クマムシ博士のむしブロ

クマムシ博士が綴るドライな日記

クマムシでも分かる。生殖医療・遺伝子治療技術「ミトコンドリア置換法」

2016年と2017年、遺伝子改変を含む生殖医療技術「ミトコンドリア置換法」が施された子どもが相次いで誕生した。今後の生殖医療動向に大きな影響を与える出来事だといえよう。


ゲノム編集による遺伝子治療の臨床試験も本格化し、今後はヒトへの遺伝子改変実施が急速に行われるようになる可能性がある。ここでは、世界で物議を醸しているミトコンドリア置換法について解説する。


ミトコンドリアとは


私たちの細胞には、ミトコンドリアという細胞小器官が多数存在する。ミトコンドリアには、生命活動に必要なエネルギーを作る役割がある。


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図1. クマムシと細胞とミトコンドリア


細胞に存在するDNAの大部分は核の中に収められているが、ミトコンドリアにも独自のDNAがある(ヒトでは37の遺伝子がある)。細胞と同様に、ミトコンドリアもDNA複製を伴いながら分裂、増殖する。


ミトコンドリアはもともとは別個の細菌であり、それが細胞内に入り込んで共生したと考えられている(細胞内共生説)。ミトコンドリアはSF小説『パラサイト・イヴ』のネタにもなっているので、知っている人も多いかもしれない。


ミトコンドリア病


ミトコンドリアDNAは、核DNAに比べて変異しやすい。ミトコンドリアDNAに起きた有害な変異が修復されないと、正常に機能しない異常ミトコンドリアが生じる。


ミトコンドリアに異常があると、エネルギーを生産する機能が低下する。ミトコンドリア病患者は、脳や筋肉など、とくにエネルギーを要する部位で障害が出やすくなる。ミトコンドリア病の15%ほどはミトコンドリアDNAの変異が原因である(残りは核DNAの変異が原因)。*1


生まれてくる子どものうち5000~10000人に1人が、ミトコンドリアDNAの異常に起因したミトコンドリア病に疾患しているとされる。ミトコンドリア病の重篤さの程度は細胞内の異常ミトコンドリアの割合や変異したミトコンドリア遺伝子の種類によるが、多くは成人する前に死亡してしまう。


すべてのミトコンドリアは母親の卵からのみ引き継がれる。よって、母親のミトコンドリアDNAに異常がある場合、その母親の子どもには異常ミトコンドリアが引き継がれることになる。ミトコンドリア病の有効な治療法は、限られているのが現状だ。


ミトコンドリア置換法


ミトコンドリア置換法は、生まれてくる子どものミトコンドリア病を予防する方法として考案された。この方法では、卵の中の異常ミトコンドリアを、第三者の女性の卵に由来する正常ミトコンドリアで置き換える。


ミトコンドリア置換を施された受精卵には、卵由来の核DNA、精子由来の核DNA、そして第三者に由来するミトコンドリアDNAを含む。つまり、この受精卵から発生した子どもは三人の親に由来するDNAをもつことになる。ミトコンドリア置換法は別名「3人体外受精法(three-person in vitro fertilization (IVF))」ともよばれる。


ミトコンドリア置換法には前核移植法(pro-nuclear transfer (PNT))と卵子紡錘体移植法(maternal spindle transfer (MST))がある。


前核移植法


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図2. 前核移植法


1. 体外受精により、異常ミトコンドリアをもつ母親の卵(母親の核DNAを含む)と、父親の精子(父親の核DNAを含む)を受精させる。

2. 受精卵から核DNA(前核DNA、母親と父親の核DNAを含む)を取り出す。

3. 正常ミトコンドリアをもつ第三者女性の卵(第三者女性の核DNAを含む)と、父親の精子を受精させた受精卵を用意する。この核DNA(第三者女性と父親の核DNA)を除いた受精卵に、2の前核DNA(母親と父親の核DNA)を注入する

4. 正常なミトコンドリアをもつ受精卵ができる。細胞分裂がしばらく進んだ後に、母親の子宮にいれる。


卵子紡錘体移植法


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図3. 卵子紡錘体移植法


1. 変異ミトコンドリアをもつ母親の卵から核DNA(紡錘体-染色体複合体)を取り出す。

2. 正常ミトコンドリアをもつ第三者女性の卵から核DNA(紡錘体-染色体複合体)を移植する。

3. 体外受精により、2の卵に父親の精子(父親の核DNAを含む)を受精させる。

4. 正常なミトコンドリアをもつ受精卵ができる。細胞分裂がしばらく進んだ後に母親の子宮にいれる。


ミトコンドリア置換法の実施


2015年、イギリス議会下院は、ミトコンドリア置換法の臨床試験実施の開始について賛成多数で承認された。だが、生殖医療技術の臨床試験実施の可否について実行力をもつイギリスのヒト受精・胚機構(Human Fertilisation and Embryology Authority (HFEA))は慎重な姿勢をとっており、当国での臨床試験は2016年まで実施されていなかった。


2016年、アメリカのNew Hope Fertility CenterのJohn Zhangらは、ミトコンドリア置換法をメキシコで実施したと発表した。母親のヨルダン人女性は、ミトコンドリアDNA変異に起因したリー症候群というミトコンドリア病を患っており、すでに4人の子どもを流産で失い、さらに2人の子どもも出生後に亡くしていた。


メキシコでは、ミトコンドリア置換法の臨床試験の実施についての法的規制は設けられていない。今回は卵子紡錘体移植法により、母親の核DNAを取り出したのち、正常ミトコンドリアをもつ第三者女性の卵に移植した。その後、父親の精子を受精させ、受精卵を母親の子宮に戻した。


この臨床試験により、男の子が誕生。子どもにはとくに目立った異常は観察されていないという。メキシコの他に、ウクライナや中国など、ミトコンドリア置換法について法整備がされていない国ではすでにこの技術の臨床試験が実施されたとする報告がある。


ミトコンドリア置換法のデメリット


一見すると、ほとんど問題のない治療に見えるミトコンドリア置換法だが、懸念材料は多い。まず第一に問題なのが、卵から卵に核DNAを移植する際に、母親由来の異常ミトコンドリアを少なからず持ち込んでしまうことだ。


技術的な限界で、母親の卵から核DNAを取り出す際に、どうしても異常ミトコンドリアも一緒に取り出してしまう。今回メキシコで行われた臨床試験でも、生まれた子どもの細胞には少なからず異常ミトコンドリアが含まれていた。


持ち運ばれた患者由来の異常ミトコンドリアの割合がたとえわずかだとしても、細胞分裂を重ねるごとにこの異常ミトコンドリアの割合が著しく増加する場合があることが、生体外で行われた実験で確認されている。もしそのようなことが今回の男の子に起これば、成長とともにミトコンドリア病を発症してもおかしくない。


また、核DNAとミトコンドリアDNAは進化の過程で協調関係を築いてきたことを示唆するデータも報告されている。異なる系統のマウス間で正常ミトコンドリアを交換した場合、生体リズムが変化したりストレス耐性が低下するなどの生理的影響が見られた。*2


ミトコンドリアはエネルギー生産だけではなく、幅広い細胞機能にも関わっている。ミトコンドリアにはまだ生物学的に未知の部分が多いため、ミトコンドリア置換法には大きな潜在リスクがある。生まれた子どもが異常をもつようになる可能性は高いかもしれない。ヒトへの実施を本格化する前に、ミトコンドリア置換法により出生したマウスやサルなどの実験動物を長期観察する必要があるだろう。


また、これはミトコンドリア置換法に限らないが、遺伝子が改変された子どもの人権も考慮しなければならない。今回のミトコンドリア置換法の実施により誕生したのは男の子なので、この子のミトコンドリアが子孫に受け継がれることはないが、女の子の場合には子どもにも第三者のミトコンドリアを受け渡すことになる。


今後の展望


現時点では、ミトコンドリア置換法を実際に採用するのは時期尚早に思える。ミトコンドリア置換法の実施には、患者由来の異常ミトコンドリアの持ち込みをできるかぎりゼロに近づけること、そして、出生した子どもの長期的な安全性が保証されることが重要だろう。


だが、すでに臨床試験が始まったあとでは、法規制のゆるい国ではミトコンドリア置換法による治療が次々と行われていきそうだ。これは生殖系列への遺伝子改変に対する意識ハードルが下がることにもつながる。ゲノム編集による生殖系列への遺伝子改変も次第に行われる可能性が高まったと言える。


最初は治療目的で、そして徐々に、より優れた特徴をもつ子どもを誕生させる目的で「デザイナーベイビー」を作ろうとする親と医者が出てくる日も、そう遠くないのかもしれない。ただ、今の段階でミトコンドリア置換法を取り入れるのは、上記の理由から、思いとどまったほうがよいだろう。


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【参考資料】

生殖医療の衝撃: 石原 理 著

ミトコンドリア・ミステリー: 林 純一 著

ヒト生殖細胞系におけるミトコンドリア置換の開始がグローバルポリシーーに与える潜在的影響

ミトコンドリア遺伝病の生殖系列細胞の遺伝子治療へむけた紡錘体置換法

UK moves closer to allowing ‘three-parent’ babies

Reproductive medicine: The power of three

‘Three-parent baby’ claim raises hopes - and ethical concerns

Three-person embryos may fail to vanquish mutant mitochondria

World hails UK vote on three-person embryos

The hidden risks for ‘three-person’ babies

New Herbert lab Nature paper reinforces mitochondrial replacement Achilles heel

Open letter to UK Parliament: avoid historic mistake on rushing human genetic modification

Mitochondrial replacement, evolution, and the clinic

Reproductive BioMedicine Online

【関連記事】

horikawad.hatenadiary.com

*1:核DNAにもミトコンドリアの機能を制御するタンパク質がコードされている。このうちの76の遺伝子によってコードされるタンパク質は、ミトコンドリア由来のペプチドと相互作用する。

*2:これとは逆に、異なる系統マウスのミトコンドリアを置換することで長寿になったとする報告もある。

小飼弾さんのニコニコチャンネル『404ch Not Found』の番組にゲスト生出演します

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2017年1月23日(月)20時から小飼弾さんのニコニコチャンネル『404ch Not Found』の番組にゲスト生出演します。


live.nicovideo.jp


私はだいぶ前から小飼弾さんのブログ『404 Blog Not Found』で書評などの記事をよく読んでいたので、今回、ニコニコ生放送でゲストとして呼んでいただきとても嬉しい。


当日はクマムシの話を中心にする予定だが、何しろあの博学な小飼さんなので、どんな方向に話が飛んでいくかわからない。地蔵にならないように、話すネタのストックを用意しておこう。


