クマムシ博士のむしブロ

クマムシ博士が綴るドライな日記

クマムシでも分かる。ノーベル賞候補・ゲノム編集技術「CRISPR/Cas9システム」

f:id:horikawad:20150121191505j:plain:w450


ゲノム編集技術、CRISPR/Cas9。今年のノーベル賞(化学賞あるいは医学生理学賞)受賞候補として大きく注目されているが、仮に今年の受賞が無くても、近い将来確実に受賞することだろう。今回は、この革命的テクノロジーの概要をできるだけ分かりやすく解説する。


ゲノム編集技術


バイオテクノロジーの中で今もっとも注目されているのがゲノム編集技術だ。ゲノムとは、ある生物におけるすべての遺伝子の情報をひっくるめたものをさす。今、このゲノムを意のままに改変することができるようになりつつある。この技術はさまざまな生物学現象のメカニズムを解明する上での重要なツールになるほか、有用な家畜や農作物の作出や、遺伝性疾患の治療などへの応用も期待されている。


従来、遺伝子組換え生物をつくる場合は、外来遺伝子をゲノムの中の特定の位置に入れることが難しかった。これらの遺伝子は運び屋のウィルスなどにもたせて細胞内に注入されるが、ゲノムの中のランダムな場所に入ってしまう。また、ゲノムの中の特定の位置を狙って遺伝子を入れたりその遺伝子を破壊することもできたが、その効率はあまりよいものではなかった。


2013年、ゲノム編集技術に革新がおきた。それが、CRISPR/Cas9(クリスパー・キャスナイン)システムの実用化である。


CRISPR/Cas9システム


CRISPR/Casは細菌や古細菌がウィルス感染を防御するために発達させた免疫防御システムである。このシステムは現九州大学教授の石野良純氏らによって発見された。細菌はバクテリオファージなどのウィルスにより感染され殺される危険に脅かされている。細菌のCRISPR(Clustered Regularly Interspaced Short Palindromic Repeats)システムは侵入したウィルスのDNAをバラバラにし、その中で特定の塩基配列をもつ断片を細菌自身のゲノムに取り込む。こうすることで、それぞれの種類のウィルス特有DNA塩基配列、つまり、IDをコレクションし、記憶することができる。すでに侵入したことのあるウィルスが細菌内に再度侵入すると、細菌がもっているウィルス・コレクションDNAから写しとられたコピー(RNA)がその侵入ウィルスのDNAを照合して見つけ出す。RNAにガイドされて一緒にやってきた酵素Casタンパク質が、そのウィルスDNAをちょん切ってやっつける。こういう仕組みである。


Doudna博士とCharpentier博士の研究室は、CRISPRシステムのタイプ2に着目。このシステムを人類が利用しやすいようにするため、改良・シンプル化を試みた。こうして確立されたこのゲノム編集技術CRISPR/Cas9システムは、様々な生物の遺伝子を改変することを可能にした。ガイドRNA鎖と酵素Cas9が一緒になってターゲットのゲノムDNA上の塩基配列を認識して切断する。下の図のように、ガイドRNA鎖の塩基配列と対応する配列(と隣接するPAM配列)をもつゲノムDNA上の位置が認識され、そこでCas9によってこの場所が切断される。


f:id:horikawad:20151004215932j:plain


このとき切断されたゲノムDNAは修復されるが、このときにDNA塩基配列の一部が欠損したり他の配列が挿入されて変異がおこる(下図左)。また、挿入したい外来遺伝子をCas9らと一緒に細胞内に注入すると、狙った場所にこの外来遺伝子を入れることもできる(下図右)。


f:id:horikawad:20151005021046j:plain


もしCRISPR/Cas9システムを会社のアクティビティに例えたら


すこし話がやや難しくなってきたので、CRISPR/Cas9システムを会社における解雇手続きに例えて説明しよう。

かんぽ商事の営業部はそこそこの業績をあげており、表立った不具合はみえなかった。しかし、決算時に営業部が使用した経費をよく調べてみると、不自然な出費が莫大にあることが判明。経理部のR子は営業部の中の誰かが不正に経費を使用していることを疑い、調査を開始した。そして、ついにD島が架空の領収書を作成して会社の金を横領していることをつきとめた。R子はC村社長を連れて営業部に乗り込んでいった。

R子「C村社長!こいつです!D島が横領の犯人です!」

C村「なに!けしからん!D島、おまえはクビだ!!」

D島「クビ切られた!」


もうおわかりだろう。ここで、


営業部=ゲノムDNA

D島=ゲノムDNA上の特定の場所

R子=ガイドRNA鎖

C村社長=Cas9


である。R子(ガイドRNA鎖)がゲノムDNA(営業部)上の特定の場所(D島)を特定し、一緒に連れてきたCas9(C村社長)によって(クビを)切ってもらったわけだ。もちろん、切断したDNAのところに、新しく外来遺伝子を組み込むこともできる。ダメ社員をクビにしたことによって空いた穴のところに、新しい社員を補充するように。


CRISPR/Cas9システムの長所は、ゲノムDNA上の狙った場所の塩基配列をもとに、これに対応する塩基配列をもつRNA鎖を設計できることだ。この他のゲノム編集ツールとして使用されていたZFNやTALENでは、酵素がDNA塩基配列を認識していた。酵素はタンパク質であり、これを特定のDNA配列を認識するように設計するのは、ひじょうに手間と時間がかかる。CRISPR/Cas9で使われるRNA鎖を設計するのはこれに比べて格段に簡単なのである。


ちなみにCRISPR/Cas9システムの特許は現時点でMITのZhang博士が保有している。だが、特許申請はDoudna博士とCharpentier博士の方が早かった。Zhang博士の方が後出しだったわけだが、ファスト・トラックを使いDoudna博士とCharpentier博士よりも早く特許を取得してしまったのだ。Doudna博士とCharpentier博士は米国特許商標庁に再審査をするように申し立てているが、Zhang博士はずっと前からCRISPR/Cas9システムのアイディアを実験ノートに記しており、自分が特許保有者にふさわしいと主張している。特許をめぐり研究者どうしの泥沼合戦が現在進行中であるが、ノーベル賞にはDoudna博士とCharpentier博士のみが受賞するのではないかと見られている。


