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クマムシ博士のむしブロ

クマムシ博士が綴るドライな日記

乾いても死なない線虫のサポーターたち


・線虫シーエレガンス


クマムシに比べると、肢もなくニョロニョロしていてあまり可愛くない線虫シーエレガンス(主観)。





シーエレガンス from Wikimedia


だが、このシーエレガンスは生物学研究において非常に大きな役割をもっている。大腸菌を餌として爆発的に増殖するため、飼育が容易だ。また、細胞も1000個ほどしかなく、動物の中でも単純な体の構造をしている。シーエレガンスについては、解剖学、発生学、そして遺伝学まで、調べに調べ尽くされている。いわゆるモデル生物だ。


とくに、シーエレガンスは遺伝学の材料としてすぐれている。この生物には色々な変異体が存在し、各遺伝子の機能を調べるのにうってつけである。RNA干渉とよばれる技術を用いることでも、ある遺伝子の機能をピンポイントで調べることが可能だ。


クマムシと同様に、線虫の中には乾眠をする種類が知られている。つまり、カラカラになっても死なないやつがいるのだ。実際に、乾燥したコケを水に浸すと、コケの中からクマムシと一緒に線虫が出てくることがよくある。ただし、シーエレガンスは乾燥すると死んでしまうと長い間考えられてきた。ところが2011年に、シーエレガンスが実際には乾眠に入れる能力があることを、ドイツのマックス・プランク研究所の研究グループが発見した。


生命活動のオンとオフ:やっぱり重要だったトレハロース: むしブロ


そして今回、同じ研究グループの研究により、このシーエレガンスが乾眠に入るために必要な「分子サポーター」たちの顔ぶれが浮かび上がってきた。


Molecular strategies of the Caenorhabditis elegans dauer larva to survive extreme desiccation: PLoS One


・2つの状態の違いを見て推定する


シーエレガンスは通常の状態では乾燥すると死んでしまう。ところが、長期休眠幼虫期である「ダウアー」の時期に限って、乾燥しても死なずに乾眠状態に入ることができる。


そこで、「1. 乾眠していないとき」と「2. 乾眠に入るとき」の2つの状態における遺伝子発現を調べ、乾燥ストレス特異的に動いている遺伝子を特定した。さらに、これらの遺伝子が機能しない変異体を用いて乾燥ストレスを与え、死にやすくなる変異体を特定。このようにして、乾燥耐性の成立にとって重要と思われる、以下の機能をもつタンパク質(酵素)をコードする遺伝子が特定された(なお、乾燥に伴ってこれらの遺伝子から実際に目的のタンパク質が作られることも確認されている)。


1. 頭部の感覚神経で環境中の湿度変化を察知するのに関わるタンパク質
2. タンパク質の構造を保護させる働きをもつタンパク質
3. 活性酸素を除去する酵素
4. 解毒作用に関わる酵素
5. 脂肪酸の代謝に関わる酵素


これらの結果から導かれるシーエレガンスの乾眠メカニズムのシナリオは、こうだ。 まず、周囲の環境が乾燥すると頭部の感覚神経でこれを察知し、乾燥してきたことをシグナルで伝える。これにより、一連の乾眠特異的な遺伝子からメッセンジャーRNAが多量に作られ、タンパク質が作られる。これらのタンパク質のあるものは保護タンパク質であり、あるものはトレハロース合成酵素や活性酸素除去酵素だったりする。


細胞が乾燥すると生体膜などの構造が破壊されたり、タンパク質の構造が不可逆的に変化して機能しなくなる。トレハロースやLEAタンパク質は、乾燥時にこれらの構造を守っていると思われる。さらに、細胞膜は脂肪酸を構成員としているが、シーエレガンスはこの脂肪酸の構造を変化させることで乾燥耐性を身につけている可能性も浮上した。


乾燥ストレスにより活性酸素種も発生し、これが生体物質にダメージを与えると考えられている。活性酸素除去酵素により、このときに活性酸素種の攻撃から生体を守
っているのだろう。この他、解毒代謝に関わるタンパク質をコードする遺伝子も、乾眠にとって重要なサポーターであることが分かった。だが、これらの遺伝子の具体的な機能はまだよく分かっていない。


さて、今回の研究結果は、これまでに提唱されていた乾眠メカニズムをより強固な形で示したといえる。だが、これで乾眠の謎がすべて解明されたとはまだいえない。


この研究を行った研究グループは、乾眠の成立に関わる遺伝子や生化学的経路は非常に少ないということを強調している。だが、今回の研究では、「ダウアー」という特殊なモードにおいて「1. 乾眠していないとき」と「2. 乾眠に入るとき」の2つの状態を比べていることを忘れてはならない。というのも、通常の線虫のモードからダウアーのモードに移行する段階で、すでに色々な遺伝子やタンパク質の発現パターンが変化しているはずだからだ。つまり、ダウアー特異的に発現するいくつかの遺伝子も、乾眠に関わっている可能性は否定できないというわけだ。


とはいえ、シーエレガンスのようなモデル生物を乾眠研究の材料として使えるアドバンテージは大きい。今後、一気に乾眠研究が進むポテンシャルは大いにある。


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