あ、ニコニコといえばクマムシチャンネルもよろしくどうぞ。


ch.nicovideo.jp


今年は一、二週間に一度くらいのペースで生放送をする予定。1月14日(土)も一人語りをする。


live.nicovideo.jp

2016年にクマムシ博士が掲載された雑誌や書籍など

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ジュニアエラ2016年9月号より


2016年もさまざまな出版物などでクマムシ博士を紹介していただいた。ここでは、主なものを紹介させていただく。


DVD付 水の生き物 (学研の図鑑LIVE)

DVD付 水の生き物 (学研の図鑑LIVE)


まずは水の生物をフィーチャーした図鑑。クマムシのパートへの資料提供および監修を、荒川和晴さんと藤本心太さんと一緒に担当した。


この図鑑はクマムシもさることながら、他にもあまりスポットライトが当たらない生物も含め、かなりの水生生物の分類群をカバーしている。掲載種数は1300種。系統樹も入っていたりと、なかなか本格的な作りになっているので、大人も興奮できる。


これをながめておけば、海辺や川辺に出かけたときも、楽しさはひとしおだろう。付録のBBC制作DVDも楽しい。年月を経ても読まれ続けるであろう、力の入った図鑑だ。


本音で生きる 一秒も後悔しない強い生き方 (SB新書)

本音で生きる 一秒も後悔しない強い生き方 (SB新書)


こちらは言わずと知れた堀江貴文さんの著書。ベストセラーになっているようだ。本書では「言い訳しないで行動する」例として、クマムシ博士の活動を取り上げていただいた。他には、カンボジア国籍を取得しオリンピックに出場した猫ひろしさんも紹介されている。


フリーライターとして稼いでいく方法、教えます。

フリーライターとして稼いでいく方法、教えます。


こちらは、以前クマムシ一日バーを開催させていただいたバー「月に吠える」のオーナーのコエヌマカズユキさんの著書。ウェブマガジンでもインタビューしてもらった。


magazine.moonbark.net


昨今、フリーライターやウェブライターがジャンクページを量産する駒として扱われている報道をよく目にするが、本書ではそうならずにライターとしてやっていくための指南が示されている。 


フリーライターとして強みをもつ方法はいろいろあるが、そのひとつが誰にも負けない専門知識を身につけることだ。その例として、本書はクマムシ博士を紹介している。


本書はライター志望者に向けて書かれているが、どんな仕事にも参考になるTipsも多い。とりあえず、物書きをする人は読んでおいて損はない。


ジュニアエラ 2016年 09 月号 [雑誌]

ジュニアエラ 2016年 09 月号 [雑誌]


子ども向けジャーナル『ジュニアエラ』9月号には「“最強”生物「クマムシ」のナゾ」と題したインタビュー記事を掲載いただいた。最近はクマムシを知っている子どもが増えて嬉しい限り。


www.aquarium.co.jp


鳥羽水族館の機関紙『TOBA SUPER AQUARIUM』2016年夏号(No.69)には「クマムシ生体展示への道」と題した記事を寄稿させていただいた。鳥羽水族館では、不定期でヨコヅナクマムシの生体展示が行われている。


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Educo No.40/2016年初夏号 - 教育出版


こちらも教育雑誌。Educo No.40/2016年初夏号で、クマムシ研究についての取り組みについて書かせてもらった。


あとはテレビや新聞などにもいろいろと取り上げてもらったが、ここでは割愛する。2017年はクマムシ博士の単著新刊も出る予定なので、またしかるべき時期に告知させていただきたい。


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クマムシしか研究したくない教員と、アリしか研究したくない学生。

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勇ましい姿の岩井くん


私が北海道大学大学院に進学した2002年、研究室の指導教員の東正剛教授の専門はアリの生態学でした。通常であれば、研究室の指導教員は自分の専門に関連したテーマを学生に与えるもの。でも、私はどうしてもクマムシしか研究したくありませんでした。


東教授は何も言わずに、こちらの好きなようにクマムシの研究をさせてくれました。このあたりの経緯は『クマムシ研究日誌』にも書いた通りです。


horikawad.hatenadiary.com


そして時は流れて2014年。私は慶應義塾大学で学生を指導する立場になっていました。そのときに一人の学部1年生を指導することになりました。


彼の名は岩井碩慶くん。小さいときから昆虫が好きで、大学に入る前からアリやハチといった社会性昆虫の研究をしていたといいます。高校時代には、学生向けのコンペティションでも賞をもらったりと、なかなかガチ度の高い学生です。


「アリの研究しかしたくない」。岩井くんは、そう主張していました。私はアリについては素人です。研究室の他の教員にも、アリについて明るい人はいません。


私は、岩井くんの指導をすることにしました。12年前に「クマムシしかやりたくない」といってアリの専門家に指導してもらった因果で、今度は「アリしかやりたくない」という学生の指導をすることになったわけです。


岩井くんは、トゲアリという種類のアリの研究をスタートさせました。トゲアリは、他種のアリの巣を乗っ取り、その巣にいる働きアリを奴隷として使う変わった生態をもちます(社会寄生という)。


ある日、山梨県の山中で友人らとトゲアリの調査をしていた岩井くんは、偶然、トゲアリの巣から、青みがかった珍しいアリスアブの幼虫を発見しました。


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発見したアリスアブの幼虫。Iwai et al. (2016) Biodiversity Data Journalより。(CC BY 4.0)


これはおそらく、ケンランアリスアブとよばれる、アリの巣で生活する好蟻性のアブの種類だと推測されました。成虫のケンランアリスアブはその名の通り、メタリックで絢爛な輝きを放つ、美しいアブです。


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ケンランアリスアブの成虫。Iwai et al. (2016) Biodiversity Data Journalより。(CC BY 4.0)


これまでに、ケンランアリスアブの成虫がトゲアリの巣の近くを飛び回るのは目撃されていましたが、本種の幼虫がトゲアリの巣の中から発見されたことはありませんでした。


岩井くんは、見つけたアリスアブの幼虫を持ち帰って飼育し、成虫まで育てることに成功しました。成虫は確かにケンランアリスアブのように見えました。しかし、岩井くん、そして私も、確信をもってアリスアブの種同定をすることはできません。


しかし、我々はラッキーでした。ケンランアリスアブの記載者で、この生物の第一人者が日本にいたのです。『昆虫はすごい』や『アリの巣をめぐる冒険』の著者で、ドキュメンタリーTV番組『情熱大陸』にも上陸経験をお持ちの、九州大学総合博物館の丸山宗利さんです。また、丸山さんの研究室にいる「裏山の奇人」こと小松貴さんもアリスアブに明るい。


岩井くんは以前から丸山さんと小松さんにコンタクトを取っていましたし、私も2013年のニコニコ学会β「昆虫大学サテライト:むしむし生放送」という一般向けのイベントでお二人と一緒に登壇したことがあり、個人的なつながりがありました。


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さっそくお二人にメールでうかがうと、岩井くんが見つけたアリスアブはやはりケンランアリスアブで間違いなさそうとのこと。さらに研究の新規性もあるので、論文にもなりそうだ、とおっしゃっていただきました。


そこで丸山さんと小松さんに共同研究をお願いし、論文に必要なデータを取っていただいたり、アドバイスをいただいたりしながら、投稿論文の執筆を進めました。


そして2016年末、まだ学部生の岩井くんが筆頭で、オンライン科学ジャーナル『Biodiversity Data Journal』にケンランアリスアブの論文が無事に掲載されました。


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これまでは学生限定のコンペなどでの入賞しか経験がなかった岩井くんにとって、国際科学ジャーナルへの論文投稿の経験はハードで堪えた部分もあったようでした。でも、学部生でこのような経験ができたのは非常にラッキーなこと。ぜひとも、この経験を今後につなげてほしいところです。


私としても、今回はクマムシ以外のトピックで初めて責任著者を担当(丸山さんと共同責任著者)し、なかなか勉強になりました。それにしても、もともとは一般向けのイベントでご縁ができた丸山さんや小松さんと、こうして共著で論文を出すことになろうとは、愉快な成り行きですね。


「アリしかやりたくない」と言う学生のお手伝いが、できたこと。「クマムシしかやりたくない」と言う私の指導をしてくれたアリ専門家の恩師に、14年の時を経て、ちょっとだけ恩返しができたような気がした2016年でした。


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クリスマスにクマムシを24時間生中継します

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今年のクリスマスはクマムシチャンネルでクマムシを24時間生放送します。クマムシチャンネルはこちら


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中継場所は、渋谷FabCafe MTRLのオープンバイオスペース・BioClub。


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Photo credit: BioClub


www.bioclub.org


放送は2016年12月24日(土)正午12:00から翌日12月25日(日)正午12:00まで。


当日の中継内容はこちら。

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クマムシ博士が飼育しているクマムシをクリスマスイブからクリスマスにかけて24時間生中継します。

ヨコヅナクマムシを乾燥した仮死状態(乾眠)にして、耐久実験の生中継も。クマムシが復活するかをみんなで一緒に見守りましょう。

クマムシ博士主催のクマムシ研究所の仲間とのクマムシトークもあります。

synapse.am


ニコニコ動画のアカウントお持ちでない方はアカウント作成をしてをログインをすると見ることができます。


www.nicovideo.jp


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今年のクリスマスはリア充も非リア充もクマムシとともに聖なる夜を過ごしましょう。

ハチミツ嫌いのマルクス

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マルクスは「ニガイー族」の末裔として生まれた女の子。一族の他の者と同様に、小さい頃より外の世界から隔絶されて過ごしていた。


ここでいう外の世界とは、「アマイー」族の社会のこと。ニガイー族はアマイー族から差別を受け、虐げてられていた。


アマイー族の世界は、怪獣のすみかの地下に広がっている。ここの怪獣たちは、朝食には決まってハニートーストを食べる。怪獣はハチミツをてんこもりに塗りたくったトーストを食い散らかす。このハチミツつきトーストのかけらは、アマイー族の聖食となる。


この日はアマイー族が感謝祭を開いていた。アマイー族は、怪獣からの恵みであるハチミツを皆で大いに楽しんでいた。


ニガイー族のマルクスは、生まれてから一度もハチミツを口にしたことがなかった。


ニガイー族の家庭では、魚の骨や腐ったキャベツなど、粗末な食べ物しか食卓に上らない。これまでずっと、マルクスは、アマイー族がハチミツを美味しそうにほおばるのを、遠くから見ていることしかできなかった。