ゲノム編集と遺伝子治療


革命的といえるゲノム編集技術の登場によって、私たちの未来は大きく変わろうとしている。効果的な遺伝子治療の展望が開けてきたことも、その一例だ。エイズの治療や予防に、ゲノム編集技術の使用が検討されていたりする。


ヒトエイズウィルスHIVが免疫細胞に感染するとき、免疫細胞表面に出ているある特定の受容体(CD4とCCR5)を足場にして細胞内部に侵入することが知られている。もし免疫細胞の受容体遺伝子を取り除くことができれば、免疫細胞表面に受容体がでてくることがなくなる。つまり、ウィルスの足場がなくなるため、感染できなくなる。ゲノム編集技術によって受容体(この場合CCR5)遺伝子を欠損させた免疫細胞を作製し、それを患者の体内に入れてやれば、エイズ免疫不全の進行を遅らせることができる。このほかにも、チロシン血症1型などの先天性遺伝子疾患患者の治療に、ゲノム編集技術を応用することが考案されている。


遺伝子治療を受けた人の体内では、その人がもとからもっているオリジナルなゲノムをもつ細胞と、ゲノム編集により改変されたゲノムをもつ細胞が混在している。ただし、精子や卵のもととなる生殖細胞系列においてゲノム編集が行なわれないかぎりは、その人の子どもに改変されたゲノムが受け継がれることはない。問題となるのは、この生殖細胞系列や受精卵で、ゲノムが編集された場合だ。これには、様々な倫理的な懸念が絡んでくる。


ゲノム編集がつくる未来


CRISPR/Cas9はバイオ研究の世界でたちまち普及することとなった。これまでにないスピードでゲノム編集に絡んだ研究成果が発表されており、その用途や対象生物も多岐にわたっている。


しかし、いや、だからこそ、このゲノム編集テクノロジーは、使い方次第では人類にとって不幸な未来を招きかねない。そんな警告を、研究者らは発している。ゲノム編集テクノロジーを使うことで、オウム真理教のようなハイテクノロジーを備えたクレイジーな組織が、テロ目的で感染力を高めたウィルスをゲノム編集技術で作り出すかもしれない。これはちょっと言いすぎかもしれないが、ただ、受精卵のときに遺伝子改変をおこない、生まれてくる子どもから疾患原因となる遺伝子を除去するだけでなく、その子の知能や容姿をすぐれたものに変えるのが普通になるような未来は、より現実味を帯びている。


ヒトの疾患を治療するために、生殖細胞や受精卵のゲノム編集をおこない原因遺伝子を除去するアイディアは、以前からある。実際に、実験動物を使った基礎研究も進んでいる。ただし、現段階ではゲノム編集技術の精度は完璧にはほど遠く、ゲノム上の狙った位置ではない別の場所に変異を入れてしまうことも多い。こうなると、生まれてくる子どもが何らかの異常をもってしまう可能性も出てくる。それ以前に、出生前の人間の意思を無視して、その赤ちゃんのゲノム情報を勝手に改変してよいのだろうか?という懸念も生じる。


これらの懸念から、世界の科学者コミュニティは、人の受精卵の遺伝子改変をするのを自重してきた。ところが2015年4月、中国の中山大学の研究グループが、そのような空気を読まずに、ゲノム編集技術CRISPR/Cas9でヒト受精卵のゲノム編集を行なったとする研究論文を発表した。



この研究で使用されたのは、不妊治療クリニックから提供された三倍体の受精卵。これは、ひとつの卵に二つの精子が受精した異常な受精卵であるため、発生して正常な子どもになることはない。倫理的な問題をある程度回避しつつ、ヒト受精卵を用いてインパクトのある実験するために編み出した、研究グループの苦肉の策と思われる。


研究グループは、受精卵のゲノム上にあるベータグロビン遺伝子をターゲットにしたゲノム編集を試みた。ベータグロビン遺伝子の変異はベータサラセミアという先天性遺伝疾患をひきおこす。つまり、ゲノム編集技術CRISPR/Cas9でこの部分の変異遺伝子を正常な遺伝子に置き換えられるかどうかを検討したわけだ。


結果として、実験処理をした86個の受精卵のうち、ゲノム上の狙った場所で目的遺伝子が置き換わっていたのは、わずかに数個だけだった。ゲノム上のターゲット以外の場所で改変が起きていた受精卵も少なくなかった。この結果は、べつに驚くことでも何でもなく、他の動物を用いて行なわれた先行研究の結果から想定された範囲内のものである。科学的な新規性という観点からは、それほどインパクトの高い研究結果ではない。


仮にヒトの受精卵を遺伝子治療する目的でゲノム編集を行なう場合は、100%の確度で狙いどおりに変異遺伝子を除去しなければならない。今回の研究結果は、CRISPR/Cas9システムがまだまだ検討余地のある技術であることを示している(もっとも、研究グループは若干古いバージョンのCRISPR/Cas9システムを使っていたようだが)。研究グループも論文の中で「ヒトの受精卵に対する遺伝子治療にCRISPR/Cas9を使うのはまだ早い」と結論づけている。


この論文発表を受けて、世界中で熱い議論が渦巻いている。もっとも、この研究を行った研究グループも、その研究成果を掲載した中国のジャーナル(中華人民共和国教育部、日本の文科省のような組織がバックアップ)も、一種の炎上マーケティング的な手法で科学界や世間の注目を集めている部分もあるため、今おきている状況は向こうの思う壷になっている、という印象も受ける。


いずれにしても、異常なものとはいえ、ヒトの受精卵を使ったゲノム編集研究が実行されたことで、ヒト受精卵をつかった研究にますます拍車がかかるかもしれない。第二、第三の受精卵を使ったゲノム編集実験が実施されれば、社会からの反発もより大きくなる。そうすると、ゲノム編集の研究分野全体の進展が妨げられかねない。そんな懸念が生じている。アメリカ国立衛生研究所NIHでは、ヒト受精卵を使用する研究には研究費を出さない声明を出した。イギリスでは研究者が政府ににヒト胚を使った実験の許可を申請している。何ができて何ができないのかの線引きを明確にする必要があるだろう。


