クマムシ博士のむしブロ

クマムシ博士が綴るドライな日記

世界初のクマムシ擬人化漫画の第二巻が発売される


ミドリムシは植物ですか? 虫ですか? II: 羽鳥まりえ


羽鳥まりえ先生によるクマムシ擬人化漫画の第二巻が発売された。前巻に引き続き、今回も巻末に私の名前がアドバイザーとしてちゃっかり載っている。


今回はクマムシよりもミドリムシの方にスポットが多めに当たっている気がするが、それでも要所で登場するクマムシゴスロリ少女のくまこが大きな存在感を示している。本巻では、前作で消えたミドリムシ王子をめぐりミステリーが展開される。ミドリムシ研究者の命を狙う謎の影。


その答えは巻末で明らかにされる。さらに微生物学史上の偉人も美形キャラとして登場したりと、微生物ファンにはたまらない内容となっている。


これからクマムシ学や微生物学を志す学生諸君には必読の書だ。


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世界初のクマムシ擬人化漫画がついに発売される: むしブロ


【お知らせ】このブログが本になりました

クマムシ博士の「最強生物」学講座ー私が愛した生きものたちー

ナショナルジオグラフィックで「クマムシ観察絵日記」の連載を開始します

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日本全国に増加しつつあるクマムシ・キッズたちのニーズに応えるため、本日よりナショナルジオグラフィックのウェブ上で「クマムシ観察絵日記」の連載を開始します。


クマムシ観察絵日記: ナショナルジオグラフィック


クマムシを観察している上で気付いたトリビア的なことをイラストとともに綴っていく予定です。イラストも私が描いています。咲さんにはイラストのアシスタントとして主に色付けをしていただいています。


ナショジオでは以前、私とクマムシの特集が組まれました。


第1回:かわいい。けど、地上最強?
第2回:クマムシに出会ってひと目ぼれ
第3回:ヨコヅナクマムシ登場
第4回:宇宙生物学のためにNASAへ! そして、パリへ!
第5回:いつも心にクマムシ愛
第6回:エッフェル塔でクマムシ探し


この時には作家の川端裕人さんとともに、編集部の斎藤海仁さんにはとてもお世話になりました。今回の連載は、斎藤さんのアイディアでスタートしたものです。この連載のお話自体は2年ほど前からいただいていたのですが、こちらの不精癖もあって実現するまでに時間がかかってしまいました。


というわけで、こちらの連載の方もお楽しみいただければ幸いです。


それから、拙著「クマムシ博士の「最強生物」学講座」も好評発売中です。Kindle版は明日(2014年4月3日)までアマゾンにて10%ポイント還元の特別セール中です。



【Kindle版】クマムシ博士の「最強生物」学講座ー私が愛した生きものたちー


こちらもよろしくどうぞ。

【書評】『バイオパンク―DIY科学者たちのDNAハック!』DIYバイオムーブメントのすべてがここに


バイオパンク―DIY科学者たちのDNAハック!


先日も少し紹介した、これからのバイオ研究活動の動向がわかるエキサイティングな一冊。


ここ数年、アカデミアの外でバイオの研究を行う「バイオハッカー」がアメリカを中心に増加している。彼らの多くは改造したガレージや自宅のキッチンで実験を行う。必要機材はDIYにより低コストで調達する。


ギークらがガレージの中でコンピューターをいじり回した結果、コンピュータ産業が爆発的に成長し、パソコンやスマホは誰にとっても身近な存在となった。次は、バイオである。アカデミアや製薬企業など限られた環境ではなく、誰でもどこでもバイオ研究ができるようになる。本書は様々な実例を挙げながら、このメッセージを投げかけている。


本書にも登場するDIYバイオのムーブメントの旗手の一人にマッケンジー・カウエルがいる。彼は2万ドルの資金を使って輸送用コンテナをオークションで購入し、それをモバイル実験室に改造した。どこでも自由に実験ができるように。彼らの試みは進歩的なアイディアを持つ人々から称賛された。個人によるバイオ研究がバイオテロに結びつくかどうかをリスク評価するため、FBIも彼の活動を一部サポートしつつ連携をとっている。


余談だが、マッケンジーは、私のNASA時代の同僚でルームメイトでもあったジョン・カンバースと親友だったため、カリフォルニアの私たちの家によく遊びにきていた。若干クセがあるが異常に賢く、世界を変えたいという大きな野心を持っていたのが印象的だった。彼に限らず多くのバイオハッカーはアマチュアを自称しているが、その多くは実は野心家である。


バイオハッカーはアマチュアだけがなるものではなく、プロも多い。アカデミアからバイオハッカーに転身した研究者も少なくない。近年、世界的に見ても大学や公的研究機関などアカデミアでのポジションに就くことは非常に難しくなりつつある。アカデミアに残ることをやめて、バイオハッカーとして生きる道を選ぶ研究者が増えているのだ。


このような流れの中、バイオハッカーが集う実験室スペースがアメリカ各地で設立されつつある。月額100ドルを払えば、誰でもそこの実験設備を使って実験ができる。研究プロジェクトも共同で行われており、どこか部活動に近いノリだ。研究活動資金はクラウドファンディングなどで調達する。研究者を招いた講演なども開かれ、そのチャージも運営活動資金となる。


バイオ研究は、現時点ではまだ世間に浸透しているとはいえない。しかし、我々が想像するよりも早く、このムーブメントは広がっていくと予想している。中学生や高校生がアカデミアや企業の研究者顔負けの研究成果を出す日も近いかもしれない。今後、私もこのムーブメントに関わっていくつもりだ。


