クマムシ博士のむしブロ

クマムシ博士が綴るドライな日記

ヒアリ被害による死亡例とリスクについて

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ヒアリ被害による死亡例とリスクについて、あらためて手短にまとめた記事をハーバー・ビジネス・オンラインに寄稿しました。

困ったことに、この環境省の声明を受けて、一部の報道機関が「ヒアリによる死亡例はない」とする誤った情報を流してしまった。この情報は現在もネット上で拡散し、少なくない人々が「ヒアリで死ぬというのはウソだった」と信じているようにみえる。


政治も経済でもそうだが、物事は0か1かに分けられるものではない。ヒアリによる死亡リスクもしかり。情報を発信する側も、それを受けとる側も、そこを注意しなければならない。


hbol.jp


この記事が、「ヒアリ死亡例はなかった」という誤情報拡散の火消しになればと思います。


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「ヒアリ死亡例は確認されなかった」という一部報道を検証する

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日本テレビのニュース報道が「環境省の調査により海外でのヒアリによる死亡例は確認できなかった」と伝えていた。


news.livedoor.com

国内で相次いで発見されているヒアリについて、海外での死亡例は確認できなかったとして、環境省はホームページから表現を削除した。

日テレNEWS24


しかし、このブログの前回の記事でも検証したように、アメリカではヒアリの死亡例が確認されているのは明らかだ。


horikawad.hatenadiary.com


1998年までに累計で少なくとも44例のヒアリによる死亡ケースが確認されている。そして、これはだいぶ少なく見積もった数だ。個々の死亡ケースは、たびたびニュースになっている。たとえば2016年には、母親が死去した翌日に、葬式のアレンジのために干し草の上で電話をしていた娘が、ヒアリに襲われて亡くなったことが報告されている。


www.independent.co.uk


環境省が本当に「海外でのヒアリによる死亡例は確認できなかった」と伝えたのだろうか。さすがにそうとは、考えられない。


おそらく、専門書『ヒアリの生物学』に書かれていた「ヒアリで年間100人死亡」の根拠となる文献が確認されなかった、ということなのだろう(これについては、前回の記事で検証した)。そして、中国と台湾ではヒアリによる死亡例が確認されていない、という情報をごっちゃにして、日本テレビがミスリードするような報道をしてしまったのだと思われる。


実際に、NHKなどでは「アメリカで年間100人がヒアリで死亡という表記を削除した」と伝えている。


www3.nhk.or.jp

環境省はアメリカで年間およそ100人がヒアリに刺されて死亡していると紹介したホームページの表記が不正確なおそれがあるとして削除しました。

NHK NEWS WEB


日本テレビの報道により、多くの人々が「ヒアリに刺されても絶対に死ぬことはない」と勘違いしてしまっているようだ。LINE社系の信憑性が低いまとめサイトなどがこぞって「ヒアリでは死なない」という誤情報を拡散しており、悪影響が広がっている。


それにしても、報道機関はきちんとした情報を伝えて欲しいものだ。


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「ヒアリに刺されて年間100人死亡説」を検証する

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ヒアリ Solenopsis invicta. 撮影:松本吏樹郎(大阪市立自然史博物館)(CC BY 4.0)


2017年になって、神戸、名古屋、大阪、そして東京で相次いで発見されている、侵略的外来種のヒアリ(Solenopsis invicta)。ヒアリは人を刺し、確率はきわめて低いものの、ときに死に至らしめることもある。このことから、連日のように報道されるヒアリ発見のニュースは、少なくない人々を不安にさせている。


前回の記事で紹介した、日本語で書かれた唯一のヒアリ書籍『ヒアリの生物学』には、アメリカでは1年間で1400万人ほどがヒアリに刺され、そのうち100人ほどが死亡していると書かれている。*1


ヒアリの生物学―行動生態と分子基盤

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(追記:Amazonで在庫切れの場合、出版社に問い合わせると入手できる可能性があるそうです。出版社のサイトはこちら。)


ヒアリに対して不安を感じる源の大きな部分は、この「ヒアリで年間100人死亡説」に依るところも大きいのではないだろうか。だが、よく調べてみると、この説は、はっきりとしたデータを元にしているわけではないことが、分かってきた。


・「100人説」はどこから


この部分は『ヒアリの生物学』の著者らによる調査が元になっているわけではなく、Taber氏により2000年に出版された別の書籍『Fire ants』を引用したものである。


Fire Ants (Texas a&M University Agriculture Series, 3)

Fire Ants (Texas a&M University Agriculture Series, 3)


たしかに、『Fire ants』には以下のような一文がある。

The number of deaths per year has been estimated at one hundred but is probably underestimated because the possibility of fire ant attack is rarely investigated when the cause of death is unknown.

(クマムシ博士による訳)
ヒアリに刺されて死亡する人数は年間100以上と推定されてきたが、死因不明の場合には、死因がヒアリの可能性かどうかが調査されることは少なく、おそらくこの数字は少なめに見積もられている。


このように、『Fire ants』にはたしかに「ヒアリで年間100人死亡」と書かれているわけだが、この部分にはどの文献も引用されていない。つまり、これは著者であるTaber氏の見解のようだ。だが、この「100人説」の根拠となるようなデータや説明は、『Fire ants』の中には見られなかった。


・文献をたどる


そこで、他にヒアリによる死亡者数のデータを示している文献がないかを探したところ、1989年に出版された、Rhoades氏らによる論文に行き着いた。


Rhoades氏らは、29,300人の医者(救急医、小児科医、アレルギー専門医、かかりつけ医など)にアンケート用紙を郵送し、過去にヒアリに刺されたことによりアナフィラキシーショックを起こした人を知っているかどうかを問い合わせた。


その結果、29,300人のうち8.6パーセントにあたる2,506人の医者から回答があった。回答により得られたケースのうち、84例が死亡したケースで、2例が重篤なケースだった。


これらの84例の報告のうち、重複しているケースを省くと、最終的には致死的なケースは32例となった。このうち少なくとも2例は最終的に回復したとされ、実際に死亡したケースは、30例と見積もられた。


ところで、科学論文やWikipedia(英語版)を含めた少なくない文献に、このRhoades氏らの論文を引用して「ヒアリによる死亡例は年間80ほど」と書かれているが、上述のようにこれは重複したケースを含むものであり、正確な引用がなされていない。おそらく、Abstract(要旨)のみの情報が拾われて記述され、拡散しているのだろう。


話を戻そう。つまり、ヒアリに刺されて死亡した例は、1989年までに、累計ではっきりと判明しているのが30例ということになる。もちろん、このアンケートに未回答のままの医者の中に、ヒアリが原因で死亡した人を知っている人がいるかもしれないし、ヒアリに刺されて死んだのに、死因が心臓発作や原因不明とされているケースもあると考えられる。この30例というのは、あくまでも「最低でもこの数字」というものだ。


また、Prahlow氏とBarnard氏は、1998年までの50年間で、ヒアリに刺されて死亡した人数を、過去の文献調査により見積もった。調査された文献には、Rhoades氏らの論文も含まれる。その結果、累計で少なくとも44人が死亡していたことが判明した。


これらの結果から、少なくとも1998年までは、ヒアリに刺されたことが原因で死亡した例は、年間で1〜2人が記録されていたことになる。これ以降で、ヒアリによる死亡数をきちんと調査した文献は、見つからなかった。


・ヒアリの危険度は


ヒアリによる正確な死亡数ははっきりと分かっていないが、同じように死に至らしめるハチなどと比べることで、その危険性を相対的に推定することはできる。


アメリカ合衆国労働省は、2003年から2010年の8年間で、労働者が作業中に昆虫やクモに刺されたことにより死亡した人数が、累計で83人、年間平均で10人程度だと発表している。この83人のうち、52人(64パーセント)はハナバチ、11人(13パーセント)はスズメバチやアシナガバチ(6パーセント)、7人はクモ、そして3人(4パーセント)はヒアリを含むアリが死亡原因としている。


この結果を見ると、ハナバチなどに比べて、ヒアリによる被害の割合が、思ったよりも低いように感じる。だが、このデータの解釈の仕方には、注意が必要だ。


このデータは労働者を対象にしたものであるため、死亡事案が発生した場所が、農場などに偏っている。つまり、このデータには、農場などの環境を好むハナバチに高頻度で遭遇した結果が反映されているかもしれない。たとえば、公園や自宅の庭が主な行動範囲の子どもの場合では、また別の結果になるかもしれないのだ。
 

・まとめ


今回の調査からは、「ヒアリに刺されて年間100人死亡説」を裏付ける文献は見つからなかった。また、1年の間にヒアリに刺されて死亡する実際の人数についても、知ることはできなかった。


しかし、だからといって、「ヒアリに刺されて年間100人死亡説」をデマとするのも早計だろう。もしかすると、アメリカ国内の専門家の中には、公表されたない何らかの情報を根拠とし、この「100人説」を支持する人が一定数いるのかもしれない。


また、「100人説」を根拠とする公開データが見つからないからといって、「安心してよい」と言うこともできないだろう。いずれにせよ、仮に「100人説」が真実だとして、ヒアリに刺されて死ぬ確率は0.001パーセント以下であり、そこまで神経質になりすぎる必要はないと思われる。


アメリカでは、ヒアリ被害の対策や啓蒙も盛んになされており、以前よりも人々がヒアリに対して警戒するようになっている面もあるだろう。ただ、その一方で、アメリカではヒアリの生息域が拡大するだけでなく、その生息密度も増加している。アメリカの人口も増えており、ヒアリに遭遇する人が増えていない、とも言い切れない。


国際社会性昆虫学会日本地区会のウェブサイトによると、現在、この死亡者数について調査中とのことなので、そのうち、より正確な数字が出てくるかもしれない。


※本記事は有料メルマガ「クマムシ博士のむしマガ」392号「ヒアリの生物学」から抜粋したものです。

【料金(税込)】 1ヵ月864円(初回購読時、1ヶ月間無料)

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【参考資料】

『ヒアリの生物学』東 正剛、緒方 一夫、S.D. ポーター 著 東 典子 訳

『Fire ants』Taber S.W. 著

Rhoades et al. (1989) Survey of fatal anaphylactic reactions to imported fire ant stings. J. Allergy Clin. Immunol. 84:159-62.