さて、実は健康な子どもを得る目的では、安全面で大きな不安を抱える受精卵のゲノム編集よりも、もっと現実的な方法がある。それは、着床前診断だ。


着床前診断では初期の発生段階にある胚を扱い、先天性遺伝子疾患の原因遺伝子の有無を調べる。変異遺伝子をホモ(父母から受け継いだ両方の遺伝子型が同じタイプ)で受け継いでいない胚を選択して着床させることで、遺伝子疾患をもたない子どもを授かることができるわけだ。もちろん、このやり方でも優生学の復興につながりかねないとする倫理上の問題も、あるにはある。だが、ゲノム編集に比べれば、こちらはずっと「おだやか」なやり方だ。


ヒューマンからハイスペック・ヒューマンやネオ・ヒューマンに


では、受精卵や生殖細胞にゲノム編集技術のメスが入ることはないのだろうか。これは、今すぐには考えられないが、将来的にはじゅうぶんありえると思う。そして、その用途は遺伝子治療にとどまらず、好きな遺伝子を取り込ませた子ども、つまり、デザイナーベイビーをつくる用途に使われる可能性もある。試験管ベイビーも昔は倫理的に反対する人が多かったが、今では普通に世間に受け入れられている。時代とともに、倫理や道徳の概念は変化するのだ。


現在、先進国では高精度医療(Precision Medicine)の実現に向けた基礎研究がハイスピードで進んでいる。数万人から100万人を対象とした全ゲノム解析結果と各人の健康データや生活習慣をひもづけることで、新たな疾患原因遺伝子や長寿遺伝子などがあぶり出されてくることが期待されている。将来、個人の全ゲノム解析が手軽に行なえるようになり、ゲノム編集技術が改善されて安全性が保証されるようになれば、生まれてくる子どもに「長生き」「病気への抵抗性」「賢さ」を司る遺伝子セットをもたせる文化が生じるかもしれない。子どものファッションを決めるくらいの感覚で、好みの遺伝子をピックアップして我が子に実装させる。そんな世の中がくるかもしれない。


はじめは富裕層がこのテクノロジーを使い、自分たちの子どもを遺伝的なハイスペック・ヒューマンに仕上げる。遺伝的背景に起因した能力に差が出るようになり、遺伝格差が生じる。テクノロジーのコストダウンに応じて、ある国では人口のほとんどがハイスペック・ヒューマンに。こうなると、これまでヒト集団に一定の割合で存在していた遺伝子が、将来はほぼ消滅していたり(疾患原因遺伝子など)、ほとんどの人に備わっていたり(長寿遺伝子など)するだろう。環境による遺伝子の淘汰・選択がおこりづらくなるわけだ。


さらにはヒト以外の生物のハイスペック遺伝子も取り入れ、もはやヒトではない何かに・・・。そう。人類は自らを編集して、ネオ・ヒューマンに進化する。羽毛をはやした学生たちが飛行能力を競う「リアル・鳥人間コンテスト」が開催。いやなことがあると乾いて眠ってしまう博士、「リアル・クマムシ博士」も誕生。そんな世の中に絶対ならないなんて、誰が言えるだろうか。


欲望という名の川がいったんひとつの方向に流れ出せば、止めるのは難しい。ゲノム編集技術は、パンドラの箱を開けてしまったのかもしれない。


ゲノム編集についての一般向けの良書ゲノム編集の衝撃―「神の領域」に迫るテクノロジーが出版された。本書は生物学についての専門知識がなくても容易に読み進められるように書かれており、ゲノム編集を「いろは」から知りたい読者にとって良好な解説書となっている。


ゲノム編集の衝撃―「神の領域」に迫るテクノロジー:NHK「ゲノム編集」取材班 著


クマムシ博士による本書のレビューはこちら。

horikawad.hatenadiary.com


こちらはヒトの遺伝子改変について、生命倫理学の専門家による深い洞察が記された一冊。


ヒトの遺伝子改変はどこまで許されるのか ゲノム編集の光と影:石井哲也 著


クマムシ博士のレビューはこちら。

horikawad.hatenadiary.com


【追記】


horikawad.hatenadiary.com


私が専門としている極限環境動物クマムシにおけるゲノム編集技術の確立のためのクラウドファンディングを行っています。CRISPR-Cas9システムでクマムシの耐性に関わると思われる遺伝子を壊し、耐性の低下が見られないかを検討できます。ただ、クマムシの遺伝子改変技術は未熟なため、研究の最初のステップを行うためのサポートを募集しています。ご興味のある研究者の共同研究も募集しています。


※本記事は有料メルマガ「むしマガ」290号と291号「ゲノム編集がおこす社会変革(前編)(後編)」からの抜粋です。

【料金(税込)】 1ヵ月840円(初回購読時、1ヶ月間無料) 【 発行周期 】 毎週

「クマムシ博士のむしマガ」のご購読はこちらから


【参考資料】

実験医学 2014年7月号 Vol.32 No.11 ゲノム編集法の新常識! CRISPR/Casが生命科学を加速する

今すぐ始めるゲノム編集〜TALEN&CRISPR/Cas9の必須知識と実験プロトコール (実験医学別冊 最強のステップUPシリーズ)

遺伝子医療革命―ゲノム科学がわたしたちを変える

Jinek et al. (2012) A Programmable Dual-RNA–Guided DNA Endonuclease in Adaptive Bacterial Immunity. Science, 337, 816-821

Liang et al. 2015. CRISPR/Cas9-mediated gene editing in human tripronuclear zygotes. Protein and Cell, 6, 363-372

Urgency to rein in the gene-editing technology: Protein and Cell

Engineering the perfect baby: MIT Technology Review

A conversation with Jennifer Doudna on Cas9 and human germline gene editing: Knoepfler Lab Stem Cell Blog

The big blind spot on CRISPR for human embryo editing: PGD: Knoepfler Lab Stem Cell Blog


【関連記事】

horikawad.hatenadiary.com

horikawad.hatenadiary.com

NASAが発表した「火星表面に液体の水が存在」の意味

f:id:horikawad:20150929062505j:plain
Credit: NASA/JPL/University of Arizona


NASAが予告していた「火星に関する重大な科学的発見」の発表が、2015年9月28日(日本時間は29日)に行なわれました。会見内容は「現在の火星表面に液体の水が存在することが示唆された」というものでした。