しかしこの日、マルクスは己の欲望をどうしても抑えることができなかった。ついにニガイー族侵入防止用バリケードを突破し、アマイー族の居住区域に侵入。


すると、大通りでハチミツをふるまっていた優しそうなおじさんと目が合った。


「お、可愛いお嬢ちゃんだね。おや、まだハチミツ食べてないのかい?ほら、どうぞ」


マルクスは安堵した。自分がニガイー族とはバレていない。おじさんからもらったハチミツを口にした。夢にまで見た、黄金色に輝くごちそうだ。


だが、どうしたことだろう。ハチミツを口に含んだとたん、この世のものとは思えない苦味がマルクスの脳天を直撃した。


「げええええええええええ」


それはまるで、この世に溢れる怨念と憎悪のすべてを凝縮したかのような苦しさだった。吐いても吐いても、苦味がとれない。涙も止まらない。


「こ、こいつ!ニガイー族だ!!」


さっきまで笑顔だったおじさんが、平成13年夏場所千秋楽の貴乃花のように、鬼の形相になって叫んだ。


それを聞きつけた他のアマイー族たちが、いっせいに集まってきた。アマイー族の一味は、マルクスに容赦ない暴行を加えた。そして、マルクスは再びニガイー族の居住域に連行された。


マルクスは、ニガイー族が差別されている理由を理解した。


アマイー族の聖食であるハチミツを食べることができないニガイー族は、呪われた一族というレッテルを貼られていたのだ。だから多数派のアマイー族は、ニガイー族を隔離する政策をとっていたわけだ。


生まれながらにしてハチミツを受けつけない、自らのニガイー族の血を呪うマルクス。やがて部屋から一歩も出ないまま、大人になった。


そんなある日、天から、これまでに見たことのない紫色の物体が、アマイー族のエリアの方で無数に降っているのを目にした。どうやら、怪獣が落としたようだ。


久しぶりに家の外に出てその光景を眺めていると、ハチミツと同じ、苦々しい臭気を発していた。たまらず、家の中に引き返した。他のニガイー族も皆、おびえて家の中に引きこもった。


それからしばらくすると、遠くから声が幾重にもなって響いてきた。アマイー族の、断末魔の叫びだった。


ただならぬ事態に、ニガイー族はおそるおそるアマイー族のエリアまで様子を見に出かけた。そこで見たものは、アマイー族の屍の数々だった。アマイー族の脇には、あの紫色の物体が転がっていた。


この物体の正体は、食毒剤だった。グルコースに毒を混ぜたものだ。グルコースはアマイー族の好物なので、アマイー族は皆この物体を食べた。


ニガイー族はグルコースを食べない。苦いからだ。ハチミツが嫌いなのも、グルコースが多量に含まれているためだ。しかしこの習性のおかげで、ニガイー族は生き残ることができた。


その後、マルクスとニガイー族は子孫を繁栄させ、自分たちの新しい世界を作った。もう、アマイー族からも誰からも迫害されることはない。ようやく訪れた平和を、皆が謳歌した。


(おわり)


【参考文献】

Wada-Katsumata et al. (2013) Changes in taste neurons support the emergence of an adaptive behavior in cockroaches. Science, 340: 972-975.


※本記事は有料メルマガ「むしマガ」155号「ハチミツ嫌いのローラ」に掲載された記事を一部修正したものです。

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【書評】『衛生害虫ゴキブリの研究』年季入りの本格書

衛生害虫ゴキブリの研究 (SCIENCE WATCH)

衛生害虫ゴキブリの研究 (SCIENCE WATCH)


「黒塗りの家庭内ランナー」としてお馴染みの生きもの、ゴキブリ。


たったの一匹が加工食品に混入しただけで、ひとつの企業を存続の危機に追いやるほど、この生物は忌み嫌われている。だがはたして、この同居人の実際の姿を知る日本人は、いったいどれくらいいるだろうか。


何のてらいもないタイトルの通り、本書は、屋内で遭遇する衛生害虫ゴキブリの研究書である。著者は、民間の研究所などで50年以上にわたってゴキブリ研究に従事してきており、ちなみに昭和7年生まれ。そして本書には、著者らによる圧巻の研究成果の数々が、これでもかと言わんばかりに詰め込まれている。表紙に描かれたイラストこそゆるふわの脱力系だが、けっして生半可な気分では読了できない本格的なハードコア・ゴキブリ書に仕上がっているのだ。


本書のページを開くとまず目に飛び込んでくるのが、巻頭カラーグラビアを飾っているゴキブリたちだ。これらはいずれも日本の屋内に出没するゴキブリ種ばかりだが、この巻頭グラビアで真っ先に紹介されているのがヤマトゴキブリであるところに注目したい。外来種も多くいるゴキブリたちの中から、あえて日本産のヤマトゴキブリをトップに推してきた著者の心意気がうかがえよう。


この巻頭カラーグラビアはただ鑑賞するだけのものではなく、それ以上の意味をもつ。このグラビアこそが本書内のゴキブリ簡易区別表と密接に連動しており、ゴキブリの種類を調べるのにたいへん便利な仕様となっているのである。本書を利用し、ゴキブリホイホイなどにトラップされたゴキブリの種を同定するのも楽しいだろう。もちろん、子どもの自由研究にも最適だ。


よく知られているように、ゴキブリは三億年前から地球上に存在している。私たちの大先輩である。この生物は世界に3500〜4000種ほどおり、日本では50種強が確認されてきた。しかもこれだけの種数を誇りながら、屋内に出没するのはこのうち1%にも満たない。ほとんどの種類は、森などに生息する屋外性である。


日本でみられる主な屋内性のゴキブリはヤマトゴキブリ、ワモンゴキブリ、コワモンゴキブリ、クロゴキブリ、トビイロゴキブリ、チャバネゴキブリなど。ワモンゴキブリやチャバネゴキブリはアフリカ地域などに由来する外来種である。近年は人類の生活環境が都市化し、冬でも温暖な家屋や施設が増えた。これに伴い、亜熱帯・熱帯性ゴキブリが本州にも進出している。


ゴキブリは増殖力が高いイメージがあるが、著者らによる実際の研究成果から、それが具体的な数字となって証明されている。たとえば、亜熱帯性のチャバネゴキブリ10匹の集団に3グラムの餌を1週間に一度のペースで与え続けると、40〜50日後にはなんと1500匹ほどにまで増える。ゴキブリの餌となる食べかすを、家の中で1週間にたったの3グラム(1日あたり0.4グラム)落としていたら、それだけでゴキブリが大増殖する可能性があるわけだ。


これが1週間に10グラム、いや、20グラムだったら・・・・・・。考えるだけで恐ろしい。仮にゴキブリの99%を駆逐したとしても、ちょっと掃除をしないだけですぐにゴキブリが爆発的に増えることがわかるだろう。ゴキブリを増やさないために肝心なのは、こまめな掃除ということに尽きるのだ。


不死身なイメージのあるゴキブリだが、意外な一面もある。暴れるゴキブリの脚をつかむと簡単にちぎれてしまったり、そのやわらかなボディも強く挟めば死んでしまう。実験作業のときは、ゴキブリをうっかり殺めてしまわぬように炭酸ガスで麻酔するなどして、つまんで移してやる。実は、か弱い生物なのである。ちなみに実験用のゴキブリは調製された餌と水で飼育されているため、とくに不潔ということはなく、素手でつかんでも特に問題ない。


本書には他にもゴキブリの生態や駆除のコツが目白押しだ。とりわけ圧巻なのは、ゴキブリの冬眠についての研究成果の数々である。ゴキブリの休眠をさまざまな温度や日照条件で検証した著者らのデータが紹介されているのだが、クロゴキブリなどは寿命が長いため、ひとつの実験に丸一年以上かかることもある。


このような実験を行うためには、日々のゴキブリ個体のチェックが欠かせない。温度管理も、実験の肝となる。もしも、ゴキブリを飼育している恒温器や飼育室の温度管理システムが実験期間中に故障し、実際の飼育温度が乱れようものなら、実験データはそこで水の泡になってしまう。これは憶測だが、不慮の事故などで、パーになってしまったデータも少なくなかったのではないだろうか。


そんなリスクを経て、長期にわたって得た実験データが、本書にはいくつも掲載されている。まさに、著者の研究の結晶たちだ。このようなデータの一つ一つを見ると、なんだか図表に向かって拝みたくなってくるほどである。


決して、これは万人向けの生やさしい本ではない。むしろ、読み手を選ぶ本だ。ひとつ言えるのは、本書が、半世紀以上にわたってひとつの研究対象に向き合ってきた研究者本人の手によって、記されているということだ。世の中に科学書は数あれど、こんな本は、そうそうお目にかかれない。


年代物のブランデーをじっくりと味わうような読書体験をしたい本読みにこそ、本書はおすすめしたい。


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※本記事は書評サイトHONZに寄稿したものです


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人工肉と人工肉が変える道徳

みんな大好きなお肉。人工肉開発の現場と、人工肉が未来の道徳や倫理観を変えうると考察したコラムをウェブ・ジャーナル『ハーバー・ビジネス・オンライン』に寄稿しました。

今、この記事を読んでいる時点でも、10億頭のブタ、15億頭のウシ、そして190億羽ものニワトリが、人類の胃袋を満たすために、この地上で待機させられている。


人工培養肉は、環境にフレンドリーなだけではない。家畜を殺さずに済むので、動物フレンドリーでもある。人工肉は、その製造コストが十分に下がれば、マーケットには人工肉が一気に広がるだろう。


人工肉は、人類の宇宙進出にも一役買うはず。地球外惑星への移住には、現地での食料の確保が必要だ。タンパク源として家畜を連れて行くよりも、タンクと培養液で作れる人工肉を摂取するほうが現実的だろう。


人工肉が普及した未来では、「本物の肉を食べるのは野蛮な行為」という倫理観が人類に定着するかもしれない。その一方で、特定の性癖をもつ層から、ヒトの細胞から作られる「人工ヒト肉」への需要が芽生えてくるかもしれない。


技術の革新はいつだって、人の倫理観を劇的に変える。人工肉は人類を救うのと同時に、新たな道徳をも生み出すことだろう。

hbol.jp

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ノーベル賞と研究費供給

ノーベル賞受賞に絡んで、研究供給をどうするかという問題について考察したコラムをウェブ・ジャーナル『ハーバー・ビジネス・オンライン』に寄稿しました。

研究費の集め方や研究活動のやり方も、多様化している。基礎研究の芽を絶やさないためには、科研費など既存の財源に頼るだけでなく、新しい手段も取り入れていくべきだろう。

hbol.jp

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納豆菌の真実、政府公式発表のXデー近づく


Image: 203gow


納豆菌。学名、バチルス・サブチリス・ナットー(Bacillus subtilis var. natto)。


納豆菌は栄養源が枯渇すると、芽胞とよばれる休眠状態になる。この芽胞状態では、宇宙空間でも耐えられるほどの不死身ぶりを発揮する。


なぜ納豆菌はここまで異常なほどの高い耐性能力を備えているのか。それは、彼らが地球の生物ではなく、隕石とともに宇宙から地球侵略のためにやってきたエイリアンだからである。これについては、本ブログで訴え続けてきた。