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アカデミアを卒業します: むしブロ

アカデミアを卒業します

この4月をもって、パリ第5大学および仏医学衛生研究所との契約が終了します。これにてアカデミアでのキャリアを卒業し、晴れてフリーの研究者になります。ここでのフリーというのは精神的なフリーという意味で、厳密には法人に所属する民間の研究者という立場になります。


クマムシの研究を始めたのが学部4年生。そこから紆余曲折はあったものの、13年間にわたってアカデミアの世界で生きてきました。日本、アメリカ、フランスと転々としてきましたが、数えきれないほどの素晴らしい研究者の方々にお世話になりました。この場を借りて厚く御礼申し上げます。


大きな組織やシステムにコントロールされることは自分の性に合わないと、つくづく感じてきました。アカデミアでポジションを得るにしても公募というシステムに依存しなければならなかったり、仮にポジションを得たとしても大学や研究所の中で様々な縛りがあることを考えると、自分の進む道はアカデミアではない。論文も義務や義理で書きたくない。なんかもっと、フリーにやりたい。そう思ったのです。


アカデミアから離れることを決めたのはもうだいぶ前で、自立のためにサイドワークとしてクマムシさんメルマガなどのプロジェクトを進めてきました。今後しばらくはこれらのプロジェクトに注力しつつ、次の研究に着手できるよう準備を進めていく予定です。


これから先、研究活動をはじめその他の文化活動なども通して、少しでも人類の役に立てるよう精進したいと思います。公費で高等教育を受けてきた人間として、世の中に新しい価値を提供することが責務のひとつであると考えています。


最近、アメリカではアカデミアの外にいるバイオハッカーの活動も活発になっています。科学研究に対して先進的なアイディアをもつ彼らとも、そのうち何か一緒にやれればと思案しています。勢いがあって楽しそうに生きている人達と話すのは、それだけで面白いですから。



バイオパンク―DIY科学者たちのDNAハック!


アカデミアのキャリアを歩むのはもう終わりにしますが、これからもコラボなどの形で大学や研究所の方々にはお世話になると思いますので、今後ともどうぞよろしくお願いします。


最後に、いつもこのブログやメルマガ、その他のSNSをフォローしていただいている方々。いつも応援有り難うございます。これからも、クマムシともどもよろしくお願いします。


それでは、クマムシ研究所の設立に向けて、一歩を踏み出したいと思います。


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バイオパンク―DIY科学者たちのDNAハック!: マーカス・ウォールセン: むしブロ

『クマムシ博士の「最強生物」学講座』のKindle版が出ました

拙著『クマムシ博士の「最強生物」学講座』が出版されてから半年が経過しました。おかげさまで各界で好評をいただいています。

クマムシのゆるキャラを商品化して研究費を捻出しようとする奮闘ぶりも語られる。研究対象並みのしぶとさが頼もしい。

朝日新聞


極低温や真空にも耐える驚異の生物を紹介。過酷な環境に居場所を見つけるしぶとい生き方を見習いたい。

読売新聞


端的に言えば、なんだかむちゃくちゃ面白い生物科学エッセイ、である。

最新の科学トピックを読者に引きつけつつ紹介する話術も実も巧みでわくわくする。

土屋敦氏: HONZ


これは、クマムシ云々というよりは、科学者の個性に唸ってしまった1冊。
目次ページの章タイトルからちょっと変。「クマムシミッション・ハイテンション」「キモカワクリーチャー劇場アゲイン」「ぼくたちみんな恋愛ing」。たぶん、これで、いいのだと思う。


とりあえず私は今のところ、こんな風に宣言した本を他に知らない。

野坂美帆氏: HONZ


商売人は、自分がクマムシになった気持ちで、閉塞状況を打ち破るチャレンジをする必要があるのではないか。そう考えると、ビジネス書としても読める本だと思います。

吉村博光氏: HONZ


最高に面白いです。クマムシの真面目な話からフジツボ貴婦人、お馴染みバッタ博士まで。人間が一番おかしい。

猪谷千香氏


誰かを愛するということはどういうことか。愛の意味を知る一冊でした。

前野ウルド浩太郎氏(バッタ博士)


やっぱ虫研究者はやばいわ。エンタメ性の無いサイエンスアウトリーチはダメでしょうな。

藤川哲兵氏


クマムシや生物学についての知識がなくてもたのしく読める。全然知らないジャンルのことなのに純粋に読み物としておもしろいのがすごい。

ミネコ氏


常識破りの極限生物とその生き様をわんこそば感覚で紹介する本なのですが、同調圧力が強く、単一視点に平均化されがちな今日の日本社会への抵抗の意志に満ちています。文体も良い。

羊谷知嘉氏


この他にも紹介しきれないほど多くの方々から感想をいただきました。ここに御礼申し上げます。


さて、本書は売れ行き好調につき、このたびKindle版も出ました。



【Kindle版】クマムシ博士の「最強生物」学講座ー私が愛した生きものたちー


このKindle版、現在アマゾンで10%ポイント還元の特別セール中です。4月3日まで。まだ本書を手に取ってない方は、これを機会にぜひどうぞ。

クラウド査読により透明になるアカデミア

STAP細胞研究は残念な方向に進んでしまいました。この間もメルマガで色々と書いてきましたが、もうこの研究結果を擁護する研究者はほぼ皆無でしょう。私もだいぶ前に理研への寄附手続きの取り下げを申請し、受理されました。


