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クマムシ博士のむしブロ

クマムシ博士が綴るドライな日記

「ストレスで細胞が初期化」の衝撃


酸などのストレスを与えることで細胞が初期化されるという、けっこう衝撃的な研究成果が理化学研究所らのグループにより発表された。


体細胞の分化状態の記憶を消去し初期化する原理を発見: 理研プレスリリース

「間違い」と言われ泣いた 新型万能細胞を開発した30歳女性研究者: 産經新聞

Stimulus-triggered fate conversion of somatic cells into pluripotency: Nature

Bidirectional developmental potential in reprogrammed cells with acquired pluripotency: Nature

Acid bath offers easy path to stem cells: Nature


・背景


我々の体は色々な種類の細胞でできている。筋細胞や神経細胞や血液細胞といった具合だ。これらの細胞は受精卵から細胞分裂を繰り返して発生が進行する過程で、できていく。これを分化という。分化は非可逆的で、いったん分化した細胞は、もとの未分化な細胞の状態に戻れないと考えられていた。


だが、分化した細胞から遺伝情報のつまった核を卵細胞に移植すると、発生が再び最初から開始することをジョン・ガードンさんが発見。分化した細胞の初期か、すなわちリプログラミングが可能であることが示された。そして、山中伸弥さんが分化済みの細胞に4種の遺伝子(山中因子)を導入してリプログラミングし、iPS細胞を作製することに成功した。iPS細胞は、体のすべての種類に分化する能力(多能性)をもっている。


・今回の研究成果


今回の研究概要は、マウスの細胞を酸に浸すなどのストレスを与えると、細胞のリプログラミングが起こるというものだ。このようにしてできた多能性を持つ細胞を、研究グループはSTAP細胞と名付けている。STAPとはStimulus-Triggered Acquisition of Pluripotencyの略で「刺激惹起性多能性獲得」と訳す。


以下の動画はpH6弱の酸性の溶液に浸したT細胞がリプログラミングによるSTAP細胞になる様子。多能性細胞特異的に発現するOct4遺伝子が発現すると緑色蛍光タンパク質GFPも発現するようになっているので、STAP細胞になったやつが緑色に光る。



酸の他にも、細い管の中でぎゅうぎゅうにしたり、細胞膜に穴をあけるような毒素にさらすことでも、STAP細胞ができたと報告している。T細胞以外の種類でも、この方法でリプログラミングできるようだ。今後、ヒトでも同じ方法で成功するかに注目したい。


・研究のユニーク性と意義


現在はiPS細胞の出現で再生医療の発展が急速に進んでいる。より安全性の高い作製法や作製効率を高める方法などの開発をめぐり、世界中で激しい競争が起きている。そんな中で、今回のSTAP細胞の発表である。STAP細胞は遺伝子を導入する必要もなく簡便なことに加えて、作製効率もiPS細胞とは比較にならないくらいに高い。(【追記 2014.2.16. 現在、iPS細胞も遺伝子導入無しで作製できるようになっている。また、作製効率も格段に向上している。)iPS細胞に関わる多くの研究者が、今回の発表を知り呆然としている様子が思い浮かぶ。今、ピペットを片手にフリーズしている実験に手がつかない当該分野の研究者もたくさんいるだろう。


それくらいに衝撃的な成果だった。実際、本研究論文の責任著者である小保方晴子さんは自分の研究成果をなかなか理解してもらえなかったという。何年もかけて説得力のある堅いデータを積んだ上での、今回の発表になったわけだ。ただ、あと5年早く発表できていたら、ガードンさんと山中さんとノーベル賞を共同受賞していたかもしれない。


そして今回の研究のアイディアは、遺伝子導入で何でもやってしまおうという現代生物学の研究スタイルへのアンチテーゼとしての意義もある。生物に遺伝子を入れて「素材」を作り替えるやり方はとても有効だ。しかし、「環境」を少し変えてやるだけでも、生物はドラスティックに反応して思わぬ顔を見せてくれることもあるのだ。今回の研究は、後者の視点を持つことの大切さを思い出させてくれる。私個人のクマムシ研究をするにあたっても、この視点を忘れたくないものだ。


それにしても、なぜ小保方さんたちはこのような研究をしようと思ったのだろうか。どうやら小保方さんは、実験動物の体内から取り出した幹細胞について、手術によって人為的な刺激が加えられたためにリプログラミングが起きたと考えたようだ。そして、細胞に色々とストレスを与えてみる実験アイディアを思いついたらしい。お風呂に入っているときに。このときのお風呂が酸性だったかどうかは不明だ。そういえば山中さんも、シャワーを浴びているときにアイディアを思いついたと語っていた。


この分野には膨大な研究論文があり、多くの大御所といわれる研究者がいる。その中で、このようなユニークなアイディアをもとに自身の研究を遂行し続けた勇気には脱帽だ。


また、小保方さんに責任著者の権利を認めた元ボスと思われる共著者でラストオーサーのバカンティさんも、粋だと思う。この研究は小保方さんが大学院生のときに始めたものなので、その当時の研究室のボスが発見を自身のものにしようとしても不思議ではない。ちょっと強欲なボスであれば、このようなケースでも責任著者の権利を独り占めしてもおかしくないのだ(ちなみにバカンティさんも責任著者の一人)。


この研究の背景には色々なドラマが横たわっていそうなので、つい色々と想像してしまう。そのあたりも含めて、なかなか印象的な研究成果だ。


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