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クマムシ博士のむしブロ

クマムシ博士が綴るドライな日記

パラサイト男子とその彼を体内に宿した女子の愛の物語

科学・研究

我々ヒトの世界では男女という2つの性が存在するのが当たり前だが、世の中にはメスだけで繁殖する動物や、ひとつの体に雄と雌の両方の生殖機能をもつ雌雄同体の動物もいる。


雌雄同体の動物は、卵子と精子をつくることのできる生殖器官、卵精巣をもっている。雌雄同体の個体が別の雌雄同体の個体と交尾して生殖する場合もあれば、自ら作り出した卵子と精子を受精させて子どもを作る場合もある。後者の受精様式を自家受精という。


雌雄同体の動物種は、動物界全体の5~6%ほど存在する。不思議なことに、莫大な種数を誇る昆虫では、ワタフキカイガラムシの仲間にしか雌雄同体は確認されていない。



Image: Wikimedia


ワタフキカイガラムシIcerya purchasiは、1個体の中で精子と卵子を受精させる自家受精をもっぱら行う。だが、この生物における雌雄同体のシステムは、非常に特殊なものとなっている。というのも、卵精巣にある精子をつくる生殖組織(ここでは便宜的に精巣とよぶ*1は、寄生感染したパラサイトだからだ。


どういうことか。これを、以下の図を使って説明しよう。



図1. ワタフキカイガラムシでは、受精後に胚に侵入した余剰の精子がパラサイト精巣を形成する。


ワタフキカイガラムシでは、自家受精により子ども(胚)が作られた後に、その子どもに余剰な精子がさらに侵入する。侵入したこれらの精子からは、半数体、つまり、ゲノムを体細胞の半分しか持たない精巣組織ができあがるのだ。こうしてできたパラサイト精巣は、精子をつくり、自分の子どもの体内で卵と自家受精させることができる。


つまり、パラサイト精巣は遺伝子型が不変のパラサイトなのである。このパラサイト精巣は、自ら産生した精子を自分の子ども、孫、そしてその先の世代まで、自家受精によって、それらの個体でできた卵を受精させ続けるのだ。


これを考えると、見方によってはパラサイト精巣はオスが個体レベルから組織レベルに変化して、メスの体内に居ついたものともいえる。つまり、雌雄同体とはいえ、ワタフキカイガラムシは基本的にはメスばかりであり、そのメスの体内にパラサイト精巣と化したオスが寄生している、という図だ。


逆にいえば、パラサイト精巣は、世代を経ても変化しない同一個体のオスとみなせる。このオスは、パラサイトになることにより、自分の妻はもとより、自分の娘、孫娘、ひ孫娘、といったように末裔まで女系子孫を妊娠させることができるシステムを獲得したのだ(下図)。



図2. パラサイト精巣は女系子孫に代々受け継がれる。


生物個体の究極の目的は、自分の遺伝子コピーをできるだけ増やすことにある。この観点に立てば、オスはパラサイト精巣となることで女系子孫代々と交尾することを可能にし、きわめて効率よく適応度を上げることを実現している。これは、オスの巧みな戦略だ。ちょっと想像してみてほしい。あなたが愛する人とその子孫と生を共にし、かつ結ばれ続けることが約束されている人生を。


一方で、メスの立場から見れば、体内にパラサイト精巣を埋め込まれ、交尾相手の選択を自分で選択する余地も強制的に奪われている上に、自分の子孫も代々にわたり同じ境遇に遭わされるという、何とも理不尽な状況に追い込まれているといえる。ちょっと想像してみてほしい。生まれながらにして、結婚相手を体内に宿しているという状況を。


これは、ワタフキカイガラムシのオスとメスの間に横たわる対立した利害関係が、ゆがんだ形で発現した特殊な例に見える。


ところが、ある数理生物学の研究では、これはオスとメスの対立により生じたというよりも、オスとメスの利害関係の一致によって進化したことが示されている。


もう一度思い出してほしい。ワタフキカイガラムシでは、パラサイト精巣が作る精子と、メスの卵が受精することにより、代々子どもがつくられていく。つまり、このようなシステムの下では、パラサイト精巣のゲノムとメスの体細胞を構成するゲノムは、高頻度で同じ遺伝しコピーを共有しており、非常に似通ったものになる。つまり、互いに血縁度が高いのだ。


上述のように、オス側から見た場合はもちろんのこと、メス側から見た場合でも、多数の遺伝子コピーを共有しているパラサイト精巣を子孫に受け継がせた方が、結果的に自分の遺伝子コピーを効率よく増やすことができるのだ*2ワタフキカイガラムシでは、進化の過程で突如出現したパラサイト精巣により、このような奇妙な生殖様式が成立したのだろう*3


自分が愛しすぎた妻、そして娘や孫娘と交わり子どもを残すため、自ら寄生体となったオス。そして、そんなオスを、文字通り受け入れたメス。


ワタフキカイガラムシの生き様からは、究極の愛を感じずにはいられない。


【参考文献】

Gardner and Ross (2011) The evolution of hermaphroditism by an infectious male-derived cell lineage: an inclusive-fitness analysis. Am. Nat.

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*1:同じく、ここでは卵を作る組織を卵巣とよぶ。

*2:メスでは、パラサイト精巣を宿すことによるコスト(卵を産生したり生存するために使うエネルギーのリソースをパラサイト精巣の維持に充てなければならない)よりも、自らの遺伝子コピーを効率よく増やすベネフィットが上回っていると考えられる。

*3:なぜ、他の動物種でこのような生殖様式が見られないのか、あるいは、このような自家受精を繰り返すことによる近交弱勢のコストをどう回避しているのか、という疑問ももちろん残る。