小保方さんの博士論文の剽窃問題を発端として、早稲田大学に提出されたその他の博士論文にも大規模なコピペが見つかっています。これまでに20以上の不適切な博士論文が発覚しています。これを受けて早稲田大学が本格的な調査を行うべき調査委員会を設置しました。


小保方さん博士論文、早大が本格調査へ 外部専門家加え


しかし残念ながら、このような調査委員会の設置はほとんど意味をなさないでしょう。というのも、今は論文の不正は調査委員会が調べるものではなく、ネット上の不特定多数の有志による「クラウド査読」により発覚するケースがほぼ100%だからです。理研の例からも、調査委員会がクラウド査読のスピードに追いつけず、対応が後手に回ることは見えています。


クラウド査読の主なプレイヤーは、2ちゃんねる生物板の住人、11次元氏などの匿名ブロガーら、そして英語サイトのPubPeerのユーザーが挙げられます。


早稲田大学は、これまでに指摘されている小保方さんを中心とした学位取得者の博士論文の疑義を調査するとしています。しかしながら、調査委員会による調査が追いつかないほどのスピードでクラウド査読が進行することは間違いなく、他の博士論文についての疑義も次々と出てくることでしょう。そして、その疑義の数は調査委員会がフォローできないほどに増加すると思われます。


そう考えると、一時的な調査委員会の設置はほとんど無意味です。どうせなら、博士論文の疑義に関する報告窓口を大学のサイトに設置し、そこに情報を送ってもらう方がよい気がします。あるいは、アルバイトを雇って2ちゃんねるの生物板をウオッチングさせ、新しく明らかになった疑義について報告させるのも一つの手でしょう。


そして、博士論文の電子化とオープンアクセス化が進んでいる現状では、これは早稲田大学の問題のみに収まりません。早稲田大学を震源とした博士論文のクラウド査読は、次々と広がっていくでしょう。疑わしい研究室の出身者、そして知名度の高い研究者からターゲットになり、ゆくゆくは全ての博士がまな板の上にのぼることになります。


捏造防止の方法については、アカデミア内で研究者たちがずっと議論してきました。
不正をチェックしたり報告をする第三機関の設置など、トップダウン的な構想が出ていますが、これといった具体的な動きはまだありません。


高尚な議論では解決できなかった、このアカデミア内部の問題。これが、(もちろん正義感に溢れた人々もいることでしょうが)暇つぶしのゲーム感覚だったり、特定の個人に一泡吹かせたいといったようなモチベーションで行われるクラウド住人の査読によって、アカデミアが浄化されている現実は、何とも皮肉に映ります。


とはいえ、目的や手段はどうであれ、開かれた透明なアカデミアの到来は、彼らの手によって達成されることでしょう。一部の博士にとってはディストピアの到来なのでしょうが。


※本記事は有料メルマガ「むしマガ」218号の内容を要約したものです。

「博士メガネ男子論」にみる不器用理系男子の需要


マスコミの報道の中で小保方晴子さんが「リケジョ」と称されていることについて、議論が起きている。確かに、同様の報道の中で男性研究者が「リケダン」と呼ばれないことを考えると、ジェンダーを前に出した呼び方は適当でない。研究所のグループリーダに用いる語としても違和感がある。また、「リケジョ」という語は講談社により商標登録されており、この事情もあって事態は少しややこしくなっている。


ただ、リケジョでもサイエンスエンジェルでもサイエンスプリンセスでも理系マドモアゼルでも助手ガールでも何でもよいのだが、理系に進学する女性の比率を高める効果があるのなら、大学の有志などが自発的にこれらの呼称を用いて活動するのは意義があると、私は思う。報道機関だけでなく、理系女子を増やす努力を行っている理系女子学生達に対してまで「リケジョ」を使用することに対して全否定するのは筋違いだろう。


このような活動では理系学部に占める女子学生の比率は増えても女性研究者の増加には繋がらない、という声もある。だが、入り口で数を増やすことにより女性の理系進学が特別ではないという雰囲気を作ることは意義があるだろう。そしていずれ、理系に進学する女性が十分に増えて、これらの用語を使わなくてもよい日が来れば、それに越したことは無い。


ところで、理系女性だけでなく理系男性もプロモーションすることで、男女両方の理系進学率が高まるのではないか。そんなことを考えていたところに、Twitterのタイムラインに流れてきたツイートがこちら。



この「博士メガネ男子論」という薄い本は、いがやちかさんらにより結成された同人サークル「久谷女子」が出版した本だ。昨年のニコニコ超会議で、私も購入した。


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ちなみに、久谷女子が数年前に出した「Webに見た萌え特集」では、なぜか私とバッタ博士が取り上げられた。こちらについてはバッタ博士のブログ記事を読んでいただくとして、ここで「博士メガネ男子論」について紹介したい。


本書は主に京大教授の山中伸弥さんをフィーチャーしつつ、メガネをかけた博士の「男性的魅力」を綴ったものだ。山中さんの他に、となりのトトロに登場するサツキとメイのお父さんの草壁タツオなど、フィクションのキャラクターについても書かれている。


私は視力が悪いが、普段はコンタクトレンズをしている。顕微鏡を頻繁に覗くので、メガネは邪魔になるからだ。だが、それでもメガネ男子好きの知り合いの女性からはメガネをかけるように勧められる。メガネ男子好きの女性は意外と多い。なぜそこまでメガネをかける男に萌える女性がいるのか。その具体的な理由は本書を読むまで判然としなかった。


