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クマムシ博士のむしブロ

クマムシ博士が綴るドライな日記

パワーアップした遺伝子コレクター


私が発行する有料メルマガ「むしマガ」が、発行してちょうど1年が経過しました。有り難いことに、同業の研究者をはじめ、学生、出版関係者、主婦、作家、アルファブロガー、弁護士、アーティスト、経営者など、様々なバックグラウンドをもつ方に愛読いただいています。読者のみなさまには、改めて購読いただき感謝いたします。


今回は発行1周年記念ということで、過去のむしマガから記事をひとつピックアップして無料公開します。面白いと思った方は、最初の1ヶ月は無料で購読できますので(申込んだ月に解約すれば購読料金は発生しません)、ぜひこちらから購読登録してみてください。


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・パワーアップした遺伝子コレクター


極限環境に棲む生き物のほとんどは細菌類である。とりわけ、熱水環境には細菌(あるいは古細菌)しか見られず、真核生物はほとんどいない。真核生物とは、我々を含めて動物や植物など細胞内に核膜をもつ生物グループだ。


だが例外的に、真核生物である藻類の一種、Galdieria sulphurariaは有毒な重金属を多量に含む熱水環境にうまく適応している。


このような過酷な環境において、この藻類は細菌類を押しのけてバイオマス(生物量)の90%を占めているのだ。


なぜ、真核生物であるG. sulphurariaが極限環境で大きな顔をしていられるのだろうか。今回、この藻類が、きわめて優秀な遺伝子コレクターであることが判明した。極限環境細菌から多くの遺伝子をかすめ取っていることがわかったのだ。コレクションしたそれらの遺伝子を利用して、極限環境にうまく適応したものと思われる。


ご存知のように、生物はさまざまな種類の遺伝子をもつ。ある遺伝子は栄養分からエネルギーを得るのに必要な酵素をつくり、あるものは毒素を排出するためのポンプをつくったりする。生物が生きていくために必要な道具をつくりだす遺伝子のレパートリー。このレパートリーの変化、すなわち進化により、生物が新しい環境に適応できるようになる。


我々のような真核生物では、ある遺伝子がコピーされて二つ以上になり、コピー遺伝子が変異して新たな機能をもつことがある。


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師匠「ずずっ・・・もぐもぐ。うん。いいだろう。これは、うちの味
だ。」


弟子「!」


師匠「麺のぬめりもスープの臭みも消せるようになったな」


弟子「それじゃ、のれん分けは・・」


師匠「【麺屋ぱらろぐ】の名に恥じないよう頑張れよな」


弟子「ありがとうございます!!」


<<1年後>>


師匠「ずずっ・・・もぐもぐ。だいぶ味が変わったな」


弟子「はい。ゲンコツの量を増やしたのと、魚系とあわせてダブルスー
プにしました」


師匠「これ、けっこういいじゃねぇか」


弟子「うす!師匠の真似だけじゃなく、自分のオリジナリティも出そうと思ったので・・・!」

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遺伝子がコピーされるのはラーメン屋ののれん分けと似ている。のれん分けにより新たに開業した店は、当初はもとの店と同じラーメンを提供するが、たゆまぬ努力によりオリジナルなラーメンを開発する。コピー遺伝子が変異し、新たな機能を獲得するのと同じだ。


ところで、細菌では他の細菌から遺伝子をもらうことにより、進化が起こることがある。これを遺伝子の水平伝搬とよぶ。


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秘書「社長、お電話です」


社長「もしもし・・え?なんだって?!」


秘書「?」


社長「くそう!なんてこった!」


秘書「どうされました?」


社長「ソウルイ商事がわが社の株を47%まで買い増ししやがった!」


秘書「え?どういうことですか?」


社長「うちの会社が買収されたんだよ!」


秘書「えーーーーーっ?!」

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水平伝搬で遺伝子を取込むのは、企業買収に似ている。自分たちとは関わりのない市場で秀でている企業を買収すれば、その市場からの利益をすぐに吸収することが可能だ。生物も、他の生物にある高い機能をもつ遺伝子をかすめとることで、これまでに棲めなかった場所に素早く適応することができる。


遺伝子をコピーしてそのコピー遺伝子が変異が蓄積して新たな機能をもつようになるには、のれん分けしたラーメン屋がオリジナルなラーメンを開発するのと同様に長い時を待たなければならない。これを考えれば、水平伝搬による他生物からの遺伝子の取込みが、いかに効率的か理解できるだろう。


藻類G. sulphurariaは真核生物であるにもかかわらず、さまざまな細菌や古細菌から遺伝子をコレクションして、極限環境に適応しているようだ。*1


この生物は、真核生物の中ではもっとも高い温度(56℃)で増殖することができる。ATPはエネルギーを蓄える分子であり、ATPからエネルギーを取り出すためにはATPアーゼという酵素が必要になる。この藻類は、ATPアーゼをつくるための遺伝子を古細菌からコレクションしている。


この藻類にはATPアーゼ遺伝子は多数のコピーがあり、水平伝搬で取込んだ後に重複化が進んだものと見られる。ATPアーゼ遺伝子が多くあるほど熱に耐性をもつようになることが知られており、古細菌からコレクションしたこのATPアーゼ遺伝子を多くもつことにより、この藻類が高温耐性を身につけ、熱水環境に適応したのだろう。


他にも、高濃度の重金属に対処するために重要な機能を担う遺伝子を細菌から取り入れたことも示唆されている。ヒ素を細胞外に排出するポンプをつくる遺伝子は、好熱性細菌から取込んだようだ。このようにして、重金属が豊富なスープの中でも元気に増殖できるものと思われる。


G. sulphurariaがどのようにして遺伝子を他の生物から取込んでいるのかについては、まだよくわかっていない。ただ、今後は他の真核生物にも水平伝搬に由来する遺伝子が報告されることになり、真核生物による遺伝子の水平伝搬のメカニズムも分かってくることだろう。


【参考文献】

Schonknecht et al. (2013) Gene transfer from bacteria and archaea facilitated evolution of an extremophilic eukaryote. Science, 339, 1207-1210.


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*1:註: G. sulphurariaのゲノムにはイントロンがきわめて少ないことが、原核生物由来のDNAである根拠になっている