クマムシ博士のむしブロ

クマムシ博士が綴るドライな日記

科学報道に大切なこと

ある若手記者によって書かれた、科学報道に関する産経ニュースの記事が叩かれている。


科学取材…専門用語飛び交い理解不能の世界、頭が真っ白に: 産経ニュース


内容は、文系出身の若手記者が記事作成のために研究者の取材をするものの、研究者が話す専門用語や研究意義が理解できずに悪戦奮闘するというものだ。


この記者に対して、理系の教養に欠けること、そして、取材前に予習をしないという姿勢に、多くの批判が寄せられている。記事中の「わかりやすい記事を書くために凡人こそ記者になればいい」という一文も、多くの科学好きの神経を逆撫でしている。


ちなみに、この記者がその時の取材で書いたのが以下の記事だ。


「筋力の衰え測ります」 屈伸でOK 立命大が開発: 産経ニュースwest


この記事に対しても、「科学的な説明が不十分」などの批判が寄せられている。同じ研究成果を報告しているマイナビニュースの記事と比べて論じている人も多い。


しかし、私は産経の記者が書いた方の記事に落ち度があるとはまるで思えない。シンプルでわかりやすいタイトル、そして短い文章の中に、研究意義、研究概要、今後の展望をうまくまとめていると思う。


そもそも、産経新聞とマイナビニュースでは読者層がまるで異なる。日常的に科学に関する情報をネットで集め、ちょっと科学リテラシーが足らなさそうな記事を見つけると、その記事をはてなブックマークに追加してそこで批評を述べる。そういう行動をとるレベルの科学好きな読者は、産経新聞の読者のマジョリティではないだろう。


産経新聞の読者のマジョリティは、デジタルよりもアナログ、ネットよりもテレビ、サッカーよりも野球に親和性の高い、中高年と思われる。当然、科学よりも政治経済関連の話題の方が興味は大きいだろう。そのような読者層に対しては、この産経の記者が書いた記事は大変読みやすいものとなっているだろう。


一方で、マイナビニュースの記事は明らかに科学好きのニッチな層に向けたマニアックな記事に仕上がっている。科学的に非常に詳しく書かれているが、この記事を産経新聞に掲載しても大部分の読者には理解不能であり、そもそも長過ぎて記事が目に入った瞬間に読む気も失せることだろう。


今回、産経新聞の記者を叩いている科学好きの人の大部分は、コストについての意識が低いように感じられる。科学分野に理解の深い理系出身の人間を記者に雇えと言うが、科学専門の記事を書かせるために地方の支局に理系出身の記者を雇うのはコストパフォーマンスが悪すぎる。というのも、新聞記事のほとんどは政治経済と社会についてであり、科学技術に関する記事はあまり需要がないからだ。つまり、文系出身者を雇用した方が効率が良い。


むしろ、新聞記者に過剰な要求をするのではなく、研究者の側が科学知識に乏しい人にも成果をわかりやすく伝えられるだけのプレゼン能力を向上させるべきである。学会発表で説明するようなやり方では、研究分野が違う理系の人間にもうまく伝わらないわけだから、小学生でもわかるように努力する必要があるだろう。


もちろん、今の新聞社の体制にも問題点はある。つい先日の森口氏によるねつ造の研究成果を紙面に出してしまったり、ニセ科学を報じてしまう部分だ。これはガイドラインをつくり、例えば査読のある国際ジャーナルに論文が発表される研究成果に限って報道するなどすれば良いだろう。このようなスクリーニングにより、信頼できる研究成果を効率よくピックアップすることが可能だ。また、科学記事を書きたくてうずうずしている科学コミュニケーターも余るほどいるので、彼らをアルバイトで雇って書いてもらうのも手だ。


いずれにしても、研究者にとっては、新聞社は科学報道をしてくれるだけ有り難いと思った方が良い。研究者の研究成果を効率よく大衆に伝える役割として、マスコミはまだ大きな役割を担っているし、その意味で彼らは研究者の味方だ。新聞記事は、役人に成果を訴える時のわかりやすい材料にもなってくれる。私も自分の研究成果を新聞で取り上げてもらったことがあるが、その記事を読んだ知らない人からtwitterでメッセージをもらったりと、新聞社の影響力の大きさを実感した*1


研究畑の人間が過剰に新聞社を叩きすぎると、彼らは面倒になってさじを投げてしまいかねない。需要の低い科学記事を書くのをやめたところで、彼らはあまり痛くないのだ。その時に一番困るのは一体誰なのかを、叩いている側は考えてみた方がいいだろう。


【お知らせ】このブログが本になりました

クマムシ博士の「最強生物」学講座ー私が愛した生きものたちー

*1:ちなみに、その記事を書いた新聞記者さんは科学リテラシーも高かったし、不明なところを何度も丁寧に質問してきた。記事の文章も素晴らしかったことを追記しておく。