博士メガネ男子の魅力は、不器用さに集約されるようだ。外見を気にしてコンタクトレンズを装着したり、おしゃれメガネをかけることは、彼女らにとって萌えポイントにはならない。「メガネ男子好き」の女性を意識してメガネをかけることなど言語道断なのだ。専門分野に特化した高い能力をもちつつ、その他のことは平均以下の能力か発揮できない、不器用な博士メガネ男子。メガネは不器用の象徴でなくてはならない。


不器用でもいい。ありのままの自分でいい。そんな理系男子が好きな女子もいる。この事実を知るだけでも、コンプレックスを抱えた一部の理系男子は救われた気持ちになるだろう。


さて、本書を読み終えて、博士メガネ男子についての妄想をよくここまでうまく言語化できるものだ、と感心してしまった。とりわけ、岡田育さんの文章の破壊力が凄まじい。風の谷のナウシカに出てくる巨神兵の最期のように、激しく腐っているのだ。岡田さんの下のツイートに表れている怒りは、男性側による女性個人個人への観察力の欠如に対してのものだろう。



最大公約的にすら女性を分析・カテゴライズできない男性ライターにキレているわけだ。その怒りはごもっともだが、岡田さんや他の久谷女子メンバーと同じレベルの能力を他人に要求するのも酷というものである。


ここでは本書に記述された具体的な表現の引用は控える。インターネットに精通し、かつプロの書き手集団でもある久谷女子のメンバー達が、ウェブでも商業誌でもなく、あえて同人誌で作品を発表していることを考慮したからだ。今のウェブ上に出したくない、あるいは出せない理由は、本書を読めば理解できる。気になる人は、久谷女子のメンバーをフォローして次回の販売機会を待つとよいだろう。


【追記】


岡田育さんからの告知。要望次第では、イベントで本書を入手できるようだ。



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あなたは、どんなタイプのWEB女子ですか?「久谷女子便り」第五号出るよ!: kobeniの日記

もし助手ガールがクマムシを採集観察したら:むしブロ+

クマムシの育て方 (助手ガール編): むしブロ

クマムシさんのクレーンゲーム景品が登場します

私が発案しプロデュースしているクマムシキャラクタークマムシさんが株式会社タイトーとライセンス契約を結びました。今年2014年4月より、全国のアミューズメント施設のクレーンゲーム用景品として登場します。


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クマムシさんのプロジェクトは科学啓蒙と、私が行っているクマムシ研究の研究費獲得の二つを大きな目的としています。「かわいい」を入り口として人々から生き物や自然科学に興味をもってもらいつつ、エンターテイメントの対価としてお金をいただく。クマムシさんがきっかけとなり、研究者を志す子どもたちが出てくれれば私にとってこんなに嬉しいことはありません。


クマムシさんのプロジェクトが始動してからおよそ2年。思ったよりも早くクマムシさんが市場に認められているようで、とても嬉しいですね。いつも応援いただいている方に感謝します。上の写真のグッズだけでなく、その他の種類の景品もタイトーから続々と登場する予定です。


これにも関連して、昨日2月5日に放送されたテレビ東京のワールドビジネスサテライトでクマムシさんが取り上げられました。研究者自身がキャラクタービジネスを行っていることも、興味があったようです。この中で、クマムシさんのプロモーションについて私が話しています。当日の放送内容は以下のテレビ東京のサイトから視聴できます。


キャラクター 成功のカギは:ワールドビジネスサテライト:テレビ東京


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こちらとしては資本が少ないため、クマムシさんのプロモーションのために広告をたくさん打つことは不可能です。おまけに私がフランスにいるため、営業活動もままなりません。それでも、ユニークなコンセプトを打ち出してキャラクターのアカウントをTwitterFacebookに作って活動すれば、うまく展開していけることがわかりました。今は、必ずしも大きな会社でなくてもアイディア次第で勝負できる時代になってきたのです。現在、他の企業さんからもクマムシさんのライセンス契約の話をいただいています。


さて、アミューズメント施設でのクマムシさんグッズの登場は4月からですが、現在、日本科学未来館、東急ハンズ池袋店、ジュンク堂池袋店、大阪市立自然史博物館などで公式グッズを販売しています。また、以下のオンラインショップからもクマムシさんグッズをお求めいただけます。


クマムシさんのお店


ということで、クマムシさんをさらに大きく育てていきたく思っています。クマムシさんともども、今後ともどうぞよろしくおねがいします。

人気ブロガー藤沢数希さんとの対談内容が公開されました


昨年むしマガでお届けした人気ブロガー藤沢数希さんとの異色対談の内容が、藤沢さんのブログ「金融日記」に公開されました。


生物学者の堀川大樹さんと恋愛工学対談: 金融日記


動物の生殖行動から海外文化まで話題にしています。硬い内容ではないので、まったりとお楽しみください。

はてなブログに引越しました。

はてなダイアリーからはてなブログに移行しました。時代の流れですね。


はてなダイアリーからの以降だと、コメントやはてなブックマークも一緒に移動できるので便利ですね。でもFacebookのlike!の数はリセットされますね。当たり前だけど。納豆菌の記事には7000近くのlike!がついていたのですが。


