クマムシ博士のむしブロ

クマムシ博士が綴るドライな日記

地獄から来た悪魔の虫

なんだか某ヘビメタバンドのキャッチコピーのようなタイトルですが、地下深くから見つかった線虫のお話です。

この地球において生物が息づいている範囲を調べることは、生態系の広がりを知るために必要ですし、生き物が生存できる環境の許容限界を知ることにもなります。

そして、今まで生物が棲めるないと思われていた過酷な環境から生き物が見つかれば、似たような環境をもつ地球外惑星にも生物が存在するかもしれない、と考えることができるようになります。

つまり、地球上の極限環境で生物を探すことは、間接的に宇宙生物の存在可能性を探っていることになるのです。

今回、これまで多細胞生物が生息することは不可能だと思われていた地下圏(地下0.9〜3.6 km)から数種類の線虫が発見されました。


Nematoda from the terrestrial deep subsurface of South Africa


念のため、線虫の説明を少しだけ。

線虫は線形動物門を構成する動物群で、地球上の多種多様な環境に適応しています。自由生活を送るものもいれば、寄生生活を営むものもいます。ヒトに寄生する回虫も線虫の仲間です。これまで30000種類近くの線虫が記載されていますが、実際にはもっと多くの種類がいると言われています。



線虫の化石 Wikipediaより


さて、地下線虫が発見されたのは南アフリカの金鉱山の地下から。この地下圏の環境特性として、40ºC近くの高温と低濃度酸素が挙げられます。

研究者らは、ボーリングによって空けられた穴の周囲から採取した水と土砂のサンプルから3種類の生きた線虫を捕獲しました。

そのうち1種類は未記載種で、Halicephalobus mephistoと名付けられました。mephistoの名は、あのファウストに登場する悪魔の名前で、元々はギリシャ語で「光を嫌う者」という意味だそうです。論文の著者のOnstott博士は、論文タイトルを「Worms from Hell (地獄の虫)」にしたかったそうですが、Nature編集部に却下されたとか。

Halicephalobus mephistoHalicephalobus属の他種とのDNA塩基配列の違いは8~10%で、形態的にはわずかな違いしか見られなかったとのこと。また、地下線虫を実験室に持ち帰って大腸菌と地下由来の細菌を与えたところ、地下由来の細菌を好んで食べまたそうです。これらの地下由来の細菌は、土砂の表面に付着していたもので、線虫は普段、土砂の間隙に生息していてこれらの細菌を食べていると推測されます。

Halicephalobus mephistoはMaxで41ºCの温度で生育可能。実際の生息環境の低酸素濃度を考えると線虫の代謝速度は非常に遅くなると思われるが、生育には問題ないだろうとのことです。

また、線虫が見つかった環境の水に含まれる放射性水素と放射性炭素を指標として年代測定を行ったところ、線虫は少なくとも3000〜12000年前からその場所に棲んでいたことが示唆されました。

これまで地下生物圏は、もっぱら細菌のみからなるコミュニティを形成していると思われていましたが、今回の研究から、線虫のような動物も含むより複雑な生態系を成していることが判明しました。今後、地下圏から線虫以外の動物(クマムシやワムシやイタチムシなど)も見つかってくるかもしれません。

そして何より、将来火星などの地球外惑星をターゲットとした生命探査も、地下圏生命を念頭に置いてプロジェクトを遂行する必要がありそうです。火星の地下には火星線虫や火星クマムシがうようよしているかもしれません。

【関連記事】

[NASA会見]DNAにヒ素をもつ生物の発見

スーパー放射線耐性細菌デイノコッカス・ラジオデュランス