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政府もメディアも、この隠された事実を決して公開してこなかった。それどころか、農林水産省は毎年のように納豆に賞を贈り、ワイドショーでは納豆摂取による健康増進を喧伝する


納豆の化粧水


政府もメディアも、真実を隠蔽し続けてきた。裏で、納豆菌が糸を引いていたためだ。


だが最近、この様子が変わり始めてきた。地上波のテレビ放送でも、納豆菌の真実がカットされることなく放映されるようになったのである。


これは、民間放送のバラエティ番組内で起きた。あるテレビタレントが、はっきりと次のように語っていたのだ。「納豆菌はエイリアンだ」、と。


これはきわめて驚くべき事象だ。大手メディアの中にも、納豆菌による人類全滅の危機を回避すべく、真実を伝えようとする勇敢な日本人がいる。私は、同じ日本人として、とても誇らしく思った。


だが、この番組の続きを見て、私は目を疑った。このタレントは、食卓のおかずに粉末状のものを豪快にまぶし始めたのである。それが、これだ。


家庭用に販売されている粉末状の納豆菌


なんと、納豆菌だったのだ。そして、納豆菌まみれになった食べ物たちは、さっきまで納豆菌の真実を伝えていたその口の中へと、つぎつぎに運ばれていった。エイリアンと認識している物体を理解していながら、嬉々としてそれらを体内に摂取している。何がどうなっているのか。私は錯乱した。


だが、冷静に考えると、思い当たることがあった。それは、恐ろしい仮説だった。これが、当たってしまったのである。


納豆菌は納豆とともに、体内にとりまれる。納豆を摂取し続けると、納豆が好きで好きで仕方なくなる。毎朝食べないと気分が悪くなるほどに、納豆依存症に陥る。


つまり、納豆摂取者は、納豆菌に洗脳されているのだ。納豆を食べない外国人からは、納豆が腐敗臭を放つ醜い物体としか認識されない。これは、彼らが納豆を摂取していないために、納豆菌による洗脳を受けていないためだ。


納豆菌は摂取されたのちに腸内に居座り、腸内細菌として増殖する。納豆菌に特異的に発現しているナットウキナーゼなどの分子が、複雑な経路を経て脳神経系に作用し、ヒトの嗜好や行動パターンを制御していると推測される。納豆菌摂取者は主体性を失い、納豆菌のお操り人形と化す。


こう考えると、納豆菌の真実を知りながらも、納豆を摂取してしまう矛盾した行動も合点がいく。頭の中で、納豆菌は恐ろしいエイリアンであることを知識として持っていても、納豆菌を摂取する行動を止められないのだ。納豆菌に操られているがために。


これらの事実から、メディア、政府、そして納豆菌の意図がうかがえる。つまり、こうだ。納豆菌の真実が人々に知られたところで、もはや多くの日本国民は完全に納豆菌に洗脳されているため、反勢力にはなりえない。こう考えているのである。だから、大手メディアでも、納豆菌の真実が堂々と伝えられ始めたわけだ。


この説が間違いないことを証明する、さらに戦慄が走る証拠がある。最近になって、あろうことか、納豆菌がエイリアンであることを伝えるメッセージが刻まれた市販の納豆が、日本中に出回り始めたのだ。これが、その決定的証拠である。


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納豆のパッケージにはっきりと、書いてある。異様に大きな目を持ち、不気味な緑色の光沢を放つ小人型のものが「宇宙人」であると。


はじめてこれを目にした時、恐怖のあまり、印籠を見せられた悪代官のごとく腰と膝がくだけ、イトーヨーカドー食品売り場の片隅でしばらくのあいだ立ち上がれなくなってしまった。


この納豆が置いてあるのは、スーパーだけではない。Amazonにも置いてある。遠隔で、どこにでもこのメッセージが届けられるようになっている。


【ミツカン】金のつぶ パキッとたれ 国産小粒納豆


これ見よがしに、納豆菌の手先であることで潤っている納豆企業が、全国民に向けてこの恐ろしいメッセージを送っているのである。


かれらは、もはや、何も恐れていない。日本の征服はもう終了したというわけだ。我々は、詰んだ。あとは、この国の支配者が納豆菌であることを、全国民に知らしめていくだけである。


近いうちに、日本国首相、すなわち、納豆菌の下僕代表が、全国民に向けて納豆菌の真実を公式発表するだろう。その瞬間は、日本、世界、そして地球の歴史が書き変わるときだ。


納豆菌の真実が皆に知らされるXデーは、すぐそこに迫っている。


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世界初となるゲノム編集技術「CRISPR-Cas9システム」を用いた遺伝子治療が実施される

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中国の研究グループにより、世界初となるゲノム編集技術CRISPR-Cas9システムを用いた遺伝子治療の臨床試験が行われた。


CRISPR gene-editing tested in a person for the first time

PD-1 knockout engineered T cells for metastatic non-small cell lung cancer


ゲノム編集による遺伝子治療は、HIVをジンクフィンガーヌクレアーゼ(ZFN)を用いて行われた例がある。CRISPR-Cas9が使われたのは、今回が初めて。それにしても、世界に先駆けてヒト受精卵にCRISPR-Cas9システムでゲノム編集をしたのも中国だったし、中国はとばしますね。上のNatureの記事内では、専門家がアメリカ対中国の医学研究競争を「スプートニク2.0」とよんでいる。うまい例え。


ゲノム編集技術CRISPR-Cas9システムは、ゲノム上の狙った場所を簡便に改変することができる、生命科学研究における革新的なバイオテクノロジーだ。この技術については以前、詳しく書いた。


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今回のゲノム編集を利用した臨床試験の目的は、肺がんの治療。がん細胞は、免疫のはたらきを抑制して免疫細胞からの攻撃を受けないように立ち回ることができる。相手の攻撃力を下げるわけだ。ドラクエでいうとダウンオール。


具体的には、がん細胞表面ににょきっと出ているPD-L1がT細胞表面の受容体PD-1に結合すると、T細胞の活性化が抑制される。T細胞の攻撃力が弱まったのをよいことに、がん細胞はしめしめと増殖する。


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図. 杉山大介・西川博嘉. がん免疫療法:基礎研究から臨床応用にむけて. ライフサイエンス 領域融合レビューより


がんを抑えてやるには、PD-L1やPD-1の働きを抑えてやれば良い。こうすれば、T細胞は攻撃力を維持することができる。このようなアイディアから、これらに結合して働きを阻害する抗PD-1抗体あるいは抗PD-L1抗体の開発が始まった。抗PD-1抗体は、がんの治療薬として承認されている。がん治療のために免疫を強化すやり方は、がん免疫療法とよばれる。


中国の研究グループが今回行ったのは、ゲノム編集によるがん免疫療法である。ポケモンをアメで進化させるように、T細胞をCRISPR-Cas9で強化したわけだ。ポケモン、詳しくないので間違ってたらごめん。


研究グープは、肺がん患者から末梢血リンパ球を集めて、これらにCRISPR-Cas9システムをほどこし、PD-1をコードするPDCD1遺伝子を破壊したT細胞を作成した。


PDCD1遺伝子上の塩基配列と相補的な塩基配列をもつガイドRNAを設計してCas9タンパク質と一緒に発現させれば、Cas9タンパク質はPDCD1に案内されてここを切断する。DNA修復機構が働いて鎖がくっつく過程で変異が入り、結果としてこの遺伝子は破壊される。ゲノム編集によりPDCD1が破壊されたリンパ球を培養して増やし、ふたたび患者に注入して戻した(まだ今回の件は論文になっていないので、実験手法の詳細は不明)。


このT細胞はPDCD1遺伝子が破壊されたため、もはやPD-1は作られなくなる。がん細胞はT細胞表面のPD-1に結合できなくなるため、これにより、T細胞の活性を抑制できなくなる。よって、免疫は強化され 、がん細胞を攻撃し続けることができる。患者へのゲノム編集細胞の注入は、あと何回か行われるらしい。はたして今回の臨床試験がうまくいくのか、今後の経過が待たれる。


今回の場合、安価で使い勝手の良い抗体を用いた治療の方が良いのではないかという専門家の声もある。あとは、標的遺伝子以外の場所に、どれくらいの頻度で変異が入るのかもきになるところ。ったりしないかどうか。どんな副作用がでるのか、どちらがよいか、今後の経過が待たれる。


ゲノム編集技術のヒトへの応用に関しては、生命倫理に沿って慎重に議論を進めるべきだ、という声が大きかった。だが、技術の進展はいつでも、倫理観を劇的に変えてしまう。CRISPR-Cas9システムは、ゲノムだけでなく、私たちの倫理観や道徳観まで簡単に改変しているのかもしれない。


CRISPR-Cas9システムが研究者の間で広まり始めて、まだ数年しか経過していない。ゲノム編集技術 を利用した臨床試験は今後、世界中で加速に進んでいくことだろう。


※本記事は有料メルマガ「クマムシ博士のむしマガ」360号「世界初となるゲノム編集技術「CRISPR-Cas9システム」を用いた遺伝子治療が実施される」から抜粋したものです。

【料金(税込)】 1ヵ月840円(初回購読時、1ヶ月間無料)

「クマムシ博士のむしマガ」は、まぐまぐnoteで購読登録できます。


【参考資料】

実験医学 2014年7月号 Vol.32 No.11 ゲノム編集法の新常識! CRISPR/Casが生命科学を加速する

今すぐ始めるゲノム編集〜TALEN&CRISPR/Cas9の必須知識と実験プロトコール (実験医学別冊 最強のステップUPシリーズ)

遺伝子医療革命―ゲノム科学がわたしたちを変える


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【映画レビュー】『X-コンタクト』アクロバティックすぎるクマムシ映画

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ここ数年、日本におけるクマムシの認知度が急速に高まってきた。我が国のクマムシ研究は世界的に見ても進歩しており、下の記事でも紹介したように、2016年には日本の研究グループからクマムシの一種であるヨコヅナクマムシの全ゲノム解読と放射線耐性を向上させるクマムシタンパク質も報告された。


