クマムシ博士のむしブロ

クマムシ博士が綴るドライな日記

ベジタリアン・チーズに見る、バイオテクノロジーが道徳心を刺激する時代の幕開け。

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Photos courtesy of Biocurious


バイオテクノロジーが医療や食料生産に応用されるようになって久しい。遺伝子操作により、ヒトのホルモンを効率よく分泌する大腸菌が作られ、害虫に負けない農作物などが作られてきた。ただ、「人工」や「遺伝子組換」という単語に拒絶反応を示すナチュラル志向派も多い。科学技術の発展にともないたびたび起きてきた公害や薬害に対する印象から、あえて先端医療や遺伝子組換食品を避け、自然療法やオーガニック食材を好む層も一定数存在する。


最近のバイオテクノロジーは、そんなナチュラル志向だったり、道徳心の高い人々をターゲットに利用されるようになってきた。その顕著な例が、遺伝子改変酵母を用いて人工チーズを作ろうとする「ベジタリアン・チーズ」プロジェクトだろう。


このプロジェクトはカリフォルニアのベイエリアにあるバイオハッカースペースのCounter Culture LabsBiocuriousによって進められている。かれらは2014年6月にクラウドファンディングサイト「Indeegogo」で資金を募り、700人近くの支援者から3万7千USドルを集めた。


Real Vegan Cheese: Indeegogo


実は私もこのプロジェクトに支援していたりする。


このプロジェクトでは、酵母にウシのミルクの成分となるカゼインなどのタンパク質をコードする遺伝子を組み込んで、これらのタンパク質を生産しようと計画している。ベジタリアンの人のなかには、劣悪な飼育環におかれている家畜が生産したミルクから作られるチーズを食べたくない人もいるし、家畜を育てるために起こる環境破壊に対してネガティブな感情をもつ人もいる。もしもウシを使わずに人工的にチーズをつくることができれば、この懸念はなくなる。


酵母に入れる遺伝子はウシに由来するので、酵母からできるチーズもウシのミルクからできるそれと同一である。さらに酵母自体は遺伝子組換え生物だが、このチーズは酵母が作ったタンパク質だけが含まれるのでDNAフリーである。つまり、このベジタリアン・チーズ自体は遺伝子組換え食品にあたらない。遺伝子組換え食品嫌いの人も気にしなくてよいというわけだ。


もしもこのベジタリアン・チーズが生産可能になったとすれば、たとえこれが従来のチーズより高い値段であったとしても、ベジタリアンや、上述のような意識をもつ人たちがすすんで購入するはずだ。なにせ、大気汚染を懸念して、かなり割高な電気自動車を使用する人だっているくらいなのだから。もちろん、電気自動車もベジタリアン・チーズも、従来の自動車やチーズよりもコストダウンしていく可能性もじゅうぶんにあるが。


人工物や遺伝子組換えに拒否反応を示す人々を、遺伝子組換え技術でなだめる、という構図もなんだかおかしいように見えるが、バイオテクノロジーも単なる効率向上のみでなく、人々の道徳心を刺激して市場を拡大する方向にどんどんと使われ始めていくのではないだろうか。


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