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クマムシ博士のむしブロ

クマムシ博士が綴るドライな日記

ニート転身で豊かな人生を


現在、私は研究活動を生業としているが、これ以上に自分に充実感を与えてくれるアクティビティはないと思っている。何か発見をすれば、それがどんなに小さなものであっても人類の歴史で誰も見たことのない現象であれば、プライスレスの知的興奮を味わうことができるからだ。これは研究者に与えられた特権だろう。


とはいえ、実験が上手くいかない日が続いたり、論文投稿の際に審査員から理不尽な文句をつけられたり、研究室内や研究分野内の人間関係がこじれたり、睡眠時間を削ってクマムシの世話をしたりすれば、ストレスも否応なく溜まっていく。研究が好きとはいえ、他の多くの仕事と同じように、楽しいことばかりではない。


それは、顕微鏡を覗きすぎたある日の終わりのことだった。帰宅してMacBook Proを起動し、twitterをチェックしていた。モニターのバックライトが眼精疲労を抱えた私の目を刺激して辛かったが、タイムラインには知的好奇心を刺激する情報が溢れていた。タイムラインを数時間遡りながらリンク先のコンテンツに目を通しただけでも、あっという間に時間が過ぎてしまった。twitterを眺めているだけでも、一日中楽しめることができることであろう。


そして、思った。ニートになれたらどんなに幸せだろう、と。座り心地のよいソファーに一日中座って、ポテトチップスをほおばりながら一日中ネットの世界に浸っていたい。そんな衝動に駆られた。


今は、ネットに接続できる環境さえ整っていれば、永遠にエンターテイメントに触れ続けることができる。趣味が同じ仲間を見つけてコミュニケーションもとれるので、全然孤独にもならない。当然、煩わしい人間関係もない。ニートに転身することで、多大なメリットが生じるのだ。ニートこそが勝ち組といえる。


そして日本ニート界のカリスマであるpha氏の著書「ニートの歩き方
」を読み、私の仮説への自信は確信に変わった。


ニートの歩き方――お金がなくても楽しく暮らすためのインターネット活用法: pha著


90年代半ばまでは、ニートや引きこもりはゲームや漫画など高コストなエンターテイメントに依存するしかなかったし、社会から完全に隔離されるので他人とコミュニケーションをとることも難しかった。ニートや引きこもりでいることのメリットは小さかったのだ。


だが今では部屋から一歩も出ずに、エンターテイメントや人との繋がりを容易に保持することが可能になった。それだけではない。ネットで興味のある分野についての情報を集めてブログや有料メルマガにまとめることで、ある程度の収入まで確保することもできる。


オンラインの専門誌や学術誌には、無料で公開している記事や論文も多い。きわめて専門的で質の高い情報を、誰でも入手することができるのだ。昔なら、このような資料は大学や企業がお金を払わなければ入手できなかった。個人にとっては、ほぼ入手不可能だったような情報である。私も、無料で公開されている英語論文を自身のメルマガのネタとして使うことも多い。


もちろん、ニートが自分の部屋から出ずにフルタイムで働いている人と同等の収入を得るのは簡単ではない。だが、趣味の延長で月に7〜8万円程度稼げれば、物価の安い東南アジア諸国などで不自由なく生活することができる。ネットさえ使える場所であれば、ニートはどこででも生きていけるのだ。


毎日満員電車に揺られ、終わらないノルマの山と悪戦苦闘し、職場で苦手な人間と顔を合わせ続けることの対価として月収30万円をもらうよりも、好きなときに寝ることができ、気が向いたらビーチを散歩したり地元のマーケットの屋台で味の素の効いた地元料理を楽しみながら月収8万円のストレスフリー生活の方が、はるかに豊かな人生を過ごせるのではないだろうか。



マレーシア滞在時の食事


とはいえ、私はそれでもニートになるよりはストレスを受け入れて研究者として生きる道を選ぶだろう。安泰よりもエキサイトメントの多くある研究人生の方が、やはり楽しいのでね。