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スーパー放射線耐性細菌デイノコッカス・ラジオデュランス

Wiredの記事などですでにご存知の方も多いかと思いますが、今回は放射性耐性細菌デイノッカス・ラジオデュランスを紹介します。



Copyright: Inserm U1001


・発見

1956年、アメリカのオレゴン農業試験場では、肉の缶詰を高線量のガンマ線を照射することで殺菌できるか検証していました。しかし、それまでに知られていた生物を死滅させるだけの線量の放射線を照射してもなお腐ってしまった缶詰があることに研究員が気づきました。この缶詰から見つかったのが、デイノッカス・ラジオデュランス(Deinococcus radiodurans)でした。


・生態

デイノッカス・ラジオデュランスは、デイノコッカス科に属するグラム陽性細菌です。デイノコッカス科には43種類が属しており、おおむね放射線や乾燥に強いのが特徴です。生息場所は高山、砂漠、温泉、南極など広くわたっており、動物の腸内に棲むものもいます。


・極限環境への耐性

通常、ヒトでは10グレイ、大腸菌でも1000グレイのガンマ線を浴びるとほとんどが死に至りますが、デイノコッカス・ラジオデュランスは1万グレイもの線量を照射されても大半が生存できます。ガンマ線などの電離放射線の他、紫外線やDNAに損傷を引き起こすような化学物質などにも高い耐性があります。宇宙空間に暴露されても生存できることが確認されています。


・DNA損傷修復能力

高線量の放射線や乾燥ストレスはDNAの二重鎖切断を起こし、これが生物にとって致命的な損傷になると考えられています。高線量の放射線を照射すると、デイノコッカス・ラジオデュランスのDNAにもこの二重鎖切断が起こり、DNAが断片化します。しかし、時間が経過するにつれてDNAの組換え修復に関わる酵素など*1の働きによって元通りに復元されます。


・抗酸化能力

放射線を浴びると細胞内で活性酸素種が産生されてタンパク質が酸化し、本来の機能を失うことが報告されています。例えば、タンパク質である酵素のほとんどが酸化して活性を失えば、代謝がきちんと回らなくなり最終的に死んでしまうでしょう。デイノコッカス・ラジオデュランスにはDNA損傷修復能力に加えて、高い抗酸化能力があることも知られています。放射線を照射されてもタンパク質の酸化を防護することができるため、DNA修復酵素も酸化されずに本来の機能を保つことができ、後のDNA損傷修復を実行できると考えられます。デイノコッカス・ラジオデュランスに高濃度で存在するマンガンイオン(Mn2+)が活性酸素種のスカベンジャーとして働くことが示唆されています。


・実際の利用

デイノコッカス・ラジオデュランスは、重金属の除去に役立てられています。2価水銀イオン還元酵素遺伝子を組み込んだデイノコッカス・ラジオデュランスは、核兵器生産工場から出た放射性廃棄物の中で増殖し、水銀をイオンを毒性の低い揮発性金属水銀に変えることができます。放射線耐性能力の高いデイノコッカス・ラジオデュランスならではの活用例です。

また、医療の面からもデイノコッカス・ラジオデュランスは注目されつつあります。この細菌の高いDNA損傷修復能力と抗酸化能力を、DNA損傷や生体物質の酸化が原因となる疾患やガンの治療に役立てるアイディアが研究者*2から提案されています。


また機会があれば、この細菌に関する論文の紹介をしていきたいと思います。


【参考文献】


Oxidative Stress Resistance in Deinococcus radiodurans


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*1:PolIやRecAなど

*2:現在私が所属している研究室の人達