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アニメやお笑いなど、研究以外の様々な方面でクマムシを取り上げてもらうのも、クマムシ研究者として嬉しい。そして、クマムシが盛り上がっているのは日本だけではない。海外、とくに、アメリカでもクマムシの注目度は向上している。日本ではクマムシというと「かわいくて強い」イメージが先行する。


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クマムシさん


一方で、アメリカではむしろ、クマムシは「SFでグロテスクなコワモテ・クリーチャー」というイメージが強いようだ。それは、YouTubeにアップされているクマムシが主人公のオリジナルアニメ『Captain Tardigrade』を見れば明らかである。



この違いは『鉄腕アトム』と『スーパーマン』の差異を見れば理解できる。日本には「強いものは可愛くあるべき」という美徳があるが、アメリカではとにかくタフでマッチョな存在が信頼されるのである。


そんなクマムシがついに、ハリウッド映画になった。原題『Harbinger Down(ハービンジャー・ダウン)』。邦題は『X-コンタクト』である。やはり、ここでもクマムシは「SFでグロテスクでタフ」なアメリカンテイストに仕上がっていた。先日、DVDもリリースされた。


【DVD】映画『X-コンタクト』


予告編はこちら。



この映画の制作陣は『エイリアン』や『遊星からの物体X ファーストコンタクト 』を手がけてきた面々。邦題は『遊星からの物体X ファーストコンタクト』からとったようだ。


【Blu-ray】映画『遊星からの物体X ファーストコンタクト』


さて、クマムシ映画『X-コンタクト』。ハリウッド初となるクマムシをフィーチャーした映画ということで、これはクマムシ研究者ならば「観る」以外の選択肢はない。そこで先日、クマムシ研究所のメンバーと映画館「新宿シネマカリテ」での特別上映を観てきた。


内容はというと、シロイルカの生態調査をするためにカニ漁船に乗り込んだ大学院生の主人公らが引き揚げた氷漬けのソ連宇宙飛行士の死体に寄生していたクマムシがモンスターになって人々に襲いかかるという、かなり斜め上なもの。


驚いたのは、作品中にクマムシが映っていなかったことだ。厳密に言えば、私が知っているクマムシが映っていなかった。クマムシと認識できる唯一のシーンは、生物のデータベースにあったクマムシの写真くらい。


たとえば、シロイルカを研究する主人公が顕微鏡で人間の死体の組織を観察するシーンがあった。観察していた組織はピンク色をしたひも状の何かだったのだが、次の瞬間、すべてを悟った主人公はそれを見て自信満々にこう言い放つ。

クマムシだわ!


え???どこに?????


ピンクの毛糸を拡大したようなブツを「クマムシ」と大スクリーンの中からドヤ顔で言い切られ、新宿の中心で一人絶叫しそうになるほどの衝撃を受けた。クマムシを見たことがないと思われる、哺乳類を研究している学生が、クマムシ歴15年のクマムシ博士以上のクマムシ認識能力を備えていたとでもいうのだろうか。


驚きの描写は、これだけではない。本映画の設定では、1982年にソ連が秘密裏に打ち上げた有人月面探査機から回収されたロシア宇宙飛行士の体にクマムシが寄生した、ということになっている。ソ連の目的は、人間にクマムシの能力を与えて放射線耐性を高めることにあった。


いや、ちょっと待ってくれ。1980年代はまだクマムシ研究がぜんぜん進んでいない時代だ。クマムシの飼育系が確立され始めたのも2000年代に入ってからだ。しかも多細胞生物の遺伝子工学技術だって、未熟だった時代だ。クマムシの遺伝子機能は今でもまだまだ未知なところだらけだし、ヒトへの応用なんてとんでもない。


ただ、ちょっと落ち着いてみると、どうやら遺伝子工学で宇宙飛行士をクマムシ化したわけではないことに気づく。というのも、死体からはクマムシのDNAだけでなく、クマムシ個体そのものが検出されているからだ(上述したようにクマムシ博士にはクマムシが見えなかったが)。


つまり、「クマムシそのものを大量に人体に寄生させてヒトのクマムシ化を試みた」ということらしい。いや、そもそもクマムシは人間に寄生しないし、仮に寄生したとしても、そんな方法でクマムシの能力を付与できるわけない。「SF映画だからなんでもアリ」と言ってしまえばそれまでだが、強引にでも納得できるだけのリアリティはほしいところだ。


さて、宇宙空間で放射線を浴びた変異したクマムシは最終的にモンスター化し、その姿は液状の生物に変化したりするようになる。その形状も、とてもクマムシとは似ても似つかないものだ。本作品には、科学的な監修を行うアドバイザーは誰もいなかったのだろうか。


だが、そんなことはなかった。映画のエンドロールでは、科学監修に二人の博士がクレジットされていたのだ。そのうちの一人、 医学博士のDavid Persing氏は微生物感染症学が専門らしい。


「Real Science of Harbinger Down(X-コンタクトにおける本物の科学)」という、やたら挑発的なタイトルの動画で、彼はこう言っている。

私は微生物が専門で、クマムシについては研究人生の中でまったく接点がなかった。



すがすがしいほどに認めてしまった。「クマムシのことは何も知らない」、と。


クマムシのことを何も知らない微生物感染症学の専門家が監修したから、クマムシが人間に感染して・・・みたいな映画になったのだと判明した。


いや、だから、ね。


なぜ制作チームはクマムシ博士にコンサルを頼まないのか。


さて、アクロバティックすぎる映画本編のレビューはここまでにしよう。だが、これでもまだネタが尽きないのが、この映画のすごいところだ。本編が見せるアクロバティックさは、日本での公開担当者にも引き継がれていたのである。


それは、日本版の公式チラシに如実に表れていた。本作の実際の内容と、アマゾンの画像にも使われているこのチラシに書かれている紹介文が、まったく異なるのである。日本版チラシ制作の担当者は、80分ちょっとの本作品を観ずに紹介文やコピーを書いていたことを確信させられる出来栄えだ。以下、引用しよう。

19XX年、最北端の深海で新たな生命体が誕生していたー。


「それ」は決して起こしてはならなかったー。


19XX年。大学の研究のために祖父の漁船「ハービンジャー号」に乗り込んだ大学生セイディと仲間達。


彼らは深海を調査中、ソ連時代の衛星の残骸を発見する。引き揚げると中には氷漬けにされた飛行士の死体があり、死体には謎の生命体が寄生していた。


新種の生命体の発見だと喜ぶセイディたち。しかし氷の中で活動を停止していた「それ」は、氷が溶け、宇宙飛行士の死体とともに消え去ってしまう。


クルーたちが戦々恐々とする中、「それ」は液状に姿を変えながら出現し、彼らを襲い始めるー。


チラシの冒頭の、キャッチコピーにもなっている「19XX年、最北端の深海で新たな生命体が誕生していたー」という一文。この一文のすべてが間違いだ。


まず、「19XX年」という時代設定。本作は2015年が舞台である。実際に、作中にはスマートフォンやタブレットが登場している。


「深海」も違う。引き上げられた探査機は、深海ではなくわりと海面にプカプカ浮かんで漂流していた。しかも、「衛星」というよりは「探査機」である。


「深海で新たな生命体が誕生」も矛盾している。宇宙飛行士に寄生させたクマムシが宇宙空間で放射線を浴びて変異したというのが、実際の理由付けだ。


ただ、実際の作中でも「サンプルから多数の生物種に由来するDNAが検出された」と言っているシーンもあり、クマムシと海の生物が合体してモンスターになった可能性も示唆している。もしかしたら、この映画の脚本を書いた本人自身も、途中でこの映画をどうしてよいのかわからなくなったのかもしれない。


また、主人公は「大学生」ではなく「大学院生」だ。博士号をとるためにシロイルカのフィールド調査をしている、と述べているシーンがある。


このレベルのチラシの齟齬は、『となりのトトロ』に例えたらこんな感じではないだろうか。

時は第二次大戦。3歳のサツキと生後6ヶ月のメイは、小説家のお父さんと一緒に都会から田舎の一軒屋に引っ越してきた。


それは余命わずかのお母さんを、空気のきれいな家で迎えるためだった。近くの農家の少年カンタに「ゴミ屋敷!」と罵られたが、その家で最初に二人を迎えたのは、イガグリの妖精だった。


ある日、メイは庭で2匹の不思議な生き物に出会った。それはトトロというオバケで、メイが後をつけると、さらに大きなトトロがお茶の間でねそべっていた・・・・・・。


『X-コンタクト』日本版チラシのレベルを実感していただけただろうか。


ちなみに映画館の案内係も、開演前に「お待たせいたしました!これからX・・・(急いでタイトルを確認しにどこかに戻る)・・・あ、すみません、Xコンタクト!の開演です!」といった感じで、本作は割と雑に扱われていた。


最後に。いろいろと書いてきたが、私はもともとクマムシマニアが感銘を受けるようなレベルの内容は初めから期待していなかったし、中途半端に良い出来になるよりは、ツッコミネタの宝石箱のような作品になっていて、本作はむしろよかったと思う。上映後にクマムシ研究所のメンバーとも、作品にツッコミながら盛り上がり親睦も深まった。今では、『Xコンタクト』に深く感謝している。


クマムシについてあまりこだわらないマジョリティーには、B級SFホラー映画として本作品を楽しめることだろう。


だが、次にクマムシがフィーチャーされる映画が製作されるときは、監修者として声がかかるのを期待したい。それが、私の本音だ。


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※本記事は有料メルマガ「クマムシ博士のむしマガ」345号「クマムシSF映画超速レビュー」に加筆修正をしたものです。

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マンガ版『アカデミック・ラブ』

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  ア カ デ ミ ッ ク ・ ラ ブ



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─────4月上旬、北関東のとある学園都市でもようやく桜が咲き始めた。 



