クマムシ博士のむしブロ

クマムシ博士が綴るドライな日記

幼虫をゾンビにしてドロドロにするウィルスの粋な生活史

寄生生物が自分にとって都合の良いように宿主の行動を操る現象は、古くから知られていました。このブログでも以前、アリをゾンビにして操るカビについて取り上げました。

今回、マイマイガの幼虫に寄生するウィルスは、たった一つの遺伝子によって幼虫の行動を変化させることが報告されました。

A Gene for an Extended Phenotype

このウィルスは、バキュロウィルスとよばれます。遺伝子工学では、カイコ培養細胞からタンパク質を大量合成する際にベクター*1として使われます。このバキュロウィルスは、節足動物にしか感染しません。マイマイガに感染・寄生する種類のバキュロウィルスは、自分にとって都合の良いように宿主である幼虫をゾンビ化させて、行動を変化させます。

通常、マイマイガの幼虫は昼は地面に近い場所で身を隠しており、夜になると樹上へと上って葉を食べます。しかし、バキュロウィルスが寄生したゾンビ幼虫は、死ぬ間際は昼夜関係なく樹上にとどまるようになり、最終的にそこで死を迎えます。このような特性のため、害虫であるマイマイガの駆除にバキュロウィルスを用いることもあります。

それでは、このバキュロウィルスのライフサイクルを少し詳しくを見てみましょう。


1. マイマイガの幼虫が植物の葉を食べることにより、葉に潜むバキュロウィルスが幼虫に取り込まれ感染・寄生する。




2. 寄生したバキュロウィルスが幼虫体内で増殖する。




3. 幼虫は弱りながらも木の上にとどまり続け、最終的にはバキュロウィルスによってドロドロに溶かされて死ぬ。ドロドロに溶かされた幼虫と一緒に、増殖したバキュロウィルスもに樹上からまき散らされる。1.に戻る。




このバキュロウィルス、アリをゾンビにするカビと同様になんて粋なライフサイクルの持ち主なのでしょう。

ちなみに実際にドロドロ化した幼虫の画像は、こちらでご覧いただけます。

さて、マイマイガ幼虫に寄生したバキュロウィルスはEGTという酵素を産生し、この酵素はマイマイガの脱皮ホルモンの機能を阻害することが知られています。このため、幼虫は脱皮できなくなってしまいます。研究者らは、「幼虫が脱皮できなくなる→ずっと餌を食べ続ける→樹上にとどまるようになる」と考え、EGTを合成する遺伝子(egt)が幼虫の行動を変化させる因子である、いう仮説を立てました。

そこで研究者らは、(A)野生型(egt遺伝子をもつ)バキュロウィルスと(B)egt遺伝子を破壊して酵素EGTを合成しなくなったバキュロウィルスを幼虫に感染させ、幼虫の行動を観察しました*2

その結果、egt遺伝子をもつ野生型バキュロウィルスが寄生した幼虫は死ぬ間際に実験用ボトルの上部にとどまった一方、egt遺伝子の機能を失ったバキュロウィルスに感染した幼虫は、死ぬ時には下方にとどまっていました。つまり、ウィルスのもつegtというたった一つの遺伝子が、幼虫の行動変化を引き起こす原因ということが示されたのです。

遺伝子の基本的な概念は、「ある種のタンパク質を作る」ための因子であるといえます。しかし、あの「利己的な遺伝子」の著者であるリチャード・ドーキンス氏は、「タンパク質合成や単純な形質の発現のみを、ある遺伝子による表現型と考えるべきではない。そのような遺伝子をもつ個体の内外の環境に与える影響までを、その遺伝子の表現型として捉えるべきだ。」という「延長された表現型」という説を提唱しました。

今回、バキュロウィルスのegt遺伝子は、バキュロウィルス自身の外部環境、つまり、宿主であるマイマイガの行動(表現型)に影響を与えています。まさに、ドーキンス氏の唱える「延長された表現型」が実証された形となりました。

私たちヒトがもつ社会性や創造性。これらも、一つ一つの行動遺伝子などの産物かもしれません。アリやハチなどの社会性昆虫の研究から、私たちの複雑なアクティビティーの成り立ちを説明するような大きな手がかりが見えてくると面白いな、と期待しています。


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*1:外来遺伝子を導入する際の運び屋。

*2:その他にegtをレスキューしたウィルスも使っている。