Prahlow and Barnard (1998) Fatal Anaphylaxis due to fire ant stings. Am J Forensic Med Pathol. 19: 137-142.

Pegula and Kato (2014) Fatal injuries and nonfatal occupational injuries and illnesses involving insects, arachnids, and mites. Beyond the Numbers 3: 1-13.

ヒアリに関するFAQ: 国際社会性昆虫学会日本地区会

Kemp et al. (2000) Expanding habitat of the imported fire ant (Solenopsis invicta): A public health concern. J. Allergy Clin. Immunol. 105:683-691.


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【追記】

1. 『ヒアリの生物学』の出版元である海游舎のサイトへのリンクを追加しました。(2017年7月14日)

*1:ヒアリの生物学』には、年間死亡者が80人いるとする説も紹介している。この部分は、Kemp氏らの論文を引用したものだ。そして、このKemp氏らの論文では上に挙げたRhoades氏らの論文を引用したものだ。上述のように、Rhoades氏らの論文で述べている80人という数は重複したケースを含むものであり、Kemp氏は正確に引用していない。

『ヒアリの生物学』でヒアリの生態を知る

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Image: Insects Unlocked (Creative Commons CC0 1.0 Universal Public Domain Dedication)


2017年5月、神戸港で国内では初となるヒアリが発見された。さらに同年6月には名古屋港と大阪港でもヒアリが確認された。ヒアリは原産地の南米からアメリカ、オーストラリア、そしてアジア諸国へと侵入、定着しており、その分布域を拡大している。


ヒアリは針をもち毒を打ち込んで攻撃し、場合によっては人間を死に至らしめるともある。このことから、国内のメディアでも「殺人アリ」ヒアリについて大きく取り上げるようになってきたが、この侵略的外来種が実際にどの程度脅威となりうるのかについて、正確かつ詳細な情報源が限られているのが現状だ。


この生物について国内で入手できる情報源のうち、もっとも豊富な情報を提供してくれるのが書籍『ヒアリの生物学』だろう。


ヒアリの生物学―行動生態と分子基盤

ヒアリの生物学―行動生態と分子基盤


(追記:Amazonで在庫切れの場合、出版社に問い合わせると入手できる可能性があるそうです。出版社のサイトはこちら。)


2008年に出版された本書には、次のような一節がある。

ヒアリは将来日本を侵略するだろうか?答えは「イエス」である。問題は、いつ、どこに侵入するかということだ。


9年前に出版された本書は、まさに今の日本の状況を言い当てていた。今回は、本書からの情報を中心に、この生物の生態、侵略の経過、そして対策などを見ていきたい。


・ヒアリとは


ヒアリは広義には「刺されると火傷のような痛みを起こすアリの総称」だが、狭義には南米原産のSolenopsis invictaのことをいう。ここでも、このS. invictaをヒアリとよぶことにする。ちなみにinvictaとは「強い、やっつけられない」という意味。まさしく、このアリの絶望的なまでのタフさを言い表している。


触角の先に2節からなるふくらみがあることと、お腹の近くの腹柄に2つのこぶがあることが、ヒアリの形態の特徴。


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Image: ヒアリのワーカー. 『ヒアリの生物学』より著者の許可を得て掲載


ヒアリは日当たりの良い場所に巣を作る。原産地の南米よりも侵入先のアメリカなどの方でヒアリが繁栄しているが、これは宅地や公園などの都市環境がヒアリにとって好都合なこともあるようだ。人間がせっせとヒアリのための環境を整えている事実は、なんとも皮肉である。


ヒアリの巣はマウンド状のアリ塚を形成する。


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Image: ヒアリのアリ塚. 『ヒアリの生物学』より著者の許可を得て掲載


日本ではこのようなアリ塚を作るアリはほとんどいないため、もしヒアリがそれなりの規模の巣を作っていれば、これが目印になる。コロニー内のアリの数は数万〜数十万にもなる。つまり、大きなコロニーには、鳥取県の全人口と変わらない数のアリが暮らしているわけだ。


突然の雨に見舞われても、ヒアリは怖気づかない。ヒアリたちは互いに組み合ってイカダをつくり、水たまりに浮いて避難する。恐るべき生存能力。


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Image: TheCoz (Creative Commons Attribution-Share Alike 4.0 International)


他のアリと同様に、ヒアリは巣内に女王アリとワーカーがいる(真社会性)。女王アリは1時間に80個のペースで卵を産み、一生の間に200〜300万個の卵を生産する。ワーカーはすべてメスだが生殖能力はない。ワーカーの大きさは2.5〜6ミリメートルとばらつきがあり、小型ワーカーは主に巣内の仲間の世話や採餌を、大型ワーカーは主に餌となる種子を砕いたり巣を掘ったりする。


ワーカーには、女王アリや仲間の防衛という重要な任務がある。平均して、小型ワーカーは1回の攻撃で7刺し、大型ワーカーは4刺しする。攻撃力は小型ワーカーの方が高い。


女王アリが生殖力をもつ新女王とオス(有翅虫)を産む時期は、ワーカーが1刺しあたりに注入する毒の量は1.5倍となり、攻撃力が増す。この攻撃力増大は、自分たちの血縁者を守る適応的行動だと考えられる。この攻撃力の変化が女王アリからのシグナルにより引き起こされるのか、興味深いところだが、よくわかっていないようだ。



ヒアリの動画


・ヒアリの毒


アメリカでヒアリに刺される人は年間1400万人であり、毎年100人ほどが死亡していると推定された(註: この値は推定値であり、実際の数については議論がある→こちらで検証しました)。ちなみに、日本でスズメバチに刺されて死亡する人は、年間20人ほど。日本国内の交通事故で亡くなるのは4000人ほどだ。


ヒアリに刺されると激痛が走り、刺された箇所が赤く腫れあがる。ヒアリは一度に何度も刺すため、同じ場所に複数の腫れができる。ハチに刺された時には見られない膿疱ができるのが特徴だ。


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Image: ヒアリに刺されたあと. 『ヒアリの生物学』より著者の許可を得て掲載


ハチ目のうち毒を合成するハチやアリのほとんどは、毒成分のほとんどはタンパク質らしい。だがヒアリ毒はアルカロイド毒であるソレノプシンが主成分であり、この生合成経路も備えている。ソレノプシンは膜表面タンパク質の機能阻害や神経間のアセチルコリン伝達阻害を引き起こす。幼児が一度に多数のヒアリに襲われると、この直接的な毒作用で呼吸困難に陥り、死亡することもあるようだ。


通常、ヒアリに刺されても1週間ほどで治癒するが、すでにヒアリに刺されたことがある人は過剰反応を起こし、アナフィラキシーショックを引き起こすこともあり、最悪の場合は死に至ることもある。


ヒアリに刺された時は、漂白剤を同量の水で薄めて患部を洗浄し、かゆみを抑える抗ヒスタミン剤や細菌感染を防ぐ薬を塗っておく。市販の虫刺され薬で良いようだ。万一アナフィラキシーショックを起こした時はエピネフリン(アドレナリン)など、ステロイド薬を注入したりと、病院で内科的処置を行わなければならない。


ただし、ヒアリに刺されて死ぬ確率は14万人に1人(0.001パーセント以下)程度ときわめて低いことを覚えておきたい。


・ヒアリ侵略の歴史


ヒアリが南米からアメリカに侵入したのは1930年代と考えられており、それ以降生息域を拡大し続けている。上述のように、ヒアリにとって好適な日当たりの良い開けた環境が多いことも分布域拡大の原因だが、南米に存在していたような天敵がアメリカにいないことも、ヒアリが新天地で繁栄した大きな理由のようだ。


アメリカでは1950年代から1980年代にかけて、総額1億7千万ドルもの巨額の費用をかけて殺蟻剤を散布するなど対策を講じたが、ヒアリを撲滅することはできなかった。この間、有機塩素系農薬の散布による他生物への悪影響も顕在化し、レイチェル・カーソンによる『沈黙の春』に代表される環境保護運動の盛り上がりもおきた。そして残念ながら、人間や生態系に影響のない殺蟻剤の開発もうまくいかなかった。