T大学は、そんな街の一角を占める総合大学である。 



日本でも有数の広大なキャンパスを擁し、学術面でもノーベル賞受賞者を輩出するなど誇らしい実績をもつことで知られている。  


その大学の片隅に位置する建物内に、動物生態学研究室がある。この研究室では、昆虫から脊椎動物に至るまで、さまざまな動物についての生態学的研究が行われている。  



毎年4月には、動物生態学研究室では新歓コンパが催される。



研究室で開催される新歓コンパの目的は表向きは文字通り「新入生を歓迎し親睦を深める」というものだ。だが、男性研究室員にとっては、これとは異なる明確な目的があった。 



──────それは、新入生の女の子にツバを付けることである。 


通常、理系の研究室では男女比が圧倒的に男側に偏っている。


このような条件下では、男性陣の間で女性メンバーを巡る奪い合い、つまり雄間闘争が起こる。


T大動物生態学研究室でも、研究室員の男女比は三対一と偏っており、例に漏れず雌をめぐる雄間闘争が起きる運命にある。           



よって、彼らににとっての新歓コンパの至上命令は、いかにして自分が他の男性陣をおさえて有利なポジショニングをとり、新入生の女の子にアプローチするかという事になる。


今回、新入生の中で女の子は修士一年生の竹園紗季ただ1人。



彼女はガの行動生態学に興味があったが、東京の国立大学の所属学科には生態学の研究室が無かったため、大学院からはT大動物生態学研究室に入ってきたのだ。  


都会の洗練された凛とした雰囲気を醸し出す彼女の存在は、研究室の中で少し浮いて映った。



しかし、純白のブラウスにかかる黒いネクタイには、蛾の刺繍が大きく施されており、彼女が年季の入った虫屋であることを示唆していた。  



修士二年生の大鷲京太が、お調子者キャラを全面に出しながら自分の椅子ごと紗季の隣に移動し、話しかけてきた。 



「蛾、好きなのかお?」


他の男性研究室員を出し抜いての、先制攻撃である。



「え・・・・・・・・」



「この蛾のネクタイ、自分で作ったのかお? それとも、どこかで買ったのかお?」



「えっと、アーティストが昆虫をモチーフにした作品を
展示するイベントがあって・・・・・・そこで買ったんです・・・・・。この蛾はクスサンで・・・・・・」



「へぇ~。オレは猛禽類の研究が専門だけど、虫も好きなんだお」



「えっ、そうなんですか?」



「もちろん!でも、この蛾の刺繍、本当によく出来ているお。ちょっと触ってもいいかお?」



「えっ・・・・・・。」


京太は、自分の右手を紗季の胸元に近づけた。他の男性研究室員たちを一気に突き放すため、準求愛行動ともいえる接触アプローチ戦略を展開したのである。   



(あっ・・・!?チ、チクショウ!)



(いいなぁ、あんな近づいて・・・・・・。)


───────だが・・・・・・・、


これを黙って見ていられなかったのが、研究室内ヒエラルキーの最上位に君臨するポスドクの観音台則夫である。 



「大鷲ぃ・・・お前、そんな事するから彼女いない歴23年なんだろうが。 ちったぁ女心勉強しろや!」



「な・・・・、何ですかお!?オレはちょっと昆虫について話してただけですお!」



「竹園さん、騙されちゃダメだぞ。コイツねぇ、昆虫好きをアピールしてたけど、ラボで企画している昆虫採集旅行に参加したこと
一度も無いんだよ。嘘なの、嘘。」



「・・・・・・・・・・・・」



「い、いやっ・・・・・、最近、昆虫好きになったんだお!本当だお!」



「じゃあお前、俺の研究材料のキチョウの学名言ってみろよ」



「うっ・・・・・・」



Eurema hecabeだよ。ほ~ら、昆虫のこと全然知らねーじゃん」



(あ~あ、終わったな・・・・・・。ポスドクの観音台さんの方が、教授の次にウチでの立場デカいし)



「大体、大鷲さぁ、女心もそうだけど、本業の自分の研究テーマについても、もっと勉強しろよな。この前のセミナー発表でも、データの取り方が全然ダメダメだった。サンプリングする前に、どのくらいのサンプルサイズが必要かとか、どの解析手法を採用するかとか、ちゃんと検討しとけっつーの」



「は・・・、はい・・・・・・」



「鳥の研究は、ただでさえデータ取りにくいんだからよ。お前、ドクター行きたいって言ってるけど、それだと何年かかっても学位とれないよ?わかってる?」



「・・・・・・・・・・・・・」



「竹園さんもこれから分かってくるだろうけど、研究ってやっぱストラテジーが重要だからさ。ま、その辺は俺に聞いてくれれば何でもアドバイスするから、遠慮なく絡んできてよね。同じ虫屋同士、同じ鱗翅目屋同士だしさ」



「は、はい!」



則夫はアカデミックなアドバイスをするように見せかけて、京太をとことんディスった。 


京太が研究室内のヒエラルキーが低いのをアピールする事で、相対的に自分がいかにオスとしての力があるか、そして優れているかをこれでもかと紗季に見せつけたのである。 



結局則夫の思惑通り、紗季は彼を質の高い魅力的なオスとして認識するようになった。 



男性大学院生たちは、誰も則夫を敵に回して紗季にアプローチすることを許されなかった。 



則夫は、紗季が野外調査をする際には自家用車を出したり、研究のディスカッションと称して二人きりでファミレスでの食事に誘った。 



則夫のポスドクとしての給与は決して高くなかったが、車で出迎えたりロイヤルホストで食事を奢るような事は、京太や他の貧乏院生には決して出来ない芸当であった。


勿論、大学の外の世界を見れば、則夫よりもはるかにオスとしての魅力をもつ男性はゴマンといる。外見だって、則夫は決してイケメンとはいえない。 



だが日本の大学院生は日夜研究をするので忙しく、外部の人間と接触する機会がきわめて乏しい。よって、人間関係は研究室内で全て完結するため、恋人候補も研究室内のメンバーに限られてくる。


研究室内で最も質の高い異性に魅かれるのは、当然の帰結なのだ。 


──────新歓コンパから四ヶ月後、お盆を前に、紗季と則夫は交際する事になった。 



京太の心の叫びを代弁するかのように、けたたましく鳴くセミたち───────。 



それから3年が経過し、また新しい春がきた。



京太は博士課程3年生になっていたが、この間に恋人が出来たことは一度としてなかった。 



研究室に、紗季以外に好みの女がいなかったわけではない。だが、アタックしたところで振り向いてくれる女の子がいるようには感じられなかった。



そして何より、京太にはアタックする意欲そのものが失われていたのである。


日頃から則夫にさんざんコケにされ続けた京太は、
研究室内ヒエラルキーの下位から脱することができなかった。
このような地位にいる限り、女子からはオス的魅力に欠けるダメ男子として見なされてしまう。



すると、ますます自信が失われる。
自信が失われると、オス的魅力も失われていく。
学年が上がっても下位ヒエラルキーから脱することができず、ますますモテなくなる。



セミの幼虫のような地中生活を余儀なくされていた京太だったが、今年は大きな転機が訪れた。 



則夫が研究室を去ることになったのだ───────!   



「すまない。
今年は科研費を獲得できなくてな・・・・・・。
これ以上ポスドクとして雇えなくなったよ」


則夫はアカデミックポストに就くことができず、東北の小さな博物館で非常勤の学芸員として働くことになった。



そしてこの異動が引金となり、紗季と別れることになった。



則夫はいなくなった事で、京太がヒエラルキーの最上位に進出できるチャンスが出てきた。さらに、紗季も今やフリーの存在だ。 



十分に栄養を蓄えたセミの如く、京太は長い地中生活に終止符を打ち、高々とそびえる桜の木に登る準備を始めた。羽化をするまで、もう秒読み段階だ。 


新歓コンパやラボミーティングでは、最上級生である京太が主に仕切ることになった。 



則夫に散々コケにされ続けた日々・・・・・・・・・。  



京太は決意していた。自分がアイツにやられた事を、後輩にはしたくない・・・・・・・・。 


──────だなんて、微塵も考えてなかった。 



則夫が自分にしたように、自分も後輩を徹底的にコケにする。そうやって後輩どもが紗季に手を出さないようにする。そう固く誓っていた。



「千現~!!お前、一番下のくせに酌もできねえのかお!そんなんだからデータを取るのもダメなんだお!!」



「す・・・・、すいません!」



「オレはオオタカの研究者なんだお・・・・・。」



「何より、オオタカは肉食獣なんだお。」



「だから、オレは最強の肉食になるんだお!」


森の中でオオタカのメイティング・ビヘイビアーの観察をしながら、京太は紗季とのメイティング・ビヘイビアーを夢見ていた。(メイティング・ビヘイビアー:交尾行動)


則夫が去った事により空白となったボスザルのポジションを、ついに獲得したのだ。それまでは路上の隅に生える干涸びたコケを見るような目で京太を見ていた女性研究室員たちの接し方も大きく変化していた。



「大鷲先輩~。ここ、分からない所あるんですけど・・・・・」


オスとしての魅力が現れ始めた京太は、自信も出てきた。そして研究室内でよりいっそうボスザルらしく振る舞う。すると、さらに女性研究室員が京太を慕うようになり、プライベートな相談までする女子も出てきた。




他の女性研究室員と同じく、ポジティブ・モテ・フィードバック(PMF)期に突入した京太を見る紗季の目も次第に変わっていった。  




(・・・・・・・・・・・・機は熟したお!)



「─────この前のプレゼンの時に言ってた解析の問題、もう解決したかお?」



「え、いえ、まだちょっと考えてるんです・・・・」


少し驚いた表情をしてから目を下に移し、はにかみながら答えた。マイナーリビジョンだ。(マイナーリビジョン:論文を少し改訂する事)  



「あれね~、あれはやっぱりNが少なすぎるのが原因だと思うんだおね。Nをもっと増やした方がいいお!」(N:実験のサンプル数)



「でもぉ・・・・・、私一人で採集しているからなかなかサンプルがとれなくてぇ・・・・・」



「・・・・・・・・よかったら、今度手伝ってあげるお。オレもD論も目処がついたし、大丈夫だお。よし、来週行くお!」



「ええっ・・・・・!いいんですか!?」


─────無事アクセプト。コングラチュレーション! (アクセプト:論文が受け入れられる事)


これを皮切りに、ディスカッションと称した深夜のファミレスデートなど、京太は様々な方法で紗季にアプローチを続けた。  



京太は無事に博士課程を三年間で卒業し、博士号の学位を取得した。卒業後は、S総合研究所にポスドクとして赴任することも決まった。 


────────そしてついに京太は紗季と交際し、半同棲生活をすることに決めた。 




「紗季とのメイティング・ビヘイビアーもしちゃったお!」


京太はこれまでの人生で、最良の時代を迎えていた───────。 


────────そして、さらに3年の時が流れた。


紗季は京太の指導もあり、無事に三年間で博士課程を卒業。卒業後は、昆虫の研究で有名なN資源研究所のポスドクの職に就いた。 



この二年間、二人は順調な同棲生活を送っていたが・・・・・・・・・・、ここのところ、二人の周りには重たい空気が流れ始めていた。



京太の勤め先でのポスドク任期があと三ヶ月で終了するにもかかわらず、次のポジションは未だ決まらなかった。 



「また・・・・・・・、ダメかお」


この一年近くの間に、大学の助教や研究所のポスドクなど合わせて十以上のポジションの公募に応募したが、全て落ちた。書類による第一次審査すら通らなかった。   


公募選考の際に重要なのは、研究業績だ。具体的には、国際科学誌に掲載された論文の本数と質によって判断される。



京太の場合、筆頭著者として二報の論文を発表していた。一報はT大在籍時に行っていたオオタカのメイティング・ビヘイビアーに関する内容、もう一報は、S総合研究所に来てから調査した、関東地方におけるオオタカの分布についてのものだ。


