クマムシ博士のむしブロ

クマムシ博士が綴るドライな日記

進化したサイボーグみたいな細菌

ドイツの研究チームが、DNAの一部を人工物で置き換えた細菌を実験室内で作ることに成功したことを発表しました。


Chemical Evolution of a Bacterium’s Genome


DNAは、細菌でも植物でも動物でもその構造は同じで、糖、リン酸、塩基からできています。塩基にはアデニン(A)、グアニン(G)、シトシン(C)、チミン(T)の4種類があり、アデニン(A)とチミン(T)、グアニン(G)とシトシン(C)がDNAの鎖と鎖の間で対になり、二本鎖構造を形成しています (下図)。



DNAを構成するこのような物質の組み合わせは、普遍的なものなのだろうか?もし、これらの物質を物理化学的に似た性質をもつ他の物質に置き換えても、生物は生きていけるのだろうか?

このような疑問は、生命の成り立ちの謎を解く鍵に関わります。また、合成生物学という比較的新しい学問分野において、大きな命題にもなっています。2010年の末にNASAの研究チームが発表したヒ素細菌は、DNA中のリンがヒ素に置き換わっていた、というものでした。*1

今回、研究チームは大腸菌E. coliを人工的に選択圧をかけたて何世代も培養し、DNAの塩基チミンが人工化合物のクロロウラシルに置き換わった進化した大腸菌を作り出しました。

研究チームは人工化合物のクロロウラシル(CU)がチミン(T)と構造的に似ており、アデニン(A)と対になる性質をもつことに注目しました (下図)。



チミンはDNAのみに存在する核酸塩基であるため(RNAには塩基にチミンがなくウラシル(U)がある)、後でDNA中のチミンがどの程度クロロウラシルに置換されているかを容易に解析できます。*2

さらに、研究チームは、チミンを自力で合成できないミュータント大腸菌*3を実験に使いました。このようなミュータント大腸菌を、培養液中のクロロウラシル濃度を徐々に高めながら培養しました。

クロロウラシルは、生物にとって基本的に有害であるため、培養液中のクロロウラシル濃度が高くなると大腸菌の数が減ってしまいます。大腸菌の数がある程度減少したときには、培養液中のチミン濃度を高くしてクロロウラシル濃度を下げ、逆に再び大腸菌の数が十分増えてきたらクロロウラシル濃度を上げました。*4 このようにして、培養液中のクロロウラシル濃度をだんだん高めていくことで、大腸菌に人工的に選択圧をかけていきました(下図)。



(赤色の棒線→大腸菌数が限界域まで減少 緑色の棒線→大腸菌数が十分数まで増加)


ところで、このような人為選択実験を「サイヤ人死にかけ&復活実験」とよびます。サイヤ人が意図的に自らを傷つけて死にかける状態にまで追い込み、その後、仙豆などで復活するとパワーアップする現象と良く似ているからです。*5

さて、この培養実験を大腸菌が1000~2000世代目になるまで継続したところ、チミンを全く含まずにクロロウラシルのみを含む培養液で大腸菌が増えるようになりました。この大腸菌を調べると、DNA中のチミンはほぼ完全にクロロウラシルに置き換わっていました。*6つまり、DNAの中にチミンの代わりに人工化合物であるクロロウラシルを部品としてもつ細菌が作り出されたことになります。

この進化した大腸菌には、多くの遺伝子に変異が生じていました。今後、研究チームは、クロロウラシルを部品として(逆にいえばチミン無しで)増殖できるのは、どの遺伝子の変異が原因なのかを調べていくものと思われます。


今回の研究結果から、必ずしも生物を作る部品が現存する分子でなくてもOKということが示されました。地球上の生物ですら、そんな状況なのですから、地球外生命体はもっとドラマティックに違う生体部品で構成されているのではないでしょうか。

また、将来の医療を想像した場合、長生きのために分子レベルでのサイボーグ治療といったものが発展する可能性もあります。

ナチュラル生物、半サイボーグ生物、完全サイボーグ生物。未来の生物はこのような3種類にカテゴリー分けされるかもしれないとここに予言しておきます。


【関連記事】

[NASA会見]DNAにヒ素をもつ生物の発見

*1:2011年8月現在、追試はまだ行われていない。

*2:仮にDNA中の他の3塩基を人工化合物で置換したとすると、大腸菌からDNAとRNAを別々に精製してそれぞれの塩基組成を調べる必要が出てくるので面倒。

*3:dUMPからdTMPへの合成に関わる酵素遺伝子thyAを欠いた変異体。ただし、チミンやクロロウラシルからそれぞれチミジン、クロロデオキシウラシルに変換する酵素群をコードする遺伝子を導入してある。

*4:培養槽は完全オートメイト化しており、培養槽の濁り度から細菌密度を自動的に測定してチミン入り培養液とクロロウラシル入り培養溶液を適宜充填できるようになっている。これがこの論文の大きなウリの一つのようだ。

*5:大腸菌は世代を交代しながら新たな形質を獲得しているため、正確には異なる現象である。

*6:実際には90%ほどの置換率で、その後U54 tRNA methyltransferase遺伝子をdeleteした系統で培養したところ置換率が98.4%にまでなった。