NASA confirms evidence that liquid water flows on today’s Mars: NASA

Ojha et al. (2015) Spectral evidence for hydrated salts in recurring slope lineae on Mars. Nature Geoscience


ということで、私の予想がしっかりと当たりました。5年前のNASAの会見発表内容も的中させているので、二回連続的中。それでは、改めて今回の発見について見てみましょう。


「液体の水」と「生命」


生命体が棲める可能性のある環境の範囲を、ハビタブルゾーンといいます。ハビタブルゾーンの定義はいろいろとありますが、シンプルに言えば「水が液体で存在しうる環境範囲」となります。火星は水が液体で存在しうる環境を備えた惑星であり、生命体が潜んでいてもおかしくない・・・いや、いるはずだ。と、我々のような宇宙生物学者たちは期待に胸を膨らませてきました。


はたして火星に水は存在するのか。あるいは、過去に存在したのか。NASAは異なるタイプの探査機をつぎつぎと火星に送り、調査をしてきました。そして、2008年には火星探査機フェニックスが地表のすぐ下に凍った水を見つけました。火星内部には多量の水があり、地下に生命が潜んでいる可能性が強く指摘されるようになりました。


f:id:horikawad:20150929063104j:plain:w340
Credit: NASA/JPL-Caltech/University of Arizona/Texas A&M University


2005年にローンチされた探査機、マーズ・リコネッサンス・オービターは、火星の周回軌道を回りながら、主に火星の表面における水の挙動の歴史を観測しています。この探査機には高解像度カメラのHiRISE (High Resolution Imaging Science Experiment)や分光計のCRISM (Compact Reconnaissance Imaging Spectrometer for Mars) が搭載されています。今回、これらの機器を用いた観測により、火星表面に液体の水が存在する可能性が示唆されたのです。


f:id:horikawad:20150928193505p:plain
Credit: NASA/JPL/University of Arizona


火星表面の奇妙な現象「RSL」


マーズ・リコネッサンス・オービターは以前、火星表面にRSL(Recurring Slope Lineae)とよばれる不思議な現象を見つけました。火星の地表の傾斜に狭い線状の地形が、現れたり消えたりするのです。このRSLは暖かくなると現れ、寒くなると消えるといった、季節に関係した挙動を示すことも分かりました。火星表面上には、このRSLが複数見つかっています。


f:id:horikawad:20150928192155g:plain
Credit: NASA/JPL/University of Arizona


Georgia Institute of Technologyの大学院生Lujendra Ojha氏らは、このRSLが現れたり消えたりするのは「地表に液体の水が流れたりしみ出しているから」と考えました。そして、この仮説を検証するため、RSLにどのような物質が存在するかを調べるため、主にCRISMを用いた成分分析を行ないました。


RSLは液体の水によって作られているかもしれない


化学物質は、それぞれに固有の吸収スペクトルを示します。この性質を利用して、CRISMで火星地表の複数のクレーター斜面にできたRSL付近の吸収スペクトルのデータを取りました。その結果、RSLが大きく(長く)発達したときには、過塩素酸塩のような水和塩(過塩素酸マグネシウムや過塩素酸ナトリウムなど)が存在することが示唆されました。このように、時間的にも位置的にも、RSLが出現し拡張する現象にあわせて、これらの水和塩と思われる物質の特徴が観測されたわけです。よって、液体の水も同じ場所にあると考えられたのです。


なぜ水和塩があると、水がそこに存在すると言えるのでしょうか。これは、火星地表付近の塩水が蒸発した結果として水和塩が生じる可能性を示した先行研究を根拠にしているようです。仮にこれらの水和塩が塩水中に含まれていたとすると、きわめて低い温度(場合によってはマイナス70ºC)まで塩水が凍らずに液体のまま保たれることが推測されます(水に塩や砂糖などの溶質を溶かすと、融点が下がっていきます)。


では、この液体の塩水が地表に存在するとして、これはどこからやってくるのでしょうか。氷が溶け出して水が染み出るということが考えられますが、研究者らは、赤道付近のRSLの環境では地表近くで水が氷として存在することは難しそうだと述べています。また、過塩素酸塩の潮解現象(大気中の水蒸気をとりこんで液化させ水溶液になること)により水が供給されるかどうかも、まだ検討の余地があるようです。研究者らは、RSLが存在する火星上の場所ごとに、水が供給されるメカニズムが異なるのではないか、と推測しています。


「火星表面に液体の水が存在する」ことを示す根拠は弱い


ここまで読んで分かるように、研究者らが今回発表した「火星表面に液体の水が存在する」という主張は、直接的に液体の水を採取したり見たわけではなく、水和塩らしき物質の存在から推測したストーリーに基づいています。液体の水の供給メカニズムについても証拠は示しておらず、こちらも憶測でしかありません。つまり、研究者らやNASAの「液体の水がある」という主張を裏付ける証拠は、ひじょうに弱いものです。おそらく、研究者らは今回の研究成果を当初はNatureやScienceといったトップジャーナルに投稿したものの、主張の裏付けが弱いことから論文掲載を拒否され、Natureの姉妹紙であるワンランク下のNature Geoscienceに投稿したのだと思われます。


また、これまでNASAが会見を開いてセンセーショナルに発表した「大発見」は、のちに疑問符のつくものとなるパターンが多いし、今回も油断できない、と思ってしまう面もあります。ただし、今回は研究データ自体が堅いものではないし、そういう意味では逃げ道が作ってあるので、火星に液体の水がずっと見つからなくても当事者はあまり責められないと思いますが。いずれにしても、RSL付近に探査機を送り、そこで直接的に液体の水を検出することが大事です。


色々と書きましたが、今回の研究成果により、火星表面に液体の水がある可能性が以前よりも高まったのは事実でしょう。本研究成果が今後の火星探査計画にポジティブな影響を与えそうです。RSL付近に液体の水が直接的に確認されれば、そこに生命体が潜む可能性も飛躍的に高まります。サンプルリターンで火星生命体を捕獲、なんてことも夢に見てしまう。でも、慎重な心構えをもちつつ、今後の研究に期待したいところですね。


