クマムシ博士のむしブロ

クマムシ博士が綴るドライな日記

ゆるふわ極限環境アニマル・ヒルガタワムシ

クマムシを採集しようと路上の干涸びたコケを持ち帰って水に浸して観察すると、その中からおびただしい数のヒルガタワムシに出くわすことが、よくある。クマムシが見つからず、ヒルガタワムシだけわんさか出てくるようなこともあり、そんなときは「ちぇっ、ワムシかよ。シケてんなー」などと、つい独り言で愚痴を漏らしてしまう。



ヒルガタワムシ from Wikimedia


だが、ヒルガタワムシの動きはヒルやシャクトリムシと似た、ちょっとゆるふわな動物で、クマムシほどではないにしろ、この生物もかわいいと言えなくもない。そして、同じようなニッチを占めるこのクマムシとヒルガタワムシは、その特殊能力も非常に似通っている。


ヒルガタワムシもクマムシと同様、脱水すると無代謝の乾燥状態、つまり乾眠に移行する。シーモンキーやネムリユスリカでは、乾眠への移行に伴って多量のトレハロースを蓄積するが、ヒルガタワムシにはトレハロースを全く合成しない種類が知られている。つまり、乾眠にはトレハロースの存在が必須ではないことを示している。


ヒルガタワムシの乾眠の研究については、イギリス・ケンブリッジ大のAlan Tunnacliffe教授の研究グループがリードしている。以下の動画では、Tunnacliffe教授がワムシをお茶目にいじめて復活させる実験デモを行っているところを見ることができる(1分45秒くらいから)。
 


ヒルガタワムシは、数千万年にわたってメスだけの無性生殖で繁栄してきた動物でもある。通常、無性生殖を続けると遺伝的多様性が失われて環境の変化に適応できなくなると考えられている。しかし、ヒルガタワムシのDNAにはバクテリアなどの遺伝子を水平伝搬により取込んでおり、多様性を保っているのだ。


生物はカラカラになるまで乾燥すると、DNAの重篤な切断が起こる。なので、普通の生物は乾燥するとDNAがズタズタにやられるために死んでしまったり、生きながらえたとしても子どもが作れなくなってしまう。


クマムシやヒルガタワムシがカラカラになっても水を与えれば復活できるのは、感想によってDNAが切断されても元に修復できたり、そもそもDNAが切断されないように保護する能力があると思われる。ヒルガタワムシでは、おそらく、乾燥するたびにDNAが切断され、復活する際には他生物由来のDNAも一緒に連結することで、水平伝搬が起こるのかもしれない。


ところで、放射線も乾燥と同様、生物の重篤なDNA切断を引き起こす。ヒルガタワムシは動物の中でもトップレベルの高い放射線耐性をもち、数千Gyのガンマ線を照射されても生存できるが、これも、この生物の高いDNA修復能力と関係がありそうだ。


そして最近になり、ヒルガタワムシにはこれまで動物では知られていなかった、タンパク質の防護能力に関わる新しい放射線耐性のメカニズムが明らかにされた。今週のサイエンスメルマガ「むしマガ」では、ヒルガタワムシにおけるこの新たな放射線耐性メカニズムを含め、この生物の耐性能力を解説している。ヒルガタワムシの持つ放射線耐性メカニズムは、ヒトにおける放射線耐性の獲得への応用も期待されよう。


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【参考文献】

Lapinski and Tnnacliffe (2003) Anhydrobiosis without trehalose in bdelloid rotifers: FEBS Lett.

Gladyshev et al. (2008) Massive Horizontal Gene Transfer in Bdelloid Rotifers: Science

Gladyshev and Meselson (2008) Extreme resistance of bdelloid rotifers to ionizing radiation: PNAS