というわけで、今後ともむしブロをよろしくお願いします。

乾いても死なない線虫のサポーターたち

・線虫シーエレガンス


クマムシに比べると、肢もなくニョロニョロしていてあまり可愛くない線虫シーエレガンス(主観)。





シーエレガンス from Wikimedia


だが、このシーエレガンスは生物学研究において非常に大きな役割をもっている。大腸菌を餌として爆発的に増殖するため、飼育が容易だ。また、細胞も1000個ほどしかなく、動物の中でも単純な体の構造をしている。シーエレガンスについては、解剖学、発生学、そして遺伝学まで、調べに調べ尽くされている。いわゆるモデル生物だ。


とくに、シーエレガンスは遺伝学の材料としてすぐれている。この生物には色々な変異体が存在し、各遺伝子の機能を調べるのにうってつけである。RNA干渉とよばれる技術を用いることでも、ある遺伝子の機能をピンポイントで調べることが可能だ。


クマムシと同様に、線虫の中には乾眠をする種類が知られている。つまり、カラカラになっても死なないやつがいるのだ。実際に、乾燥したコケを水に浸すと、コケの中からクマムシと一緒に線虫が出てくることがよくある。ただし、シーエレガンスは乾燥すると死んでしまうと長い間考えられてきた。ところが2011年に、シーエレガンスが実際には乾眠に入れる能力があることを、ドイツのマックス・プランク研究所の研究グループが発見した。


生命活動のオンとオフ:やっぱり重要だったトレハロース: むしブロ


そして今回、同じ研究グループの研究により、このシーエレガンスが乾眠に入るために必要な「分子サポーター」たちの顔ぶれが浮かび上がってきた。


Molecular strategies of the Caenorhabditis elegans dauer larva to survive extreme desiccation: PLoS One


・2つの状態の違いを見て推定する


シーエレガンスは通常の状態では乾燥すると死んでしまう。ところが、長期休眠幼虫期である「ダウアー」の時期に限って、乾燥しても死なずに乾眠状態に入ることができる。


そこで、「1. 乾眠していないとき」と「2. 乾眠に入るとき」の2つの状態における遺伝子発現を調べ、乾燥ストレス特異的に動いている遺伝子を特定した。さらに、これらの遺伝子が機能しない変異体を用いて乾燥ストレスを与え、死にやすくなる変異体を特定。このようにして、乾燥耐性の成立にとって重要と思われる、以下の機能をもつタンパク質(酵素)をコードする遺伝子が特定された(なお、乾燥に伴ってこれらの遺伝子から実際に目的のタンパク質が作られることも確認されている)。


1. 頭部の感覚神経で環境中の湿度変化を察知するのに関わるタンパク質
2. タンパク質の構造を保護させる働きをもつタンパク質
3. 活性酸素を除去する酵素
4. 解毒作用に関わる酵素
5. 脂肪酸の代謝に関わる酵素


これらの結果から導かれるシーエレガンスの乾眠メカニズムのシナリオは、こうだ。 まず、周囲の環境が乾燥すると頭部の感覚神経でこれを察知し、乾燥してきたことをシグナルで伝える。これにより、一連の乾眠特異的な遺伝子からメッセンジャーRNAが多量に作られ、タンパク質が作られる。これらのタンパク質のあるものは保護タンパク質であり、あるものはトレハロース合成酵素や活性酸素除去酵素だったりする。


細胞が乾燥すると生体膜などの構造が破壊されたり、タンパク質の構造が不可逆的に変化して機能しなくなる。トレハロースやLEAタンパク質は、乾燥時にこれらの構造を守っていると思われる。さらに、細胞膜は脂肪酸を構成員としているが、シーエレガンスはこの脂肪酸の構造を変化させることで乾燥耐性を身につけている可能性も浮上した。


乾燥ストレスにより活性酸素種も発生し、これが生体物質にダメージを与えると考えられている。活性酸素除去酵素により、このときに活性酸素種の攻撃から生体を守
っているのだろう。この他、解毒代謝に関わるタンパク質をコードする遺伝子も、乾眠にとって重要なサポーターであることが分かった。だが、これらの遺伝子の具体的な機能はまだよく分かっていない。


さて、今回の研究結果は、これまでに提唱されていた乾眠メカニズムをより強固な形で示したといえる。だが、これで乾眠の謎がすべて解明されたとはまだいえない。


この研究を行った研究グループは、乾眠の成立に関わる遺伝子や生化学的経路は非常に少ないということを強調している。だが、今回の研究では、「ダウアー」という特殊なモードにおいて「1. 乾眠していないとき」と「2. 乾眠に入るとき」の2つの状態を比べていることを忘れてはならない。というのも、通常の線虫のモードからダウアーのモードに移行する段階で、すでに色々な遺伝子やタンパク質の発現パターンが変化しているはずだからだ。つまり、ダウアー特異的に発現するいくつかの遺伝子も、乾眠に関わっている可能性は否定できないというわけだ。


とはいえ、シーエレガンスのようなモデル生物を乾眠研究の材料として使えるアドバンテージは大きい。今後、一気に乾眠研究が進むポテンシャルは大いにある。


この記事は有料メルマガ「むしマガ」(月額840円・初月無料)の205号と206号に掲載された論文を要約した簡易バージョンです。新規購読登録はこちらから。

ヒルはクマムシよりも強いか

・ヒル


ヌマエラビルというイシガメの体表に寄生するヒルが、−196ºCもの低温で凍っても生き延びることが分かった。東京海洋大学と農業生物資源研究所の研究グループの研究だ。


