クマムシ博士のむしブロ

クマムシ博士が綴るドライな日記

地球外生命体の確率は何パーセント?


2011年3月7日に、NASA研究者のHoover博士が隕石から生命体を発見したという研究論文を発表しました。


Fossils of Cyanobacteria in CI1 Carbonaceous Meteorites


ちなみにこの発表は、NASAの組織としての公式発表ではありません。


論文が掲載されたのは、Journal of Cosmologyというマイナーな雑誌で、私も今回の件で初めてこの雑誌の存在を知りました。


通常、科学雑誌に投稿されてくる論文は、編集者や外部の専門家によって審査された後に、掲載受理されるか掲載拒否されるのですが、この論文ではそのようなシステムをとってないようです。つまり、データの信憑性が無くても、投稿すれば掲載して発表されることを意味しています。


今回の論文を読んでみて感じたことは、データ云々の以前に、「何かを示唆できる」程度の証拠であっても、「間違いない」と断言してしまうなど、Hoover氏は科学論文にあるまじき書き方をしています。具体的には、"may" "imply" "suggest" などは使わず、"indicate"などの表現を本文中に多用しています。


実はHoover氏は以前、International Journal of Astrobiologyという別の雑誌に論文を投稿するも、掲載拒否された経緯があります。このInternational Journal of Astrobiologyはさほど審査が厳しい雑誌ではないのですが、論文のクオリティーが掲載に値しないと判断されたか、このような物議を醸し出すような論文を掲載することで世間から批判にさらされるのを避けたのでしょう。


実際、当時のInternational Journal of Astrobiologyの編集長で私の同僚でもあったSETI研究所のMancinelli氏は、この論文に対してかなりネガティブなコメントを寄せています。


Alien Microbe Claim Starts Fight Over Meteorite


また、私が直接知っているNASAのほとんどの研究者達も徹底的に否定的な意見を並べています。一方で、Jounal of Cosmology編集部が呼び集めた専門家の中には、今回の発見に対してポジティブな意見を述べている人もいます。


さて、それではHoover氏が隕石から発見した物体は、地球外生命体なのでしょうか。それとも違うのでしょうか。


私が今朝のテレビ朝日の番組で解説した内容は、かなり編集されており真意が伝わらなかったので、ここで私の見解をきちんと述べさせていただきます。


はい、ズバリ90%の確率で偽物だと思います。


しかし、逆に言えば、10%の確率で本物の可能性があるといえます。


それでは、科学界で論議を巻き起こしている当論文の内容を、ここで軽く見ていくことにしましょう。

  • Hoover氏の論文内容


1. 実験方法


今回の研究では、1864年と1938年にそれぞれフランスとタンザニアに落下した、CI1炭素質コンドライトという種類の隕石の試料(それぞれ総量1.9gと0.1gの破片)について調べた。実験に使われるまで、隕石は博物館や財団で保管されていた。


隕石の破片をさらに砕き、割断面を走査型電子顕微鏡で観察した。地球由来の微生物が混入しないように道具は炎で滅菌し、砕いた隕石にも余計な処理はせずにすぐに解析に使った。


さらに、エネルギー分散型X線分析法という方法によって、隕石試料の元素構成を調べた。


2. 実験結果


両方の隕石から、地球上に現存する種類の藍藻やその他の細菌に酷似した構造体が見つかった。



左: 隕石中の生物様構造体 右: 巨大細菌Titanospirillum velox
These images are originally from Journal of Cosmology


この写真左の生物体様構造は、全体的に湾曲しているところや、表面構造などの点で、いくつかの種類の藍藻や細菌に似ている。この構造体の末端には、鞭毛のような構造も見られた。とりわけ、大きさ(20ミクロン)と形態は巨大細菌のTitanospirillum velox(写真右)と相似である。

生物体様構造には比較的炭素が多く含まれ、窒素は検出されなかった。



左: 隕石中の生物様構造体 右: 藍藻の一種
These images are originally from Journal of Cosmology and Visuals Unlimited respectively


こちらの写真左の生物体様構造体は、岩石部分にしっかりと根付いていた。この紡錘状の形状は、多くの藍藻の種類に共通してみられる。この構造体からも窒素はほとんど検出できなかった。



