クマムシ博士のむしブロ

クマムシ博士が綴るドライな日記

クマムシの放射線耐性

陸地に棲むクマムシは、乾燥すると脱水して乾眠とよばれる無代謝の仮死状態に移行する乾眠動物である。乾眠に移行したクマムシは、その後水が与えられれば再び何事もなかったように動き出す。

クマムシは乾燥だけでなく、さまざまな環境ストレスに対して耐性をもつ。

クマムシのもつ環境耐性能力のひとつに放射線耐性がある。これまでに、クマムシは高線量のX線、ガンマ線、重イオンビームを照射後に生存できることが分かっている。クマムシの放射線耐性に関する研究の経緯は次の通り。

1964年、Mayらはアミメヤマクマムシが最大10000グレイ(Gy)のX線照射後も、生存できることを発見・報告した。その後長らくクマムシの放射線耐性の研究はなされなかったが、2005年にJonssonらが、2006年には堀川らが、それぞれカザリヅメチョウメイムシの仲間とオニクマムシが最大5000〜7000Gyのガンマ線を照射後も生存できることを報告した。堀川らは同時にオニクマムシが最大8000Gyのヘリウム重イオンビーム照射にも耐えることを見いだした。(ちなみに、ヒトは10Gyのガンマ線を浴びるとまず助からない。)




カザリヅメチョウメイムシの仲間 (Jönsson, K.I. 2007)


さて、ここまででクマムシに関する知識をお持ちの方の中には、クマムシは乾眠状態になると放射線への耐性能力をもつようになると思われた方もいるだろう。しかし、調べられたクマムシ種すべてにおいて、クマムシは乾眠状態だけでなく通常の水和した活動状態でも高い放射線耐性を示している。さらに言えば、活動状態の方が乾眠状態のときよりも耐性がやや高いくらいである(図1A)。

しかし、他の乾眠動物であるブラインシュリンプ(いわゆるシーモンキー)のネムリユスリカの幼虫も、クマムシと同じように高い放射線耐性をもつが、これらの動物は乾眠状態の方が水を含んだ水和状態よりもはるかに高い耐性を示す(図1B) (Iwasaki, 1964: Watanabe et al., 2006)。




図1. 活動状態および乾眠状態の(A)オニクマムシと(B)ネムリユスリカにおけるガンマ線および重イオンビーム(4He)の半致死線量(LD50/48時間) [Horikawa et al. 2006; Watanabe et al., 2006より]


ブラインシュリンプやネムリユスリカで見られる水和状態と乾眠状態における放射線耐性の違いは、生物が受ける放射線影響の受け方から説明できる。

電離放射線が生物に障害を引き起こす作用には大きく分けて二つある。一つは放射線自体が直接DNAなどの生体分子を損傷する直接作用であり、もう一つは間接作用とよばれ、生物体内の水分が放射線に照射されることにより、有害な活性酸素種が生じてこれが生体分子を損傷する作用である。

乾眠動物は、通常の水和状態では体内の水分含量は80%前後だが、乾眠状態に移行すると水分含量はおおむね3%以下にまで低下する。つまり、乾眠状態の動物は体内に水分をほとんど含まないため、放射線の間接作用−活性酸素種による障害−が軽減されると考えられる。そのため、乾眠状態では通常の水和状態よりも高い放射線耐性をもつはずと推測できる。

では、なぜクマムシとその他の乾眠動物とでは、このような放射線に対する耐性パターンの違いが存在するのだろうか。一つ考えられることとして、両者における乾眠状態でのトレハロース含量の違いが挙げられる。

トレハロースとは二糖類のひとつで、乾燥耐性や凍結耐性に関わる物質として考えられてきた。乾眠動物が乾燥状態時にあるとき、トレハロースは、もともと生体分子に結合していた水分子に位置していた部分に置き換わることで、生体分子の構造を機能を失わずに保存するという仮説や、乾燥した生物をガラス化という水飴状のような状態にして生体分子を保存するという説が提唱されている。

実際に、ブラインシュリンプの乾燥卵やネムリユスリカは、乾眠状態の時に乾燥重量あたり15〜20%ものトレハロースを蓄積する(Clegg, 1962; Watanabe et al., 2002)。一方、クマムシは乾眠状態でもトレハロースの蓄積量は少なく、最も多くのトレハロースを蓄積する種類でも乾燥重量あたり2.3%である(Westh and Ramløv, 1991)。

そして、トレハロースには生体分子を放射線から防護する効果があるのではないか、という報告がされている (Yoshinaga et al. 1997)。例えば、ネムリユスリカを水和状態のままトレハロース量を人為的に増加させると、放射線耐性が上昇することが確認されている (Watanabe et al., 2007)。すなわち、乾眠状態時にトレハロースをほとんど蓄積しないクマムシは、トレハロースによる放射線防護効果が得られないために、放射線耐性パターンがブラインシュリンプやネムリユスリカと異なるのかもしれない。

しかし、これだけでは、なぜクマムシは乾眠状態において水和状態よりも高い放射線耐性を示さないのか、という理由を十分には説明できない。ただ、ヒントは水和状態のクマムシにみられるとてつもなく高い放射線耐性能力に隠されているように思われる。図1を見ても分かるように、水和状態のクマムシとネムリユスリカで比較すると、クマムシの方がはるかに高い放射線耐性をもつことがわかる。そして、実はネムリユスリカは水和状態でも、他のほとんどの昆虫よりも高い放射線耐性をもっているのだ。

