クマムシ博士のむしブロ

クマムシ博士が綴るドライな日記

ヒ素をDNAに取り込む細菌の発表に対する反論に対する反論

NASA研究者らにより、科学誌「Science」に発表された「ヒ素をDNAに取り込む細菌」の論文に対して、多くの科学者から批判や反論が巻き起こっているようです。

Nature*1がここぞとばかりにNASAやScienceを批判しているのが面白いですね。


細菌が毒舌反応を招く: Nature

様々な科学者の批判: Discover Magazine


(これまでの経緯を知りたい方は、本ブログの以下の記事をご参照下さい)


[地球外生命体] NASAの会見内容を予想してみる

[NASA会見]DNAにヒ素をもつ生物の発見


以下、主な批判をまとめてみます。


1. 論文のデータでは不可抗力で混入した微量なリンが細菌の増殖を左右しているようだ。実際に、ヒ素ありリン無し(+ヒ素/-リン)培地でも、ヒ素無しリンあり(-ヒ素/+リン)培地でも細菌が増えている。なのに、ヒ素もリンもない(-ヒ素/-リン)培地で細菌が増えないのは謎だ。
(Shelley Copley [University of Colorado])

2. ヒ素培地で培養した細菌の中には液胞のようなものが見える。細菌に取り込まれたヒ素は、この液胞に多くが含まれているのであって、DNAや他の分子には取り込まれていないのではないか。
(Gerald Joyce [Scripps Research Institute])

3. DNA抽出のあとに試薬を洗い流していない。このために試薬から混入したヒ素がDNAの表面にくっついたのであって、ヒ素がDNAに取り込まれたわけではないのでは?
(Rosemary Redfield [University of British Columbia])

4. 彼らは細菌がヒ素を取り込むことを証明したが、DNAにヒ素が取り込まれたことをはっきりと証明できていない。DNAをゲルからきちんと精製してから、質量分析法を使えば白黒はっきりするはずなのに。
(Roger Summons [MIT])

5. ヒ素の作る結合は不安定なので、DNAの構成要素として働くのは無理だ。
(Norman Pace [University of Colorado])

6. 細菌の菌体中のヒ素濃度(0.2%)に比べ、DNA中のヒ素頻度が低すぎる(0.00000003%)のは不自然。
(Rosemary Redfield [University of British Columbia])


寄せられている批判の多くは、


A. 行った実験手法が不適切

B. データからは彼らが主張するような結論は導かれない


ということに集約されているようです。

ちなみに私個人も上記以外に指摘したい部分があり、それは以下のことです。


7. +ヒ素/-リン培地および-ヒ素/+リン培地で培養した細菌の元素分析のデータは示しているのに、-ヒ素/-リン培地で培養した細菌の元素分析データがない。


というのも、もし-ヒ素/-リン培地で培養した細菌に、-ヒ素/+リン培地で培養した細菌と同等のリン濃度しかないことが示せれば、上記の1.の批判は起こらないし、ヒ素そのものを生体分子の構成物質として利用している状況証拠になり得るからです(もちろん、この場合でも直接証拠にはなりえませんが)。


とはいえ、私としてはロマンのある説の方が好きなので、今回の細菌が本当にヒ素をDNAに取り込んでいたらなぁ、と思いたいです。

しかしこれでは単なる感情的な感想になってしまうので、上述の反論に対する科学的かつ妄想的な反論を試みてみようと思います。


反論に対する反論


1'. なんだかんだで–ヒ素/-リン培地では細菌は増殖しない。ということは、+ヒ素/-リン培地で増殖した細菌は、ヒ素を同化しながら生育していても不思議ではない。

2'. +ヒ素/-リン培地で培養した細菌のDNAにヒ素が微量しか見られなかったのは、DNAを抽出するときに多量のヒ素DNAが分解してしまったため。ヒ素を高頻度で含むDNAは従来の方法では抽出精製できない。

3'. 2'.と同様の理由で、質量分析をする時にDNAを精製しようとしたら簡単に分解してしまった。

4'. 世界を巻き込んで大々的に会見をしたからには、それなりの自信と根拠があるはずだ。この研究グループは、今回発表したデータよりもはるかに固いデータを持っているに違いない。


ちょっと苦しめな反論に対する反論ですが、個人的には2'.の理由で+ヒ素/-リン培地で培養した細菌由来のDNAのバンドが比較的薄くなっているのかな、なんて思ったりします。

まぁ、よく見ると穴がたくさんあって、突っ込まれても仕方のない論文であることは確かです。


ところで、批判している研究者の中でもとりわけRosemary Redfieldさんのブログはかなりアグレッシブで読み応えがあります。

その中でも、「同じ条件で大腸菌を使って実験をし、ヒ素細菌と比較してみるべきだった」ということは私の意見と同じでした。+ヒ素/-リン培地で培養した大腸菌から、同じ方法で抽出したDNAにヒ素が
一切検出されなければ、実験手法は適切だったといえるからです。(この場合、大腸菌は増殖しないと思われるので、ヒ素培地に浸したた死骸を
使うことになりそうですが。)


そんな中、今回の発見の筆頭著者である渦中のWolfe-Simmonさんがご自身のサイトで以下のようなコメントを出しています。


"細菌GFAJ-1を細胞株管理施設に譲渡する予定です。他の研究者の人たちにこの細菌を提供できるように、喜んで準備します。"


要は、批判する研究者が推奨する実験計画を組んで追試すれば、すべて解決するわけです。
真理はどっちか?!今後もこの研究の行方に目が離せません。


さて、このような批判も徹底的に行う北米の科学に対する姿勢というものには学ぶところがあると多いと思いました。日本で実名で他人の研究結果をここまで批判することはなかなか考えられませんが、もうすこしオープンに議論する空気ができたら良いかもしれません。

PS: とはいえ、Redfieldさんをはじめとした多くの研究者がWolfe-Simmonさんらに対して投げる言葉には、必要以上にキツいものもありました。
比較文化の観点からも興味深いので、次回の記事でちょっとまとめてみることにします。


*1 有名科学誌。Scienceとはライバル関係。お互いの雑誌に掲載された論文のあら探しをしてディスりあうことがしばしば見られる。


[関連記事]

[地球外生命体] NASAの会見内容を予想してみる

[NASA会見]DNAにヒ素をもつ生物の発見

ヒ素をDNAに取り込む細菌の発表に対する反論[番外編]

地球外生命体の確率は何パーセント?