A leech capable of surviving exposure to extremely low temperatures: PLoS One


研究グループはヌマエラビルを含めた7種のヒルを使用している。これらのヒルたちを−90ºCの冷凍庫および−196ºCの液体窒素に放り込んで丸一日間保存した後、室温に戻して生死判定を行った。結果は、ヌマエラビルのすべての個体がピンピンしており、その一方で他の種類のヒルたちは全員凍死していた。


ヌマエラビルの中には−90ºCの温度下で最長32ヶ月間生き延びるものがいた。また、−100ºCと+20ºCの凍結-解凍のサイクルを12回繰り返した後に生きている個体もいた。卵も凍結に強い。


通常、凍結耐性のある動物はゆっくりとした温度の低下を察知し、体が凍結に耐えられるモードに移行する。準備期間が必要なのである。しかし、ヌマエラビルの場合はこの準備期間なしの急速冷却による凍結がおきても問題はない。これが、ヌマエラビルの凍結耐性の大きな特徴である。


・生態学的には無駄


ヌマエラビルが寄生する野生のイシガメは、当然ながら、自然環境でこのような極端な低温にさらされることはない。もちろん、ヌマエラビルも同様である。通常、環境温度はきわめて大きな自然選択のファクターとなり、生物の進化適応に影響する。


すなわち、通常はある動物種の生存限界温度は、その種の生息環境の温度に左右される。ヌマエラビルの本来の生息環境の温度を考えれば、この極端な低温耐性は生態学的に無駄な能力といえる。


・凍眠


このヌマエラビルの凍結耐性に見られるような、1. 急速冷却による凍結でも耐える、2. 致死最低温度がなさそう、3. 生態学的に無駄な低温耐性、の3つの条件を備えた凍結耐性を凍眠(クライオバイオシス)とよぶ。いわば、究極の凍結耐性だ。


さて、ここまで読んできて多くの読者が「このヒルとクマムシ、どっちが強いの?」と疑問に思っているかもしれない。実際に、ネット上では以下のような意見もあった。


「クマムシは乾眠しないと低温に弱いが、ヌマエラビルは通常状態で低温に強い」
はいここテストに出ますよー。

『寒さに最も強い生物はヌマエラビル!?』 -196℃でも生存できるヒルが見つかったんだってさ: アレ待チろまん


これは、事実とちょっと違う。実は、クマムシも通常状態で超低温にべらぼうに強い。つまり、クマムシも凍眠能力を備えているのだ。体に水を含んだ通常状態の生クマムシが−253ºCの超低温に耐えられることが、1920年代に既に報告されている。また、毎分−30ºCという急速冷却速度で−196ºCにさらしても、個体の半数が生きられることも判明している。


だが、このヒル論文の中でも、「クマムシは通常状態では凍結に弱い」という記述がある。その根拠として、私たちの論文を引用している。


私たちが行った実験では、通常状態と乾燥(乾眠)状態の2通りのヨコヅナクマムシを試験管に入れ、液体窒素に直接放り込んだ。これは超急速冷却による凍結であり、どんなに凍結耐性の高い動物でも、大半は死んでしまう。この条件では、乾燥状態のクマムシはほとんどが生存していたが、通常状態のクマムシは20%そこそこしか生き残らなかった。まあ、この条件で20%の生存率というのはかなり立派なのだが。いずれにしても、この研究結果をもとにして「クマムシは通常状態では乾燥状態よりも凍結耐性が低い」と記述されている。


「ヌマエラビルだって、このようなやりかたで凍らせたら大半は死んでしまうだろう」。ツッコミを入れようと思いながらこのヒル論文を読んだが、「毎分−1000ºCを超える速度で凍っても平気」とのこと。驚きである。正直、悔しいが、ヌマエラビルは「凍結耐性」に関してはクマムシよりも上と認めざるをえない。


・凍結耐性と乾燥耐性


この凍眠の能力をもつ生物は、カラカラに乾いても死なない乾眠の能力をもつ場合がきわめて多い。すでに出てきたクマムシがそうだし、他にも一部の線虫やワムシにも凍眠と乾眠の両方の能力をもつ種がいる。



図. クマムシの乾眠と凍眠


凍結と乾燥は、お互いに似たようなストレスである。両方とも、細胞内からの脱水を引き起こす。つまり、凍眠も乾眠も同じようなメカニズムで凍結や乾燥による害に対処しているのだろう。


海や川や池に棲むクマムシは乾燥に弱く、乾燥すると乾眠に入れずに死んでしまう。その一方、乾燥にさらされる陸のクマムシは乾燥耐性が高い。乾燥耐性の度合いは、生息環境の水まわりの環境と密接な関係があるのだ。


クマムシや他の乾眠動物は、恒常的に水が存在する環境から陸に進出した際に乾燥耐性を身につけた。すると乾燥耐性のメカニズムを獲得した結果として、極端な凍結耐性、つまり凍眠能力も発揮されるようになった。そう私は考えている。


スピードスケート競技でオリンピック出場を目指してトレーニングしていたら大腿筋が鍛えられ、その結果として予期していなかった自転車競技でもオリンピックに出場してしまった橋本聖子氏と似ている。


・ヌマエラビルの謎


しかし、これだけ高い凍眠能力があるにもかかわらず、ヌマエラビルは乾眠能力がないという。1956年の古い文献(当時はヌマエラビルはシナエラビルとよばれていた)には乾燥耐性があるとされているが、完全に脱水すると死んでしまうようだ。


