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【書評】『マリス博士の奇想天外な人生』まさに奇人


マリス博士の奇想天外な人生:キャリー・マリス 著
マリス博士の奇想天外な人生 (ハヤカワ文庫 NF)

本書は、1993年にPCR(ポリメラーゼ連鎖反応)法の確立への貢献によりノーベル化学賞を受賞した、キャリー・マリス博士の自伝的エッセイ集です。

PCR法は特定のDNA配列を容易に増幅する方法であり、この方法の確立以前と以後の分子生物学研究のスピードをがらりと変えてしまいました。今日では、分子生物学を行っている研究室でPCRを行うサーマルサイクラーの装置を置いていないところはほとんどないでしょう。

本書では、恋人とのドライブ中にPCR法の原案を思いついたエピソードを初め、著者ならではのユニークなエピソードが語られています。

著者は、根拠が曖昧なデータをもとにして官僚や政治家を言いくるめて研究費を獲得する研究者らや、自身のノーベル賞の対象となった研究論文の重要性を認識できなかった一流科学ジャーナルを批判しています。これらのエピソードからは、著者が常識や権威を常に疑い、物事の本質を見極めようとする姿勢が伺えます。

また、著者本人は自らを「正直者」と称するように、自身の女性遍歴や薬物使用に関してぶっちゃけた話も紹介しています。とくにLSDを使用したときの感覚は詳細に描いており、LSD体験が著者の思考・思想に影響を与えていることが伺えます。ノーベル賞選考委員会も、LSD使用を公言する人物に賞を授与するとはなかなか懐が深いですね。

この薬物使用の影響なのかどうか定かではありませんが、森の中でアライグマに人間の言葉で話しかけられた後に意識を失ったりするなど、著者はさまざまなスピリチュアルな体験もしています。

ジャンルを問わず、偉人には変人の類いが多いものですが、著者も間違いなく世間から見れば一級品の変人でしょう。しかし、違う見方をすれば、常に物事の本質を探求し、予定調和を嫌う人間が世間からは変人扱いされてしまう、ということも言えます。

世の中にブレークスルーを起こすことは、それまでの常識を壊すことでもあります。イノベーションを起こす人物の中には、傍若無人で反社会的に見える人も多いですが、それは彼ら彼女らがピュアな視点で世の中を眺め、世間の常識だろうと何だろうとおかしいと感じるものに果敢に立ち向かって行くからなのでしょう。

私の恩師の一人もかなりの変人でしたが、彼が常々「科学とは非常識を常識に変えるものである」と言っていたのを思い出しました。科学者たるもの、世間の空気や流行などくそくらえで猪突猛進が吉ですね、やっぱり。


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