結局、アメリカでは原産地よりもはるかに高密度のヒアリが生息することとなり、アメリカから他国への侵入と定着を許すまでになってしまった。アメリカ以外にも中国や台湾など、日本はヒアリ保有国と活発に貿易をしており、ヒアリが知らずに輸入されるリスクに常にさらされている。


・ヒアリの被害


日本では「殺人アリ」としてヒアリへの恐怖が高まっているように見える。確かに、日本でヒアリが定着可能なエリアは関東以南と幅広く、自宅、路上、公園などの日常生活の場で子どもなどを中心にヒアリの脅威にさらされると予想され、人的被害は無視できない。


ただ、日常的にヒアリに刺されていた台湾出身の知人らは、ヒアリに刺されても死ぬことはまずないので、不快以上の感想はなく、日本の報道は大げさだ、と私に言っていた。これについては、首肯できるところがある。


ヒアリが及ぼす人的被害のリスクをどう見るかは、個々人で異なるだろう。ただ、一つ言えることは、ヒアリの被害は人への影響にとどまらないということだ。


ヒアリは広食性で昆虫などの節足動物の他に植物も食べる。ジャガイモ、トウモロコシの種子、柑橘類の木を食べ、作物への被害は無視できない。


さらに、ヒアリは生まれたばかりの脊椎動物を襲う習性があり、ニワトリやウシといった家畜の仔も殺されたり盲目にさせられることがある。これらに対する策にもコストがかかり、畜産業への被害は甚大だ。また、野生の希少種への影響も懸念される。


他にもヒアリにより不動産や観光地の価値が下がったり、ヒアリが電線をかじるなどして電気系統にダメージが与えられるなど、ヒアリによる被害は広範である。アメリカではヒアリによる経済損失は年間で50〜60億ドルにも及ぶ。ヒアリはただの「不愉快な生きもの」として片付けられないわけだ。


日本のどこかでヒアリがすでにコロニーを作っていたら、我々はなす術がないのだろうか。これについては、ヒアリが侵入してからの経過時間に依存しそうだ。女王アリは新コロニーを創設してから2年ほどは繁殖できる有翅虫を産まないため、それまでに殺蟻剤などを使用して徹底した駆除を行えば、撲滅できる可能性はある。


しかし、有翅虫を生産するようになると、生息域が爆発的に拡大していくので、完全な撲滅は困難になるだろう。


・ヒアリ対策


ヒアリを定着させないためには、早期の発見と防除が鍵となる。また、定着してしまった場合に備えて、ヒアリ駆逐のための基礎研究をすでに進めておく必要もありそうだ。「倒せない」ヒアリにも天敵が存在し、たとえばノミバエはヒアリに寄生して殺す生態をもつため、生物的防除の手段として研究が進められている。


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Image: ヒアリ頭部から羽化するノミバエ. 『ヒアリの生物学』より著者の許可を得て掲載


日本には世界的に見てもアリの専門家の層が厚く、ヒアリの生態を理解し弱点を探るためのプロジェクトを国の支援のもとに立ち上げてもよいだろう。


侵略的外来種として名高いヒアリは、基礎生物学にとって興味深い対象でもある。ヒアリのコロニーには女王アリが1匹しかいない単女王制コロニーと、2匹以上の女王アリが同居する多女王制コロニーがある。面白いことに、単女王制コロニーと多女王制コロニーでは、そこにいるヒアリのGp-9遺伝子の遺伝子型が異なる。


Gp-9遺伝子は、ヒアリ体表の匂い物質の合成に関わっていると考えられている。多女王制コロニーに共存している女王どうしの血縁関係はほとんどないため、この遺伝子の「印」だけで同居するかどうかを決めていることになる。例えるなら、血液型が同じというだけで赤の他人の家族と同居し、世話するようなものだ。


このGp-9遺伝子は、ヒアリの体表に「レッテル」を貼ることで、同じ「レッテル」、つまり、同じ遺伝子型をもつヒアリ個体に仲間を受け入れさせて利他行動を促している。結果として、同じ遺伝子型のコピーが増えていくことになる。


これは利己的遺伝子の典型と考えられ、「緑ひげ遺伝子」とよばれる。緑ひげ遺伝子の存在はリチャード・ドーキンスにより1970年代に予言されたが、それが1990年代にヒアリのGp-9遺伝子として実際に発見されたことになる。


このように、ヒアリは社会生物学のモデル生物として、興味深い知見を提供してきた。これから日本でアリ研究者を目指す若い世代にとって、(日本国内で研究するのは難しいかもしれないが)ヒアリは防除研究と行動生態学研究の両方において魅力的な材料に映るのではないだろうか。


・最後に


ここに紹介したヒアリの生態は、『ヒアリの生物学』の内容のごく一部であり、さらに詳しい内容を知りたい人はぜひとも本書を手にとってみてほしい。とはいえ、Amazonでは品切れが続いているので、出版社さんにはなんとかして本書を世の中に流通させてほしいものなのだが。(追記:出版社に問い合わせると入手できる可能性があるそうです。出版社のサイトはこちら。)


※本記事は有料メルマガ「クマムシ博士のむしマガ」392号「ヒアリの生物学」から抜粋したものです。

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・参考資料


『ヒアリの生物学』東 正剛、緒方 一夫、S.D. ポーター 著 東 典子 訳

ヒアリの生物学―行動生態と分子基盤

ヒアリの生物学―行動生態と分子基盤

Red imported fire ant: Wikipedia

ヒアリ(Solenopsis invicta)の国内初確認について:環境省

ストップ・ザ・ヒアリ:環境省

ヒアリに関するFAQ

兵庫県内で発見された特定外来生物ヒアリ(Solenopsis invicta)について

小さな侵入者”ヒアリ”を退治せよ!: academist


【関連記事】

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【追記】

1. ヒアリによる死亡者数について註をつけました。(2017年7月6日)

2. ヒアリによる死亡者数100人という通説について検証した記事を追加しました。(2017年7月10日)

3. 『ヒアリの生物学』の出版元である海游舎のサイトへのリンクを追加しました。(2017年7月14日)

乾いても死なないクマムシの謎。その鍵を握るのは……?

よく聞かれる質問の中に「どうしてクマムシを研究しはじめたんですか?」というものがある。「そのクマムシ帽子はどうやって頭にくっついているんですか?」の次に、頻繁に聞かれる質問である。


クマムシの道に入ったのは、私が大学学部4年生のとき。変わり者だった教授に興味を持ち、その研究室に入ったのがきっかけである。その教授、関邦博さんは「クマムシの超高圧耐性」を初めて発見した人だった。ある日、研究室OBの豊島正人さんが私にクマムシを見せてくれた。


クマムシは可愛かった。


豊島さんは、その可愛いクマムシを乾燥させた。水を失ったクマムシは、空き缶が潰れたような姿になり、まったく動かなかった。だが、水をかけてからしばらくすると徐々に動き始めた。信じられない光景だった。


「可愛くて、強い」。これが、私がクマムシに惹かれた理由だ。


今回は、このクマムシの「強さ」に焦点を当てて論じたい。クマムシは乾燥しても死なず、吸水すると復活できる。この乾燥した仮死状態を、乾眠という。



クマムシは乾眠になると、超低温、超真空、超高圧などの極限環境に耐えることができる最強モードになる。クマムシは乾眠に移行するとき、体内の水分が80%から3%以下にまで低下する。カチカチの鰹節でも、15%ほどの水分がある。クマムシがいかにカラカラかがわかるだろう。当然ながら、私たちがこんなふうにカラカラになってしまえば、水を吸ったとしても生き返ることはない。


通常、細胞から水がなくなると、細胞膜が壊れたり、タンパク質などの生体物質の構造が崩れてしまう。いったんそうなると、水が与えられても、元に戻ることはない。つまり、生命活動が再開せず、死んでしまう。


クマムシは動物であり、多細胞生物である。我々と同じように神経や筋肉といった組織をもつ。つまり、乾眠のクマムシ体内ではこれらの組織もカラカラになっているが、何らかのしくみで壊れないように守られているわけだ。カラカラになっても乾眠になって生き延びられるクマムシには、極端な乾燥ストレスから細胞を守る仕組みがあるはずだ。


クマムシの細胞を守る実体として最初に提唱された物質が、二糖類のトレハロースである。センチュウやネムリユスリカなどクマムシと同様に乾眠する動物では、乾眠時にこのトレハロースが体重の15〜20%ほど蓄積されることが知られていた(1)。


トレハロースは乾燥した細胞の中で水の代わりに生体分子と相互作用したり(2)、ガラス化とよばれる状態を作り出し細胞の構造を保持する働きがあると考えられている(3)。クマムシの一種カザリヅメクマムシ(Richtersius coronifer)でも、乾眠移行に伴ってトレハロース蓄積量が20倍以上になることから、やはりクマムシの乾眠にもトレハロースが重要な働きをもつものと思われた(4)。


