クマムシ博士のむしブロ

クマムシ博士が綴るドライな日記

クモの糸をはくカイコ

みんなクモの糸を甘く見ない方がいい。

クモの糸は、カイコの絹糸よりも強くてしなやかなのだ。クモの糸を束ねれば、体重65kgの大学教授だってぶら下がることができる。そのポテンシャルの高さから、幅広い用途への応用が期待されている。

ところが、クモは縄張りがあったり共食いするなどの習性のため、飼育をして大量の糸を採取することが困難である。

これまでに、クモ糸の組換えタンパク質をバクテリアやほ乳類の培養細胞などで生産する試みがなされてきた。日本にも、クモ糸を人工合成しようと頑張っているベンチャー企業がある。

だが、これらの系では発現させた組換えタンパク質を大量につくるのにコストがかかったり、発現した時に糸状に紡がれないなどの問題があり、クモ糸の大量生産はまだ実現していない。

今回、クモ糸の大量生産を実現するため、中国の研究者らはカイコに目をつけた*1。カイコは糸を出して紡ぐ。しかも大量に飼育が可能だ。


Silkworms transformed with chimeric silkworm/spider silk genes spin composite silk fibers with improved mechanical properties: PNAS


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「蠶寶寶呀蠶寶寶,你一定會解決這個問題的〜」
訳:カイコなら...カイコならきっとなんとかしてくれる


中国人研究者らは、クモの糸をはくカイコを遺伝子組換えで造ってしまえばよい、そう考えた。

まず、トランスポゾンを使ったシステムを使ってクモ糸タンパク質とカイコの絹繊維タンパク質のフュージョンタンパク質をコードする遺伝子をカイコに導入。このトランスポゾンはPiggyBacといい、トランスポザーゼによって任意遺伝子をベクターからカット・アンド・ペーストで宿主ゲノムに組込むことができる*2。さらに、組織特異的プロモーターによってカイコの絹糸腺のみでこの遺伝子が発現するようにした。ベクターに組み込まれたDs-Redにより、形質転換したF1は眼が赤くなるようにしてある。さらに、EGFPタグをつけることで、発現しているカイコの絹糸線や絹糸が緑色になるようにしてある*3

こうして造られた組換えカイコによって吐き出されたクモ糸フュージョンシルクは、カイコによる絹糸よりもはるかに強く、クモ糸と同程度の強度が確認された。


「蠶絲和蜘蛛絲的綜合體無敵!」
訳:カイコ糸とクモ糸のキメラ糸無敵、超やべー!


中国人研究者らは、こう雄叫びをあげたに違いない。

今回つくられたフュージョンシルクは、医療現場での縫合にも使われたり、さらに将来的にはじん帯や腱、組織のスカフォールド(足場)への応用も期待されている。

俗っぽい言い方をすれば、すごくお金になりそうな研究成果。ドリーミーっぽい言い方をすれば、納豆の糸を吐くモスラがつくれちゃうかもしれないような研究成果。


それはさておき、今回の研究成果は「子ども心」がポイントだろう。

バイオ研究者なら誰でも、タンパク質の大量生産といえばバクテリアや培養細胞につくらせる、という常識的な方法を思いつく。

「クモもカイコもどっちも糸出すじゃん」というのは、どちらかといえば専門知識のない子どもが思いつきそうな、純粋かつ本質的な発想だ*4

私たち研究者は、研究に行き詰まったときに一度心をまっさらにして子どもみたいになってみると良いのかもしれない。たまにはフィールドに出かけ、生き物たちと直に触れ合い観察することも大切なのだろう。


【参考文献】

クモの糸の秘密:大崎 茂芳 著

クモの糸の秘密 (岩波ジュニア新書)

*1:コレスポみたらアメリカの研究者だった。なのでこの研究は実質アメリカの研究ということか。

*2:説明はこちら→PiggyBac Transposon System

*3:2011.1.4 訂正

*4:時間的には日本の研究グループの方が先にクモ糸をはくカイコの作成に成功していたようだ。