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クマムシ博士のむしブロ

クマムシ博士が綴るドライな日記

【映画レビュー】『X-コンタクト』アクロバティックすぎるクマムシ映画

映画 クマムシ むしマガ

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ここ数年、日本におけるクマムシの認知度が急速に高まってきた。我が国のクマムシ研究は世界的に見ても進歩しており、下の記事でも紹介したように、2016年には日本の研究グループからクマムシの一種であるヨコヅナクマムシの全ゲノム解読と放射線耐性を向上させるクマムシタンパク質も報告された。


horikawad.hatenadiary.com


アニメやお笑いなど、研究以外の様々な方面でクマムシを取り上げてもらうのも、クマムシ研究者として嬉しい。そして、クマムシが盛り上がっているのは日本だけではない。海外、とくに、アメリカでもクマムシの注目度は向上している。日本ではクマムシというと「かわいくて強い」イメージが先行する。


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クマムシさん


一方で、アメリカではむしろ、クマムシは「SFでグロテスクなコワモテ・クリーチャー」というイメージが強いようだ。それは、YouTubeにアップされているクマムシが主人公のオリジナルアニメ『Captain Tardigrade』を見れば明らかである。



この違いは『鉄腕アトム』と『スーパーマン』の差異を見れば理解できる。日本には「強いものは可愛くあるべき」という美徳があるが、アメリカではとにかくタフでマッチョな存在が信頼されるのである。


そんなクマムシがついに、ハリウッド映画になった。原題『Harbinger Down(ハービンジャー・ダウン)』。邦題は『X-コンタクト』である。やはり、ここでもクマムシは「SFでグロテスクでタフ」なアメリカンテイストに仕上がっていた。先日、DVDもリリースされた。


【DVD】映画『X-コンタクト』


予告編はこちら。



この映画の制作陣は『エイリアン』や『遊星からの物体X ファーストコンタクト 』を手がけてきた面々。邦題は『遊星からの物体X ファーストコンタクト』からとったようだ。


【Blu-ray】映画『遊星からの物体X ファーストコンタクト』


さて、クマムシ映画『X-コンタクト』。ハリウッド初となるクマムシをフィーチャーした映画ということで、これはクマムシ研究者ならば「観る」以外の選択肢はない。そこで先日、クマムシ研究所のメンバーと映画館「新宿シネマカリテ」での特別上映を観てきた。


内容はというと、シロイルカの生態調査をするためにカニ漁船に乗り込んだ大学院生の主人公らが引き揚げた氷漬けのソ連宇宙飛行士の死体に寄生していたクマムシがモンスターになって人々に襲いかかるという、かなり斜め上なもの。


驚いたのは、作品中にクマムシが映っていなかったことだ。厳密に言えば、私が知っているクマムシが映っていなかった。クマムシと認識できる唯一のシーンは、生物のデータベースにあったクマムシの写真くらい。


たとえば、シロイルカを研究する主人公が顕微鏡で人間の死体の組織を観察するシーンがあった。観察していた組織はピンク色をしたひも状の何かだったのだが、次の瞬間、すべてを悟った主人公はそれを見て自信満々にこう言い放つ。

クマムシだわ!


え???どこに?????


ピンクの毛糸を拡大したようなブツを「クマムシ」と大スクリーンの中からドヤ顔で言い切られ、新宿の中心で一人絶叫しそうになるほどの衝撃を受けた。クマムシを見たことがないと思われる、哺乳類を研究している学生が、クマムシ歴15年のクマムシ博士以上のクマムシ認識能力を備えていたとでもいうのだろうか。


驚きの描写は、これだけではない。本映画の設定では、1982年にソ連が秘密裏に打ち上げた有人月面探査機から回収されたロシア宇宙飛行士の体にクマムシが寄生した、ということになっている。ソ連の目的は、人間にクマムシの能力を与えて放射線耐性を高めることにあった。


いや、ちょっと待ってくれ。1980年代はまだクマムシ研究がぜんぜん進んでいない時代だ。クマムシの飼育系が確立され始めたのも2000年代に入ってからだ。しかも多細胞生物の遺伝子工学技術だって、未熟だった時代だ。クマムシの遺伝子機能は今でもまだまだ未知なところだらけだし、ヒトへの応用なんてとんでもない。


ただ、ちょっと落ち着いてみると、どうやら遺伝子工学で宇宙飛行士をクマムシ化したわけではないことに気づく。というのも、死体からはクマムシのDNAだけでなく、クマムシ個体そのものが検出されているからだ(上述したようにクマムシ博士にはクマムシが見えなかったが)。


つまり、「クマムシそのものを大量に人体に寄生させてヒトのクマムシ化を試みた」ということらしい。いや、そもそもクマムシは人間に寄生しないし、仮に寄生したとしても、そんな方法でクマムシの能力を付与できるわけない。「SF映画だからなんでもアリ」と言ってしまえばそれまでだが、強引にでも納得できるだけのリアリティはほしいところだ。


さて、宇宙空間で放射線を浴びた変異したクマムシは最終的にモンスター化し、その姿は液状の生物に変化したりするようになる。その形状も、とてもクマムシとは似ても似つかないものだ。本作品には、科学的な監修を行うアドバイザーは誰もいなかったのだろうか。