だが、カザリヅメクマムシでは乾眠時のトレハロース蓄積量が体重の2%ほどと比較的少ない。さらに、トレハロースを全く蓄積しないクマムシの種類も見つかり(5)、「トレハロース説」はクマムシの乾眠メカニズムをうまく説明できないことがわかってきた。


時が経ち2010年代に入ると、我々が飼育実験系を確立したヨコヅナクマムシ(Ramazzottius varieornatus)(6)をはじめとした数種のクマムシのゲノム解析が進み、クマムシの乾眠メカニズムを解析するための分子基盤が整備されてきた。そして2012年、クマムシに特異的なタンパク質であるCAHS(Cytoplasmic Abundant Heat Soluble)タンパク質とSAHS(Secretory Abundant Heat Soluble)タンパク質が、ヨコヅナクマムシから見つかった(7)。


通常、タンパク質は熱すると凝集してしまうが、CAHSタンパク質とSAHSタンパク質は高温でも凝集しない。水に溶ける能力(親水性)がきわめて高い特徴がある。これらのタンパク質は水に溶けている時は決まった立体構造をとらないが、乾燥するとコイル状の構造(αヘリックス構造)をとり、細胞内外の生体分子と相互作用することで乾燥した細胞を保護しているのではないかと考えられた。


さらに、ヨコヅナクマムシには細胞のミトコンドリアに局在するLEAMタンパク質とMAHSタンパク質も確認された(8)。これらもクマムシ以外の生物では見つかっていなかったタンパク質であり、乾燥した際にミトコンドリアの構造を保つ働きがあると推測される。


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ヨコヅナクマムシの乾眠に関わると考えられているクマムシ固有タンパク質


クマムシ特異的に見られるこれらのタンパク質は、乾眠に重要な働きをもつと思われるが、「確実にそうだ」とは断言できない。クマムシの遺伝子の働きを抑えるなどしてこれらのタンパク質の合成を抑えたときに、クマムシが乾眠に入れなくなったときにようやく、これらのタンパク質がクマムシの乾眠メカニズムにかかわっていることを主張できるからである。また、この主張をするためには、クマムシのこれらのタンパク質をコードする遺伝子を他の生物や細胞に入れたとき、乾燥耐性の向上を確認するのも一つの手だ。


クマムシの遺伝子操作は長い間確立されてこなかったが、2013年にノースカロライナ大学の研究グループがドゥジャルダンヤマクマムシ(Hypsibius dujardini)にRNA干渉法を適用できることを示した(9)。RNA干渉法は、短い二本鎖RNAを細胞内に送り込み、遺伝子の転写産物であるmRNAに干渉し、目的のタンパク質を作らせなくする技術であり、発見者のFire博士とMello博士は 2006年にノーベル生理学・医学賞を受賞している。


2017年、ノースカロライナ大学のグループは、ドゥジャルダンヤマクマムシの2つのCAHSタンパク質遺伝子と1つのSAHSタンパク質遺伝子の発現を抑制すると、乾燥耐性が有意に低下することを報告した(10)。さらにこのグループは、複数あるCAHSタンパク質遺伝子のうちのいくつかを大腸菌や酵母に入れ、乾燥耐性を向上させることにも成功した。


これら実験結果から、これらのタンパク質が、ドゥジャルダンヤマクマムシの乾燥耐性獲得に関わっていることが示されたのである。ただし、この研究報告ではRNA干渉法によりクマムシの遺伝子発現が実際に抑えられているかを確認していなかったりと、データの妥当性に不十分な点もある。


今後、CAHSタンパク質やSAHSタンパク質をはじめとしたクマムシの乾眠関連候補因子の働きを知るために、私はクマムシでのゲノム編集技術CRISPR/Cas9法を確立し、解析を進めていく予定だ。RNA干渉法ではターゲットの遺伝子の発現を完全には抑制できないし、その抑制も一過性のものだ。その一方で、ゲノム編集技術では標的の遺伝子を破壊できるため、遺伝子の働きを完全に失わせることができると期待される。


クマムシにおけるゲノム編集技術応用の報告はまだないため、この技術の確立は一から進めていかなければならないが、クラウドファンディング支援を生かしてぜひとも確立させ、「乾いても死なない」クマムシの強さの謎を少しでも解明していきたい。


参考文献


1. Watanabe M (2006) Anhydrobiosis in invertebrates. Applied Entomology and Zoology 41: 15-31.


2. Crowe JH, Carpenter JF, Crowe LM (1998) The role of vitrification in anhydrobiosis. Annual Review of Physiology 60: 73-103.


3. Sakurai M, Furuki T, Akao KI, Tanaka D, Nakahara Y, Kikawada T, Watanabe M, Okuda T. (2008) Vitrification is essential for anhydrobiosis in an African chironomid, Polypedilum vanderplanki. 105: 5093–5098.


4. Westh P, Ramløv H (1991) Trehalose accumulation in the tardigrade Adorybiotus coronifer during anhydrobiosis. Journal of Experimental Zoology 258: 303-311.


5. Hengherr S, Heyer AG, Koehler HR, Schill RO (2008) Trehalose and anhydrobiosis in tardigrades — evidence for divergence in responses to dehydration. FEBS Journal 275:281-288.


6. Horikawa DD, Kunieda T, Abe W, Watanabe M, Nakahara Y, Yukuhiro F, SakashitaT, Hamada N, Wada S, Funayama T, Katagiri C, Kobayashi Y, Higashi S, Okuda T (2008) Establishment of a rearing system of the extremotolerant tardigrade Ramazzottius varieornatus: a new model animal of astrobiology. Astrobiology 8: 549-556.


7. Yamaguchi A, Tanaka S, Yamaguchi S, Kuwahara H, Takamura C, Imajoh-Ohmi S, Horikawa DD, Toyoda A, Katayama T, Arakawa K, Fujiyama A, Kubo T, Kunieda T (2012) Two novel heat-soluble protein families abundantly expressed in an anhydrobiotic tardigrade. PLoS One 7: e44209.


8. Tanaka S, Tanaka J, Miwa Y, Horikawa DD, Katayama T, Arakawa K, Toyoda A, Kubo T, Kunieda T (2015) Novel mitochondria-targeted heat-soluble proteins identified in the anhydrobiotic tardigrade improve osmotic tolerance of human cells. PLoS One 10: e0118272.


9. Tenlen JR, McCaskill S, Goldstein B (2013) RNA interference can be used to disrupt gene function in tardigrades. Development Genes and Evolution 223: 171-181.


10. Boothby T, Tapia H, Brozena AH, Piszkiewicz S, Smith AE, Giovannini I, Rebecchi L, Pielak GJ, Koshland D, Goldstein B (2017) Tardigrades use intrinsically disordered proteins to survive desiccation. Molecular Cell 65:975-984.


※本記事はacademist Journalへの寄稿記事です

【書評】『バッタを倒しにアフリカへ』ストイックすぎる狂気の博士エッセイ

バッタを倒しにアフリカへ (光文社新書)

バッタを倒しにアフリカへ (光文社新書)


書店内でいやでも目を引く、虫取り網をかまえこちらを凝視する全身緑色のバッタ男の表紙。キワモノ臭全開の本書だが、この著者はれっきとした博士、それも、世界の第一線で活躍する「バッタ博士」である。本書はバッタ博士こと前野ウルド浩太郎博士が人生を賭けてバッタの本場アフリカに乗り込み、そこで繰り広げた死闘を余すことなく綴った渾身の一冊だ。


「死闘」と書くと「また大袈裟な」と思われるかもしれない。だが著者が経験したのは、まぎれもない死闘だ。あやうく地雷の埋まった地帯に足を踏み入れそうになったり、夜中に砂漠の真ん中で迷子になったり、「刺されると死ぬことのある」サソリに実際に刺されたりと、デンジャーのオンパレードである。


なぜ、そこまでの危険を冒さねばならなかったのか。油田を掘り当てるためでも、埋蔵金を発掘するためでもない。そう。すべては「バッタのため」である。


昆虫学者に対する世間のイメージは「虫が好きでたまらない人」だろう。確かにそういう昆虫学者も多い。だが、著者は単なる「虫好き」とか「虫マニア」の域を軽く超越している。誤解を恐れずに言えば、著者には狂気が宿っている。この狂気は、「絶対に昆虫学者として食べていく」という目標に対する並々ならぬ執念から生まれているものだ。


本書は一貫して著者の狂気に彩られているが、軽妙でとぼけた筆致により狂気が見事に調理され、最高のエンターテイメントに仕上がっている。


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調査地で野営


著者が昆虫学者を志した源流は、幼少時代にある。きっかけは『ファーブル昆虫記』。ファーブルに憧れ昆虫学者を志した著者はさらに、外国で大発生したバッタに女性観光客が緑色の服を食べられたことを知り、「バッタに食べられたい」という願望を抱くようになる。大学院時代にバッタ研究を行い、晴れてバッタ博士となった著者は、『地球の歩き方』にも載っていないアフリカのモーリタニアに単身乗り込む。アフリカでたびたび大発生するサバクトビバッタの研究を行うためだ。


