学生理学賞は抗線虫薬剤の開発で大村博士、Campbell博士、そしてトウ氏の三名が共同受賞しました。大村さんは研究もさることながら生き方が格好よい。すでに国内メディアでいろいろと取り上げられているので、ここではトウ・ヨウヨウさんの「抗マラリア薬剤アルテミシニンの開発」について書きます。今年のノーベル賞の中で、個人的にもっとも興味を引いた研究成果でした。


1960年代後半、国家機密プロジェクトでマラリア撲滅のための研究が開始します。このときすでにクロロキンなどの抗マラリア薬剤が存在していましたが、これらの薬剤に対して耐性をもったマラリア原虫が出現。既存の抗マラリア薬剤の効果は弱くなっていました。


中国中医科学院で漢方薬コースを受講したトウさんの研究グループは、2000種以上の漢方薬草からマラリアに効果のある物質を抽出・生成しようと試みます。そして、漢方薬草のひとつであるクソニンジン(Artemisia annua)にたどり着きます。この植物の抽出物をマラリアにかかったマウスに与えたところ、原虫の増殖を抑制し症状を緩和する効果が見られたのです。しかしながら、この実験結果の再現性はあまり芳しくありませんでした。


トウさんらは中国医学に関する古書『肘後備急方』を参照しました。『肘後備急方』は『応急処置法の手引き』という訳になるでしょうか。この本はもともとは葛洪(ガ・ホン)(284年〜346年)によって1700年ほど前に書かれた書物です(トウさんが実際に参照したのは1574年に出版された復刻版と思われる)。彼女はこの中の「青蒿一握以水二升漬絞取汁盡服之(ひとつかみのクソニンジンを2リットルの水に浸し、しぼりとったその水を飲むこと)」という記述に注目しました。


そして、高温処理によりクソニンジンから抽出物を得るやり方だと、抗マラリア活性をもつ物質が失活すると考えました。低温処理で得たクソニンジン抽出物はマウスとサルにおいて高い抗マラリア活性をもつことがわかり、のちにこの活性をもつ実体がアルテミシニンであることを突き止めます。アルテミシニンはクロロキンに耐性のあるマラリア原虫の増殖抑制にも有効でした。アフリカだけでも、この薬剤で毎年10万人以上の命が救われていると推測されています。


さて、トウさんが研究のヒントにした『肘後備急方』ですが、マラリアの症状を治療するために書かれていた内容がなかなか面白い。前述のクソニンジンによる処方の他に、以下のようなものがあります。

鼠婦豆豉二七枚合搗令相和未發時服二丸欲發時服一丸


中国語で、しかも昔の文章なので解読するのがなかなか難しいのですが、この方面に強いむしマガの優秀なメンバーに翻訳をしてもらいました。ここで鼠婦はダンゴムシ、豆豉はトウチです。この一文を訳すと、次のようになります。

ダンゴムシとトウチ二七つを一緒につぶして混ぜる。症状がまだ出ないときはそれを二つ、症状が出始めるときは一つ服用すること。

 

トウさんはこの書物に書かれていた、このダンゴムシも調べた可能性があります。ダンゴムシを何十匹も採ってきて、ぐりぐりとすりつぶす。しぼりとったダンゴムシ・エキスをマラリアにかかったマウスに投与したものの、とくに目立った効果が得られなかったのかもしれない。


この他にも『肘後備急方』の同じページには「五月五日にニンニクの皮を使って〜」という記述もあります。「五月五日」と薬を摂取する時期をわざわざ指定しているのは、各臓器の機能が日周期や年周期をもつという伝統的中国医学の考えに基づいているためでしょう。


ちなみにこの『肘後備急方』を書した葛洪は医学者であり道教学者でもありました。「不老不死の仙人になるための方法」について書いた本もあり、今の時代の視点で見れば彼の言説の一部はトンデモに映りますが、少なくとも1700年前にクソニンジンにマラリアの症状を抑える何かが含まれていたことは見抜いていたわけで、大昔の人々の知恵には感嘆します。


人知れず眠っている古文書の中に、ブロックバスターの種がまだ転がっているのかもしれませんね。


※本記事は有料メルマガ「むしマガ」314号「2015年ノーベル賞を振り返る」の一部です。

クマムシ博士のむしマガVol. 314【2015年ノーベル賞を振り返る】

2015年10月12日発行
目次

【1. はじめに】鶴岡生活

ずっとここに住むのであれば、やっぱり車は必需品ですね。アイニードアカー。

【2. むしコラム「2015年ノーベル賞を振り返る」】
日本人二人が受賞した2015年のノーベル賞。今回は医学生理学賞と化学賞を中心に、受賞内容を振り返ります。

【3. おわりに「クマムシトーク生放送」】
最近のニコニコ・クマムシチャンネルでの生放送には慶應の研究者たちに次々とゲスト出演してもらっています。

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