左: 隕石中の生物様構造体 右: 藍藻Calothrix属の一種
These images are originally from Journal of Cosmology


写真左の生物様構造体は、包嚢構造が岩石部分にくっついた構造をとっている。この形状は藍藻Calothrix属(写真左)と共通するものである。


3. 結論

今回解析した隕石から発見された生物体様構造は、地球上に存在する藍藻類やその他の細菌類のうちのいくつかの種類と形態と大きさが酷似するものであることから、これらは微小生命体の化石であるといえる。


また、地球上の生物が化石になると、徐々に窒素を失うことが今回の研究でも確かめられた。しかし、窒素が検出不可能なレベルに達するには、化石化してから数万年以上を要する。今回の隕石が地球に落下したのはそれぞれ145年前と73年前である。よって、少なくともこれらの生命体は地球にやってくるはるか昔に化石となったのだろう。


また同時に、これらの生命体が地球上の微生物が混入したものであるという可能性も否定される。もし地球上の微生物が混入したものであるならば、窒素が検出されるはずだからである。


結論として、これらの生命体は彗星などの中で水とともに育まれ、その後に化石化した地球外微小生命体といえる。

  • 反論


このように、本論文でHoover氏は隕石から見つかった微小構造体を生物の化石だと言い切っていますが、今回示した実験手法とデータでは、以下のような反論を招いています。


1. 細菌は岩石の中まで侵入していくことが可能だ。この構造体はやはり地球由来の微生物ではないのか。


現在、この反論を唱える研究者が最も多いようです。私が所属していたNASA Astrobiology InstituteのPilcher氏もその一人です。


NASA、地球外生命体の化石に「科学的根拠なし」


ただ、もし微生物が混入したものだとすると、そこからは窒素が検出されるはずです。Hoover氏のデータを信じるならば、これは微生物の混入の可能性を排除しても良いでしょう。


ちなみに、今回の実験で元素解析に使った分散型X線分析法では検出感度が低く、現在同様の実験を行う際にはラマン分光法などの解析法を使う方がベターなようです。


2. 同じ隕石を調査した先行研究の結果と矛盾する部分がある。


上述のように、今回の研究では、隕石からは窒素がほとんど検出されなかったと述べています。しかし、以前別の研究者が同じ隕石を調べたらアミノ酸や核酸を構成する塩基が見つかった、という記述があります。


当然ながらアミノ酸や塩基には窒素が含まれているので、今回の結果と矛盾する形になっています。


この疑問をネット上で投げかけている研究者は他に見当たらず、今のところ私くらいのうようです。


3. 今回の構造体が無機物から生じた可能性を否定できない。


おそらくこの反論が、最もクリティカルではないでしょうか。


そもそも走査型顕微鏡で構造体の表面を観察し、形態が生物のそれと似ているからといって「これは生命体だ!」などと断言はできないはずです。透過型電子顕微鏡なども併用して内部構造まで観察してみるなど、より詳細な調査が必要になります。


また、まったくの無機物が熱や圧力の影響を受けることで、このような生物っぽい構造体が作られることが知られています。地球上からは、今回と全く同じような形状の化石は見つかっていないようですが、宇宙空間で我々が推測できないような物理化学的要因で、今回のような形状の岩石が形成される可能性は大いに考えられます。


4. 地球上の生物に似すぎている


個人的な感覚として、ちょっとありえないのでは?と思う部分は、今回の生物様構造体が実際の藍藻などに酷似していることです。


地球と全く異なった環境で生じた生命体がいるとして、姿形が地球上の生物とここまで似るものなのでしょうか?それは、なんとなく腑に落ちません。

  • これらの構造体は地球外生命体ではない?


しかしながら、逆に「これらが地球外生命体ではないと言い切れるか」と問われれば、それもできないでしょう。


なんだかんだ言って、確かに生物のような構造をとっていますし、その可能性は少しはあると思います。


ですので、冒頭に10%の確率で本物の可能性がある、と書かせていただきました。少しでも可能性があるわけで、そういう夢に思いを馳せてもいいのではないでしょうか。


まぁいっそのこと、仮死状態になったクマムシや細菌みたいな生物が隕石の中から発見され、復活させることができれば、正真正銘の地球外生命体と言えるのですけれどもね。


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