宇宙生物学については、以下の書籍がお薦めです。宇宙生物学分野の幅広い取り組みと歴史が詳細に解説されており、今回の研究でも登場した分光計を用いた惑星の成分分析についても記述があります。


地球外生命を求めて マーク・カウフマン (著))


※本記事は有料メルマガ「むしマガ」313号「NASAが発表した「火星表面に液体の水が存在」の意味」からの抜粋です。

【料金(税込)】 1ヵ月840円(初回購読時、1ヶ月間無料) 【 発行周期 】 毎週

「クマムシ博士のむしマガ」のご購読はこちらから


【関連記事】

NASAの「火星における重大な科学的発見」を予想する

ヒ素細菌のDNAにはヒ素がなかったーライバル研究者らが発表

キュリオシティと火星生命探査の今後

NASAの「火星における重大な科学的発見」を予想する

2015年9月28日(日本時間は29日)、NASAが「火星に関する重大な科学的発見」について記者発表します。


NASA to Announce Mars Mystery Solved: NASA


発表予定時刻から8時間前にこの予告を知り、自分なりに短時間で発表内容を予想してみました。以前、似たようなNASAの重大発表会見の内容(ヒ素細菌)について予想を的中させましたが、今回はちょっと私の専門からずれるため、本記事は眉唾で読んでいただければと思います。


最初に結論から言うと、今回の重大な科学的発見は、火星生命体の発見ではありません。現在の火星探査スペックでは、まだ「生命体が存在する(した)こと」を言い切れるだけの証拠を集められないからです。それでは、何か。それは、ずばり、「火星地表に液体状の水が存在すること」に関する発表だと思われます。


今回の発表内容を予測するにあたり、記者会見に登場するメンバーの専門分野を最大公約数的に絞り込みました。記者会見に登場するメンバーは以下の通り。


Jim Green(NASA本部の惑星科学ディレクター)

Michael Meyer(NASA本部のMars Exploration Programリーダー)

Lujendra Ojha(Georgia Institute of Technologyの大学院生)

Mary Beth Wilhelm (NASA Ames Research Center職員、およびGeorgia Institute of Technologyの大学院生)

Alfred McEwen(University of Arizonaの教授)


ここで、最初の二名はNASAの偉い人なので、今回の研究内容には直接関係ありません。それ以外の三名は、Mars Reconnaissance Orbiter(MRO)のミッションに関わっており、地質学というキーワードで共通しています。さらに、研究論文はNature Geoscienceに発表予定です。地質学関連の研究内容に違いありません。


さらに、これらの三名は火星地表の観察分析を行なっています。とくにOjha氏は学部時代はMcEwen教授と同じUniversity of Arizonaに所属しており、この二人がキーパーソンとみられます。Wilhelm氏は研究のお手伝い的立ち位置ですが、NASA所属ということ、また、メディア慣れしていることから会見に呼ばれているのかもしれません。


Ojha氏とMcEwen教授は2014年に火星表面に観察されるある現象について報告しています。それはRecurring Slope Lineae (RSL) とよばれるもので、直訳すると「繰り返し現れる傾斜の直線群」となるでしょうか(適当です)。


Ojha et al. (2014) HiRISE observations of Recurring Slope Lineae (RSL) during southern summer on Mars. Icarus, 231. pp. 365–376.


下の画像のように、直線状の細い線が傾斜に沿って並んでいますが、これがRSLです。


f:id:horikawad:20150928192110j:plain
Credit: NASA/JPL/University of Arizona



RSLは暖かくなると現れ、寒くなると消える。季節変化によって繰り返し現れたり消えたりするのですね。不思議な現象です。火星上にRSLがたくさん見つかり、しかも火星の場所によって出現頻度が異なる。というのが、2014年に発表された内容です。


f:id:horikawad:20150928192155g:plain
Credit: NASA/JPL/University of Arizona


このRSLが現れたり消えたりするのはなぜなのか。これはもしかしたら、水の流れによってできるのかもしれない。ということで、今回はその謎が解け、RSLの原因が「地表に液体の水が流れたりしみ出しているから」ということをある程度裏付ける証拠を掴んだものと思われます。


ついでに、本研究が関わっていると思われるミッションについて。2005年にローンチされたMars Reconnaissance Orbiterは、火星の周回軌道から火星を探査しています。NASAで推進されているMars Exploration Programの一環です。本探査機のミッションは、火星における水の挙動の歴史を観測すること。水の挙動と生命の存在可能性は密接にリンクしているので、このような研究は重要なのです。


この探査機には高解像度カメラのHiRISE (High Resolution Imaging Science Experiment)や分光計のCRISM (Compact Reconnaissance Imaging Spectrometer for Mars) が搭載されています。HiRISEで火星地表を撮影して小水路の痕跡がないかどうかを観察したり、CRISMで鉱物の化学組成分析を行なうことで、過去から現在に至るまでの水の挙動の歴史を解明しようとしています。鉱物の種類によって水がその場所にどう存在していたか、あるいは作用しているかがわかったりするのですね。また、HiRISEやCRISMでは水の挙動も把握することができるようです。


f:id:horikawad:20150928193436j:plain
HiRISE. Credit: NASA/JPL/University of Arizona


f:id:horikawad:20150928193505p:plain
Image captured by CRISM. Credit: NASA/JPL/University of Arizona


もしも火星の地表に今も液体の水が存在するのであれば、これは大変にエキサイティングなことです。これまで、火星には地下に氷が存在することが確認されていましたが、地表に、しかも液体状で水が存在することになれば、火星表面に生命が存在する可能性も俄然として高まります。ということで、期待もこめて今回の予想を行なってみました。


ちなみに、今回のNASA会見発表で登場予定の一人であるMary Beth Wilhelm氏は、私がNASAエームズ研究所に勤務していたときに同じ施設におり、面識があります。ただし、今回の件では、会見発表内容について、彼女から一切の情報提供を受けていないことを、ここに誓います。


宇宙生物学については下記の本がおすすめです。

地球外生命を求めて マーク・カウフマン (著))