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サバクトビバッタの大群


サバクトビバッタはアフリカの半砂漠地帯に生息する害虫である。「群生相」とよばれる飛翔能力に長けたモードになると、群れで長距離を飛行しながら農作物を食い荒らす。数百億匹が群れて、東京都の面積がバッタに覆われるほどになるという。地球の陸地の20パーセントにもおよぶ範囲がこのバッタ被害を受け、年間被害総額は西アフリカだけで400億円以上になり、深刻な貧困をもたらす一因となっている。


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葉っぱと思いきやすべてサバクトビバッタ


サバクトビバッタの生態を知ることでこの生物の弱点を炙り出せれば、防除に役立てることができるかもしれない。バッタの研究には大きな意義があるわけだ。


大義名分のもと、好きなバッタを好きなだけ研究できる・・・と思ったら大間違いだ。博士号を取ったばかりの若手研究者のほとんどは任期付きの身分であり、業績を上げなければ安定した研究職に就くことはできない。業績とはつまり発表論文に他ならず、研究者としての価値は発表した論文の数と質で決まる。博士が余剰となっている今の時代、圧倒的な業績をもっていなければ、研究者として就職することはできない。


生物学研究はハイテク機器を駆使して行われるのが通例となってきた時代の中で、物資が豊かでなく研究インフラも不安定、文化も言語も大きく異なるモーリタニアで研究を行うことは、業績を出す上でたいへんなハンディキャップに映る。


実際に、現地の研究所従業員から相場以上のお金を取られたり、バッタを集めるために子供達から買い取ろうとしたらプチ暴動になったり、30万円をかけて作ったバッタ飼育用のケージがすぐに朽ちてしまったりと、割と大きめの不幸たちがバッタ博士に容赦なくボディーブローを浴びせる。


普通なら何度も心が折れてしまうような状況だが、それでもしぶといのが、著者だ。たまたま見つけたゴミムシダマシという別の昆虫に「浮気」し、それまで誰も見つけられなかった簡便な雌雄判別法を編み出し、論文を発表してしまう。モーリタニアでもアイディア一つで研究できることを証明した。


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研究中に遭遇したハリネズミは著者と同棲することに


そして圧巻なのは、著者のコミュニケーション能力の高さだ。コミュニケーション能力というと語学力を思い浮かべるが、著者は現地の公用語であるフランス語はほとんど話せない。著者がコミュニケーションに使う武器は、人柄そのものである。


自身が所属するサバクトビバッタ研究所の所長には「バッタ研究に人生を捧げアフリカを救う」と宣言し、「〜の子孫」という意味の「ウルド」をミドルネームで授けられた。著者の相棒のドライバーとはお互いにプライベートなところまでさらけ出し合い、ほぼ完璧に意思の疎通をはかれるまでになる。さらに、バッタ研究を円滑に進めるために、裏金ならぬ「裏ヤギ」としてヤギ1頭を仲間にプレゼントするなど、「そこまでするか」というくらいに根回しも怠らない。


そんな風に困難を次々と乗り越えていく著者だが、あまりに残酷な現実が待ち構えていた。待てど暮らせどサバクトビバッタが発生しない。現れないバッタ。バッタがいなければ何もできないバッタ博士。著者は己のことを「翼の折れたエンジェルくらい役立たず」だと悟り、ちょっとしたアイデンティティー・クライシスを迎えてしまう。


さらに追い討ちをかけるように、文部科学省から受けていた若手研究者支援も期限が切れてしまう。それは、無収入になることを意味していた。だが著者は、それでもアフリカに残ることを決意し、研究所長にこう伝える。

私はどうしてもバッタの研究を続けたい。おこがましいですが、こんなにも楽しんでバッタ研究をやれて、しかもこの若さで研究者としてのバックグラウンドを兼ね備えた者は二度と現れないかもしれない。私が人類にとってラストチャンスになるかもしれないのです。研究所に大きな予算を持ってこられず申し訳ないのですが、どうか今年も研究所に置かせてください。


ここまで痺れるお願いを言える人間が、どれだけいるだろうか。そして、このような人間を無収入にしても良いのだろうか。何かがおかしい。そう言いたくなってしまう。


しかし、不遇に陥っても愚痴をこぼさず、社会や国のせいにもせず、自力で対策を講じるところが、著者のたくましいところだ。ピンチに陥った著者は、日本でバッタ研究の重要性を認知してもらうためにと、まず、自らが有名になることを決意する。露出することで人気者になれば、バッタ問題も知ってもらえて、結果としてバッタ研究で食べていくことができるようになると考えたのだ。


ここで勘の良い読者は気づく。表紙のキワモノ感満載な姿格好も、著者の性癖というわけではなく、戦略的に練られた上でのアウトプットなのだと。表紙につられて本書を買った読者は、著者の術中にまんまとはまってしまった、と苦笑いをすることになる。


通常の研究者が行うようなアウトリーチ活動とは一線を画した、エンターテイメント性を前面に押し出した著者のさまざまな活動は人気を博し、とりわけに数万人が生中継を視聴した『ニコニコ学会ベータ:むしむし生放送』でのプレゼンはもはや伝説となっている。


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『ニコニコ学会ベータ:むしむし生放送』でのプレゼン


そんな露出作戦も功を奏してか、著者はその後、京都大学の職を見事にゲットする。そして現在は国際農林水産業研究センターで研究員として研究に従事している。念願だった昆虫学者として、ちゃんと食べていっているのだ。


そして、幼少の頃より抱き続けていた夢を叶える日もやってきた。モーリタニアにサバクトビバッタが大発生し、その大群を追う著者。果たして、バッタ博士は無事にバッタに食べられるのか・・・?


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バッタの大群に食べられるのを待つ著者


この部分を綴った本書の終盤にかけての疾走感を、ぜひとも味わってほしい。


本書に描かれているバッタの生態やモーリタニアの日常などを知ったところで、多くの人には何の役にも立たないだろう。「昆虫学者になる」という著者の目的を一つのプロジェクトと考えれば、本書は一種のビジネス書ともみなせるかもしれない。しかしながら、ストイックすぎる著者のように命を懸けられるような人などほとんどいないだろうし、普通の人にとってどこまで参考になるのか怪しいところだ。


だが、そんなことは、どうでもよいのである。遠い地で、人生を懸けて全力でバッタを追いかける日本人がいる。同じ時代にこんな日本人がいることを知れるだけで、自然と救われるし、勇気付けられる。


本書は、個人的に問答無用で2017年のナンバーワン。読書刺激に飢えたすべての人におすすめの一冊である。


孤独なバッタが群れるとき―サバクトビバッタの相変異と大発生 (フィールドの生物学)

孤独なバッタが群れるとき―サバクトビバッタの相変異と大発生 (フィールドの生物学)


こちらは著者による処女作。バッタ研究現場の詳細が楽しくわかる。


※画像提供:前野 ウルド 浩太郎
※本記事は書評サイトHONZに寄稿したものです


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NASAが発表した「太陽系の海に関する知見」について

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Credit: NASA/JPL


現地時間2017年4月13日、NASAは土星の衛星エンセラダスから噴き出している間欠泉ガスから水素(H2)を検出したことを発表した。これは、エンセラダスの内部海底に熱水活動が存在し、生命が存在しうる環境が整っていることを示唆している。


エンセラダスは氷に覆われているが、その下には全球的に海が広がっていることが判明している。これは木星の衛星エウロパでも同じ。このような海は内部海という。エンセラダスの氷の裂け目からは間欠泉が宇宙空間まで吹き出しており、土星探査機カッシーニはしばしばこの中を通り過ぎながら質量分析器(Ion and Neutral Mass Spectrometer (INMS) )で組成分析を行ってきた。


カッシーニの分析により、これまでにエンセラダスの内部海には水の他に二酸化炭素、そして微量ながらアンモニアやメタンが含まれていることが2005年に発表されていた。また、カッシーニのダスト分析によりナノシリカが検出されたが、これは内部海の熱水活動の結果により生じていることが、地上実験の結果から示唆されていた。


今回検出された水素は、エンセラダスの内部海で熱水と海底岩石とが相互作用した結果として生じたものと思われる。分子状水素は、低い温度条件では自然には生成されにくいからだ。地球上の原始的なメタン菌は、光エネルギーのまったく届かない海底の高温環境で、水素を利用してエネルギーを取り出し、その結果としてメタンを生成する。エンセラダスからは微量だがメタンもすでに検出されているが、エンセラダスに生命体がいてもおかしくないよね、というのが今回の発表内容の意義。


いずれにしても、これでエンセラダス内部海でかんらん石の「蛇紋岩化作用」が起きているという直接的な証拠が得られた。化学反応場としては水素に富んだ還元的な環境を提供することになる。地球ではマントル(かんらん石)と海水が混ざり合う中央海嶺のロストシティフィールドや、日本だと白馬八方温泉などで蛇紋岩化由来の水素をエネルギー源にしている微生物が見つかっている。 


ただ、これはすでに過去に誕生して進化した地球の生命が水素を食べて生きているということで、同様の環境が「生命を生み出すかどうか」については議論が必要だ。


カッシーニはもうすぐ運用が終了となる。運用の最後に土星に突っ込みながら最後のデータを取り、地球に送信する。引退するカッシーニには「もし土星周回軌道に声をかけるとしたら?」などと質問しないでほしい。