だが、そんなことはなかった。映画のエンドロールでは、科学監修に二人の博士がクレジットされていたのだ。そのうちの一人、 医学博士のDavid Persing氏は微生物感染症学が専門らしい。


「Real Science of Harbinger Down(X-コンタクトにおける本物の科学)」という、やたら挑発的なタイトルの動画で、彼はこう言っている。

私は微生物が専門で、クマムシについては研究人生の中でまったく接点がなかった。



すがすがしいほどに認めてしまった。「クマムシのことは何も知らない」、と。


クマムシのことを何も知らない微生物感染症学の専門家が監修したから、クマムシが人間に感染して・・・みたいな映画になったのだと判明した。


いや、だから、ね。


なぜ制作チームはクマムシ博士にコンサルを頼まないのか。


さて、アクロバティックすぎる映画本編のレビューはここまでにしよう。だが、これでもまだネタが尽きないのが、この映画のすごいところだ。本編が見せるアクロバティックさは、日本での公開担当者にも引き継がれていたのである。


それは、日本版の公式チラシに如実に表れていた。本作の実際の内容と、アマゾンの画像にも使われているこのチラシに書かれている紹介文が、まったく異なるのである。日本版チラシ制作の担当者は、80分ちょっとの本作品を観ずに紹介文やコピーを書いていたことを確信させられる出来栄えだ。以下、引用しよう。

19XX年、最北端の深海で新たな生命体が誕生していたー。


「それ」は決して起こしてはならなかったー。


19XX年。大学の研究のために祖父の漁船「ハービンジャー号」に乗り込んだ大学生セイディと仲間達。


彼らは深海を調査中、ソ連時代の衛星の残骸を発見する。引き揚げると中には氷漬けにされた飛行士の死体があり、死体には謎の生命体が寄生していた。


新種の生命体の発見だと喜ぶセイディたち。しかし氷の中で活動を停止していた「それ」は、氷が溶け、宇宙飛行士の死体とともに消え去ってしまう。


クルーたちが戦々恐々とする中、「それ」は液状に姿を変えながら出現し、彼らを襲い始めるー。


チラシの冒頭の、キャッチコピーにもなっている「19XX年、最北端の深海で新たな生命体が誕生していたー」という一文。この一文のすべてが間違いだ。


まず、「19XX年」という時代設定。本作は2015年が舞台である。実際に、作中にはスマートフォンやタブレットが登場している。


「深海」も違う。引き上げられた探査機は、深海ではなくわりと海面にプカプカ浮かんで漂流していた。しかも、「衛星」というよりは「探査機」である。


「深海で新たな生命体が誕生」も矛盾している。宇宙飛行士に寄生させたクマムシが宇宙空間で放射線を浴びて変異したというのが、実際の理由付けだ。


ただ、実際の作中でも「サンプルから多数の生物種に由来するDNAが検出された」と言っているシーンもあり、クマムシと海の生物が合体してモンスターになった可能性も示唆している。もしかしたら、この映画の脚本を書いた本人自身も、途中でこの映画をどうしてよいのかわからなくなったのかもしれない。


また、主人公は「大学生」ではなく「大学院生」だ。博士号をとるためにシロイルカのフィールド調査をしている、と述べているシーンがある。


このレベルのチラシの齟齬は、『となりのトトロ』に例えたらこんな感じではないだろうか。

時は第二次大戦。3歳のサツキと生後6ヶ月のメイは、小説家のお父さんと一緒に都会から田舎の一軒屋に引っ越してきた。


それは余命わずかのお母さんを、空気のきれいな家で迎えるためだった。近くの農家の少年カンタに「ゴミ屋敷!」と罵られたが、その家で最初に二人を迎えたのは、イガグリの妖精だった。


ある日、メイは庭で2匹の不思議な生き物に出会った。それはトトロというオバケで、メイが後をつけると、さらに大きなトトロがお茶の間でねそべっていた・・・・・・。


『X-コンタクト』日本版チラシのレベルを実感していただけただろうか。


ちなみに映画館の案内係も、開演前に「お待たせいたしました!これからX・・・(急いでタイトルを確認しにどこかに戻る)・・・あ、すみません、Xコンタクト!の開演です!」といった感じで、本作は割と雑に扱われていた。


最後に。いろいろと書いてきたが、私はもともとクマムシマニアが感銘を受けるようなレベルの内容は初めから期待していなかったし、中途半端に良い出来になるよりは、ツッコミネタの宝石箱のような作品になっていて、本作はむしろよかったと思う。上映後にクマムシ研究所のメンバーとも、作品にツッコミながら盛り上がり親睦も深まった。今では、『Xコンタクト』に深く感謝している。


クマムシについてあまりこだわらないマジョリティーには、B級SFホラー映画として本作品を楽しめることだろう。


だが、次にクマムシがフィーチャーされる映画が製作されるときは、監修者として声がかかるのを期待したい。それが、私の本音だ。


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※本記事は有料メルマガ「クマムシ博士のむしマガ」345号「クマムシSF映画超速レビュー」に加筆修正をしたものです。

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