※本記事は有料メルマガ「むしマガ」312号「NASAの「火星における重大な科学的発見」を予想する」からの抜粋です。

【料金(税込)】 1ヵ月840円(初回購読時、1ヶ月間無料) 【 発行周期 】 毎週

「クマムシ博士のむしマガ」のご購読はこちらから


【関連記事】

【地球外生命体?】 NASAの会見内容を予想してみる


【追記(2015.9.29)】


NASAの会見は「現在の火星表面に液体の水が存在することが示唆された」というもので、本記事に書いた予想が的中しました。本研究発表について、新たに解説記事を書きました。


NASAが発表した「火星表面に液体の水が存在」の意味


また、今回の予想について少し違っていた点がありました。本記事ではMary Beth Wilhelm氏の貢献度は低いものと予想しましたが、実際には論文の第二著者であり、本研究にかなり大きな貢献をしていました。私がNASAエームズ研究所にいた頃、Wilhelm氏はまったく異なる研究を行なっていたため、このような過小な予想をしてしまい、Wilhelm氏にはお詫びいたします。

相模川ふれあい科学館でクマムシ講演AND観察会

8月30日(日)に相模川ふれあい科学館(アクアリウムさがみはら)でクマムシ講演AND観察をおこないます。イベントは11:00と12:00からの2回。どちらも同じ内容です。先着順48名、参加費無料。会場へのアクセスなど詳細は以下のページでご確認ください。


「クマムシ博士になろう!」:相模川ふれあい科学館


当館では昆虫の特別企画展も実施しているので、虫好きな方はとくに楽しめるはずです。どうぞよろしくお願い申し上げます。

日経新聞朝刊でクマムシ活動が紹介されました

これまでの私のクマムシ活動が2015年8月12日付の日経新聞朝刊にて紹介されました。


クマムシ博士無敵の愛 極限に耐える最強生物の生育に成功、キャラも考案 堀川大樹:日本経済新聞

f:id:horikawad:20150812103522j:plain:w350


日経新聞の看板コーナー「私の履歴書」よりも目立っていてたいへん恐縮しております。

夏の熱中教室のご案内

夏の熱中症教室って書きそうになった、それくらい暑すぎる2015年夏。このたび八谷和彦さんに任命されて、3331熱中教室(2015夏)
の講師人選をさせていただくことになりました。以下、概要です。

3331熱中教室(2015夏)


2014年夏、2015年冬に実施された「大人の集中講義」がまた帰ってきました。
「もしも私が学長になったら、この人の講座をぜひ開講したい!」という妄想を実現するこのイベント、第三回の講師人選を行う委員長は土曜日はクマムシ博士でおなじみの堀川大樹さん、日曜日は美術ライター・エディターの橋本麻里さんです。


「『なるほど、わからん』を楽しもう」はそのままに、先生方のディープで刺激的なお話を聞きたい人は土日に3331に集合です!!(副委員長 八谷和彦)


8月22日土曜日 ◯委員長あいさつ 堀川大樹(クマムシ博士)


21世紀は生命科学の世紀と言われます。これを表すかのように、21世紀に入ってからの生命科学の発展は凄まじいものがあり、社会を大きく変容させています。今回の熱中教室では、クマムシ博士が今もっとも気になる3名の生物学者に講義をしていただきます。合成生物学がご専門の谷内江望さんにはDNAを利用した最新技術をご紹介いただき、エキサイティングな分子生物学研究の最前線について熱く語っていただきます。ゲノムワイドアソシエーション解析がご専門の鎌谷洋一郎さんには遺伝子と病気の関連について、現在までの研究成果とともに、これらの研究知見から人々がどのように恩恵を受けていくかなど、社会との接点も含めてお話しいただきます。クマムシの生物学がご専門の鈴木忠さんには、道端のコケにいる「オニクマムシ」とよばれるクマムシを通して、ある生物に名前を与えるという生物学の根源的な議題について解説していただきます。他ではまず実現しないこの豪華ラインナップの講義を、どうぞお見逃しなく。(堀川大樹)


1限目(13時〜14時半)

谷内江 望(やちえのぞむ)
東京大学先端科学技術研究センター ・准教授


『DNAバーコードを利用した超高速生物学』
【講義内容】
本講義ではDNA分子構造の発見を契機としたDNA分子生物学隆盛の歴史60年を一気に走りながら解説し、人類が自在に操作し合成できるようになったDNA分子をバーコードとして利用して多様な細胞や分子の振る舞いを超高速に追跡する生物学について説明する。細胞内タンパク質間の相互作用を同定する遺伝学の手法や最近登場したゲノム編集技術などについて具体的に触れながら、一見小難しそうに見える生物学がシンプルなロジックと簡単な実験操作の組み合わせで成り立っていることを身近に感じて頂けるように努力して講義する。


《2限》2限目(15時〜16時半)

鎌谷 洋一郎(かまたによういちろう)
理化学研究所 統合生命医科学研究センター 統計解析研究チーム チームリーダー


『ヒトゲノムとありふれた病気の研究と社会実装の可能性について』
【講義内容】
ヒトのありふれた病気(common disease)とゲノムとの関係について、わかりやすく説明する試みです。スライドでの講義とさせていただきます。この10年間で、ヒトゲノムと糖尿病、気管支喘息、癌などといったありふれた病気の関係についての研究が大きく進みました。また、ヒトゲノム情報を扱う民間企業なども出現し、欧米ではゲノム情報の取り扱いについての法制化も進んでいます。ところが、肝心要の研究を進めてきた核となる研究者たちは、未だ社会実装に前向きではありません。その周辺について。


3限目(17 時〜18時半) 

鈴木 忠(すずきあつし)
慶應義塾大学医学部・准教授(生物学)
『クマムシ分類学:オニクマムシについて』


【講義内容】
オニクマムシは普通種として世界中に分布し、日本においてもクマムシ好きな小中学生たちがよく観察している。ところが、この普通種には正式な学名がいまだに付いていない。それはどういうことか?動物を命名するという行為およびクマムシ分類の現状を概説し、日本のオニクマムシが何者なのかを考える。


チケット数に限りがありますので、ぜひ早めのご購入を。なお、8月23日(土)は橋本麻里さんがこれまた素敵なお三方をお呼びしていますので、こちらも要チェックです。

小中学生を対象としたイベントに出ます

前日の告知になってしまいましたが、8月7日(金) に相模女子大学での小中学生向けイベントに参加します。参加費無料。

「いきものがたり」上映会&クマムシはかせのとくべつ授業~世界最強の生きものってなに!?