ちなみにもう一つの発表は木星の衛星エウロパから間欠泉がやっぱり吹き出しているよね、という確認作業のような内容。これはハッブル宇宙望遠鏡によるもの。NASAは2020年以降にエウロパのミッション「Europa Clipper」を予定しており、そのPRも今回の会見目的になっているのだろう。


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Credit: NASA


ちなみに今回のNASA会見内容について、事前に予想して記事にしようと思っていたのだが、発表日時を勘違いしており間に合わなかった。こっちもクマムシの実験やら何やらで忙しいのである。


しかし今回していた予想について後出しでざっくりと説明すると、カッシーニが関わっているのでエンセラダスの間欠泉から海の成分を分析したものであることは簡単に想像がついた。問題は何が見つかったか、というところだったが、これがなかなか難しかった。何か生命の存在を示唆したり生命の部品になりうる有機物でも発見されたのかな、と思っていた。


そして今回は密かに代打も立てていた。東京工業大学研究員の藤島皓介さんと、慶應義塾大学大学院生の高萩航さんだ。この二人はエンセラダス関連の研究を行っており、今回のNASA発表で会見に参加した研究者らとも面識がある。


藤島皓介さん
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高萩航さん
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まさに、ブライアント級とブコビッチ級の助っ人である。ちなみに上述の今回の発見の解説も、藤島さんからいただいた意見が反映されている。


2人は間欠泉ガスから多量のメタンか高分子有機物が検出されたのではないか、という予想を立てていた。もしこの予想通りだったらかなりエキサイティングだったので、今回の結果はやや肩透かしを食らった感じが否めないが。


さて、実は我々は慶應義塾大学先端アストロバイオロジープロジェクトの構成員である。通年を通して学内外の学生たちはアストロバイオロジーの勉強会や研究プロジェクトを行っている。


たとえば高萩さんらは、エンセラダスの海底熱水環境を模擬したチャンバー内で岩石がアミノ酸生成にどう影響するかを調べている。また、藤島さんはエンセラダスの間欠泉からのサンプルリターンという壮大なプロジェクトを計画している。下はエンセラダスのサンプルリターンプロジェクトのイメージ動画。探査機に搭載したエアロゲルで、エンセラダスのサンプルを壊さないようにキャッチする様子が描かれている。



Enceladus from WOW inc on Vimeo.


昨年からは、慶應義塾大学先端アストロバイオロジープロジェクトはアストロバイオロジーの合宿「Keio Astrobiology Camp」を開催している。


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この合宿では国内のアストロバイオロジストを講師として招き、高校生から大学院生までを対象に講義やワークショップを行っている。来年も開催予定なので、興味のある学生の方は以下のサイトを定期的にチェックしていただきたい。もちろん、入学希望者も大歓迎。


ADVANCED ASTROBIOLOGY PROJECT


※本記事は有料メルマガ「むしマガ」381号「NASAが発表した「太陽系の海に関する知見」について」からの抜粋です。

www.mag2.com


【参考資料】

科学者18人にお尋ねします。宇宙には誰かいますか?

科学者18人にお尋ねします。宇宙には誰かいますか?


Cassini Ion and Neutral Mass Spectrometer: Enceladus Plume Composition and Structure

Ongoing hydrothermal activities with Enceladus

https://www.nasa.gov/press-release/nasa-missions-provide-new-insights-into-ocean-worlds-in-our-solar-system:title=NASA Missions Provide New Insights into 'Ocean Worlds' in Our Solar System]

アストロバイオロジーのトークイベント開催

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このブログでもたびたび話題にするアストロバイオロジー。今年はTRAPPIST-1の系外惑星系も話題になりました。はたして、この宇宙には地球外生命は存在するのか。存在するとすれば、それはどのようなものか。


そんなアストロバイオロジーのトークイベント、渋谷FabCafe MTRL4月11日(火)にて開催します。


登壇者はこちら。


藤島 皓介(東京工業大学地球生命研究所)
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慶應義塾大学環境情報学部卒業、同大学大学院政策・メディア研究科博士課程早期修了、日本学術振興会海外特別研究員、NASA Ames研究所研究員を経て、現職。慶應義塾大学Advanced Astrobiology Projectを立ち上げる。研究対象は主に合成生物学を利用した生命の起源。2種類のポリマー(タンパク質とRNA)の起源と進化から地球生命を考える。またJAXA/JAMSTEC/慶應の研究者や学生らとともに土星衛星エンケラドスの生命探査に関連した基礎研究を行い、NASAでは将来の人類の火星移住をサポートするような有用微生物の研究に従事している。2016年WIRED Audi INNOVATION AWARD受賞。


柴藤亮介(アカデミスト)
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アカデミスト株式会社代表取締役。2013年3月に首都大学東京博士後期課程を単位取得退学。研究アイデアや魅力を共有することで、資金や人材、情報を集め、研究が発展する世界観を実現するために、2014年4月に日本初の学術系クラウドファンディングサイト「academist」をリリースした。


クマムシ博士
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北海道大学大学院地球環境科学研究科博士課程を修了。NASA Ames研究所研究員、パリ第5大学研究員などを経て、現職。オンラインバーチャル研究所『クマムシ博士のクマムシ研究所』所長や、クマムシキャラクター『クマムシさん』のグッズ製作などプロデューサーも務める。月間10万PVのブログ『むしブロ』ではアストロバイオロジーの話題も扱う。著書に『クマムシ博士の「最強生物」学講座』(新潮社)、『クマムシ研究日誌』(東海大学出版会)、『クマムシ博士のクマムシへんてこ最強伝説』(日経ナショナルジオグラフィック社)。


藤島さんとは10年近くの付き合いですが、このようなトークイベントを一緒にするのは意外にも初めて。参加申し込み方法などの詳細はこちらからどうぞ。


mtrl.net


みなさんのご来場をお待ちしております。

クマムシ研究クラウドファンディングの支援者が150名になりました

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現在、クラウドファンディングサイト「academist」で、クマムシ研究プロジェクトの支援を募っています


最強生物クマムシの耐性の謎をゲノム編集で解明する!


クラウドファンディング開始から5日間が経過し、ご支援いただいた方の数が151名になりました。目標達成率は86%に。この151名の皆さまに心より御礼申し上げます。


限定100個のクマムシ福袋リターン(「限定かんみんシロクマムシちゃんぬいぐるみS」「クマムシさんぬいぐるみL」「サイン付き『クマムシ博士のクマムシへんてこ最強伝説』」「クマムシ博士サイエンスカフェ参加権」)は、なんとこの5日間で完売してしまいました。


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そこで、クマムシ福袋と同じ内容のリターンを、さらに100個限定で追加しました。


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こちらの価格は15,000円。初回の福袋よりも価格が高くなっていますが、それでもまだお得感はじゅうぶんにあります。初回の福袋をゲットし損ねた方は、こちらの購入をご検討ください。


なお、academistのサイトで使えるクレジットカードの種類が限られていますが、銀行振込も可能なので、 その場合はacademistの方( info@academist-cf.com )までご連絡ください。


それでは引き続きよろしくお願いいたします。


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クマムシ研究クラウドファンディングの支援者が100名になりました

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academistで行っているクマムシ研究クラウドファンディング、3月2日にスタートしてから3日間が経過し、ご支援いただいた方の数が100名になりました。


最強生物クマムシの耐性の謎をゲノム編集で解明する!


100名の皆さまに心より御礼申し上げます。


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クマムシ研究クラウドファンディングに2日間半で100万円のご支援をいただきました

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3月2日にスタートしたクマムシ研究クラウドファンディングが、開始2日間半で100万円の支援が集まりました。


最強生物クマムシの耐性の謎をゲノム編集で解明する!


これで目標金額200万円に対し50%の達成率となりました。うーん、嬉しいですね。ご支援いただいた皆様、どうも有難うございます。


とくに限定100個の12000円のリターン、「限定かんみんシロクマムシちゃんぬいぐるみS」「クマムシさんぬいぐるみL」「サイン付き『クマムシ博士のクマムシへんてこ最強伝説』」「クマムシ博士サイエンスカフェ参加権」のクマムシ福袋は、すでに67個が購入されています。残りは33個。あと2〜3日で完売する勢い。


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たくさんのご支援の他にも、うれしいことに研究者の方や企業からもコンタクトをもらっています。ただ、目標達成をしなければこのプロジェクトは成立しないので、引き続きどうぞよろしくお願いします。


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TRAPPIST-1の系外惑星群について、観測の背景や今後の展望

先日、NASAらが会見で発表したTRAPPIST-1の系外惑星群について、観測の背景や今後の展望について解説した記事を『iRONNA』に寄稿しました。


ironna.jp


記事タイトルは私ではなく編集部がつけたので盛っているかんじですが、興味ある方はご一読ください。『iRONNA』ではTRAPPIST-1の系外惑星群について、福江翼さんや山岸明彦さんなど惑星科学やアストロバイオロジーの専門家も寄稿しているので、こちらもおすすめ。

ironna.jp

ironna.jp


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NASAが発表した「TRAPPIST-1の系外惑星群」のインパクト