シナエラビルの耐乾性および水温による行動の変化と走触性: 採集と飼育


つまり、クマムシはヌマエラビルよりもはるかに高い乾燥耐性能力があるが、凍結耐性能力については逆になっているのだ。ヌマエラビルには(クマムシもだが)一般的な凍結保護物質がみられないとのことなので、かなり風変わりな凍結耐性のメカニズムがあるのだろう。もしかしたら、生体保護物質を生産するのではなく、組織や細胞の構造が他の生物と異なるなど、メカニカルなメカニズムが存在するのかもしれない。


・クマムシとヌマエラビルはどちらが強いか


ヌマエラビルは凍結耐性がクマムシよりも高いが、乾燥耐性はクマムシには及ばないというこ。ヌマエラビルについては放射線耐性や他の耐性も気になるところだ。だが、乾燥耐性がないということは真空では生きられない(もちろんクマムシは大丈夫)。ということは宇宙でも生きられないことになる(クマムシはやってのけた)。


私は、今回のヌマエラビル論文の著者グループとは顔見知りなので、あまりカドを立てたくない。だが、あえて結論をいわせてもらうと、トータルで考えれば、やはり圧倒的にクマムシの方が強いといわざるをえない。あと圧倒的に可愛い。

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分子生物学会2050年シンポジウムを振り返る


写真撮影: Kotoneさん


2013年末に神戸ポートアイランドで行われた分子生物学会年会の「2050年シンポジウム」に登壇してきました。この年会は、自分がこれまで参加した国内の保守的かつ閉鎖的な学会とは趣がだいぶ異なるものでした。官僚や政治家を召還した議論、論文捏造問題に関するシンポジウムなど、なかなか攻めた感じの企画が開催されており、大会長の近藤滋さんのをはじめとした学会運営委員会の熱意とリベラルな雰囲気を感じました。


「2050年シンポジウム」は、2050年に開催されている分子生物学会で未来の研究者たちが各自の研究発表を行っている様子を、2013年の聴衆が観覧するというものです。つまり、我々講演者は、37年後の2050年に生物学がどんな未来を作り出しているかを妄想して発表しなければなりません。


近藤さんはすでに「クマムシを巨大化して最強の生物兵器の開発」というアイディアをもっており、とにかく一般向けに笑いをとるのが重要というスタンスのようだったので、これをもとにして「クマムシを巨大化させて宇宙インベーダーの納豆菌を駆逐する」という発表内容を思いつきました。

 
このシンポジウムはコンテスト形式をとっており、研究者らによる審査を経て優勝者と準優勝者が選出されます。優勝を目指すためには、研究者に受けるプレゼンでなければならないということです。


ただ、自分としては研究者よりも一般の方への受けを取りにいくことを最重視したので、優勝は最初から捨てていました。このシンポジウムの様子はBSフジの「ガリレオX」という番組でも放映されることも決まっていたため、お茶の間の人々にも分かりやすいものにしなければならないのです。


ということで、37年後の堀川大樹になるべく、ドンキホーテで白髪のカツラを購入し、前日にはカツラをかぶりやすくするために散髪しました。さらにカツラの上には「ひよこまめ雑貨店」さんに作ってもらったクマムシ帽子を装着し、ベタベタの演出で本番に臨むことにしたのです。で、本番での聴衆からの受けはなかなか満足のいくものでした。笑いがとれてよかった。


他の登壇者の方のプレゼンも皆レベルが高くて見ていて面白かったです。みんな、サイエンスとエンターテイメントをうまく両立させてるなあ、と。ということで、この模様をぜひお茶の間でごらんください。放映スケジュールは以下の通り。


のぞいてみよう!2050年 未来の生命科学 笑撃のプレゼン対決:ガリレオX
1月12日(日曜) 11:30~12:00
1月19日(日曜) 11:30~12:00(再放送)


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ある研究室でのラブストーリー(その4・最終話)

初雪の日に、アパートに一通の封筒が届いた。差出人はT大学。あのパーマネント助教公募の、書類一次審査の結果通知が来たのだ。


京太がその薄い封筒を開くと、中にはA4サイズの紙が一枚だけ入っていた。紙面には文字が数行だけ印刷されており、余白部分がやたらと目立った。文書の二行目に、こう書かれていた。


「書類審査の結果、残念ながら貴殿は不採用となりました」


何度読んでも、そう書いてあった。京太は二次審査の面接すら受けられず、不採用になったのだ。京太は、直立不動のまま動けなかった。まるで、液体窒素に放り込まれて瞬間凍結した金魚のように。


5分ほどして、京太の体は解凍が始まり、ソファーに腰を下ろした。


「なぜだ......なんで?......なんでオレが.......なぜ?......なんで?.......なんでだ......??」


京太は、同じフレーズを何度も繰り返した。そして、脳内のすべての神経回路が切断されたように、思考が停止した。


「ただいまー。すごい雪だねー......ん?ど、どうしたの......?」


いつもと様子が違う。紗季は、何かただならぬ事態が京太に起きたことを察した。京太は、死んだ魚のような目をゆっくりと紗季に向けた。そして、テーブルの上に置いた審査結果通知書を、力なく指で差した。


審査結果通知書を読んだ紗季は「えっ」とだけ声を発し、口を閉じた。1DKの空間は、これまでに経験したことのない重い沈黙に支配された。


しばらくして紗季が外出し、コンビニ弁当を買って戻ってきた。紗季は無言で弁当を食べ終わり、シャワーをしてベッドに入った。京太は、まだソファーから動けずにいた。テーブルに置かれた京太の分の弁当は、すっかり冷めていた。無音の室内に、時折、雪が落ちる小さな音だけが、淋しく響いた。


