クマムシ博士のむしブロ

クマムシ博士が綴るドライな日記

心臓を拍動させたまま輸送できるボックス

臓器疾患により臓器移植を必要とする人の数は、移植提供者(ドナー)のそれをはるかに上回り、多くの患者が長期間の待機を余儀無くされています。さらに、ドナーの臓器を受給者(レシピエント)に運ぶ際の臓器の短い"寿命"が大きな問題となっています。

通常、ドナーからの臓器を輸送する際には、保存液に浸してクーラーボックスに入れ、低温状態で行われます。このようにすることで、臓器の代謝を低い状態に抑え、なるべくダメージが起こらないようにすることができます。しかし、この方法でも例えば心臓の場合では、最大で6時間しか保存できません。このため、臓器がドナーからり出された後はプライベートジェットやヘリコプターなども使い、早急にレシピエントまで届けなければなければなりません。

この方法では心臓の拍動は停止しており、レシピエントに移植する際に機能を回復させる措置をとる必要があります。輸送期間が長くなるほど、心臓の機能が回復して正常な拍動を取り戻すことが難しくなります。例え移植期限時間内に心臓を移植した場合でも、虚血障害などが生じるために正常に機能しない場合もあります。

私が以前所属していた研究室でも、ラットの心臓を乾燥させて保存できるか研究していました。これはクマムシの乾眠能力からヒントを得たものだったのですが、心臓の蘇生時に障害が見られる場合も少なからずありました。

このような問題を解決するため、TransMedicsという企業によって、これまでとは全く異なるアプローチによる臓器輸送システムが開発されました。


'Beating heart' technology could revolutionize field of heart transplantation


このシステムは、臓器ケアシステム(OCS)とよばれます。この臓器ケアシステムでは、ボックスの中に心臓を入れて、体温に近い温度で酸素と必要な栄養を含んだ血液を灌流させることにより、人体内の環境に近い状態にキープして心臓を拍動させたまま輸送することができます。このような措置を施すことで心臓に起こる障害も軽減されるとのことです。また、ワイアレス機能により輸送中の大動脈圧、冠動脈血流量、血液温度、心拍数もモニタリングできるようです。

イメージ的には、ドラゴンボールに登場する傷ついた体を回復させるためのメディカルマシーンがポータブル化したような装置ですね。

以下の動画では、臓器ケアシステム内で実際に拍動する心臓を見ることができます(1分10秒過ぎくらいから)。



この臓器ケアシステムを用いた治験はフェーズ2に入っており、カリフォルニア大学ロサンゼルス校の移植医療チームによって、すでに数例の移植が行われています。いずれのレシピエントも移植後の状態は、きわめて良好とのことです。

治験が今後も順調に進めば、あらゆる種類の臓器が機能を損なわずにより長い期間保存することができ、より遠いレシピエントの元に届けることができる。結果として、臓器提供を望む多くの人が助かるだろう、と研究チームは語っています。また、保存期間が長くなることで、ドナーの臓器とレシピエントの組織適合性のチェックもする時間的余裕が生まれるとのことです。

ただ、会社のウェブサイトを見ても、肝心の臓器の最長保存期間についての説明は見つかりませんでした。権利がらみの問題で公開できないのでしょうか。

いずれにしても、現行の臓器輸送法や乾燥保存法よりは優れたシステムであることは間違いないでしょう。