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Image credits: NASA/JPL-Caltech (images used under NASA media usage guidelines)


アメリカ時間の2017年2月22日、NASAは系外惑星に関する新たな発見について記者会見を開いた。その新発見の内容とは、「ひとつの惑星系に7つの地球サイズの系外惑星が存在すること」だった。これら7つの系外惑星のうち、3つは地表に液体の水が存在しうるハビタブル(生命棲息可能)な惑星である可能性が示された。


生命を宿せるような「第二の地球」候補になりうる系外惑星が3つも同じ惑星系内で確認されるのは、初めてのこと。今回の発見は、我々が想像していた以上に太陽系の外には生命の星がありふれていることを示唆する、重要な発見といえる。


・系外惑星とは


系外惑星とは、太陽系の外に存在する惑星のことである。これらは恒星の周りを公転している。観測技術の発達により最初の系外惑星が発見されたのは、1990年代に入ってからのこと。その後の観測精度の向上により、現在までに3449個の系外惑星が確認されている。2016年には、ケプラー宇宙望遠鏡により観測された系外惑星候補のうち、1284個が一気に系外惑星として認定された


これらの系外惑星の中には、地球の数倍〜10倍程度のサイズで、岩石でできているものもある。これらはスーパーアースとよばれる。さらに2016年3月時点では、地球のサイズの2倍以下で、なおかつ液体の水が存在しうるハビタブルゾーンにある系外惑星は、21個が確認されていた。


・TRAPPIST-1の系外惑星


系外惑星をもつ惑星系の中でも、TRAPPIST-1系は、生命を探すアストロバイオロジー研究における「スター」として注目され始めた惑星系である。TRAPPIST-1は赤色矮星であり、太陽系から40光年先の水瓶座の方向に位置する。TRAPPIST-1の大きさは太陽の0.08倍しかなく、表面温度も非常に低い。


2016年、このTRAPPIST-1を周回する3個の地球型系外惑星TRAPPIST-1b、TRAPPIST-1c、そしてTRAPPIST-1dの存在が、トラピスト望遠鏡によって取得されたデータから示された。そしてこれらの系外惑星は、生命を育める可能性があるとして、一気に注目されるようになる。


・3個ではなく7個だった


ベルギー・リエージュ大学のMichael Gillon氏が主導する研究グループは、系外惑星TRAPPIST-1dのデータが少しおかしいことに気づいた。そこで今回、新たにトラピスト望遠鏡を含む複数の地上の望遠鏡と、スピッツァー宇宙望遠鏡による観測により、以前取得したTRAPPIST-1dのデータが、実は1個ではなく4個の惑星をとらえたものであることが判明した。かくして、TRAPPIST-1dはTRAPPIST-1d、TRAPPIST-1e、TRAPPIST-1f、TRAPPIST-1gに増えた。


さらに研究グループは今回、TRAPPIST-1の軌道の一番外側に、新しひとつの惑星TRAPPIST-1hの存在を確認。これにより、もともと全部で3個だと思われていたTRAPPIST-1の系外惑星の数は7個になった。


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Credits: NASA (images used under NASA media usage guidelines)


ところで、なぜこのような間違いが起きたのだろうか。それは、データの取得と分析方法にある。系外惑星を見つける手法の一つに、トランジット法がある。これは、惑星が主星の前を横切る(トランジットする)ときの減光を検出することで、間接的に系外惑星をみつける手法だ。もし主星の減光期間が一定で、周期的に同程度の減光が観測されれば、その恒星の周りを惑星が回っていると推測できる。


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Credits: NASA Ames (images used under NASA media usage guidelines)


前回の研究では、トランジット法による周期的な観測ができなかった。しかも、複数の系外惑星が間を置かずに次々に主星の前を通り過ぎたデータを取得したため、あたかも1個の惑星が主星の減光をもたらしたように見えてしまったのである。このように、論文では捏造でなくても、誤った結果を提出してしまうことがある。論文発表はあくまでも、仮説の提示をすることに過ぎないのである。


・地球に似ている惑星たち


話を元に戻そう。TRAPPIST-1に近い6個の系外惑星は、質量が地球の0.4〜1.4倍、半径が0.77〜1.13倍の範囲に収まることが分かった。非常に地球に似通った惑星であることがうかがえる。


ただし、これらの系外惑星は主星であるTRAPPIST-1にきわめて近いところを周っており、その公転周期も1.5〜12日間と驚くほど短い。それでも、TRAPPIST-1e、TRAPPIST-1f、TRAPPIST-1gなどは地球ー太陽間に比べて主星に20倍以上も近づいているにもかかわらず、地表に液体の水を維持しうると考えられている。これは、TRAPPIST-1が太陽に比べるときわめて低温の赤色矮星であるため、TRAPPIST-1との距離が近くても、惑星はさほど熱くならないと考えられるからである。


ただし、TRAPPIST-1と距離が近すぎるため、これらの系外惑星たちは「潮汐ロック」により、惑星の半面が常にTRAPPIST-1を向いており、もう片方の半面はその反対の方向に面していると考えられる。つまり、片方は常に昼で、もう片方は常に夜という環境である。これは、月も同じ。このような環境が、地球とはだいぶ異なる。


こういった環境条件の惑星は、生命が棲むには厳しいかもしれない。だが、惑星上に局所的に適度な環境があれば、そこに生命がいてもおかしくはないだろう。


・今後は大気を分析


今回の研究により、TRAPPIST-1の系外惑星群の「第二の地球」モデルとしての魅力がいっそうと深まった。今後のアストロバイオロジーの研究対象として、これらの系外惑星のベールがさらに脱がされていくことだろう。


今後、既存の地上や宇宙の望遠鏡により、これらの系外惑星の大気を分析していくことになるはずだ。トランジット分光法という方法により、系外惑星の大気を透過した主星の光を分析することで、大気のどの物質が光を吸収したかを推定できる。とくに、2018年に打ち上げられる予定の次世代宇宙望遠鏡「James Webb Space Telescope」のにより、大気組成の詳細な分析がなされるだろう。


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希望的観測だが、もしもこれらの系外惑星に水や酸素やメタンなどが同時に見つかれば、生命存在の可能性が格段に高まる。これらの分子は、生命活動による積極的な供給がないと、共存できないと考えられているからだ。植物のサインなどキャッチできれば、これは大変なことになる(次世代宇宙望遠鏡のスペックでどこまで高い精度のデータが取れるかは不明だが)。


いずれにしても、宇宙探査は今後ますます生命探査と同義になっていくだろう。太陽系外でも太陽系内でも生命が存在する大きな証拠が得られれば、それは人類の思考の根幹に計り知れない影響を与え、価値観の大転換を促すはずだ。その瞬間が訪れるのがあと10年なのか20年なのかは、誰にもわからないが。


さて、最後に、先日行った「クマムシ博士のNASA会見発表内容予想」の自己採点をしようと思う。正直、今回は予想難易度がだいぶ高かった。当初、「系外惑星の大気の分析」が発表内容だと思っていたが、これは違っていた。だが、次のように、当たっていた部分もある。

その系外惑星の表面温度が「液体の水」を保持できる範囲内である可能性、つまり、ハビタブル(生命棲息可能)な惑星である可能性が強く示唆されるような内容も、今回の発見に含まれるのではないかと予想する。

(中略)

今回はTRAPPIST-1の系外惑星群をフィーチャーした可能性が高い。


「ハビタブルな惑星である可能性が強く示唆されるような内容」、そして、「TRAPPIST-1の系外惑星群」というかなり狭い範囲で特定の系外惑星群を予想できていた。このポイントは高い。よって、今回は総合して65点の出来だったのではないかと思う。この点数が高いか低いかは、各読者のご判断にお任せしたい。


※本記事は有料メルマガ「むしマガ」374号「NASAが発表した「TRAPPIST-1の系外惑星群」のインパクト」からの抜粋です。

www.mag2.com


【参考資料】

第二の地球を探せ!  「太陽系外惑星天文学」入門 (光文社新書)

第二の地球を探せ! 「太陽系外惑星天文学」入門 (光文社新書)

系外惑星の探索の歴史から、その発見の手法について網羅的に解説した良書。アストロバイオロジーの文脈での系外惑星を知りたい人にとくにおすすめの一冊。


NASA Telescope Reveals Largest Batch of Earth-Size, Habitable-Zone Planets Around Single Star

These seven alien worlds could help explain how planets form

Gillon et al. (2017) Seven temperate terrestrial planets around the nearby ultracool dwarf star TRAPPIST-1. Nature


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NASAの「太陽系外の惑星に関する発見」を予想する

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Image credit: NASA JPL/Caltech (images used under NASA media usage guidelines)


NASAは2017年2月22日(日本時間は23日未明)、「太陽系外惑星についての新たな発見」について記者会見を開催すると公式サイトでアナウンスした。


www.nasa.gov


・系外惑星について何かしらの発見


私、クマムシ博士はこれまでに「ヒ素をDNAに取り込む細菌」や「火星表面に液体の水」、そして2016年には「エウロパの間欠泉」など、NASA発表の予想を的中させてきた。このイベントは恒例になりつつあり、NASAが会見をアナウンスすると、現役のNASA職員からも予想について聞かれるようになった。