翌日、一通のメールが京太に届いた。教授からのものだった。


採用できずに申し訳なかった、という謝罪から始まるメールの文章を読み進めていった京太は、再びディープ・フリーズした。


教授は京太ではなく、あの猫背の後輩の千現武志を助教に採用していたのだ。実は、武志も公募に応募していたのである。


教授が武志を採用したという事実。これは、教授が自分の後釜にふさわしいのは武志であり、京太ではないと考えていたことを示していた。そのことを、京太は受け入れることができなかった。目眩とともに、視界が真っ白になっていった。


京太が気がついたとき、目の前には無惨に破壊されたノートパソコンがあった。京太は無意識のうちに、自分のノートパソコンに鉄槌を下していたのだ。何度も何度も。


破壊されたノートパソコンから放たれたゴムの焼けるようなにおいが、京太の鼻腔を刺激した。これ以上無い、濃い敗北の味がした......


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【関連記事】

ある研究室でのラブストーリー(その1)

ある研究室でのラブストーリー(その2)

ある研究室でのラブストーリー(その3)

世界に蔓延する偽装魚と食の未来

昨今、日本における食品の偽装問題が取り沙汰されているが、アメリカやヨーロッパでも事情は同様である。記憶に新しいのは牛肉のミンチに馬の肉が使用されていた問題だ。いずれも、より安い品物を求める消費者により、業者間のコスト削減競争が激化していることが背景にあるのだろう。


国際的非営利活動組織海洋保護団体Oceanaの研究調査によると、魚の偽装はアメリカで日常的に行われているようだ。


Oceana Study Reveals Seafood Fraud Nationwide


Oceanaによる調査は2010年から2012年にかけてアメリカの21の州で行われた。寿司屋、スーパーマーケット、魚屋の674店舗から1200の魚のサンプルを入手し、DNAを解析した。この解析手法はDNAバーコーディングとよばれるもので、サンプルの特定の遺伝子領域の塩基配列を調べてデータベースで種を特定する。


調査の結果、全体のうち33%が表記された種類とは別の魚であることが判明した。全店舗のうち44%でラベルの表記とは別の種類の魚を売っていた。とくに寿司店のうちの74%が偽物を提供していた。スーパーマーケットでは18%であった。


アメリカではビンチョウマグロ(シロマグロ)は"white tuna"とよばれる。寿司屋で出されるビンチョウマグロも、71%が偽物だった。代わりに出されていた魚のほとんどがアブラソコムツという種類だった。この写真は、アブラソコムツとビンチョウマグロの切り身を並べて比較した者である。違いが一目瞭然だろう。


そう、アブラソコムツはやたら白いのだ。私もこのやたら白い切り身をwhite tunaとしてアメリカの寿司屋で食べた気がする。白すぎないか、これ、と思いながら。


知らぬが仏ではないが、偽物に全く気付かずに満足して食べていれば、損した気分にはならないだろう。ところが、このアブラソコムツはちょっと怖いのである。アブラソコムツは消化ができないワックスエステルを多量に含む。この魚を30g以上食べると、人によっては下痢や深刻な腹痛を起こし、大量に食べると脱水症状をおこして昏睡状態に陥ることもある。


もはやこうなると、知らぬが仏とは言っておれない。いや、知らぬがゆえに仏になってしまう危険性もあるわけだ。アメリカで仏にならなくてよかった。ちなみに日本では食品衛生法で食用としてアブラソコムツを販売することは禁止されている。


このような偽装が魚の流通のどの段階で起きているかははっきりと分かっていない。アメリカでは食品医薬局(FDA)が食品の取り締まりを行っているが、このように魚の偽装についてはザルの状態である。FDA自体が推奨していない、水銀を多く蓄積しやすい種類の魚も偽装されて出回っている始末だ。このような状況を放置すれば、偽装問題はますます深刻化していくだろう。


魚の偽装については、アイルランド、スペイン、ギリシャなどのヨーロッパ諸国でも問題になっている。現在私が所属している研究室を始め、フランスでもこの偽装がどの程度行われているのか調査を始めたところだ。


さて、それではお魚天国である日本はどのような状況になっているのだろうか。これは推測だが、回転寿司店などが値下げ競争を繰り返し、コストを極限まで切り詰めて儲けを出そうとすれば、安い偽魚を提供する店があっても不思議は無い。実際に、こんな告発サイトまである。


回転寿司の真相と食品のカラクリ



もちろん、これは匿名のサイトなので記述内容の信憑性は不明だ。ただし、マダイの偽装魚としてティラピアの名前を挙げているなど、上述したOceanaの実際の調査結果と合致する記述もある*1


食べても体に悪影響の出ないレベルの偽装であればまだマシだが、コスト削減のために腐ったり不衛生なものが材料として出てくることは非常に問題だ。古い生肉を使ったユッケを食べて死亡した事故があったが、これも、ある意味でコスト削減競争が引き起こした悲しい災いだろう。


消費者である我々が安いものを求続ける限り、この問題に終わりはないのかもしれない。


※この記事は有料メルマガ「むしマガ」(月額840円・初月無料)の160号に掲載された論文を要約した簡易バージョンです。新規購読登録はこちらから。

*1:このサイトの更新日が2011年9月であり、Oceanaによる調査報告発表は2013年2月である。つまり、このサイトの情報公開の方が早い。