ポジションの公募における審査の際、論文の質はその論文が掲載された雑誌のインパクト・ファクターにより判断される。 つまり、雑誌のインパクトファクターに論文数をかけた結果が応募者の業績とみなされるのである。 



京太は、いずれも鳥類の生態学に特化した国際科学誌で発表したが、そのインパクト・ファクターは2を少し上回るほどであり、生態学関連の雑誌では中堅の部類に入る。(インパクト・ファクター:科学系学術雑誌の影響度、引用された頻度を測る指標。高いほど、そこに掲載される論文は優秀とみなされる)


当たり前だが、各公募では応募者の中から一人だけが採用される。いくら優秀でも、二番目以下では不採用なのだ。 



ダメなんです。 


そして何より、京太には強力なコネもなかった。今も昔も、研究職の公募はコネで決まることが少なくない。


京太は、自分よりも業績の少ない人間がコネで助教の職に決まったケースを何度も見てきた。 


───────しかし、まだ最後の望みが残っていた。 



京太の古巣であるT大動物生態学研究室が、教授の定年退官に伴い、その後釜として助教を募集していたのだ。


────────しかも、今時珍しく任期のないパーマネントのポジションである!(パーマネント:普通なら助教までは目立った功績が出ない限り、雇われる年期に限りがある。一方、パーマネントはずっと大学に雇ってもらえる身分なのである)


パーマネントのポジションをゲットすれば、もう任期が切れて無職になる悪夢を見なくて済む。嫁も見つかる。マイホームも手に入る。この世のすべての苦しみから解放される。パーマネント、それは果てしない夢でありユートピアだ。


コネという点で、研究室出身の京太はとてつもなく有利な立場にいた。実際に、応募書類を提出する前に動物生態学研究室に挨拶に行ったときも、教授はこう言った。



「知らない人よりは、知っている人を選びたいねぇ・・・・」


だが、京太には一つ気がかりなことがあった・・・・・・・・・・・・。 



動物生態学研究室に在籍時に、京太をさんざんコケにした、あの観音台則夫である。



則夫がこの公募に応募してきたら、教授は自分ではなく、則夫を選ぶかもしれない。そんな不安を抱えていた。


そこで京太は動物生態学研究室を訪れた際、後輩である千現武志を呼び出した。 



「おい、千現。今回の公募、観音台さんは応募してくるのかお?お前、なんか聞いたか?」



「え、いえ・・・・・・・・。多分、観音台さんは応募しないと思いますよ」



「え?そうなのかお?」



「はい。観音台さんは研究はもうやめたらしいです。先生が話していました。なんか、どこかの出版社に就職したらしいです・・・・・・」



───────勝った。京太はそう確信した。 




「紗季、例の公募、もうオレで間違いなさそうだお。先生もコネを優先するって言ってたし、他に対抗馬がいないお!」



「本当!?よかったじゃなぁい!今度は、期待してるんだからぁ」



「期待してろお!んじゃ、メシ食いに行くお!」




「ご注文は?」



「・・・・・・」



「ちょっとぉ!何、あのコのことジロジロ見てるのよぉ!」



「み、見てなんかないお!?」



「どうかしらぁ。おバカさんなんだから・・・・・・」


胸元のネクタイに鎮座するクスサンも、紗季と一緒に自分を睨みつけているような気がした。


それから一ヶ月が経過した初雪の日・・・・・・・。



京太の元に、一通の封筒が届いた。 




「お?T大からだお!全く、やっと来たのかお!」



「ウヒヒ、どうせ助教はオレに決まったっていう・・・・・・、」



「・・・・・・・・・・・・・・・・え?」





「な・・・・、なんで・・・・・・。
なんでオレが・・・・・。えっ・・・・・?
」



「ただいまー。あら?どうしたのよぉ?」



「あ・・・・、あ、あ・・・・・・・・」



「・・・って、ええっ!?ダメだったの!?どうして・・・・・・!」



──────翌日、教授からメールが来た。 




「本当に申し訳なかった。実はね・・・・・・、」


教授は京太ではなく、あの後輩の武志を助教に採用していたのだ。



教授が武志を採用したという事実。


これは、教授が自分の後釜にふさわしいのは武志であり、京太ではないと考えていた事を示していた。




「う・・・・・・・!」



────────右手に激痛が走り、京太は意識を取り戻した。



目の前には、無惨に破壊されたパソコンがあった。   



無意識のうちに、自分のノートパソコンに鉄槌を下していたのだ。何度も、何度も。    


破壊されたノートパソコンからは、ゴムの焼けるようなにおいが立ちのぼっていた。


濃い、敗北のにおいだった───────。


───────半年後、太平洋に浮かぶO島



京太は、この島で環境省管轄下の自然保護官補佐とよばれる職に就いた。



気にやんだ教授が、彼にこの職を紹介したのだ。


O島は人気のない孤島だが、希少生物の宝庫として、一部のナチュラリストの間で人気のあるフィールドだ。



勤務内容は、研究活動というよりも管理監督業務に近い。自然公園内の管理や監視、そして生物調査が主な仕事である。


もちろんポスドクではない。給与は手取りで二十万円を少し上回るほど。契約期間も一年で、更新はない。



紗季との遠距離恋愛生活も、すでに五ヶ月目に入った。交通費が馬鹿にならないので、お互いに会うことはせず、LINEと電話で連絡を取り合っていた。


京太は研究者として復活するために、相変わらずポスドクや助教の公募に応募し続けていた。そして、相変わらず落ち続けていた。



しかし、諦めるわけにはいかない。できれば、どこかの大学や研究所でポジションを得て、また紗季と一緒に暮らしたい。そう願っていた。 


ただ、最近は紗季の反応が気になっていた。 



以前はLINEでメッセージを送ると数時間以内に返ってきたのに、ここ最近は一日以上経っても既読にならないこともあるからだ。携帯電話に着信を残しても、折り返しかけてくることがなくなってきた。 


忙しいとか言っているくせに彼女のフェイスブックには、食べものや研究者同士の飲み会での写真が頻繁に投稿されていた。



「かつての研究室の皆と飲み会!とっても楽しかったわ~♥ 」


───────そして、その写真には助教になった武志の姿があった。


写真の中の武志は不敵の笑みを浮かべ、その目は京太のことを小馬鹿に見下しているかのように見えた。



「ち・・・、ちくしょう・・・・・・・。」


京太は、頭の中に無数のフジツボがびっしりと張り付いているような感覚に襲われた。 


重力にまかせて重くうなだれた頭を、上げることができなかった。


京太の業務は、大半を歩く時間に費やす。歩行をしている間、脳内は自然と紗季で埋め尽くされる。



「紗季のヤツ、オレよりもアイツらとの飲み会を優先しやがって・・・・・・。アイツ、絶対に何かを隠している。いや、気のせいかもしれない。でも、あの態度は・・・・・・・」


そして、いくら考えたところで決して答えが出ないことに気づいた京太は意を決してLINEで尋ねることにした。 



案の定、紗季からはすぐに返信は来なかった。 



三十分おきにLINEをチェックしていたが、一日、二日と時間が経っても一向に既読にならない。  


一日が、何十日間にも感じられた。 



「クソッタレ!もう3日だお・・・・・・!」



「!? 電話が来た・・・・・・・!」




「い、いいんだお!そんなの!それより、その・・・・・・。」






「・・・・・・・・誰だお。
まさか・・・・・・、」






「─────やっぱりかお!あのクソ野郎が!!」



「テメエ、嘘つきやがって・・・・・。 「ずっと一緒にいようね」って言ってたくせに。お前の研究だって、ずっと面倒見てきたのに・・・・・!」




「ああ、わかったお。パーマネントだからだお?アイツはパーマネントだからだお!?どうなんだ、オイ!?」




「京ちゃんも言ってたじゃない。「生物にとって、適応度の期待値が大事だ」って。武志くんはパーマネント。だから、これから安定した収入が見込める。若くて研究能力もあるし、このままいけば順調に教授になると思うわぁ。」





「専門が生態学だとドクターを持ってても潰しがきかないからアカデミア以外の就職も難しいでしょ。私が適応度1以上、つまり子どもを二人産んで養っていくには、よ。このまま京ちゃんと一緒だと難しいの自分でも分かってるでしょ?」



「オ、オレはいつか・・・・・、」




「「世界一の鳥類研究者になる」とか、「『Nature』3報はいける」とか、「オレのモットーは大きな野望と高い志。「オオタカ」なだけに」とか・・・!現実を見なさいよ!!まだファーストが2報しかないし、インパクト・ファクターの合計も5にも満たないじゃない!!」(ファースト:自分の名前が最初に載ってる論文)



「京ちゃん、武志君のこといつも馬鹿にしてたけど、あのコはドクターとる前に、あの『Nature Ecology』に二報出してるのよ?コネが無くったって、助教になってたわ絶対!」








───────2年後、




「いやぁ、本当に君そっくりだなぁ!」



「いやぁね、赤ちゃんは成長したらまた顔が変わってくるし、まだどっちに似ているかなんて分からないわぁ。」



「でも、自分の子どもがこんなに可愛く産まれてくるなんて信じられないね。よかったよ、僕に似なくて!」



「あ、そろそろミルクあげなきゃ。」


この世に存在する苦しみを一切知らない赤ん坊は、これ以上無い平穏な表情で母乳を飲み続けた・・・・・・。赤ん坊にかけられたよだれかけに施された刺繍のクスサンも、やはり平穏な表情で母親をじっと見つめていた。


なお、その後の京太の消息を知る者は、誰もいない。



※マンガ版『アカデミック・ラブ』はオリジナル作品『アカデミック・ラブ』をもとにした二次創作をもう一度原作に近づけて作成し直した三次創作です。


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NASA発表の「エウロパに間欠泉の存在」の意味を考える

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Credit: NASA Goddard


現地時間の2016年9月26日にNASAで会見が開かれ、「木星衛星エウロパから吹き出す水と思われる物質を観測した」と発表した。


NASA’s Hubble Spots Possible Water Plumes Erupting on Jupiter's Moon Europa


これは先日、小野雅裕さん藤島皓介さん、そしてここで予想した内容とほぼ一致。今回の予想は優しかった。ただ、私が希望的観測で予想していたエウロパ全域での間欠泉の存在や、有機物の検出については、今回の発表に含まれていなかった。