気付かれた方もいると思うが、乾燥に強い生物は放射線にも強いことが知られている。乾燥ストレスと放射線ストレスが生物に与える影響には、 DNA損傷や生体物質の酸化などの共通項がある。乾燥耐性をもつ生物はこれらの障害を克服するようなシステムを備えており、このシステムが放射線に対処するためにも使われていると想像できる。ある種の細菌を対象とした研究からは、このような説を裏付けるようなデータが報告されている。

クマムシは動物の中で最も高い乾燥耐性をもつ。つまり、乾燥によるダメージから身を守るための強力な修復システムが、水和状態での放射線耐性の高さを反映しているものと推察される。水和状態のクマムシが高線量の放射線を照射された場合、放射線によって引き起こされる致命的な損傷であるDNAの二本鎖切断を修復したり、あるいはそもそもDNAが損傷を受けるのを保護したり、生体物質が酸化するのを防ぐ能力に長けている可能性がある。

一方、乾眠状態のクマムシでは、水が与えられて吸水して復活していく過程において、吸水直後の代謝が非常に低い状態にあることも考えられ、放射線照射による損傷を修復するシステムがうまく機能せず、生命活動を営む生理活性を維持できず、生死を分ける臨界点を超えてしまい死に至るのかもしれない。

つまり、水和した活動状態のクマムシは常に代謝が起きているため、放射線照射中はもちろん、放射線照射が終了された時点で素早く修復システムが作動できるのに対し、乾眠状態のクマムシは無代謝状態にあり、放射線照射中は損傷が比例的に蓄積し、吸水した直後も低代謝期間というラグが存在するために、同量の放射線量を照射されても損傷を修復する効率が比較的悪い可能性がある。これが、クマムシが乾眠動物の中にあって独特の放射線耐性パターンを示す原因ではないだろうか。


いずれにせよ、クマムシの生存戦略のメカニズムはまだ未知だらけである。これまでに述べたように、クマムシの乾燥耐性や放射線耐性にはDNA損傷の修復能力や抗酸化能力が鍵だと予測される。

ガンなどを含めたヒトの多くの疾患、そして老化にはDNA損傷や酸化障害が関わっている。将来、体長1mmにも満たないクマムシの生存戦略メカニズムがヒトの医療技術に取り入られ、ガン予防やアンチエイジングに貢献する日が来るかもしれない。

【関連記事】

もし助手ガールがクマムシを採集観察したら

<参考文献>

クマムシ博士の「最強生物」学講座ー私が愛した生きものたちー


Clegg, J.S. (1962) Free glycerol in dormant cysts of the brine shrimp, Artemia salina, and its disappearance during development. Biol. Bull. 122: 295–301.
Crowe, J.H., Crowe, L.M., Carpenter, J.F. and Wistrom, C.A. (1987) Stabilization of dry phospholipid bilayers and proteins by sugars. Biochem. J. 242: 1–10.

May, R.M., Maria, M. and Guimard, J. (1964) Action différentielle des rayons x et ultraviolets sur le tardigrade Macrobiotus areolatus, a l’état actif et desséché. Bull. Biol. Fr. Belg. 98: 349–367.

Horikawa, D.D., Sakashita, T., Katagiri, C., Watanabe, M., Kikawada, T., Nakahara, Y., Hamada, N., Wada, S., Funayama, T., Higashi, S., Kobayashi, Y., Okuda, T. and Kuwabara, M. (2006) Radiation tolerance in the tardigrade Milnesium tardigradum. Int. J. Radiat. Biol. 82: 843–848.

Horikawa, D.D. (2011) Survival of tardigrades in extreme environments: A model animal for astrobiology. In: Anoxia, Altenbach, A. V., Bernhard, J. M., and Seckbach, J. (eds) Anoxia: Paleontological Strategies and Evidence for Eukaryote Survival. Springer, in press.

Iwasaki, T. (1964) Sensitivity of Artemia eggs to the gamma-irradiation. III. The sensitivity and the duration of hydration. J. Radiat. Res. 5: 91– 96.

Jönsson, K.I., Harms-Ringdahl, M. and Torudd, J. (2005) Radiation tolerance in the eutardigrade Richtersius coronifer. Int. J. Radiat. Biol. 81: 649–656.

Jönsson, K.I. (2007) Tardigrades as a potential model organism in space research. Astrobiology 7: 757–766.

Watanabe, M., Sakashita, T., Fujita, A., Kikawada, T., Horikawa, D.D., Nakahara, Y., Wada, S., Funayama, T., Hamada, N., Kobayashi, Y. and Okuda, T. (2006) Biological effects of anhydrobiosis in an African chironomid, Polypedilum vanderplanki on radiation tolerance. Int. J. Radiat. Biol. 82: 587–592.

Watanabe, M., Nakahara, Y., Sakashita, T., Kikawada, T., Fujita, A., Hamada, N., Horikawa, D.D., Wada, S., Kobayashi, Y., Okuda, T. (2007) Physiological changes leading to anhydrobiosis improve radiation tolerance in Polypedilum vanderplanki larvae. J. Insect Physiol. 53: 573-579.

Westh, P. and Ramløv H. (1991) Trehalose accumulation in the tardigrade Adorybiotus coronifer during anhydrobiosis. J. Exp. Zool. 258: 303–311.

Yoshinaga, K., Yoshioka, H., Kurosaki, H., Hirasawa, K., Uritani, M. and Hasegawa, M. (1997) Protection by trehalose of DNA from radiation damage. Biosci. Biotechnol. Biochem. 61: 160–161.