日 時:8月7日(金) 午前10時~11時30分(開場9時30分) 会 場:相模女子大学グリーンホール 多目的ホール
(神奈川県相模原市南区相模大野4丁目4−1)
対 象:小・中学生(保護者同伴可)
定 員:200名(申込順)
申込み:7月1日(水)から、電話・FAX・Eメールで、 参加者全員の氏名、電話番号を環境情報センターへ
Email: kankyo@eic-sagamihara.jp
TEL: 042-769-9248
FAX: 042-751-2036


f:id:horikawad:20150806081903j:plain


無料なので、夏休みに入ってヒマでしかたないキッズたちは遊びにきてくださいね。

クマムシ観察キットでクマムシを見よう

f:id:horikawad:20150727223837j:plain


全国のクマムシファンの皆様、お待たせしました。クマムシ観察キット
、学研からついに発売です。


ミクロモンスター LED内蔵ズーム顕微鏡&調査キット

このキットには、LED内蔵ズーム顕微鏡、ベールマン装置、観察用プレート、テキストなどが付いています。本クマムシ観察キットの監修は、私と荒川和晴さんが担当しました。クマムシ研究者二人がかかわった本キット、リーズナブルな価格で、自由研究にももってこいの逸品に仕上がりました。


f:id:horikawad:20150727224201j:plain


本キットで観察するクマムシは、コケの中に棲む種類のものを想定しています。コケを採取したら、上の写真の左側のベールマン装置とよばれる装置の上に置き、ここに水をかけて浸します。しばらくすると、コケの中から出て来たクマムシが下に落ちてくるので、そこを回収するという寸法です。回収したクマムシを、写真右側の顕微鏡で観察します。


f:id:horikawad:20150727224036j:plain


付録のテキストには、クマムシの生態についての解説が載っています。どんなタイプのコケにクマムシがいるのかも、厳選したコケの写真を使用して示しているので、クマムシ初心者にはとてもやさしい教科書になっています。ちなみに、クマムシは青々としたコケではなく、カラカラのしょぼいものにいます。


この夏はぜひ、クマムシを採集して観察してみてください。


【関連記事】

もし助手ガールがクマムシを採集観察したら

クマムシの育て方 (助手ガール編)

クマムシの生体展示が鳥羽水族館で始まります

下北沢でクマムシ講演会

告知が遅くなりましたが、8月4日(火)の夜に下北沢のダーウィンルームという場所でクマムシ講演会を行ないます。講演会のタイトルはずばり、「クマムシ博士のクマムシ研究日誌」。


クマムシ講演会「クマムシ博士のクマムシ研究日誌」:ダーウィンルーム
 

クマムシ博士講演会「クマムシ博士のクマムシ研究日誌」

日時:8月4日(火)  18:30開場 19:00〜21:00
会場:下北沢・ダーウィンルーム 2F ラボ
料金:¥2,000 税込/高校生以下は半額 おいしいコーヒーか紅茶付き


f:id:horikawad:20150731191415p:plain


告知用チラシの清水久子さんのイラストがよいかんじ。ここダーウィンルームではフィールド系生物学者による講演がシリーズ化していて、クマムシ博士で8人目になるそうです。今回の講演会では拙著先日出版された『クマムシ研究日誌』に沿った内容でお話ししますが、本には書けなかったエピソードなども盛り込む予定です。いつもイベントにお越しいただいている常連さんでも楽しめる内容ですので、どうぞよろしくお願いします。

クマムシの生体展示が鳥羽水族館で始まります

f:id:horikawad:20141229155342j:plain


三重県の鳥羽水族館にて、ヨコヅナクマムシの生体展示が8月2日より始まります。飼育しているヨコヅナクマムシを、顕微鏡でのぞいて観察することができます。


ヨコヅナクマムシを展示します:鳥羽水族館飼育日記


日本科学未来館では、以前から乾眠状態のヨコヅナクマムシを展示していました。


f:id:horikawad:20150731180334j:plain
日本科学未来館での乾眠クマムシ展示


ただ、生きた状態のクマムシを水族館や博物館で展示していた例は、ありませんでした。私の知るかぎり、世界でもこのような試みがなされた例はないはず。おそらく、活動しているクマムシの展示をするのは、今回の鳥羽水族館が世界初となるでしょう。それだけ、クマムシの安定した飼育や展示をするのは、障壁が高いものだったわけです。(追記:この7月から、2ヵ月間限定で高知大学の松井透さんが藁工ミュージアムにて生きたクマムシを展示しているとのことです。よって、今回の鳥羽水族館での展示はほぼ同時ですが、世界初というわけではありません。藁工ミュージアムでは毎日コケからクマムシを取り出して展示するスタイルなのに対し、鳥羽水族館では飼育したクマムシを展示したスタイルという違いがあります。飼育して展示する、という意味では世界初かもしれません。)


f:id:horikawad:20121205113715j:plain


今回のクマムシ展示は、鳥羽水族館飼育員の森滝丈也さんの多大な力により実現しました。もともとは、今年の3月に、私が森滝さんにお会いして、クマムシ展示についてお勧めしたことがきっかけでした。森滝さんといえば、ダイオウグソクムシの飼育員さんとしても名高い方です。もちろん、他にも多くの生物を飼育されています。


そんな多忙な森滝さんですが、この短期間でヨコヅナクマムシの飼育と展示を実現されました。実のところ、クマムシの飼育は研究者でもなかなかうまく行かないものなのです。やはり、飼育のプロというのは腕も凄いですが、情熱やプライドもさすがのものがあります。


いずれにしても、これを機に本物のクマムシを目にする人が増えてくれればとても嬉しいです。もし他の博物館や水族館の関係者でクマムシ展示に興味をもたれた方がいましたら、ぜひご協力させていただきますのでこちらまでご連絡ください。


この夏、ぜひ鳥羽水族館でクマムシに会いに行ってみてください。


【関連記事】

アメリカ自然史博物館でクマムシなどの極限生物特集が開催中

アメリカ自然史博物館でクマムシなどの極限生物特集が開催中

f:id:horikawad:20150731173807j:plain
American Museum of Natural Historyのサイトより


ちょっと告知が遅くなりましたが、アメリカ・ニューヨークにあるアメリカ自然史博物館(American Museum of Natural History)にてクマムシをはじめとした極限生物の特別展示が行なわれています。私も動画素材の提供や監修に少し協力しました。ただ、この特別展示では本物のクマムシは展示されていません。