ちなみに、こちらの小野さんのようにNASA内部の人だからといって、今回の会見内容を知っているわけではない。NASAにはセンターがいくつもあり、同じセンター内でも部署や専門分野が異なれば、発見内容を知る由もない。私も以前NASAに所属していたが、今回の件については、もちろん何も知らされていない。


さて、今回の発見は「太陽系外の惑星」、いわゆる「系外惑星」に関するものであることが、NASA公式サイトで明示されている。実は、2016年にも系外惑星について同様の記者会見が開かれ、このときは1000を超える多数の系外惑星が認定された、という内容の発表だった。


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しばしばNASAの記者会見アナウンスでは、「ヒ素細菌」のときのように「重大な発見」など、その重要性を強調する形容詞がつけられるが、今回はそのような大げさな感じはない。また、前回の「エウロパ間欠泉」のように、わざわざ記者会見するのかわからないような、科学的インパクトがそれほど大きくない成果を発表することもある。


ただ、今回は科学誌Natureに発表する研究成果ということで、科学的インパクトはそれなりに大きく「セクシー」な内容と思われる。


・記者会見出席メンバーから発見内容を予想する


それでは、今回は系外惑星について、どんな知見が得られたのだろうか。2016年の時のように、また、多数の惑星が系外惑星リストに加えられるのだろうか。


今回の発見の内容を知る手がかりは、記者会見に出席するメンバーにある。各メンバーの属性、つまり、得意とする専門分野を調べれば、どのような内容かを絞り込める。さっそく、ここで公式サイトに掲載されている記者会見出席メンバーを見てみよう。


Thomas Zurbuchen, associate administrator of the Science Mission Directorate at NASA Headquarters in Washington

Michael Gillon, astronomer at the University of Liege in Belgium

Sean Carey, manager of NASA's Spitzer Science Center at Caltech/IPAC, Pasadena, California

Nikole Lewis, astronomer at the Space Telescope Science Institute in Baltimore

Sara Seager, professor of planetary science and physics at Massachusetts Institute of Technology, Cambridge


1人目のThomas Zurbuchen氏はNASA本部の人だ。NASA本部の偉い人は発見内容の本質には無関係な、ただの調整役。なので、この人からは何の情報も引き出せないのでパスする。


2人目のMichael Gillon氏は、ベルギーのリエージュ大学に所属する天文学者。NASAの所属でないのにもかかわらず、わざわざNASA主催の会見に出席するところがポイント。Gillon氏はトラピスト望遠鏡(TRAPPIST)を用いて、系外惑星系の観測を行っている。今回のキーパーソンだろう。


3人目のSean Carey氏はNASA Spitzer Science Centerのマネージャー。Carey氏について検索をしても、彼の専門分野の詳細についてはよくわからない。ただし、彼がNASA GoddardでもNASA Amesでもなく、NASA Spitzer Science Centerの所属というのは、ヒントになるだろう。NASA Spitzer Science CenterはNASA JPLに関係のあるセンターと思われ、スピッツァー宇宙望遠鏡(Spitzer Space Telescope)を運用している。


4人目のNikole Lewis氏はアメリカ・ボルチモアにある宇宙望遠鏡科学研究所に所属する天文学者。彼女の専門は系外惑星の大気の解析。しかも、スピッツァー宇宙望遠鏡を用いた解析にも関わっている。これらは大きなヒントになる情報だ。


5人目のSara Seager氏はマサチューセッツ工科大学の宇宙物理学者。系外惑星の大気の解析などで功績がある。TEDでも系外惑星についてプレゼンをしている。



これら5人のメンバーのバックグラウンド調査からは、「系外惑星」の他に「望遠鏡」や「大気分析」といったキーワードが引き出された。つまり、これらのキーワードをつなげてみると「望遠鏡で系外惑星の大気分析をした」となる。つまり、今回は「系外惑星をたくさんみつけた」という量的な発見ではなく、「特定の系外惑星の大気を分析して何かがわかった」という質的な成果なのだろう。


・生命を育める系外惑星についての報告か


さらに、もうひとつ大事な前提がある。ここ最近の宇宙探査の目的は、地球外生命の探索がメインになっている。これは、アストロバイオロジー(宇宙生物科学)が扱う研究分野だ。実際に、ここ数年、NASAが開くこのような会見はすべて、アストロバイオロジーに関わる成果報告の場になっている。今回の発見も間違いなく、アストロバイオロジーに根ざしたものだろう。


アストロバイオロジーを軸とした、系外惑星の大気の分析。ずばり、今回の発見内容は、「ある系外惑星に生命が存在しうる大気成分がみられた」というものだろう。たとえば、あるスーパーアース(岩石成分でできている地球の数倍程度の大きさの系外惑星)の大気に水蒸気、酸素、二酸化炭素、メタン、オゾンなどが観測された、などである。


これは一部、上の小野さんの予想ともかぶる。私としては、これにプラスアルファとして、その系外惑星の表面温度が「液体の水」を保持できる範囲内である可能性、つまり、ハビタブル(生命棲息可能)な惑星である可能性が強く示唆されるような内容も、今回の発見に含まれるのではないかと予想する。


今回の観測には、スピッツァー宇宙望遠鏡の分光計などを用いたと思われる(分光トランジット観測)。これは、観測されたスペクトルにより大気の成分を予測する方法である。よって、「地球外生命体そのものの検出」はできない。


以上が、クマムシ博士による今回のNASAの会見内容の予想である。


・さらに突っ込んだ予想をしてみる


さて、おまけで、ここからはさらにもう少し突っ込んだ予想をしてみたい。


今回の成果でフォーカスする系外惑星だが、おそらく新規のものではなく、すでに見つかっている既知のものである可能性が高いと考える。有名なスーパーアースとしてケプラー22bやグリーゼ581gなどがあるが、今回はTRAPPIST-1の系外惑星群をフィーチャーした可能性が高い。


TRAPPIST-1は、太陽系から40光年の距離に位置する、きわめて小さな赤色矮星である。2016年には、このTRAPPIST-1の周りを公転する複数の系外惑星の存在がトラピスト望遠鏡により確認された。これらの系外惑星TRAPPIST-1b、TRAPPIST-1c、そしてTRAPPIST-1dは、生命を宿す可能性があるとして注目されている。そしてこの成果は、今回の記者会見に出席するGillon氏が主導する研究チームによるものだ。


Gillon et al. (2016) Temperate Earth-sized planets transiting a nearby ultracool dwarf star. Nature

de Wit et al. (2016) A combined transmission spectrum of the Earth-sized exoplanets TRAPPIST-1 b and c. Nature


もしかすると、今回は、スピッツァー宇宙望遠鏡によってこれらの系外惑星の大気や表面温度を詳細に解析した結果、「第二の地球」にふさわしい条件をもつことがわかったのかもしれない。そうだとしたら、たったの40光年しか離れていないところにも生命体がいる可能性が出てくるわけで、相当に面白い発見である。


ただ一方で、この予想には不安要素もある。現在の技術では、地球より少し大きいくらいの系外惑星を解析するのは難しい。これらの系外惑星の大気を詳細に分析するためには、まだ打ち上げられていない次世代宇宙望遠鏡「James Webb Space Telescope」の活躍を待たなくてはならないと言われている。スピッツァー宇宙望遠鏡のスペックで、系外惑星の大気をどこまで詳細に分析できるのか、疑問が残る。


若干、もやもやした部分が残るが、これが現段階で私が考えうる、NASA会見内容の予想である。当日の会見を、楽しみに待ちたい。


【追記】2017.2.23


NASA会見が行われ、今回の発見内容が判明した。「ハビタブルなTRAPPIST-1の系外惑星についての新知見」という今回の予想が的中。この発見内容について、解説記事を書いたた。

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※本記事は有料メルマガ「むしマガ」373号「NASAの「太陽系外の惑星に関する発見」を予想する」からの抜粋です。


【参考資料】

生命の星の条件を探る

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クマムシ博士のレビューはこちら。

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山門 峻: ガリレオ衛星食を用いた分光観測による木星上層大気の構造解析


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すでに始まっている「子どもの遺伝子改変」

人類の倫理観を変えつつあるバイオテクノロジー「ゲノム編集」と「ミトコンドリア置換」についての解説記事をウェブ・ジャーナル『ハーバー・ビジネス・オンライン』に寄稿しました。

もしかすると、治療目的で子どもを遺伝子改変することは、10〜20年後には珍しいことではなくなっているかもしれない。


だが、忘れてならないのは、受精卵に遺伝子改変を施す場合は、子どもにインフォームドコンセントをすることができないということだ。何も知らされずに遺伝子改変人間となった場合、そのような子どもにはアイデンティティー・クライシスが起きてもおかしくない。


さらに、受精卵への遺伝子改変は、子孫代々に受け継がれることになる。いったん受け渡した遺伝子改変は、子孫を通して拡散してゆく。


我々は、このことについて、よく考えておく必要がある。将来、誰もがこの技術を使う当事者になりかねないのだから。

hbol.jp

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