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エウロパの地表は厚い氷で覆われており、その下には内部海があると信じられていた。液体の水があれば、生命体が潜んでいても不思議ではない。NASAはエウロパの探査計画に力を入れている。


さらに、もしエウロパに間欠泉が存在し、宇宙空間まで吹き出していれば、探査機が海に潜ったり地上に着陸しなくても、間欠泉を突っ込んで成分を分析したりサンプルを採取することも可能になる。今回、ハッブル宇宙望遠鏡の紫外線観測により、エウロパの7時の部分から水蒸気が噴出していることが示唆された。ちなみに、エウロパから吹き出している水の高さはおよそ200kmに達するらしい。


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Credit: NASA


今回の報告は、NASAの動画で2分ほどでよくまとめられているので、英語だがこちらもおすすめ。



ところで、エウロパから間欠泉が吹き出していることを報告したのは、今回が初めてではない。今回の研究グループとは別の研究グループが、2014年にScience誌にて同様の内容の報告をしている。


Transient Water Vapor at Europa’s South Pole: Science


通常、わざわざ大きなアナウンスをしてまで発表する内容には、大きな科学的新知見が含まれる。今回のように、そこまで新規性が高くない研究結果が大々的に報告されるのはまれだ。


今回の発表に踏み切ったのには、ある理由が考えられる。2014年にScience誌で報告されたエウロパの間欠泉のデータについては、そのあとで別の研究グループが同様の観察をしても確認できず、再現性が取れていなかった。間欠泉が吹き出るのは恒常的ではなく、エウロパと木星の距離によって出たり出なかったりすると考えられたが、「エウロパに間欠泉はない」という主張をする研究者も出てきた。


エウロパから間欠泉が噴出しているのか、していないのか。このどちらかによって、NASAや他の宇宙開発機関によるエウロパ探査の計画は大きく変わってくる。もし間欠泉があれば、上述したように、探査がやりやすくなり、その意義も理解されやすい。予算もつきやすくなる。一方で、もしも間欠泉がなければ、セクシーな研究プロポーザルを書く難易度は上がる。実際に、エウロパ探査に関わる研究者らは、この問題に頭を悩ませていたことがリポートされている。


Plumes on Europa tease NASA mission planners


エウロパに間欠泉があるかどうかは、NASAにとっても組織全体を左右する大きな問題だったのだ。


今回の研究の科学的新規性としては、木星を背景にしてエウロパを観察したことと、間欠泉が出ているのを3回確認したことが挙げられる。今回の成果の発表予定雑誌はAstrophysical Journal誌。良い雑誌だが、前回の研究成果がScience誌に掲載されたことを考えれば(あまりインパクトファクターで比べたくないが)、雑誌のランクが落ちた感は否めない。論文の審査員も、科学的には二番煎じという印象を持ったはずだ。


もちろん、科学的な新規性に乏しいから会見を開く意義がない、というわけではない。このようにして科学研究や宇宙開発の最前線を世界にアピールするのはポジティブな啓蒙にもよいことだ。ふだん、科学研究に興味のない人で、このブログに訪れた人も多いはず。そしてなによりも、個人的には地球外生命体の1日も早い発見を期待している。


※本記事は有料メルマガ「むしマガ」353号「NASA発表の「エウロパに間欠泉の存在」の意味を考える」からの抜粋です。


【参考資料】

生命の星・エウロパ:長沼 毅 著


地球外生命を求めて:マーク・カウフマン 著


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NASAの「木星衛星エウロパに関する驚くべき発見」を予想する

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Credit: NASA, Michael Carroll


NASAオフィシャルサイトによると、「木星の衛星のエウロパの内部海に関連すると思われる活動についての驚くべき証拠」についての記者会見を現地時間9/26の14:00(日本時間9/27未明)に開くようだ。


NASA to Hold Media Call on Evidence of Surprising Activity on Europa: NASA


これまでに「ヒ素をDNAに取り込む細菌」や「火星表面に液体の水」など、私はNASA発表の予想を的中させており、なぜか恒例になってきたNASA予想。今回の発表内容も予想してみようと思う。


今回のNASAの告知文には、「エウロパ」「活動」「地下海」など、かなり具体的な情報が与えられている。過去の告知文にはもっと曖昧な情報しか掲載されていなかった。今回の予想難易度は高くなさそうだ。


さらに、今回の発見は「ハッブル宇宙望遠鏡により取得した画像から明らかになった」と書かれているため、発見内容をさらにを絞りやすい。ハッブル宇宙望遠鏡では、生命体を直接確認することはできない。つまり、今回も、少なくとも「地球外生命体を発見した」というアナウンスでないことは確かだ。


このように、NASAの告知文の情報からも、多くの情報を引き出せる。さらに、記者会見に出席するメンバーを見てみよう。


Paul Hertz, director of the Astrophysics Division at NASA Headquarters

Britney Schmidt, assistant professor at the School of Earth and Atmospheric Sciences at Georgia Institute of Technology

Jennifer Wiseman, senior Hubble project scientist at NASA’s Goddard Space Flight Center

William Sparks, astronomer with the Space Telescope Science Institute


一人目のPaul Hertz氏はNASA本部からの人。この人は基本的に体裁を整えるための人員なので、予想のための情報は何も得られない。


二人目のBritney Schmidt氏は、エウロパのハビタビリティ(生命居住可能性)の研究を専門としているようだ。今回の研究では、得られたデータを元にモデリングなんかをしたのかもしれない。


三人目のJennifer Wiseman氏はNASAの宇宙物理学者で、ハッブル宇宙望遠鏡プロジェクトのシニアサイエンティスト。彼女はハッブルプロジェクトの主要メンバーであると同時に、サイエンスコミュニケーションにも明るいらしいので、今回は研究内容に関わっているというよりも、プレス向けの適任者として彼女が表に立っているのかもしれない。


残る最後の四人目、William Sparks氏は天文学者。Sparks氏は、ハッブル望遠鏡を使ってエウロパを調べているようだ。


ここから先は「エウロパ」と「ハッブル宇宙望遠鏡」の特性について考え、さらに、「セクシーな発見」の落とし所を予想する必要がある。


なぜ木星の衛星エウロパが注目されるのかというと、この衛星には氷の層の下に内部海があり、そこに生命を宿している可能性があるからだ。他には土星の衛星エンセラドゥスも同じような内部海がある。


地球外生命体の調査は宇宙開発においても重要課題であり、NASA JPLはエウロパに特化したミッションも計画している。


では、ここから予想の核心に入る。今回の発見は「木星の衛星のエウロパの内部海に関連すると思われる活動についての驚くべき証拠」。つまり、内部海に関すること。しかし、ハッブル宇宙望遠鏡では内部海まで観察するのは難しそうだ。では、内部海に関連する何を見つけたというのだろうか。


こうなると答えは簡単だ。「エウロパの内部海から外に噴き出したと思われる間欠泉(プリューム)がハッブル宇宙望遠鏡により確認された」が今回のNASA会見内容だろう。


今回のこの予想は、すでにNASA JPL技術者の小野雅裕さんや元NASA Ames研究者の藤島皓介さんもしているのだが、自分もゼロベースから考察して、お二人と同じ結論に辿り着いた。ここからは、少し私なりに補足をしていきたい。


さて、実は「エウロパの内部海から外に水が噴き出ている」というのは、新しい発見ではない。2014年にScience誌で「ハッブル宇宙望遠鏡によりエウロパの南極上で水蒸気が確認された」という報告がすでにあるからだ。


Transient Water Vapor at Europa’s South Pole: Science


もともとは木星探査機のガリレオにより、エウロパの表面にひび割れのような痕跡が確認されており、ここから水が噴き出ている可能性が指摘されていた。そしてハッブル宇宙望遠鏡の紫外線観測により、エウロパ南極上に水蒸気が存在することが示唆された。


だが、その後はエウロパから水が噴き出しているという証拠は得られず、発見そのものが怪しまれていた。別の研究チームは、エンセラドゥスでは容易に検出された間欠泉の証拠がエウロパでは全然見つからなかったとコメントしている。


「水蒸気はあるよ派」は、エウロパと木星との距離によって水が噴き出たり出なかったりするのではないか、と主張していたが、論争に決着は付いていなかった。


NASAとしてはエウロパから間欠泉が吹き出ていれば、探査機によるサンプルリターンも視野に入れた、充実したミッションを推し進めることも可能になる(政府から予算をたくさん獲れる)。「間欠泉あるかないか問題」は科学的にも政治的にも大きなジレンマだった。



おそらくだが、今回は、William Sparks氏を中心とした研究グループが、かなり高い確度で頻繁にエウロパからの間欠泉が吹き出ている様子をキャッチしたのかもしれない。データの量と質が充分で、疑惑に反論できるとか。ちなみに、William Sparks氏は、エウロパの間欠泉を探すことに特化してハッブル宇宙望遠鏡を使っているらしい。この情報からも、ほぼ間違いなく、今回の予想は当たりだろう。


希望的観測だが、間欠泉が出ているのは南極だけでなく、エウロパのかなり広範なエリアで見られたのかもしれない。木星とエウロパとの間に働く潮汐力により、エウロパの海底は活発な火山活動が起きている証拠にもなる。生命が誕生しやすい環境条件、と言えるかもしれない。


さらに、間欠泉のところに有機物まで検出された可能性もある生命の部品である有機物が発見されていれば、エウロパに地球外生命体がいる可能性がさらに増す。まあ、こちらは当たったらいいな、くらいのオマケということで。


科学的にもNASAとしても「エウロパの間欠泉はあった。再現性がとれた。だからみんなエウロパに安心してお金を出そう」というアピールになる。


土星の衛星エンセラドゥスも間欠泉が宇宙空間に吹き出ているので、探査機がそこを通って分析したりサンプルリターンする案が日本では持ち上がっている。もしエウロパでも同じような間欠泉があれば、エウロパのミッションも加速するだろう。エウロパはエンセラドゥスよりも地球から近い。


ということで、今回の予想的中確率は80パーセント以上と思われる。26日の発表を楽しみに待つことにしよう。


※本記事は有料メルマガ「むしマガ」352号「NASAの「木星衛星エウロパに関する驚くべき発見」を予想する」からの抜粋です。


【追記】

予想がほぼ的中しました。

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【参考資料】

生命の星・エウロパ:長沼 毅 著


地球外生命を求めて:マーク・カウフマン 著


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