以下が本特別展時の紹介動画。私が撮影したヨコヅナクマムシの動画も使われています。



現地に行ってきた方々からもリポートをいただきました。クマムシがかなりフィーチャーされていて、なかなかの人気のようです。



f:id:horikawad:20150731172753j:plain
写真提供:Mia Niwaさん


この特別展示は2016年1月3日まで開催しているようです。近くにお住まいの方は、立ち寄ってみてはいかがでしょうか。


【関連記事】

おそらく世界初のクマムシの生体展示が鳥羽水族館で始まります

クマムシが「生物学者のプレパラートシール帳2」に収録されました

f:id:horikawad:20150723000323j:plain


愛くるしくも精巧な生物フィギュアを手がけることで広く知られている「いきもん」が、ガチャガチャの「生物学者のプレパラートシール帳2」をリリースしました。


f:id:horikawad:20150722235316j:plain


私と高知大学の松井透さんは、このシール帳に収録されているクマムシの写真提供などで制作に協力しました。下のアマゾンのページからも購入できるようです。


生物学者のプレパラートシール帳2 全8種セット:いきもん


クマムシの他にもカビやキノコの胞子など、渋いところを突いているようです。透明のプレパラートに印刷された写真がきれいです。前作も人気だったようですが、今作もたくさん売れてクマムシを知る人が増えたら嬉しいですね。ガチャガチャ売り場をチェックしてみてください。

おすすめ本レビューサイト「HONZ」に新規参入しました

f:id:horikawad:20150707193755j:plain


おすすめ本のレビューサイト「HONZ」に新規参入しました。拙著フィールドの生物学シリーズ『クマムシ研究日誌』を出版した際のインタビューをHONZの柴藤さんと内藤さんにしていただいた際に、加入のお誘いを受けたのがきっかけである。


夢はみんなで作る研究所! クマムシ博士の野望:HONZ

f:id:horikawad:20150710134904j:plain


本日、最初のレビューを寄稿したので、ぜひご一読いただければ幸いです。


昆虫研究者に囲われた、セクシーすぎる愛人たちの図鑑『きらめく甲虫』: HONZ


日本国内で出版される書籍は数万タイトルにおよぶ。そのような膨大な数の本の中から面白い本を見つけるのは至難の技である。それゆえ、新聞の書評コーナーや、HONZや人気ブログの書評は、忙しい現代人にとって重要な役割をもつ。もちろん、出版業界に与えるインパクトも大きい。書籍の売れ行きは、これらの媒体で紹介されるかどうかで大きく左右されることになる。


だから、どの本を取り上げ、それをどのように紹介するかというレビュアーの行為には、それなりの責任が伴う・・・かもしれないが、私はそんなこはあまり気にせずに、本当に面白いと思う本をちょっとふざけながら紹介していきたい。


というわけで、クマムシ博士に献本してもよいという出版社や著者の方は、horikawadd@gmail.comまでご連絡ください。面白いと思った本はHONZかこちらのむしブロ、あるいは有料メルマガのむしマガで紹介させていただきます。

『クマムシ研究日誌』読者のみなさまにお願い

先日出版されたフィールドの生物学シリーズ『クマムシ研究日誌』がおかげさまで売れ行き好調のようで、そろそろ重版がかかる気配になってきました。ご購入していただいた読者のみなさまには厚く御礼申し上げます。


クマムシ研究日誌: 地上最強生物に恋して


そしてたいへん恥ずかしながら、いくつか誤植なども見つかり、ご指摘いただきました。


P.41 5行目 (誤)「コケやなど」→(正)「コケや地衣など」 
P.132 11行目 (誤)「ノミーネと」→(正)「ノミネート」


@tmhwqさん、ご指摘いただき有り難うございます。


また、2003年の国際クマムシシンポジウムで鈴木忠さんの発表内容を「オニクマムシの生活史についての研究」と記していましたが、正しくは「オニクマムシの卵形成の電子顕微鏡観察」でした。鈴木さん、申し訳ありませんでした。さらに、クロレラ工業株式会社より、生クロレラV12の系統はChlorella vulgaris ChikugoではなくChlorella vulgaris CK-22であることもご指摘いただきました。お詫びして訂正いたします。


読者のみなさまにおかれましては、本書内に他にも誤植や間違った表記などがありましたら、SNSなどでお知らせいただけますと幸いです。第二刷ではより高い質の本にしますので、どうか皆様のご協力をお願いさせていただきたく思います。


【関連記事】

クマムシ本『クマムシ研究日誌』を出版します。

クマムシ博士の「最強生物」学講座ー私が愛した生きものたち

クマムシ博士の「最強生物」学講座、重版出来御礼。

クマムシ博士の「最強生物」学講座、重版出来御礼。

拙著『クマムシ博士の「最強生物」学講座』にまた重版がかかり、第3刷になりました。


『クマムシ博士の「最強生物」学講座』


購入していただいた皆様一人ひとりの家庭をまわり、ぎゅっと抱擁してさしあげたい思いでいっぱいですが、日本でこれを実行すると通報されるので控えておきます。もしうっかりやってしまった場合は通報せずに、欧米生活で身についたクセが抜けきらないヤツということで大目に見てください。


最近は『重版出来!』という漫画を読んでいるのですが、これが出版の裏側を描いておりとても面白いです。


重版出来!(1) (ビッグコミックス)


この作品を読むと、本の出版にいかに多くの人々がかかわっているかを認識させられます。読者の皆様はもとより、拙著の制作、流通、販売にご協力いただいているすべての皆様に感謝申し上げます。


フィールドの生物学シリーズ『クマムシ研究日誌』もそろそろ重版がかかりそうです。こちらもどうぞよろしくお願いいたします。


クマムシ研究日誌: 地上最強生物に恋して


【関連記事】

クマムシ博士の「最強生物」学講座ー私が愛した生きものたち

クマムシ本『クマムシ研究日誌』を出版します。